1、作品の概要
『むらさきのスカートの女』は、2019年に刊行された今村夏子の中編小説。
小説『トリッパー』2019年春号に掲載された。
第161回芥川賞を受賞。
2、あらすじ
地元の街で有名な変人「むらさきのスカートの女」と友人になりたい「わたし」は、同じ職場で働くように仕向けようとあれこれと画策する。
紆余曲折あり同じ職場でホテル客室の掃除の仕事をするようになった「むらさきのスカートの女」は、先輩チーフ達からの信頼を得て、テキパキと仕事をするようになっていった。
しかし髪もボサボサで見た目も良くなかった「むらさきのスカートの女」は、徐々に女性らしくなり、妻帯者の所長と男女の仲に。
所長との関係が原因で、職場でも孤立して他のスタッフに無視され続ける彼女はある時窃盗の疑惑をかけられて、深刻なトラブルに巻き込まれていく・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
『むらさきのスカートの女』が芥川賞を獲って話題になったあとに初めて今村夏子さんの作品を読みました。
スタバとカフェが一体化して、本をカフェに持ち込めるところが愛媛にあるのですが、そこで一気読みしました。
なんとも言えないザラザラした不穏な空気。
今まで味わったことのない読後感が忘れられずに彼女の他の作品も読みました。
4、感想・書評(ネタバレってほどでもないけどネタバレあり)
表題の『むらさきのスカートの女』を巡る物語ですが、主人公は「わたし(権藤チーフ)」で彼女の第一人称の視点で物語は進行していきます。
読んだのは2回目でしたが、最初に読んだ時の不穏さを踏まえたうえで読む2回目の「わたし」の行動の異常さに気づかされました。
最初読んだ時は、序盤の「わたし」が「むらさきのスカートの女」と仲良くなりたくて企てるアレコレをコミカルに感じていたのですが、再読した時に感じたのは「わたし」の異常さ。
この作品の怖さ、不穏さは、執着が強く異常に感情がフラットな主人公の「わたし」が一番謎の存在であり、彼女の感情や生活がほとんど語られないところにあると思います。
普通第一人称で語られる小説って、主人公の感情や思考が仔細に語られるはずで、生活の細かい部分まで描写されて読者が主人公に感情移入していくのがセオリーではないでしょうか?
しかし、この作品では主人公の「わたし」はベールに包まれた存在で、職場においても存在が希薄です。
名前が権藤ということ、家族と離れ離れであること、経済的に困窮していて(むらさきのスカートの女にちょっかいをかけようとして肉屋のガラスをぶち破ったから)家賃も払えずに遂には追い出されること。
これらの情報も、「わたし」が「むらさきのスカートの女」を巡る執着のついでに出てくる事実であります。
「わたし」は主人公であり、物語の視点であるのですが、彼女の情報は自らによってとてもぞんざいに扱われています。
初読した時に絶えず感じていた気持ち悪さはそういうことだったのだと今思い当たりました(^_^;)
僕の乏しい読書体験の中での話ですが、こんな不思議な感覚は初めてです。
主人公がまるで空っぽのように感じますし、経済的な窮状も孤独な生活も淡々と語られ何でもないことのように語られています。
自分に無頓着の割には、「むらさきのスカートの女」に対しては強い執着をみせて彼女の生活を観察し続けている「わたし」
同じ職場に彼女を引き入れることに成功しますが、彼女は良い意味で目立ってからのちに悪い意味で目立ってしまい「わたし」と言葉を交わして友達になることもままなりません。
職場でチーフという立場であるのに透明人間かというぐらいの存在の薄さ。
しかし、所長を「むらさきのスカートの女」が殺してしまったかもしれない時に「わたし」は彼女の前に現れて一緒に逃げるべく、彼女の計画を打ち明けます。
いや、なんでこんなに詳細に計画を立ててんの?って不審がられますよね。
大体、どこで見てたのって。
しかし「むらさきのスカートの女」は、「わたし」の荷物も持って何処ともなく消えてしまいます。
「わたし」が起こした窃盗の罪も被って。
「わたし」がバザーで売ったホテルの備品。
追求の手が伸びながらも何の感情の揺れも感じられない。
この薄気味悪さは何でしょう?
とても不穏で、まるでかくれんぼしていて、見つからずにみんな帰ってしまって1人で野原に取り残されてしまった不穏さと心細さに似たような物語でした。
5、終わりに
今村夏子という作家はやはり不穏という言葉を連想させる作家だと思いますし、一人称をこれほど独自に使って読者を幻惑している作家はいないように思います。
物語の視点、主人公が一番謎でとても空っぽな存在であるというところがとても斬新で印象深かったですね。
この社会の片隅に彼女たちは生活しているのでしょうか?
「むらさきのスカートの女」や、「黄色いカーディガンの女」が。
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