ヒロの本棚

本、映画、音楽、写真などについて書きます!!

【本】村上龍『69 sixty nine』~おバカでポップな青春小説!!~

1、作品の概要

 

1987年に集英社から出版された村上龍の7作目の長編小説。

1969年の長崎を舞台に、自伝小説的に自身の高校時代をコミカルに描いている。

「MORE」に連載されていた。

2004年に脚本・宮藤官九郎、主演・妻夫木聡で映画化された。

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2、あらすじ

 

長崎県佐世保の北高生・ケンは女にモテたいという理由で、親友のアダマ、岩瀬ら数人と高校をゲリラ的にバリケード封鎖するが、バレて停学処分を受けてしまう。

しかし、この事件をキッカケに天使のように綺麗な松井和子と仲良くなることができて有頂天なケンはフェスティバルを企画する。

音楽、映画、演劇などで構成されるフェスティバルを開催されるために奮闘するケンとアダマ(主にアダマが)だったが、様々なトラブルに見舞われる。

 

1969年を舞台に、村上龍自身の体験を描いた痛快な青春コメディ小説。


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3、この作品に対する思い入れ

 

大学生の時に読んだ作品で、村上龍の作品の中でも異色と言えるほど明るくてポップな青春小説ですが、とても好きな作品ですね。

あと、タイトルがエロい(笑)

学園闘争とかあった時代の物語が好きですし、その時代をこれだけポップに不純に描いた作品はなくて新鮮でしたね(笑)

映画もビデオ化されてからソッコーでレンタルした記憶があります。

 

昔買ってたはずなのに本棚になかったです・・・。

3~4回ぐらい引越しすると色々なものがなくなりますね(^_^;)

 

 

 

4、感想・書評

 

まずは、タイトルがエロい(笑)

まぁ1969年の物語ということなんですが。

これが「MORE」に連載されていたと思うと、僕のブログが『anan』に連載されて、表紙は僕の蝉ヌードで、抱かれたい男NO.1に選ばれて、たくさんの女性にanan言って頂く日々も夢ではないのでしょう。

 

・・・。

すみません。

ちょっとインターネットの電波が混線してしまったようで・・・。

最近、シリアス・ブラックもビックリなぐらいシリアスな書評が多かったので、ふざけたくてしょうがなかったんです。

まぁ、でもこんなノリの明るく楽しい青春小説で、他の村上龍の作品とは全く別物の作品ですね。

とにかくモテたい!!目立ちたい!!お祭り大好き!!元祖パリピだぜ!!イエア!!

っていう感じです(笑)

 

龍の作品が別に好きじゃない人も、この作品だけは別目線でたのしめるかもしれませんね。

龍自身も、

これは楽しい小説である。

こんなに楽しい小説を書くことはこの先もうないだろうと思いながら書いた。

と、言っていて、僕も全作品をフォローしたわけじゃないけど、この龍の言葉は2021年現在当てはまっていると思います。

 

ってか、『69』は1987年発表で7作目なんですね。

もっと初期作品かと思ってました。

作品年表見てて、かの名作『コインロッカー・ベイビーズ』が3作目の作品で、1980年に発表されたってのもすごい話ですね。

コインロッカーの影響で村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』や、『AKIRA』が生まれたわけですからやっぱり時代を創りだすアイコンのような作家ですよね。

まぁ、ちょっとキザで気取ってる感じもあるんだけどそこも含めて好きですよ(笑)

 

物語は、あらすじに書いたとおりの単純明快さで、文章も会話が多くてめっちゃ読みやすいですね。

文章中、突然字のフォントが大きくなってて、多分僕のブログをパクったんでしょうね。

って、セカオワファンが電グルセカオワのパクリとか言ったノリですが(笑)

 

wikiで龍の来歴を見ながら書いてましたが、だいぶ自分の高校時代をそのまんま書いてますね!!

なんか目に浮かぶようだし、やっぱり目立ちたがり屋で女好きでアーティスティックな感じだったんだなと思いました。

そして、若干の胡散臭さも醸し出しつつ(笑)

 

痛快で楽しい青春物語ですが、学生闘争の暗部や、戦争とアメリカ軍の影を感じる佐世保という土地も光に映し出された影として描かれています。

決して明るい時代じゃなかったのかもしれないけど、あえて笑って生きるみたいな龍自身のフィロソフィーが投影されていたように思いますし、「楽しんで生きること」の大事さも説かれていたように思います。

1969年に生まれた人々は、ひょっとしたら今(1987年5月)高校生なのではないだろうか?

できれば、そんな人達に、読んで欲しい。

あとがきでこんなことを書いているのはこの作品ぐらいだと思いますし、とてもポップで読みやすくて、ゲラゲラ笑えるような小説を書きながら、龍自身が若い世代に向けてメッセージを発したのではないかと思います。

 

楽しく生きること。

現実に絶望せずに、頭を使って周りを巻き込んでやりたいことをやること。

つまらない大人や、くだらないクラスメイトに対しては徹底して戦うこと。

ってな感じでしょうか?

龍自身が生きた時代もタフな時代だったと思いますし、田舎の街でどうやったら楽しく過ごせるか知恵を絞って、そして実行に移したのだと思います。

 

モテたい。

目立ちたい。

楽しく生きたい。

の、何が悪い!!

そういった自身の行動に白い目を向ける連中とはトコトン戦うと作中で宣言していますし、彼は正にそういった考え方のもとに人生を送っているのだと思います。

 

楽しんで生きないのは、罪なことだ。わたしは、高校時代にわたしを傷つけた教師のことを今でも忘れていない。

数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものをわたしから奪おうとした。

彼らは人間を家畜へと変える仕事を飽きずに続ける「退屈」の象徴だった。

そんな状況は、今でも変わってないし、もっとひどくなっているはずだ。

だが、いつの時代にあっても、教師や刑事という権力の手先は手ごわいものだ。

彼らを殴っても結局こちらが損することになる。

唯一の復讐の方法は、彼らより楽しく生きることだと思う。

楽しくいきるためにはエネルギーがいる。

戦いである。

わたしは戦いを今も続けている。

退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。

最近、若い頃なんであんなに村上龍に傾倒していたんだろう?って思うことがあったんですが、その答えの一端がこの文章のような龍の考え方、生き方だったと思います。

大学生の頃、彼のエッセイなどの文章もとても好きで読みあさっていましたし、20代の頃に彼の生き方に絶大な影響を受けていたのだと思い出しました。

いや、忘れんなよって感じですが(笑)

ただ楽しいだけではなくて、そんな村上龍の人生哲学が詰まった1冊だと思います。

 

 

 

5、終わりに

 

村上龍はお祭り好きで、飽きっぽい正確なんだろうなと思います。

これは問題発言かもしれないけど、特に2000年以降は小説を専門で書くことにも飽きているんじゃないかな?

 

僕も、ツィッターの読書アカの方々からしたら本当になんちゃって読書家ですし、読みたくない時は全然読まないし、全ては気まぐれで気分次第の人間です。

趣味もローテーションさせていないと楽しくなくなっちゃう。

それに新しいことを始めるのが好きで、自分が知らない世界に飛び込む時のドキドキ感は異常に思えるくらいに好きでで死ぬまでそういった感覚を追い求めていきたいと思っています。

元々不器用で恥をかくことが多いので、失敗して恥をかくのも全然怖くないです。

どうせ傷だらけの人生なんだから。

死ぬこと以外カスリ傷ってやつですね(笑)

 

龍にもそういったところで共通点を感じるというか、龍のそういったところに僕も影響を受けたのかもしれませんね。

村上龍は、作家という枠組みを超えてよりマルチに、新しい刺激と「楽しいこと」を追い求め続けているような気がします。

そうした経験をフィードバックして発表される物語は、他の作家が持ち得ないような唯一無二の作品になっているように思います。

 

って、そんなわけで結局最後はマジメかっ!!って感じですが(^_^;)

そんな龍を見習って、僕も『anan』の表紙を飾る夢に向かって走り続けたいと思います。

 

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【雑記】新型コロナウィルスの感染に翻弄されるある介護職員のつぶやき・・・(^_^;)

☆まだ油断大敵だけど、ちょっと落ち着いたぜ☆

 

もー、この2年間「憎いあんちくしょう」のことが頭を離れません。

毎日が臥薪嘗胆。

耐えて耐えて耐え忍ぶ日々ですよ。

そんな憎いりきいし・・・じゃなくて新型コロナウィルスも、ここ日本では落ち着いてきています。

これには尾藤イサオもビックリですね!!

たたけ!!たたけ!!たたけぇ!!


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欧州ではドイツ、イギリスを始め過去最多クラスの新規感染者数を記録して、ロックダウンに反対する民衆はデモをしたりして、えらいことになっています。

お隣の韓国でも連日多くの新規感染者数を出していますが、日本では第5波以降急速に新規感染者数、重症者数、死者数が不自然なぐらい激減していますね。

この間の日曜日なんてこんな感じで50人そこそこ。

なんでだろうって疑問もありますが、ワクチンの効果と、国民全員の感染対策の浸透は間違いなくひとつの要因ではありますよね!!

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個人的にも職場の規制で、ここ2年間はジムや映画館もダメで外食も微妙な感じでした。

県外への旅行などはもっての他。

ただ、今回の感染者数の激減を受けて、職場の規制が大幅に緩和。

ジムや映画館はオッケーになりました。

やった!!

ただし、感染対策に気をつけながらですし、外食なんかはまだ怖い部分はありますね(^_^;)

まだまだ密を避ける日々は続きそうですが、少しは羽が伸ばせそうかなと思います。

 

映画館がオッケーになったのは嬉しいですね~。

アレサ・フランクリンの映画『リスペクト』観に行きたいです♪

『呪術廻戦』の映画も子供達と行きたいなぁ(^O^)


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☆介護職員としての新型コロナウィルスへの対応☆

 

新型コロナウィルスの蔓延により、観光業、飲食業、アパレル業などは特に大きな打撃を受けました。

コロナの受け入れをしている病院の医療機関で働く医療従事者の方たちは本当に心が折れそうになりながら働かれていた方も多くいらっしゃったと思います。

そんな方たちほどではないかもしれませんが、僕が働く介護業界でも新型コロナウィルスの影響は大きく、神経をすり減らすような毎日を送っていました。

 

もし自分が新型コロナウィルスに感染してしまうと思うと恐怖でした。

自分だけの問題だけではなくて、職場も2週間程度の営業停止になり、普段接しているご利用者様にも迷惑をかけてしまう。

それどころか、感染させてしまい場合によってはそれが原因で免疫と体力の低い高齢者の命を奪ってしまうかもしれない。

感染対策には気をつけていたつもりでしたが、スーパーなどには行くこともあり、感染の危険性は絶えずありました。

 

愛媛県内の介護施設でも新型コロナウィルスの感染者が出たり、職場や家の近所のスーパーなどで新型コロナウィルスの感染者が出たりと、人ごとではなく身近にコロナの脅威が迫ってきている感じがありました。

ウチの事業所のスタッフの家族が濃厚接触者になったり、感染者が出た施設に仕事で出入りしていたりと、戦場ですぐそこを銃弾がかすめていくような気分でしたよ(^_^;)

 

対ご利用者にしても、検温をお願いしたり、県外に出た方と接触がないかどうかの確認をしたり。

場合によっては介護サービスを停止させてもらう旨の文書も出さざるを得なくて、とても心苦しかったですね。

 

自分と家族の行動も制限されるし、プライベートの過ごし方も随分と変わりました。

飲み会はそこまで苦痛ではありませんでしたが、長らくジム通いと映画鑑賞が禁止されていたのは辛かったですね(>_<)

 

 

 

☆2年間を振り返る。コロナと分断☆

 

つい4ヶ月前には東京でオリンピックが開催していました。

なんだか過ぎ去ってみると嘘みたいですね・・・。

あの狂乱の日々は何だったのでしょうか?

 

東京オリンピックの強行開催が第5波の爆発的感染者増を招いたのは間違いなく、国家と国民の間に深刻な分断を招きました。

コロナの蔓延、その感染対策への考え方が世界中で深刻な分断を招いているように思います。

神経質なほど感染対策に神経を尖らせる人もいれば、緊急事態宣言下でも呆れるような行動をしている人もいました。

 

ネット上でもヒステリックな意見が飛び交い、愛媛のような田舎では初期にコロナ感染にかかった若い女性が村八分のようにされて、仕事も辞めて、引っ越すハメになったりしましたし、感染者が出ると魔女狩りのように感染者を特定して批判しようとする人達も多くいました。

県外ナンバーの車に傷をつける心無い人もいて、「県外ナンバーだけどずっと愛媛在住です」みたいなステッカーを貼る人も出てきたりしていました。

 

やはり世の中がなんだかギスギスしていて、人と人との触れ合いや繋がりさえも否定されるようでなんだか息苦しいですね(^_^;)

そんな中で、ブログやSNSなどのインターネットを介したコミュニケーションには大いに癒されました。

 

まだ我慢の日々が続きますが、切り抜けていきたいですね!!

政府の水際対策の甘さは大変気になりますが、早く終息して旅行にも行きたいですね!!

特に東京でまたBODY&SOULが開催されたら絶対行きたいな!!


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【映画】『すばらしき世界』~世界は冷たくて厳しいけど、時に優しい~

1、作品の概要

 

西川美和監督・脚本作品。

原案・佐木隆三『身分帳』で、実在の男をモデルに脚色した。

役所広司主演。

仲野太賀、長澤まさみ出演。

2021年2月に公開された日本映画。

シカゴ国際映画祭で観客賞、最優秀演技賞(役所広司)、シアトル国際映画祭で観客賞を受賞。

トロント国際映画祭、正式出品作品に選ばれた。

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2、あらすじ

 

母親から離れて児童施設で育った三上(役所広司)は、若い頃からヤクザの組織と付き合いがあり、様々な悪事に手を染めていた。

結婚をした矢先にトラブルから人を殺めてしまい長い間刑務所に服役していた三上だったが、刑期を終えて社会に復帰しようと悪戦苦闘する。

身元引受人の庄司(橋爪功)とその妻、三上にTV出演を依頼する津乃田、スーパーの店長の松本(六角精児)らに支えながら、普通の生活をしようと張り切る三上だったが・・・。


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3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ

 

西川美和監督作品であったということ、ポスタービジュアルにとても強く惹かれていて前から観たいと思っていた映画でした。

西川美和監督の『ゆれる』は僕の中で邦画のオールタイムベスト10に入るぐらい好きで衝撃を受けた映画ですし、『永い言い訳』も心が抉られまくった映画でした。

 

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kenさんもおすすめ映画にあげていて、絶賛していたのでこれは是非観なければと思っていました。

最近、良い日本映画が増えた気がしますな~。

ken03120.hateblo.jp

 

 

 

4、感想・書評(ネタバレありあり)

 

殺人の罪を犯して長い年月収監されていた三上ですが、彼は犯した罪に対してはほとんど反省をしておらず、人を殺したことに対しても全く悪びれた様子はありません。

映画でも彼が犯した罪を描くというよりも、罪を犯し収監されていたことで彼が失ったもの(妻や社会的信用)、そしてそれを取り戻すことの難しさが描かれています。

特に序盤は、生活保護の申請を通すのにもひと悶着あり、高血圧で体調も崩してしまい、車の普通免許の再交付は認められず、近所の住民とはトラブルを起こし、津乃田からはTVで見せものにするような取材依頼をされ、スーパーの店長には万引きを疑われてしまいます。

もうやることなすこと上手くいきません。。

 

いや、どこが『すばらしき世界』なん!?

ここでは、『すばらしき世界』というタイトルがとてもアイロニカルに響き、社会は三上に厳しく冷たく思えます。

でも、三上もうまくやり過ごすことができず真正面から衝突を繰り返してしまいますし、そもそもは自らが蒔いた種であり自業自得と言えるでしょう。

現代社会において、一度システムから逸脱してしまった人間に世間はとても冷たい。

強固な壁としてシステムがそびえ立っていて、個人の想いは跳ね返されてしまいます。

 

うまくいかずにやけっぱちになって、ヤクザ時代の兄弟分の家に身を寄せていた三上ですが、兄弟分が警察に捕まったこともあり元の生活に戻ります。

金を渡して三上を逃がす奥さんのセリフがとても印象的でした。

「シャバは我慢の連続ですよ。我慢のわりにたいして面白うもなか。やけど、空が広いち言いますよ」

 

だけど、まだまだ世の中捨てたもんじゃない。

不器用で、まだ以前のヤクザ時代のような粗暴さが抜けきらない三上のことを支えてくれる人間が少しずつ増えていきます。

『すばらしき世界』に篭められた2重の意味。

この世界も捨てたもんじゃない。

悪くないって思える瞬間もある、っていうそのままの意味でも使われているように思います。

 

世界は時にすばらしいけど、冷たくてどうしようもないクソみたいなことも起こったりする。

ブルーハーツの歌じゃないけど、「いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない」みたいな感じでしょうか?

 

三上自身も素朴で一生懸命で何に対しても真っ直ぐな良い面もありますが、暴力的ですぐ逆上してしまうような悪い面もあります。

そして過去の罪に対しても一切反省しておらず、倫理観の欠如も見られるように思います。

世の中も人も、天使のように清らかな面と、悪魔のように残忍な両面を併せ持っているということなのでしょうか?

 

仲野太賀演じる津乃田と三上の関係性が好きで、初めは仕事の取材対象として、どちらかというと見せものにするために三上に近づいた津乃田でしたが、次第に三上の人柄に惹かれて彼が更生して普通の生活をするようになる様を小説に書きたいと思うようになります。

津乃田はどこか原作者の佐木隆三さんを意識した人物のように思えます。

三上の母親を探すために以前暮らしていた児童施設を訪ねて、子供達と泥だらけになりながらサッカーをして、2人で一緒に銭湯に行って背中も流して・・・。

なんだかほろりとくるような温かな交流が芽生えてきます。

 

三上の母親は結局見つからずに、白い割烹着を着た母親が迎えに来ていたという三上の記憶もあやふやなものでした。

人の記憶は自分が思っているより不確かなもので、願望を記憶として勘違いしていることもあるそうです。

人は自分が見たいものだけを見ようとする生き物なのかもしれません。

 

物語の後半は温かく希望に満ちたものでした。

高齢者施設に就職することもでき、三上を支える人達にお祝いをしてもらい、プレゼントの自転車で出勤するようになります。

車の免許も取ることができて、別れた妻ともデートの約束をして順風満帆な日々。

高齢者施設での障害を持った従業員へのいじめを目撃し、逆上しそうになる三上でしたがなんとか堪えることもできました。

(ただ胸糞が悪いシーンでしたが・・・)

 

終わりは唐突にやってきます。

高血圧による、心筋梗塞でしょうか?

三上はコスモスを握り締めたまま自室で倒れ、この世を去ってしまいます。

取り乱す津乃田の様子が胸に刺さりますし、映画を観ていた人達の気持ちを代弁していたようにも思います。

 

圧巻のラスト。

死って、人生ってこういうものかもしれない。

すごくやるせないけど・・・。

思ってもみないことの連続で、最後の瞬間だって絶対に思い通りになってくれない。

三上にとってこの世界はすばらしいものだったのでしょうか?

 

 

5、終わりに

 

いやー、心に残る良い映画でした。

感想のところに書けませんでしたが、映像も斬新で三上が東京から飛行機に乗るシーンとかめちゃくちゃ綺麗な映像でした。

上空から観る東京の夜景、何度か使われていた光が滲んだような映像。

東京に戻った三上と津乃田が再会する上空からの映像(ドローン?)、ラストシーンの生気を失った三上の手とコスモスはまるで1枚の絵画のような完璧な構図でした。

音楽も良かったです。

 

そして、なんと言っても役所広司の演技力!!

博多弁はよくわかりませんが、違和感は感じませんでしたし、突然暴力的になる時のスイッチの入り方の表現なんかが背筋が寒くなるほど秀逸でした。

津乃田役の仲野太賀の演技も印象的でしたね。

 

やっぱり西川美和監督の作品は良いですなぁ。

他の作品もまた観てみたいですね!!

 

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【本】西加奈子『夜が明ける』~この夜は本当に明けるのだろうか。苛烈に、深く、暗い、この夜は~

1、作品の概要

 

2021年10月に刊行された西加奈子5年ぶりの書き下ろし長編小説。

貧困、虐待、過重労働など日本の社会問題、そういった問題に直面する人々の生きづらさと救済を描いている。

主人公の「俺」が高校時代から就職するまでのアキとの日々を振り返る前編と、2人がそれぞれの道を歩んでいく後編で構成されていて、物語のラストよりさらに先の未来から「俺」の視点で物語が語られている。

『i』に続いて装画を西加奈子本人が描いた。

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2、あらすじ

 

映画好きの父親を持つ「俺」は、フィンランドのカルト映画『男たちの朝』の主演俳優アキ・マケライネンにそっくりな深沢暁ことアキに出会う。

アキは背が高くて異様な顔をしていて吃音でうまく他人とコミュニケーションを取れなかったが、いじられキャラとして高校全体の人気者になった。

彼は、極貧の中母親の虐待を受けていたが、本気でマケライネンに憧れて俳優になろうと志し、高校を卒業してアルバイトをしながら劇団の活動をするようになる。

一方、「俺」は父親を亡くし、弁護士の中島さんの手助けも借りながら大学に進学し、TV番組の制作会社に入社する。

かつて親友だった2人は離れ離れになり、それぞれの場所で苛烈な苦しみを味わいながら大人になっていく。

そして2人の人生が再び交わる時、絶望の夜がゆっくりと明けていく・・・。

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだきっかけ

 

先日読んだ『i』がとてつもなく良い作品で、続けて最新作の『夜を明ける』を読んでみたくなりました。

『i』から引き続いて、様々な社会問題を取り扱いながらも、しっかりと個人にフォーカスして生きづらさにスポットを当てて、その救済を描いた作品でした。

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「この本を今、この瞬間、手に取れてよかった」と、深い喜びを覚えながらそう感じられる。

そんなすばらしい作品でした。


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4、感想・書評(ネタバレありまくるよ!!)

 

西加奈子という作家

西加奈子は不思議な作家だと思います。

今作のような凄惨な社会テーマや、『i』のような世界の戦争や災害などの重いテーマを扱いながらもどことなく作品の中に「優しさ」が感じられるのです。

登場人物も、コンプレックスや生まれながらの環境の悪さ(親ガチャの外れ。。)に苛まされているのですが、向けられている目線はどこまでも優しく、物語がギリギリの凄惨な場面に差し掛かっても、淡い光が差してきて少しずつ立ち上がっていくことができます。

 

優しい人達と優しい物語。

「優」がゲシュタルト崩壊寸前です。

なんで物語が優しいかっていうと、ありきたりですが西さんが優しい人だからなんだろうと思います。

じゃあ、優しいってどういうことなんだろうって考えるとたくさんの答えがあると思うんですけど、ここで注目したいのは「多様性への寛容さ」としての優しさです。

 

まだそこまで西さんのことを知っているわけではないのですが、幼い頃に海外にいた経験をしているからか、どこか視点が独特で、物語の中でとても「突飛な人々」を登場させます。

「突飛な人々」は社会の中で様々に辛い想いをしますが、そういった人達に対する優しい目線、上からの救済ではなくて同じ場所から「寄り添う」やり方で物語を描いているように思います。

西さんはマクロの視点、俯瞰の目線で人生を見て物語を創造していっているように思いますが、同時にミクロの視点で登場人物の心情や痛みに寄り添っていっているように僕には思えます。

 

きっとそのことが、西加奈子の小説が持つ「優しさ」であり最大の魅力なのではないかと思っています。

アメトークの「本好き芸人」でオードリーの若林が「クズへの目線が優しい」的なことを言っていたように思いますが、生きづらさを感じてもがいている人たちへの優しい目線がいつも感じられる彼女の物語が好きです。

深い混乱と破壊。

あるいは、世界が終わったかのような悲劇。

それでも物語の最後には希望の光が灯り、彼・彼女らはまた歩き出す。

『夜が明ける』でも、そんな西さんの西さんたる物語が展開されています。

もう本当に心を揺さぶられる傑作でした。

 

②アキが抱いている問題

アキは、とてつもなくピュアな性格の人間ですね。

でも、そのピュアさって彼の知性の欠如と生育環境によるところもあるのかもしれないと物語を読み進めながら感じました。

 

アキ・マケライネンの存在を「俺」から聞いてマケライネンになりたいって強く願い、異常な熱意でそう振舞ったこと。

深沢暁としての自分を乖離して、アキ・マケライネンとして生きたい。

それは、自分の人生からの逃避であったかもしれません。

アキは、劣悪な環境で生まれ育ち経済的な余裕がなければ進学も、高収入の仕事に就くことも叶わずにずっと地べたを這い回るような生活を強いられてしまいます。

 

そこで縋ったのがマケライネンとしての自分であり、劇団「プウラ」の家族だったのでしょう。

アキの純朴な忠誠は、プウラの東国のから信頼を勝ち取りますが、その過剰な執着からやがて疎まれて排斥されるようになってしまいます。

そしてバー「FAKE」へと転がるように自分の居場所を求めて彷徨います。

ずっとアキには自分の居場所がなくて、無条件で愛してくれる家族もいなくて、精神的にも肉体的にもずっと彷徨っていました。

ただただ、自分を受け入れてくれる暖かい場所、愛してくれる誰かの愛情を求めていたのではないでしょうか?

 

不器用なアキの言動はとても切なくて、本当にささやかで温かいものをずっと求めていたのだと思うと何か身につまされます。

母親がとても精神的に不安定で、父親がおらず、経済的に貧しい中で虐待されながら育ってしまった。

優しいアキはどうにか母親を助けようと、愛されようと振る舞いますが上手くいかず一時は施設にも引き取られ、やがて母親を経済的に助けるために働くようになります。

 

「俺」は、そんなアキのバックボーンを知らずに友達になり、彼に「アキ・マケライネン」という精神的な居場所を作り、2人は親友になります。

「俺」はちょっと面白い奴がいるぐらいのキッカケだったのでしょうが、アキにとってマケライネンという居場所を与えられ、自分を変えてくれた「俺」との出会いは大きな転換点だったのだと思います。

「俺」も「あんべたくま」の選挙カーに惹かれそうになったのをアキに助けられこともあり、アキに対して親愛の情を抱くようになりますし、アキを何か社会に対してのアンチテーゼのような存在にも捉えていました。

俺はアキに何かを託していたのかもしれない。俺にとってアキは社会に投げつける爆弾だった。優しくて、みっともなくて、無害な奴だったが、アキのような人間が、いや、アキのような人間こそが認められる社会であるべきだという、強い想いがあった。それで俺の生活が変わるわけではない。それでも、アキが世界で居場所を見つけることは俺にとって切実な急務だった。俺はアキを、世界に投げつけた

 

最後はマケライネンの生まれたフィンランドに辿り着いて、マケライネンの恋人に看取られながら逝ったアキ。

ウズから「これからお前がすべきことを教えてやる」と背中を押してくれたお陰で二エミに会うことができましたが、彼女との出会いにもたくさんの偶然やめぐり合わせに満ちていました。

 

この世界には不思議な巡り合わせがたくさんあるし、科学では説明できないような奇跡としか言えないような物事がたくさんあります。

生き写しとも言うべきマケライネンとアキの容姿。

「アキ」という同じ名前。

日本人のアキがフィンランドのカルト映画「男たちの朝」を観ることができたのは、多趣味な父親を持つ「俺」に出会ったからで。

そんなアキがフィンランドに行き、ゆかりのあるバーでマケライネンの恋人であったロッテン・ニエミと巡り会う・・・。

 

これだけの「偶然の巡り合わせ」がこの世の中にどれだけ存在するのでしょうか?

まるで点と線が繋がっていくようにマケライネンとアキの人生の軌跡が重なっていきます。

そして、マケライネンの代表作「男たちの朝」の別の和訳が「夜が明ける」で、アキの名前が「暁(アキラ)」で、暁は夜明けを意味する言葉で・・・。

もう鳥肌ぶわってなりましたよ。

西さんが籠めた『夜が明ける』のタイトルの意味についても幾重もの意味が込められていて、鳥肌が立ちすぎて危うく鳥になるところでした(笑)

いや、失礼(^_^;)

 

アキは母親から虐待されて、外の世界で望んでいた愛情を与えられず、他者から迫害され続けて、生涯ずっと貧しいままでした。

晩年のロッテンとの日々は穏やかであったのかもしれませんが、彼の人生はただ無残で凄惨なものであったのでしょうか?

彼にも少ないけど幸福な時間はあったのだと思います。

例えば、「俺」との邂逅。

アキが送った人生に意味を与えるのは「俺」がこれから作るアキの人生を撮った作品なのかもしれません。

 

③「俺」が戦っていたもの。

この物語で生まれた時から貧困層でずっとそのまま貧困層だったのがアキで、かつて貧困層だったけどそこから努力と才覚で抜け出して富裕層になったのが中島さんで、中間層だったのに父親の死を契機に突然貧困層に叩き落とされたのが「俺」だったと思います。

日本で田中角栄が唱えた「一億総中流」は今は昔。

この国でも貧富の差が拡大していき、オブラートに包まれていますが「貧困問題」は加速しつつあります。

経済力=学力=就職=経済力で、金持ちの子供は金持ちに貧乏人の子供は貧乏人にという負の連鎖が生まれているように思います。

 

格差の拡大。

それは、この国でメディアで報道されているより根強く幅広く起こっている問題であり、西加奈子はそういった社会問題もこの物語の核に据えているのだと思います。

今後、AIによって人間が携わる仕事が減ってきた時に、現在少しずつ顕在している問題は一気に膨らみ様々な事件を引き起こすようかもしれません。

経営者は人件費がかからないためにより富み、特別な技能を持たない労働者は職からあぶれてより弱い立場へと追いやられていく・・・。

ベーシックインカムなども論じられていますが、とにかくそういった次の産業革命は間近に迫っているのだと思います。

 

そういった状況下でブラック労働、貧困などの問題を取り扱った西加奈子はさすがの慧眼と感性だと思いますし、インタビューで「本当に書いてよいのか?当事者でないためらい」を語っていたのも女性作家ならではの繊細な優しさを感じました。

これが村上龍平野啓一郎中村文則らの作家でしたらドヤ顔で書くとことろですね(笑)

↑いや、全員好きな作家さんなんですが!!

『i』に引き続き、ためらいながらも社会に生きる一員として、社会にある諸問題を物語化していますが、何かそういった問題を物語化する流れがとても自然に感じます。

作家性なのかそういう気配りができる繊細さを持ち合わせた人間性なのか、あらゆる種類のテーマが温かくて優しい味のスープのように物語の中に溶け合っているように思います。

 

「どうか負けないで。祈っています。」

父親を亡くして経済的にも困窮を窮めた「俺」に遠峰から送られた手紙の一文です。

「俺」も遠峯の言葉に勇気づけられて、負けないように世界と対峙する姿勢でトンガって生きていきます。

支えてくれた中島さんもどっちかというと「負けるなよ!!」みたいな昭和的な励まし方で、別にそれが間違ってたわけではないと思うのですが、「俺」は職場の過酷な状況もあり、ちょっと偏屈でギザギザした感じになってしまっていたようです。

それは、「俺」の主観で語られている物語中ではなかなか感じられませんでしたが、後輩の森の視点で「俺」についての印象を語られる時に初めて判明します。

気づいてたと思いますけど、私先輩が苦手で・・・。なんかもう、スーパーごりクソマッチョですよね?あちゃー、やってんなー、って感じ。俺の勝ちか?俺の勝ちだなっていつも言ってる感じ。

 

だいぶ物語の中の「俺」の視点とかけ離れた森の印象ですね。

この物語の語り手は「俺」で、内容は常に主観で語られます。

「自己を客観視する」なんて言葉がありますが僕はその言葉に否定的で、主観はどこまでも自己と自我で、「自分」は決して客観で物事を自分の人生を見ることはできないのだと思います。

だからこそ人生は物語化していくのだと思いますし、そこに客観性という要素はむしろ野暮なのかもしれませんし、時には事実だの真実だのも何の意味も持たないのだと思います。

 

「俺」はいつしか自分の境遇をバネに「負けないこと」を大事に思って行動するようになっていました。

それが決して間違っていたとは思いませんし、その「負けない」という気持ちで辛い日々を乗り越えてきたのでしょう。

でも、気持ちが折れてしまった時に。

負けてしまった時にはどうしたら良いのでしょう?

 

④彼女が示す救済とは?暗かった夜が明けた時

ずっと勝ち続ける。

上昇し続ける。

などということが可能なのでしょうか?

勝つこともあれば負けることがあるのが人生であると思いますし、そもそも勝ち負けだけで論ずる価値観自体どうかとは思いますが。

 

父親が死んで莫大な負債を負って、生活が一変して「俺」が選んだのは「世界との対峙」であったのだと思います。

勝ち負けの論理で物事を計り、あらゆる物事と争い、対峙していく。

運命を、人を、社会を、あまつさえ自分をも憎んで戦って、戦って、戦って・・・。

でも、負けることだってある。

いつか徹底的に負けてしまった時にどうすればいいのか?

 

「俺」が考える資本主義社会のゼロサムゲーム的な勝ち負け。

誰かの幸福を誰かが奪うような骨肉の争い。

そんな勝ち負けとは一線を画した価値観の中に遠峰はいました。

言葉では勝ち負けを使っていますが、「俺」の価値観とは一線を画しています。

そして、それは彼女が負け続けて辛酸を舐め続けてたどり着いた答えだったのだと思います。

でも、いつからかな、恨むことが負けだと思うようになった。恨んでたら、恨んでる側が弱いんだって。

強い人は恨まないんでしょう。弱いから、弱さの中にいるから恨むんでしょう。

誰かの、世界の優しさを信じられないのは、その人が弱いからなんでしょう?

 

僕が最近自分の人生の中で思うことは、「人は勝っている時より、負けている時の過ごし方のほうが大事」ということです。

僕の座右の銘のひとつに「人生は糾える縄のごとし」という言葉がありますが、幸福と不幸は表裏一体でありますし、ランクの差はあっても勝ちっぱなし、負けっぱなしの人生は存在しないと思いますし、波があるのが人生なのだと思います。

幸福な時、うまくいっている時に余裕を持って他者に優しくしたりするのは誰にでもできる行為だと思います。

でも、これが不幸な時、うまくいっていない時だとどうでしょうか?

同じ振る舞いでもハードルが高くなると思います。

だからこそ、人間の人生の価値はうまくいっていない時にどう振る舞うか?、が大事になるのだと思います。

遠峰は、自分の人生がうまくいっていない辛い時期に何かを学べたのではないかと思います。

 

ブラック企業、ブラック労働なる言葉がありますが、そういった労働を強いられた時にどうすればいいのでしょうか?

簡単にやめるわけにはいかない場合もあると思います。

辞めることによって、再就職が難しくなり経済的に困窮してしまう場合も多いのでしょう。

今の日本において働くことは時に命を削るような強いストレスを心に与えたりすることがあり、死を選んでしまう人たちも時にはいらっしゃいます。

「昔と比べて働くことに対しての気合が足りない。俺たちの頃なんて・・・」と言われる団塊の世代の方もいらっしゃるかもしれませんが、離職する選択肢もなく追い詰められてする労働は一昔前の「がむしゃらに働いた俺たち」の経験とは違ったものだと思います。

 

でも。

そうやって苦しんでいる人は全くの孤独なのでしょうか?

友達も親も誰も助けてくれない?

国も地方自治体もあてにならない?

そうかもしれないけど。

だけど。

必死に助けを呼んでみたら。

もしかしたら、誰かに届くかもしれない。

誰かが助けてくれるかもしれない。

みっともない?

そうかもしれないけど、それでも声の限り助けを求めたら、誰かに届くかもしれない。

 

戦うのではなくて、「抗う」。

世界と対峙するのではなくて、融和する。

森が言っていたのはこういうことなのかな?

田沢さんの言葉が胸に刺さります。

これはきっと西さん自身の言葉。

深い深い明けない夜を待ち続ける人達に向けた。

この物語の夜明けに一番書きたかった言葉。

では、書きます。

さん、はい。

「苦しかったら、助けを求めろ」

駄目押しで。

「苦しかったら、助けを求めろ」

 

 

 

5、終わりに

 

サザエさんがやってる時間に書きながら何度も号泣インザハウスのマザーファッカーでした。

いや、もう西さんの言葉って、物語ってこんなにも魂を揺さぶるのでしょうか?

心の琴線が長渕剛のギターばりにバランバラン掻き鳴らされて幸せのトンボはどこかに飛んでいきます。

ぶっ飛ばされすぎておかしくなっていますが、本当に魂の奥深くまで届くような作品であり、今この世界に生きるたくさんの人達に読んで欲しい物語だと思います。

 

「夜明け前が一番暗い」という言葉があり、株・投資の世界ではよく使われる言葉なのですが、物事の暗い側面には終わりかけの時期が一番辛かったりします。

株もセリングクライマックスと言い、下げ続けた最後の時期にはさらに酷い下落があり大体そこで個人投資家が売ってしまうのですが、そこが夜明けでトレンドが転換して夜明けが来たりします。

 

今が暗くて、闇の底にいたとして。

そこから抜け出せない苦しみを抱いていたとしても。

もう少し。

もう少しで夜明けが来るかもしれない。

西加奈子はそう言って僕たちを励ましてくれているようにも思います。

 

えっと、もういっかい言いますね?

「苦しかったら、助けを求めろ」

 

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【映画】『生きちゃった』~自分の気持ちを余すことなく、愛する人に伝えることができたら。~

1、作品の概要

 

『船を編む』などの石田裕也監督作品。

2020年公開。

主演・仲野太賀、共演に大島優子

香港と中国が出資した企画で、「至上の愛」をテーマにした原点回帰をコンセプトにアジアの6人の監督が映画制作してアジアを中心に世界で公開された。

石井監督オリジナルの脚本で、忖度や制約ゼロの中で作られた。

 


www.youtube.com

 

 

 

2、あらすじ

 

高校の同級生だった厚久と奈津美は結婚して娘も生まれて幸せに暮らしていた。

一緒に3人でつるんでいた武田は結婚後も2人と親友でい続けていた。

厚久が体調不良で早退して帰宅すると、妻は他の男と肌を重ねていた。

平穏だった日常は崩れて、愛はイミテーションのように色褪せて壊れていく。

失意の厚久に寄り添い続ける武田、弟の妻を奪った男に憎しみを抱く厚久の兄。

悲劇が雪崩のように虚構を押し流した後に、隠された想いが語られ始める・・・。

ikichatta.com

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ・観たきっかけ

 

kenさんがツィッターかブログで絶賛していて気になって観ました。

TSUTAYA、ゲオでジャケを見てなんか気になってたのもあります。

ジャケ買いならぬ、ジャケ借りとか全然あります。

インスピレーションとフィーリングに従って生きている44歳っすわぁ。

なんか文句あっがぁぁぁあ!!!!

なぐごはいねぇぇぇがぁぁぁああ!!!!!!

 

何か邦画でしか醸し出せないような湿度と、その奥に隠されたエモーションを感じさせてくれるような映画だったと思います。

観終わったあともずっと。

抉られ続けています。

痛い痛い。

古傷のかさぶたをはがしてるみたいな。


www.youtube.com

 

 

 

4、感想(わりとネタバレやで?)

 

大島優子さんって元AKBの主力だった人なんですね?

いや、世俗に疎いもので。。

なんかそんなキラキラを全然感じないようなスレた役でしたし、すごくハマっていたと思います。

旦那に浮気相手とのセックスを目撃されて睨み返したりとか、なかなかのタマですね。

 

でも元々は天真爛漫でちょっとだけ生き方が下手な不器用な女性なのかなと思えました。

厚久が別の女性の婚約を破棄して、奈津美と結婚するキッカケになった事件(?)もはっきりとは語られていませんが、そんな奈津美の不器用さが招いたトラブルだったのかなとも思えました。

そのまま厚久と添い遂げられていたら・・・。

なにかそういう生きるのが下手で、選択することが自分をどんどん不幸へと追いやっていくような人っていると思うんですけど、奈津美はまさにそういう感じの人生を歩んでしまいます。

 

厚久と武田が歌っている主題歌の「夏の花」は、奈津美への想いを曲にしたのでしょうか?

在りし日に咲いていた眩しいくらいのナツの花は悲しくも散ってしまいます。

度々挿入される高校時代の3人の映像がとても切ないです。

 

厚久はなぜ奈津美に裏切られてしまったのか?

彼の心の声が小さすぎて奈津美に届いていなかったからでしょうか?

鬼滅の刃』のカナヲみたいですが、厚久の心の中にはマグマのような激情も渦巻いていたのですが、外の世界に向かってどうやって表現したら良いのかを自分でもわからなかったのでしょう。

 

厚久の祖父、兄との関係は彼の心の中でとても大事な部分を占めていて、彼の心の声を聞き取ってくれる数少ない人たちだったのではないでしょうか。

兄役のパク・ジョンボムの雰囲気が何か好きなんですが、まるで村上春樹海辺のカフカ』のナカタさんのようにイノセントな感じがします。

厚久=カフカが心の内に閉じ込めた、あるいは感じないように目を背けた「悪意」を代わりに発散して、弟の妻と姦淫した悪の男を殺したように思います。

 

彼のサムアップが目に浮かびます。

引きこもりのヤク中でもやはり兄でありますし、厚久のことを案じていたのでしょう。

悪意や怒りを誰かに向かって発散できない弟の代わりに、兄が罪を犯したように僕には感じられます。

 

殺人を犯した兄に面会するために父母と共に刑務所へと赴く厚久。

その帰りに場末とも思える中華料理屋で不味そうな料理を食べて、意味不明な家族写真を愚鈍な男に撮ってもらう。

公園では殺人を犯した兄が収容される刑務所をバックにハイチーズ。

すごくシュールでズレているし、何か寂しいようなシーンでした。

なんかああいうシーンって好きですね(笑)

老いた父母と、女房に三行半を突きつけられた三十路の男。

哀愁が漂いまくります。

 

死んだ男の借金を背負ってデリヘル嬢になり、挙句の果てに異常者の客に殺された奈津美。

もう辛すぎます。

義理の母から拒絶されて娘も取り上げられる厚久。

たまらず武田の運転で娘のすずが住む家へと足を運ぶ厚久でしたが、そのまま通り過ぎてしまいます。

 

このままでいいのか?

一生自分の心の声を伝えずに。

大事な人の前を通り過ぎるのか?

もう2度と会えないのだとしても?

 

車中で想いをぶつけ合う武田と厚久。

鳴り響くクラクション。

何かを察して姿を見せるすず。

とめどなく流れ落ちる2人の涙。

そして・・・。

意を決した厚久は走り出します。

今度こそ心の声を。

自らの想いを大事な人に伝えるために。

 

 

 

5、終わりに

 

自分の気持ちや心の中にとどまっている感情を表現することは、難しいことがあると思います。

誰かの気持ちを慮るあまり、自分の声の出し方を忘れた男。

そんな彼が自分の声を取り戻す物語。

誰かの幸せを願うなら、またその誰かに寄り添う自分も心の声を出して一緒に歌えればいいい。

そんなことを思わせてくれる物語でした。

 

 

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【本】西加奈子 『i』~世界が変わらないなら、私は何度も叫び続けたい~

1、作品の概要

 

2016年に刊行された西加奈子の書き下ろし長編小説。

装丁の絵は西加奈子自身が手がけた。

シリアにルーツを持つ女の子が世界の悲劇と自身の境遇に悩みながらも、愛の実在を求め続ける。

f:id:hiro0706chang:20211112212607j:image

 

 

 

2、あらすじ

 

シリアにルーツを持ち、裕福な両親の元で養子として育てられたアイ。

両親からたくさんの愛情を注がれて育てられて、美しく聡明な娘に成長したが、シリアや世界の悲劇のニュースに心を痛めて自分だけ幸福でいることに負い目を感じてしまっていた。

高校の数学での授業での「この世界にアイは存在しません」という言葉が呪いのようにつきまとい彼女を悩ませていた。

親友のミナ、夫のユウに心を開いて愛情が何かを実感し、少しずつ自らの存在を肯定できるようになったiだったが、出産のトラブルでそんな2人との関係にも亀裂が入るようになってしまう。

果たしてこの世界に「アイ」は存在するのでしょうか?

 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ・読んだきっかけ

 

今回初読でしたが、『サラバ』『漁港の肉子ちゃん』『きいろいぞう』と同じぐらい好きな作品になりました。

西さんの作品はなにか魂を揺り動かされるような力強い感動が込み上げてきます。

この作品にもそんな彼女の人生に対する優しい目線、願いが込められていたように思います。

www.poplar.co.jp

 

 

 

4、感想・書評

 

①自分の存在に確信が持てないアイ

「人間は自らが恵まれた境遇にいることでさえ劣等感に苛まされることがある」みたいなことを太宰治が作品の中で言っていましたが、アイも自分が本来政情の不安定なシリアに生まれて貧しい暮らしを贈るはずだったのに、富裕層の両親に養子としてもらわれて何不自由なく暮らしていることに引け目を感じてしまいます。

 

何故自分が選ばれてしまったのだろうか?

自分が選ばれたことで誰かが選ばれる権利を自分が奪ってしまったではないだろうか?

幸福で愛情に満ちた生活を送りながらも、こういった想いに常にアイは囚われています。

アイはその頃から、自分が「不当な幸せ」を手にしていると、はっきり思うようになった。

 

このように感じてしまうのは、きっとアイが繊細な感性の持ち主からなのでしょう。

こんな幸運な境遇にいれば「自分はラッキーだ」と感じるのが普通だと思いますが、アイはそうは感じられず、「いつかは自分の幸せは崩れてしまうのではないか?」「シリアの人々が苦しんだり、世界で不幸な事件が頻発しているのに自分だけ選ばれて幸福を享受して良いのだろうか?」といった思いに苛まされています。

最近は「親ガチャ」なる言葉も出てきて、富裕層の親の元に生まれるか、貧困層の親の元に生まれるかで子の人生は全く違ったものになってしまうし、それはガチャガチャをするような運に左右されるという意味で使われたりしているみたいですね。

嫌な言葉ですね(笑)

しかし、世界レベルで考えると日本で生まれたことだけでまだ幸せなほうですし、生物全体で考えたら人間に生まれることができたことももしかしたら幸福なのかもしれないですね。

 

父母のどちらとも血が繋がっていない不安定な「養子」の立場にあることは、いつか血が繋がった子が生まれて自分はいらない子になってしまうのではないかという恐怖にも繋がっていました。

成長して尚も父と母の系譜、血の繋がったファミリーツリーに自分が属していないことに対して、どこか根無し草でいるかのような不安定な気持ちを抱えていたのでしょう。

だからこそ、ユウとの結婚を経て自分と血が繋がった子供を産むことに希望を感じていたのでしょう。

しかしそれは叶わずに「この世界にアイは存在する」と、自らを肯定し始めていたアイを再び失意のどん底に突き落としてしまいます。

そこからどうやって再び呪いから脱却するのか?

それはこの物語の大きなテーマであったのではないかと思いますし、ラストの感動的な場面に繋がっていくのでしょう。

 

②ミナとユウとの繋がり

自らを肯定することができず、表現することもできないアイはミナとユウの2人に出会うことで自我を再構築し、最終的に生き直すことができたのだと思います。

アイ=i、ユウ=you、ミナ=みんな=everyoneという意味合いを持たせていた、と作者自身がインタビューで語っていました。

「i=自己」を確立して育むためには、「あなた」や「みんな」が必要ということでしょうか?

「人は一人じゃない」と作者は続けて語っていることの意味はそういうことなんだと思います。

アイが「i=自己」を確立して、「愛」を育むことで自分らしくしなやかに世界と向き合っていくこと。

そうするためには、ミナとユウとの出会いが必要で、他者との繋がりの中でアイは変わることができたのだと思います。

 

アイはカラフルで強い自己主張と意思決定が求められるNYでの生活より、所属と没個性が求められる日本の学校生活に安息を感じます。

何かを主張したりするより、カテゴライズされて所属感を得たい、ひっそりと築いた自分の居場所の中で生きていきたい。

そう感じていたアイが数学の静謐な世界に没頭していったのも必然だったのかもしれません。

 

それでも高校でミナに出会い、お互いに唯一の親友になります。

ミナはどこか自由な感じで行動しながら、子供のような無邪気さも併せ持っていてアイにはまぶしい存在でした。

3.11の時にただ1人で東京に残ることに決めたアイの心に寄り添って、肯定したのもミナでした。

2人は精神的に深い部分で惹かれあい、寄り添い合っているように思えます。

 

ユウはアイにとって初めての恋人で、子供のように屈託がなく誰からも愛される男性です。

色んなことに興味を持ち、フットワークも軽いユウですが、アイが感じていることやろうとしていることに対してしっかりと寄り添い理解しようと努めています。

ユウとの恋はアイの世界を輝かせて、努力の末に血の繋がった子供を身ごもることにも成功します。

結果的にお腹の子の死産で、一度開いたアイの心の扉は再び深く閉ざされてしまうのですが・・・。

 

③もう一度生まれ直す

自分の人生を幸福を肯定できなかったアイの半生において、周りの人との繋がりの中で3度のブレイクスルーを経験します。

 

1度目は3.11の時に1人で東京の自宅に残ったことで、今まで自分が不当に免れて災害や事件の渦中に初めていることでアイに大きな変化が起こります。

マグニチュード9.0の地震は、そして煙を上げた原子力発電所の映像は、愛を確実に狂わせたのだった。アイは興奮していた。自身のからだに起こったあの突き上げるような衝撃、横揺れで感じた全身を覆った恐怖を、アイは盲目的に信じていた。

これは自分のからだに起こったことだ。

これは私のからだに起こったことだ。

私の!

アイはほとんどあの体験を「重要なこと」として抱きしめようとしていた。自分が自分であることの証拠として、絶対に手放さずにいたいと、そう思うようになっていた。

もちろん渦中にいたと言っても、東北から離れた東京にいたのではあるし、直接的に津波地震の被害を受けたわけではありませんでした。

しかし、これまで世界のどこかで起こる悲劇に胸を痛めながらも、自らのその感情に欺瞞を感じていたアイは自らの感情と、悲劇の渦中にいない自分に引け目を感じることはなくなっていったのではないでしょうか?

ミナは言います。

「誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを、大切にすべきだって」

アイはこの時もミナとの関わりの中で、一歩前に進むことができたのでした。

 

2回目は、ユウと結婚して子供を身ごもったことでしょう。

恋愛を経験して、愛すべき男性と家族になり、自分と血の繋がった子供が生まれる・・・。

それまで自分の両親の家のファミリーツリーに属していないことを引け目に感じていたアイにとって、自分の存在を肯定するためへの大きな一歩であったのでしょう。

アイは自身の生まれた理由を知りたかった。ずっと知りたかった。誰かの幸福を踏みにじり、押しのけてまで自分が生まれた理由を知りたかった。その理由がここにある。まだ数センチにも満たない命の始まりが、私がこの世界にいるための証なのだ。

私はこの世界にいていいのだ!!

 

自己肯定感。

人間が生きていく上で最も必要な感覚で、何か理由があるのではなくて自分が世界に存在していいのだと感じられるものだと思います。

この自己肯定感が希薄だと、自己の生存に否定的な感情が生まれて自信がなくなり、生きづらさを感じるようになります。

これまでのアイは、自らの出自のこともあり自己肯定感が低く、自分が幸福であることに対して恐れていましたが、ついに自らの幸せを望むことができるようになりました。

 

しかしその幸福も、お腹の子の流産によって泡のように消えてしまいます。

再び聞こえてきたあの呪いの声。

「この世界にアイは存在しません」

親友のミナとも彼女の妊娠の問題のことで喧嘩をしてしまい、彼女のことを許せなくなってしまいます。

 

3度目のブレイクスルーは、ラストの場面。

ミナからの愛情のこもったメールに心を動かされるアイでしたが、許せない気持ちと会いたい気持ちが相反して動けなくなってしまいました。

でもユウから「理解出来なくても、愛し合うことは出来ると、僕は思う。」と言われて、ロスアンゼルスまでミナに会いに行きます。

 

2人で行ったビーチで、アイは下着のまま海に飛び込み、誰もいない朝の海で泳ぎ始めます。

ミナはそんなアイを優しく見守り続けて、やがて生まれたままの姿で海中に潜り母親の胎内のような朝の海でアイは生まれ直します。

 

海は原始の生命が誕生した場所で、母なる海とも言われていて。

朝は1日の始まりの時間で。

羊水を思わせるようなほの暗い水の中で丸まったアイはまるで胎児のようで。

もう一度この世界で産声をあげるように自らの存在を高らかに宣言したのではないでしょうか。

「この世界にアイは、存在する。」

自己の存在の確立。

悲しみに満ちた世界にも、間違いなく愛が存在しているという確信。

ミナとユウ、両親、そして世界との対峙の中で彼女は呪いに打ち勝つことができたのではないかと思いました。

 

『i』は、他の西作品にも感じられるような個人の生きづらさに寄り添うような優しい物語であり、作者自身が感じていた世界の悲劇への関わり方、自我の確立と世界との融和を描いた素晴らしい作品だったと思います。

 

 

 

5、終わりに

 

中村文則が世界との対峙を描くのに対して、西加奈子は世界との融和を繰り返し描いているように思います。

世界がカラフルでそれに混乱して行きづらさを感じる人々が生き直していく。

ーありのままの自分で、この世界で、生きていってもいいんだよー

いつもそんなメッセージが込められているように思います。

中村文則西加奈子が描く物語は全く違うものだけど、伝えたいメッセージにどこか共通点を感じることがあるのは僕だけでしょうか?

 

『i』では1人の人生を俯瞰で捉えて、その行きづらさにスポットを当てながらも世界で起こる悲劇を絡めながらもその再生を描いていくというとてつもなくスケールの大きな、尚且つ一人一人の心に寄り添って励ましてくれるような優しさを持った物語だったのではないかと思います。

シリアの現状、世界に「愛」が希薄で思いやりがなくなってきている、個人を大切にすることの大事さなど西加奈子自身が日常の中で感じた問題意識。

そういったものが上手く物語の中で表現されていたと思います。

いやぁ、魂ごと持っていかれるような凄い作品でした!!

 

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【雑記】祝☆ブログ2周年!!まだ2ちゃい!!よちよち歩きでちゅ!!

☆こいつぁめでてぇ!!思えば遠くに来たもんだ☆

 

今日は何の日?ふっふぅ~♪

アレですよ。

ななな、なんと今日11/8は、当ブログの開設記念日ですよ!!

って書いてるのは前日ですが、フライングしてめでてぇ!!

そして、いいオッパイの日でもあります!!

オッパイを見たら、どうか僕のブログのことを思い出して下さいませ。

 

本棚とか言いながら、脱線しまくりのヘンテコ趣味ブログなんですが、まぁ続けることにも意義はありますよね!!

オッサンの駄文にお付き合い頂いてありがとうございます!!

だっぶんだ!!

天国の志村けんに捧げます!!

Ilike OYAZIGAG!!!!!!!!!!!!!!

イエア!!

 

収益化とかも考えてないし、気が向いた時に更新している気まぐれ趣味ブログなのですがよく続けたと思います。

それもこれもお読み頂いているあなた様のお陰でございます!!

マッドリスペクト!!

こち亀』ぐらい末長く続けたいですね♪

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

☆1年を振り返ってみる☆

 

2年目に書いたブログ記事の数は87本でした。

大体4日に1回の更新ペースですね。

まあまあといったとこでしょうか?

 

ちょっと書評の記事が長くなりすぎて、何日もかかってしまい結果的に更新が滞ることがあったので、メリハリをつけて書いていきたいっすね。

まぁ、どうしても好きな作家だと気合が入っちゃうのですが・・・。

 

文章力は少しは向上したような気がしているのですが、どうでしょう?

基本、あまり読み返さずにアップしちゃうのでアレですが、読みやすくてリズミカルな文章を心がけています。

なかなか難しいのですが、文章で大事なのはリズム、だと個人的には思っているので今後もサンバのリズムで踊る産婆のごとく、リズミカルな文章を心がけていきたいと思います。

 

あとは句読点の打ち方、改行のタイミング、語尾ですかね。

これらで文章に流れるリズムが変わってくるように思います。

まぁ、でも難しいものですね。

今後も文章力の向上、アウトプット力の向上に努めていきたい所存でゴザイマス。

 

 

 

☆笑える雑記ブログ☆

 

この2年間はコロナ禍でやや暗い世の中のムードがあったように思います。

でも、そんな時こそワハハと楽しく笑えたら良いと思うのですよ。

そんなわけで、2ndシーズンもウケ狙いの雑記をたくさん書きましたね(笑)

 

シリアスな書評や映画評も書いたりした後は、ふざけた記事を書きたくなったりします。

こういう多面性の部分は、僕の人間性が出ているのかもしれませんね。

基本、お笑いキャラなんですけどね(笑)

 

そんなわけで、今年に書いた雑記・回想録のベスト集です♪

 

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中村文則平野啓一郎の新作が出て張り切って書いた書評☆

 

今年は、中村文則『カード師』と平野啓一郎『本心』の長編小説の新刊が出て、気合入れて書評を書きました!!

いや~、どちらの作品もめちゃくちゃ良かった!!

 

読書量は大して多くないのですが、色々な本に触れられた1年だったと思います。

 

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☆映画も色々観たな~☆

 

ツィッター、ブログのお友達の影響もあり、これまでになく色々と映画を観た1年でした。

感想もたくさん書きましたね~。

今年はコロナの影響で映画館には行けませんでしたが、また映画館でも観たいですね♪

 

 

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3年目に向けて。

これからも走り続けたいと思います!!

俺たちの戦いはこれからだ!!

おあとがよろしいようで・・・。

 

 

 

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