1、作品の概要
『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』は、金原ひとみの長編小説。
2025年4月10日に文藝春秋より単行本が刊行された。
528ページ。
『文學界』2022年9月号~2024年7月号に連載された。
第79回毎日出版文化賞文学・芸術部門受賞。
8人の登場人物の視点で、性加害、SNS、マッチングアプリ、ハラスメントなどの社会問題を論じた。

2、あらすじ
橋山美津によって、数年前の性加害を告発された文芸誌「叢雲」の元編集長・木戸悠介。
彼の部下である編集者の五松武夫、かつて編集担当してい小説家の長岡友梨奈も出版業界の暗部、性加害、ハラスメント、SNS、マッチングアプリと急激に変わりゆく社会の暗部に飲み込まれていく。
同じ時間を共有していたはずなのに、食い違っていく見解と事実。
そして、真実は藪の中へ・・・。

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
Xでいつも仲良くさせて頂いてる方が読んでいたので、初めて読んだの金原ひとみの本が『アンソーシャルディスタンス』でした。
いやー、衝撃でした。
テンプルに、捻りがきいたフックをかまされたぐらいに、脳が揺れました。
こんなに今という時代を切り取って、フィジカルレベルに物語に叩き込んでくるような作家は、金原ひとみ以外に僕は知りません。
Xでのやり取りの中で、『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』をおすすめされて調べてみたら、これまたとんでもなく刺さりそうな内容で、なんか装幀も赤と黒でかっこよくて、近々読んでみたいと思っていました。
まだ文庫版は出ていなかったので、ブックオフのお盆セールで2割引きでゲットしました!!
マウント取られて、上からガンガン殴られているような衝撃と痛みを感じながら読了しました。
いや、とんでもなく刺激的な内容でした!!
また大好きな作家が1人増えて嬉しいです。
books.bunshun.jp
4、感想(ネタバレあり)
①ハラスメント
性加害、ハラスメント、SNS、マッチングアプリなど、非常に現代的なテーマが散見されて、改めて金原ひとみという作家は「今」を切り取るのがとても上手な作家だなと思いながら読み進めていました。
それも、無理に引っ張ってきて話題性を作りましたよって感じではなくて、リアルに今自分が感じていて、腹の奥底に渦巻いている何かを、小説と言う媒体に叩きつけているようなフィーリングをずっと感じていました。
フィジカルレベルで体感しているような生々しさ。
これは、金原ひとみという作家が、臓腑に染み渡るように吸い込んだ今の空気を、自身のエモーションと共に吐き出しているからなのかなと思います。
興奮状態で、ちょっと何を言っているのかわからない感じですが、今回の感想はこんな感じで僕もエモーション丸出しで書き綴るyo!!
足りてないエデュケーションで、ひねり出せイマジネーション!!
それじゃ独りよがりのマスタベーション!!
・・・ん?なんの話だっけ?
この現代社会を切り取った物語を描いている感じ。
1990年代の全盛期の村上龍に対して感じた印象に近しくて、『イン・ザ・ミソスープ』を読んだ時に作品自体が時代のアイコンのように感じた感覚を思い出しました。
『YABUNONAKA』も、例えば20年後に再読して、「ああ、2025年ごろってこんな雰囲気だったよな」って、思い返せるような作品なんじゃないかなと思います。
文章、文体がどうのとか、物語の展開がどうのっていうより、なにか使命感みたいなものを感じさせられるような魂が乗った物語です。
hiro0706chang.hatenablog.com
作中でしきりに描かれているハラスメント。
もちろん以前からセクシャルハラスメントなどの概念はありましたが、それほど人々の行動に、社会に強い影響は与えていなかったように思います。
しかし、ここ10年ぐらいで地方の介護職員のヒロ氏も強く意識せざるをえないような社会的変化が起こっているように思います。
社会への影響って、水面に放り込まれた小石が起こすさざ波のようなもので、伝播していくには時間差があると思います。
都内の一流企業に勤めている人と、田舎でぼんやり暮らしいてるヒロ氏とでは伝播していく波の到達に時間差と意識の差は大きいと思いますし、物語の中での語られていますが、いまだに昭和の感覚で生きているオッサンもいると思います。
いちおうヘッポコ管理者のヒロ氏は、管理者向けハラスメント研修を受ける機会もあるのですが、セクハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラやら近年、ハラスメントの数は飛躍的に増えてきています。
今まで不当に踏みにじられてきた人権を鑑みると、ハラスメントといった定義がはっきりと提示されて、不当な行為にNOを言いやすくなったのは本当に良いことだと思います。
今年10月からはカスタマーハラスメントの規定などの作成を企業に義務付けられた法律が施行されますし、働き方改革と併せて「お客様は神様です」の時代から日本も大きく変わろうとしているんだな、としみじみ感じています。
ハラスメントが社会に広く認知されて、蹂躙されていた個人の権利が守られる。
それは、とても素晴らしいことなのですが、一方で過剰なハラスメントを訴える「ハラスメントハラスメント」も問題になっています。
通称ハラハラ。
なんか笑ってしまいますが、ガチな話ですし、権利意識と被害者意識が強いアブノーマルな方たちが幅を利かせているケースもあるということなのでしょう。
こういったバックグラウンドで生まれたこの物語。
急激な変化をするこの社会でどう生き抜いていくのか?
そんな問いかけを感じさせられました。
②魔女狩り
個人間のトラブルがあっという間に「社会」に拡散されて、多勢無勢で一方的に裁かれる。
木戸も、五松も大衆からの裁きを受けます。
裁判のような事実の精査もなしで、個人情報を晒されて、大衆の審判にかけられる。
これはまるで現代の魔女狩りですね。
一般人が衆目の眼前に晒されて、匿名の人々に一方的に裁かれるなんてことは恐怖でしかありません。
これも、ネットとSNS普及の負の功罪だと思います。
木戸と五松に非がなかったとは言いませんが、こんなふうに大衆に一方的にリンチされるのは間違っていると思いますし、中世ヨーロッパの魔女狩りのようだと思いました。
そんなわけで、Radiohead『Buran The Witch』が脳内に流れていました。
これも、SNSでの炎上と断罪を皮肉った曲なんでしょうね。
魔女を燃やせ
魔女を燃やせ
お前の居場所はわかってるぞ
www.youtube.com
ただ、木戸の性加害を公表した橋山美津もの主張が100%の正当性があったわけではなくて、彼女自身も風評被害に遭って痛手をこうむります。
初めは恋愛だったものがグロテスクに変容していく。
木戸が自分の立場を利用したのはもちろん最悪ですが、橋山自身も利益を得ていたことは確かなのでしょう。
お互いの主張のどっちが正しいかなんてわかりえないように思いますし、たぶんお互いに少しずつ間違っていた部分もあったのはないでしょうか?
でも、まあ自分の立場を利用した木戸はイカンと思いますが。
③真実は藪の中へ。ディスコミュニケーションの嵐
芥川龍之介の名作『藪の中』が、『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』でフューチャーされています。
音楽的に言うとサンプリングみたいな。
芥川龍之介の『藪の中』はマジで名作だと思いますし、多視点でぼやけていく真実という要旨を拡大解釈して、世界全体にコピー&ペーストしたような『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』はマジすげーエキサイティングだなって思いました。
音楽の世界では頻繁に行われているカバー曲と、サンプリング。
名作へのリスペクトと、リビルド。
文学界もこの流れにライドオン!!って思いますし、日本人って組み合わせたり、作り変えたりするのが上手な民族だと思っているので、こういうのいいんじゃないかと思いますが。
九段理江も『School Girl』で太宰治の『女性徒』をサンプリングしていましたが、こういう流れは続いて欲しいです。
「人は主観の呪いから逃れられず、自らを客観視することはできない」というのは僕の人生哲学のひとつです。
「自己を客観視する」なんて概念は、夢物語です。
人は主観でしか物事を認知できずに、主観で捉えられた事象はどこまでも物語化していく、というのが僕の考え方です。
事実に主体の「こうあって欲しい」という想いが重なって現実が変容していく。
そうやって、同じ時間を共有したはずの人たちが全く違った真実を見出していく。
芥川が『藪の中』を執筆した時は、そういった変事が起きたのはあくまで現実的な藪の中だけでした。
しかし、現代においてはこの世界全体が藪の中に埋没していると言えるように思います。
監視カメラや、スマホでの録音や、客観的な事実を集める手段は増えている。
なのに、相反して当事者たちの認識のズレは広がっていっているように思えるのは、皮肉なことですね。
④タイトロープみたいなこの世界をサバイブする
『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』は、主に男性側の性加害、ハラスメントを一方的に断罪した作品ではなく、厳罰化した世の中のルールから少しはみ出ると誰もが断罪されうるという危うさを描いた作品だと感じました。
現に、木戸を告発した橋山美津も攻撃されましたし、五松武夫を恐喝した優美は逮捕されて、長岡友梨奈も実は木戸と変わらない位置にいたんじゃないかと思う節もあり、あのタイミングで亡くなっていなければ糾弾されていた可能性もあったかと思います。
性的搾取というと、男性側のイメージが強いですが、今後は女性から男性へのハラスメントも問題になってくるのではないでしょうか?
木戸と橋山美津の関係性と、長岡友梨奈と横山一哉の関係性がそれほど遠いものだったのかどうか。
最後まではっきりしませんでしたが、長岡の越山恵斗への関わりとか、だいぶグレーな感じを受けました。
「もう安全地帯なんてない。厳罰化された魔女狩り社会では、誰もがタイトロープの上を歩いている」って、金原ひとみが耳元でがなり続けているように感じました。
ここ数年で急激なパラダイムシフトが起きている。
変化は性急かつ冷徹で、変化に気付かずに対応できない人間は奈落の底に突き落とされる。
そんなメッセージを感じました。
そんな酷薄な世界で贄の山羊にならないためにどのように振る舞えばいいのか?
金原ひとみはこの作品の中で、その答えを示してはいないと思いますが、急激に変容した世界に対してガンガン警鐘を鳴らしていると思います。
「変わりゆく世界を共にサバイブしよう」
そんなメッセージが籠められた作品。
中村文則の「共に生きましょう」にも通ずるようなメッセージ。
それだけ、現代社会が生きづらい世の中になってきているということではないでしょうか?
一昔前に夏目漱石と芥川龍之介が「一緒に生きよう!!」みたいなメッセージを書くことはなかったわけですし。
戦争や飢餓で死ぬことが亡くなった代わりに、悪意や生きる意欲の希薄さで死ぬ可能性があるのが現代社会。
それでも生き抜いていくことへの願いを感じた物語でした。

5、終わりに
あんまり物語の内容に触れてなくて、書評としては失敗な気もしますが、まあ自分の熱を放出できたので自分的には書いてて楽しかったです。
切り口がたくさんあって語り尽くせない素晴らしい作品だと思いますね~。
読書会とかあったらぜひ参加してみたいっすわ。
だれか主宰してください(笑)
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