ヒロの本棚

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【本】中村文則『A』~一度の過ちも犯さずに君は人生を終えられると思う?~

1、作品の概要

 

『A』は2014年に刊行された中村文則の短編小説集。

2007年~2014年に発表された全13篇の短編小説からなる。

中村文則にとって2冊目の短編小説集で、シリアスで陰鬱な話から、シュールでユニークなものまで様々な種類のエピソードが描かれている。

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2、あらすじ

●糸杉(『新潮』2013年1月号)

ゴッホの『糸杉』に異様に執着する男。

彼は自らの狂気を絵画に投影し、女性のあとをつける混乱した毎日を送っていた。

そして、ある時にその一線を・・・。

 

●嘔吐(『新潮』2009年10月号)

妻帯者のヤマニシは、白いものを洗面所で嘔吐する。

前向きに生きる希望もなく、職場の後輩の彼女に誘いをかけるも結局は抱くことはしない。

入院した上司、行方不明になった受付の綺麗な女性。

パトカーのサイレンは不穏に鳴り響く・・・。

 

●三つの車両(『早稲田文学3』2010年2月)

異空間に迷い込んでしまったように、いつまでも停車しない電車。

繰り返される景色の中、3つの車両の中で奇妙な出来事が・・・。

ニヤニヤと笑う2人の男、物思いにふける老人、謝りながら膨らみ続ける男、不倫相手の男に復讐を誓う女、そして謎の作家N・・・。

 

●セールス・マン(『文藝』2011年冬号)

蜘蛛の糸の繭にくるまる妻を部屋に残して、「僕」はセールス・マンとしてお金を稼ぐために「憂鬱」を売りに出かけるが・・・。

 

●体操座り(『文藝』2013年春号)

目のクマからビームを出す男と、目のクマからコンドームを出す男。

そして、ダッチワイフの物語。

 

●妖怪の村(『群像』2009年9月号)

黒い鳥が異常発生し多くの死者が出た日本。

「僕」は夏目さんと出会ったことで、異世界に迷い込む。

 

●三つのボール(『新潮』2008年8月号)

青と白と黒のボールは部屋の中を跳ね続けている。

黒い影は窓を覆い、照明は明滅し、電話のベルは鳴り続ける。

パソコンの画面には得体の知れない映像が流れていた。

 

●蛇(『小説現代』2007年3月号)

緊縛され、全裸で絵のモデルになっている女。

老人は絵筆を動かしながら、芸術を語るがやがて彼女の身体に直接絵の具を塗りつけ・・・。

 

●信者たち(『小説現代』2008年5月号)

同じ教会に通っているキリスト教信者の2人。

家庭を持ちながら身体を重ね合う男と女は、神の前で交わり続ける。

 

●晩餐は続く(『小説現代』2009年4月号)

政治家の夫を持つ妻は、彼の不実を全て知っていた。

夫の不貞行為が彼女の内面の何かを砕いてしまう。

そして晩餐で調理された肉料理は・・・。

 

●A(『文藝』2014年夏季号)

敗戦と死の予感の中で、軍人の男は一人の中国人を殺すように命じられる。

初めて人を殺した男は狂気へと目覚めていく。

 

●B(『新潮』2014年6月号)

軍医の男は間近の敗戦と死を感じながら、売られてきた異国の女を犯し続けていた。

女は狂い、それでも彼らは安らぎと慰めを女に求め続けていた。

 

●二年前のこと(『群像』2011年12月号)

作家の僕は友人の紹介で何度か会話を交わしたことがある知人の女性が亡くなった時のことを思い出す。

彼女の訃報と、仕上げた1篇の小説。

創作を行うその罪深さ。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

ナカムラー的、ふみのりストな僕としては、まぁ中村文則の作品は全作品読んでしまうのですが・・・。

『A』図書館で借りて初めて読みましたが、長編とのあまりの違いにちょっとビックリしました。

短編は、『世界の終わり』があり、『惑いの森』もショートショートでしたが、『A』はさらにブッ飛んでいた印象でした。

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4、感想・書評

●糸杉

いかにも中村文則って感じの陰鬱な短編ですね。

ゴッホの糸杉にまつわる物語。

ゴッホは、糸杉をたくさんの絵画で描きましたが、何を描こうとしていたのでしょうか?

主人公である「僕」の狂気を受け止めたようにどこか正常から逸脱したような狂気に根ざしたイマジネーションを感じます。

僕の内部の何かが、彼女の身体の輪郭と入り交ざり、『糸杉』へと溶けていく。息を呑む。性的な感覚に覆われる。まるで彼女と共にこの絵に吸い込まれていくように。僕の狂気を『糸杉』が許す。

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一線を超える?

フライングをしている。

自覚も覚悟もないままに。

糸杉は消えて、みずからを励ますように寄り添っていた狂気のよすがはなくなってしまっていた。

なにか見放されているかのように。

覚悟もないままに何か決定的な過ちを、罪を犯そうとしている。

彼はただその瞬間を待ち続ける。

 

●嘔吐

白いものは何だったのでしょうか?

罪悪感、良心?

冒頭でそれを吐き捨てて、何かを越えようとした「僕」

自分と自分の人生に期待ができなくなった時、僕は彼女と結婚することを決めた。自分に意味がないなら、一人の人間を、せめて幸福にしようと思った。だが、僕にはその資格すらなかった

 

彼の周辺で起こっていた不穏な事件。

それは彼の仕業だったのでしょうか・・・?

飲み込んだ白い、生き物のようにヒクヒクと動く何かは彼の感情の罪悪感のような部分だったのでしょうか?

鳴り響くサイレンと共に物語は予感を孕んで閉じていきます。

 

●三つの車両

ユーモアに溢れるというか。

しっちゃかめっちゃかというか(笑)

老人は嘔吐の主人公にホームで会った老人と同一人物みたいですね。

そして、「N」に失笑。

 

●セールス・マン

憂鬱を売りに家々のチャイムを鳴らすセールス・マン、蜘蛛の繭に包まれて自慰行為に耽る妻、性欲が2倍になりチンコロケットテロを行う作家「N」らの濃すぎる登場人物たち。

猥雑で陰鬱な物語。

 

●体操座り

ついに「N」が分裂?

『A』の中で最もふざけた短編で、ダッチワイフを挟んで3人で体育座りしてるとか(๑≧౪≦)

シリアスな長編を書いている反動がこんなところに出てくるんですかね?

レベルは違うけど、シリアスな書評をブログで書いたあとに、雑記ブログでふざけたくなることがあるので、気持ちはわからなくはないです。

 

●妖怪の村

黒い鳥って、『世界の果て』にも出きてきますが、何らかのメタファーなのでしょうか?

まぁ、もちろん楽しい意味で使われていないことは確かですが・・・。

 

黒い鳥に覆い尽くされた絶望的な世界、「僕」はそこから異世界の妖怪の村に行き夏目さんに飼われますが、自分の中の何かを無くしていきます。

自覚すらしないままに。

あなたも、望みを叶えるために、こうなったのでしょう?自分の歪んだ人生の中で、いや、歪んでいたからこそ、望んでいたものを。

 

支配されることで得られる見せかけの幸福。

白痴化し、知らず知らずのうちに自分を見失うことで安息を得る。

この世界のどこかで行われている現実的な支配の形を物語にしたようにも感じました。

 

●三つのボール

人間どころか生物が出てこずに、ある部屋の中でボールが跳ね続けるという実験的な短編小説。

現代アートのように文章と、そこからもたらされる抽象的なイメージの波を楽しんでも良いし、そこから何かの意味を見出してもいい作品なのだと思います。

 

三つのボールは部屋の中で起こる様々な刺激に対して、それぞれ反応します。

電灯の明滅、パソコンの画面に映し出される映像、鳴り続ける電話の呼び出し音。

それはまるで外界の様々な刺激に揺れ動く人間の感情そのものを表現しているようにも僕には思えました。

短絡的かもしれませんが、白がポジティブな感情で、黒がネガティブな感情で、青がフラットな感情・・・とか?

ボールが感情だとすれば、部屋は心なのかもしれませんし、パソコンの画面に映る風景は感情を揺り動かすような出来事を抽象化したものなのかもしれません。

 

とか理屈をこねてみましたが、一言で言うとようわからん短編でした(๑≧౪≦)

 

●蛇

とにかく、えっろい、短編小説です。

なんかエロいと思ったら、官能小説特集用に執筆したものみたいですね。

ただ、文学が醸し出すエロスというのは、芸術や、歪んだ自我と縄のように絡み合っていて、とても淫靡で昏いのが何とも言えず良いです。

 

老人は緊縛したモデルを絵筆で弄び犯すことで、自ら罰せられることを求めているのでしょうか?

一線を超えて、行為者として罪を繰り返し、蛇のように罰を与えられるのを。

でも、まだ罰は与えられない、こんなに不実を働いても罪を犯しても、私にはまだ・・・。

老人の狂気は暗い予感と性に結びついています。

 

屈んでいる僕の背後で、何かの物音がした。

そして、最後の一文はそれを覗くものがいたことも示唆しているのでしょうか?

かつて覗くものであった老人が行為者として一線を超えて罪を犯したように。

老人の行為を覗くものも、また同じ運命の螺旋に巻き込まれていくのでしょうか?

 

●信者たち

「蛇」同様に官能小説特集用に書かれた作品ですが、教会でまぐわう罰当たりな不倫カップルの逢瀬を描いています。

2重の意味で不貞を働いている2人ですが、神からの軽蔑の視線を感じながらそのことでより快楽を掻き立てられていきます。

 

しかし、もし神がこの行為を覗き見して楽しんでいたとしたなら・・・。

2人の行為は罰に値するものでもなく、むしろ神の手のひらの上で行われている児戯にすぎないのかもしれません。

 

しかし、官能小説2つで「罰」と「覗き見る」という2つのキーワードを共通して使っているのは、何か意味ありげですね。

 

●晩餐は続く

ミステリー調な短編で、グロテスクでありながらどこか痛快でそして陰鬱であります。

人間の感情は。

年月を重ねていく毎に、キャンバスに幾重にも重ねて塗られた絵の具のように、交わり、重く滲み、暗灰色のくすんだ何かに変容していくものなのでしょうか・・・。

女の中には、やがて海が生まれた。女の精神では支えきれなくなった陰鬱がつくりだした、有害な金属が溶けながら沸き立つ暗く重い海だった。

 

●A

日本が第2次世界大戦末期。

中国で何をしてたのか。

敗戦濃厚で、死と敗北の予感を感じながら兵士たちはゆっくりと狂っていく。

 

●B

「A」に引き続き、中国での凄惨な話。

狂気と死の前で、何も知らない女性の肉体と魂は蹂躙されていく。

間違っていることはわかっていても、圧倒的な死の予感を前にして、何かを自らの心の慰めとしようとすること。

それをやめられない、堕ちることを止められないやるせなさ。

誰もが敗北者であり、巨大な運命の轍に蹂躙されるか細き存在。

 

風に飛ばされる軍票を追いかける女と、それを拾うのを手伝う兵隊たち。

何かの罪滅しのように。

しかし、死は間近に迫っていて彼らの罪は消えることはない。

もうすぐ罰が下る。

 

軍医の男は7度もその女を犯し、もう彼はかつて自分が大切に思った従妹の女を愛することはできない。

 

●二年前のこと

表現者たちは優れた作品を生み出すために、夜な夜な自分の暖かい思い出や、誰かとのかけがえのない絆を、暗いみずうみの底へと贄のように放り捨てる人たちのことを言うのかもしれない。

そういった狂気や人間性の棄却が、作品に妖しい魅力を付与して多くの人達を惹きつけるように思います。

 

この時に書いていたのは『掏摸』なのでしょうか?

自らの非人間性に打ちひしがれる中村文則ですが、そういったセンシティブさが太宰治を彷彿とさせて好きですし、何か得体の知れないものに飲み込まれようとする自分を描いてるこの作品は印象的でした。

この先彼が描く物語にどれだけの供物が必要となるのでしょうか?

 

 

 

5、終わりに

 

全体を通じて性的な話が多かったですね。

それと自分イジリ的な話だったりとか、シュールな感じのお笑いだったりとか、シリアスな長編ではないような様々な作品があって楽しく読めました。

僕はやっぱり『糸杉』みたいなスタンダードな話が好きだったりしますが。

単行本未掲載の話もいくつかあるみたいですし、また中村文則の新しい短編集を読んでみたいですね。

 

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