1、作品の概要
『タクシードライバー』は1976年に公開されたアメリカの映画。
監督はマーティン・スコセッシ、脚本はポール・シュレイダー。
主演はロバート・デ・ニーロで、ジョディ・フォスターが出演している。
音楽はバーナード・ハーマンが担当している。
アカデミー賞で4部門ノミネート。
英国アカデミー賞で当時13歳だったジョディ・フォスターが助演女優賞、新人賞を受賞、バーナード・ハーマンが映画音楽賞を受賞した。
2、あらすじ
ベトナム戦争帰りの元・海兵のトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)は不眠に悩まされていて職を転々として、タクシードライバーの会社に就職した。
ドラッグとセックスに溺れる荒廃した街を憎む彼だったが、次期大統領候補・パランタインの選挙事務所で働くベッツィに恋心を抱くようになる。
ベッツィと映画デートをするトラヴィスだったが、ポルノ映画に誘ってしまったことでベッツィを怒らせて嫌われてしまう。
ストーカーのように彼女に付きまとうトラヴィスだったが、拒絶されてますます精神的に病んでいくようになる。
ある時、12歳で男のために売春をしているアイリス(ジョディ・フォスター)と出会ったことで彼の運命は変化していく・・・。
3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ
感想で、好きな映画の『ジョーカー』と『タクシードライバー』の共通点をあげる方も多く、以前から気になっていました。
『ジョーカー』で垣間見た深い闇と狂気、うまくいかない日常の鬱憤など共通する部分が多かったと思います。
僕はそこまで熱心な映画ファンではないので、過去の名作も観てないものが多いのですが、さすがスコセッシ監督作品で、またひとつお気に入りの映画が増えました。
4、感想
オープニングの幻想的な映像からもう虜になりました。
雨の夜にニューヨークの繁華街を車で走るトラヴィス。
けばけばしいネオンは雨にぼやけて滲んで、優しい光に変わります。
夜の街で欲望のままに振る舞う人々。
彼・彼女らの穢れもこの雨が洗い流してくれたら・・・。
そんなトラヴィスの想いが伝わってくるように感じられて。
雨は作中で「浄化」のメタファーとして描かれているようにも思いました。
サックスをフューチャーしたバーナード・ハーマンの美しい楽曲も相まってとても印象的なオープニングでしたね。
作中では深く触れられていないように思いましたが、トラヴィスの人々の欲望への憎悪、そして彼を飲み込んでいった狂気は戦争の体験に起因するものだったのではないかと感じました。
僕もそれほど詳しくは知りませんが、泥沼のゲリラ戦となったヴェトナム戦争が原因でPTSD(心的外傷後ストレス症候群)に悩まされる元兵士が多かったと聞きます。
フラッシュバックなどがよく聞かれる症状ですが、睡眠障害やうつのような症状も引き起こすことがあるそうです。
↓こちらの症状など、まんまトラヴィスの症状のようにも思えてきます。
トラウマ体験をきっかけに、自分や周囲の世界が変わってしまったように感じることがあります。被害者であるにもかかわらず、自分に非があるように考えたり世界中が危険だと思ったりして、誰も信用できないような否定的な考え方になります。
恐怖感、罪悪感、恥ずかしさ、怒り、悲しさ、落ち込みなどネガティブな(陰性の)感情に圧倒される一方、以前なら楽しめていたことにも楽しさや嬉しさ、幸福感のようなポジティブな(陽性の)感情を感じにくくなることがあります。
常に神経が張りつめて、ちょっとした物音にも驚いたり、恐怖を感じたりする状態になります。その結果、睡眠障害が起こる・物事に集中しにくくなる・ちょっとしたことでびくつく、いらいらするなどの症状がみられることがあります。
トラヴィスの不眠の原因も戦争の影響であるような描写もあったように思いますし、戦争の後遺症で不眠になり定職につけないことで経済的にも困窮し、周囲から孤立していき精神を病んでいくようになっていくような負の連鎖を感じました。
後半の場面で両親に手紙を書き送る場面もありましたが、どことなく家族との折り合いも良くなくて孤立していたのでしょうか?
友達もいなさそうですし、余暇の楽しみはポルノ映画、同僚からも浮いた存在のトラヴィス。
作中で飲んでいた薬は睡眠導入剤とか安定剤の類でしょうか?
私生活も孤独で荒んでいる印象を受けました。
ちょっと過剰にも感じられる夜の街で欲望を丸出しにした人々への憎悪。
その憎悪の源はこうした戦争体験がもたらした自身の困窮と精神的荒廃であったように思います。
どこにもはけ口がないストレスと憂鬱。
そんな行き場のない感情がたどり着いた先が人々への憎悪だったのでしょう。
その巨大な負の感情は、ベッツィとの恋愛がうまくいかずに、彼女から拒絶されたことをきっかけに膨張し、頂点に達します。
いや、ポルノ映画に連れて行っちゃイカンでしょ!!って思いますし、ベッツィをデートに誘うやり方もまんまストーカー行為っぽくて、デートに来てくれただけラッキーじゃんって思うんですがね(^_^;)
4丁の銃を手に入れて、身体を鍛え始めるトラヴィス。
器用にコートの下から銃が飛び出す仕掛けも作り、パランタイン暗殺の計画を立て始めます。
別にパランタインが何か悪いことをしたわけでもなく、ベッツィが応援していたからの逆恨みのようにも感じますし、有名人を暗殺して社会の注目を浴びるためのようにも思えてきます。
自らの殺意を悪意を社会に知らしめること。
誰とも分かち合えない苦しみを痛みを、重大事件を引き起こすことで世の中に訴えかけようとしたのでしょうか?
世の中を浄化したいというのは建前でこちらが本音だったように僕にはみえました。
パランタインの暗殺に失敗した(暗殺するのになぜモヒカンという髪型にして目立ってしまったのだろうか?かっこいいけど)あとに、アイリスに売春させていたヒモ男のスポーツを撃ち殺したところをみると銃口を向ける相手は誰でもよかったとも言えるのかもしれません。
ただ、銃にこめた弾丸を発射して、すべてを終わりにしたかった。
そんな彼の悲痛な心の叫びが聞こえてくるようでもあります。
下世話で安直な表現かもしれませんが、銃を男性器の象徴とすると、ただ発射(射精)したかったというふうに思えてきます。
思想や正義なんてどうでもいい、ただぶっぱなして台無しにしてしまいたかった。
自身も重傷を負い、血まみれになりながらスポーツや、売春の元締めの男たちを次々に射殺していくトラヴィス。
全員撃ち殺したあとに人差し指をこめかみに当てて笑顔で「バン」と囁いたその顔はとても満ち足りていました。
しかし、彼は生き残ってしまう。
このまま死ぬはずだったのに生き残ってしまい、しかも不良少女を救うために売春組織と戦ったヒーローになってしまったのです。
もしパランタインの暗殺に成功していたら、テロリストとして歴史に汚名を残していたことでしょう。
しかし、矛先が売春組織に変わったためにヒーローとなり彼の殺人は肯定されてしまった。
何とも皮肉な結果ですし、張り詰めて今にも爆発しそうだったトラヴィスも毒気を抜かれたようで、ラストシーンでベッツィーをタクシーに乗せるも、特に彼女に執着することなく、目的地まで事務的に車を走らせました。
自らの鬱憤や怒りや憎悪をぶっぱなして殺人者として死を迎えるはずだったのに・・・。
銃弾ととして放ったあとに彼に残されたのはある種の空虚さだったのではなかったのでしょうか?
5、終わりに
いやー、とても衝撃的な映画でした。
映画史に残る名セリフ「You Talkin' to me」という言葉や、タクシーに乗っているトラヴィスがバックミラー越しに後部座席を窺うシーンなど印象的なシーンも多かったです。