ヒロの本棚

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【本】高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』~まったくゴハンが美味しく感じられない物語。閉鎖された職場でのざらついた人間関係。~

1、作品の概要

 

『おいしいごはんが食べられますように』は、高瀬隼子の中編小説。

第167回芥川賞受賞作品。

『群像』1月号に掲載され、2022年3月に刊行された。

職場内の閉鎖的な人間関係と、その摩擦を描いた。

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2、あらすじ

 

二谷は、埼玉営業所に異動になって数ヶ月、仕事にも慣れて平穏に日々を送っていた。

誰にも優しくていつも笑顔の職場の同僚の女性・芦川さんと、なんとなく付き合うようになるが、彼女の作る「きちんとした」食事にどこか辟易していた。

二谷に淡い好意を寄せる同僚の押尾と飲みに行った時に、「二谷さん、私と一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」ともちかけられるが・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

高瀬隼子さんは、愛媛県出身の作家さんで『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞してデビューし、つづく『水たまりで息をする』で芥川賞候補となり、3作目の『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を受賞しました。

愛媛出身ということと、ポップな装丁からは想定できないようなざらざらした不穏な感じが以前から気になっていました。

SNSでも感想を書いている方が多くて、「ああ、好きそうな作品だなぁ」と思っていました。

 

先日、息子が映画を観に行くのに待ち時間があり、本屋から本を持ち込んでいいスタバがあったので、カフェラテ飲みつつ一気読みしてみました。

中編で160ページほどなので読みやすい分量だと思います。

そういえば同じ手で今村夏子『むらさきのスカートの女』も読みました。

ことさら奇をてらったような物語ではなくて淡々と日常を描いているのですが、行間に潜む不穏さなど少し共通するものを感じました。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

4、感想・書評(ネタバレあり)

 

何も起こらない物語で、職場内でよくありそうな人間関係のもつれの話なのですが、主人公の二谷の投げやりさや、虚無感みたいなのが感じられてざらついた感じが良かったです。

二谷はちょっと感情が希薄で、それほど自分の人生に期待もしておらず、他者との関わりにもそれほど積極的でもない。

仕事はできるし、現実的な人間ですがちょっと何を考えているのかよくわからないようなタイプに見えます。

 

芦川さんともなんとなく付き合いだした感じで、恋愛感情についての描写は皆無。

それでいて相手のペースに合わせるように行動しているようにも感じますし、二谷の感情の希薄さは僕には不可解に感じました。

芦川さんは職場では仕事があまりできない上に、少し頭痛などの体調不良があると途中退社してしまったり、繁茂期でも18時を過ぎると退社してしまう社員で同僚にいたらやりにくいだろうなといったタイプ。

一昔前なら上司が一喝して退職になったりとかあったかもしれませんが、今は○○ハラスメントがどんな職場でも言われていて、感情的に高圧的に接してしまうとパワハラになりますし、労基にかけこむのにためらいがない社員も多くなりました。

 

そのため、芦川さんのようなあまり働かずに精神的にも弱い社員もまわりが気を遣って守るようになりますが、その煽りをくらって芦川さんの分まで周りの社員が仕事をしなければならなくなり、押尾などはあからさまに不満を表すようになります。

しかも早退しておいて、その日の夜にお菓子を作って、次の日に早退したおわびとして配って回る芦川さん・・・。

いやいや、お菓子作る元気があるんならちゃんと仕事して帰れやぁぁぁぁ!!!!!

って、読んでいるだけの関係ないだけの僕もモヤモヤしながら気付いたら物語の中の人間関係に深くとらわれてしまっていました。

 

押尾と二谷はどこか根本で似ているところがある人間で、自分の仕事は自分が責任もってやりたいタイプなんだと思います。

いや、まぁフツーのことだと思いますが(^_^;)

そんな二人だからこそあまり大っぴらに、直接的に言えずに芦川さんへの不満が溜まっていったのでしょう。

 

押尾は二谷の空虚さに気づいていてそこにシンパシーを感じているような描写があり、ちょっと冷たかったり、投げやりな感じの彼の態度を好んでいたようでした。

芦川さんも含めて3角関係と言えるとは思いますが、二谷は特に隠しもせずに押尾と飲みに行って、彼女と寝そうになりますが全く何の良心の呵責もなく、浮気をしているという罪悪感もありませんでした。

いや、この人マジで何なんでしょうかね(^_^;)

 

二谷の行動は矛盾していることが多くて、そういう行動へと彼のどのような感情が導いているのかが理解できずにそこがとても不穏でした。

芦川さんと付き合っている感じで、最後は結婚までほのめかすのに、一方では結婚そのものに疎ましさを感じて、彼女が作るきちんとした食事も嫌悪している。

そして彼女の働きかたや、作ってくるお菓子に対しても言いようのない嫌悪感を抱いていてもらったお菓子をグシャグシャにして捨てている。

そんなに嫌なら別れればいいのに・・・。

二谷の矛盾する感情がと行動が、多面性ある人間性が垣間見えます。

 

二谷のそんな不穏さはやはり自分の人生への諦めや、感情の希薄さにあるのでしょう。

「きちんとした食事を摂ること」に対しての嫌悪。

カップラーメンやコンビニ弁当のようなものばかり食べているのは、食べることへの面倒くささであり、疎ましさであり、ひいては彼の自分自身の「充実した生」への嫌悪によるものではないかと感じました。

「食べることは生きること」ならば、逆説的に食べることを否定することは、生きることを否定することになるのでしょうか?

彼は自死を考えたりまではしていませんが、食を通して生活の質を上げたり、人生を豊かにすることを拒絶していたのだと思います。

 

きちんと丁寧に生きること、折り目正しく生きることに対しての拒絶。

二谷と押尾が結びついていたのはそういった部分でもあったように思いますし、だからこその芦川さんへの「いじわる」を結果的に2人でしてしまうことになったのでしょう。

結局、押尾だけが吊るし上げられて退職するハメになってしまい。

弱い芦川さんは、仕事ができないのに周りに支持されて優しくされて職場に残ることになる。

ああ、なんなんだこの理不尽さは。

『おいしいごはんが食べられますように』は、最後までモヤモヤが止まらない物語でした。

 

 

 

5、終わりに

 

スタバで『おいしいごはんが食べられますように』を読んだあとに、息子とフードコートで昼食を食べたのですが、物語に影響を受けて食欲が全く湧かずに食べることを疎ましく思ってしまいました(^_^;)

とか言いつつ、カツ丼を食べたのですが(笑)

これほどタイトルが内容に対しての皮肉になっている作品を僕は他に知りませんね。

高瀬隼子さんの他の作品も読んでみたいと思いました。

やはりどこかぞわりとする不穏さは今村夏子っぽさを感じました。

 

 

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