ヒロの本棚

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【映画】『ある男』~愛したはずの夫は、まったくの別人でした~

1、作品の概要

 

『ある男』は2022年11月18日に公開された日本の映画。

ヴェネチア国際映画祭正式出品作品。

平野啓一郎の小説『ある男』が原作。

監督は『愚行録』『蜜蜂と遠雷』などの石川慶監督。

主演は妻夫木聡(城戸章良)で、安藤サクラ(谷口里枝)、窪田正孝(谷口大祐/X)、清野菜名(後藤美鈴)、眞島秀和(谷口恭一)、小藪千豊(中北)、仲野太賀(谷口大祐)、真木よう子(城戸香織)、柄本明(小見浦憲男)らが出演している。

音楽はCicadaが担当。

谷口里枝の急死した夫・谷口大祐は全くの別人であったことがわかり、弁護士の城戸が彼の身元を調査し始めるが・・・。

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movies.shochiku.co.jp

 

 

 

2、あらすじ

 

次男の病死を契機に夫と別れて、長男と2人で郷里の宮崎県に戻った里枝(安藤サクラ)は林業に携わる「谷口大祐」(窪田正孝)という男と知り合い愛し合うようになる。

やがて結婚した2人は新たに2人の間に生まれた長女の花と、前夫との間の子供の長男の悠人と4人で幸せに暮らしていた。

しかし、仕事中での事故で大祐が亡くなり、疎遠だった彼の兄(眞島秀和)から「この男は弟じゃない」 と告げられてからこれまで育んできた愛情と信頼が揺らぎ始める。

 

里枝は過去に離婚を担当していた弁護士・城戸(妻夫木聡)に相談するが、この「谷口大祐」を騙っていた「X」の足取りを追ううちに城戸はその人生にのめり込んでいることになる。

彼の足取り、人生を辿ることが、やがて城戸自身の人生観、存在の不確かさ、家族への愛への思索に深く絡みついてくることとなる・・・。

絡まった糸を少しずつ解きほぐしていくうちに、物語はそれぞれの人生に深い問いをなげかける。


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3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ

 

『ある男』の原作者の平野啓一郎さんの作品がめっちゃ好きで、映画化を楽しみにしていました。

キャストも妻夫木聡安藤サクラ窪田正孝らで僕的には良いキャストだと思い、あの深く絡み合った糸のような物語がどう映画化されたのか待ちきれずに公開初日に映画館へと突撃しました(^O^)

原作とはまた違った魅力が感じられてとても良い映画でした!!

平野啓一郎さんの作品の映画化は『マチネの終わりに』も素晴らしかったですね。


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4、感想(ネタバレあり)

 ①キャスト・演技について

主役の城戸章良役の妻夫木聡の演技が影がある感じでとても素晴らしかったです。

妻夫木聡というと、爽やかイケメンのイメージがありますし、若い頃はちょっとヤンチャな感じの役柄のイメージもありましたが、今作では胸中にさまざまな想いを巡らせながら事件にのめり込んでいく難しくて影がある役どころをとても繊細に演じていたと思います。

 

ポスターや劇中でも横顔の場面が多く、とても印象的だったのですが、隠れているほうのもう半分は明かされていない本心や感情をあらわしているように僕には思えました。

日系3世という自分のルーツに関することが、彼の本心を隠す要因だったのでしょうか?

知的でスマートな物腰に潜む暗い影。

そんな城戸自身の複雑な内面は、谷口大祐=Xを巡る事件へと深入りしていくごとに顕わになっていきます。

 

そして小見浦役の柄本明の怪演も、僕的にはとても印象的でした。

城戸の仮面の裏を覗き込み、神経を逆撫でするような小見浦。

彼との面会を機に城戸は苛立ち、抑えていた感情が溢れ出すようになります。

しかし、小見浦の存在は谷口大祐およびXの謎の鍵を握る存在であり、城戸は彼を避けて通ることができません。

それをわかっていてエリートヅラしてスマートに振舞おうとしている城戸の仮面を剥いでやろうと、あの手この手で挑発する小見浦の演技は印象的でしたね。

 

窪田正孝も自身がボクシング好きなこともあり、元ボクサーであるX=原誠の役もハマっていましたし、彼が抱えている心の闇もリアルに表現していました。

(映画『初恋』でもボクサー役を演じていましたし、ボクサー役はハマりますね)

殺人者の息子として生きていくことの葛藤。

その描写は原作よりさらにリアルに掘り下げられていたと思います。

父親に似ている自分の風貌。

鏡を見ると殺人者である父親が鏡に映る。

そんな自分=父親を罰したい、殴りたい。

そんな自分が幸せになっちゃいけないという想いから、ラーメン屋のバイトの女の子といい感じになっておセックスしそうになっても、女の子を振り払って逃げ出してしまいます。(映画オリジナルの場面?)

そんな葛藤をリアリティ持って上手に演じていたと思います。

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城戸の同僚の中北役の小藪もいい味出してましたね。

暗めのトーンの物語にちょっと軽薄な感じにホッとしました(^_^;)

 

 

②原作と比してより深く掘り下げられた里枝とX=原誠とその家族の物語

『ある男』の原作は文庫本で384ページの長さがあり、映画で全てを表現することは難しく、監督・脚本がどうこの物語を解釈してどの部分に光を当てるのかが大事なのではないかと思います。

小説は登場人物の心理描写など内面を文章で掘り下げますが、映画は映像で情景をより鮮烈に描くことができます。

映画は小説で表現したことの情報量全てを表現することは難しいのかもしれませんが、表現したい部分を絞ってその部分に特化して、より鮮烈な印象を鑑賞者に与えて文章とはまた違った表現をすることができるのではないかと思うのです。

 

映画『ある男』では、城戸の内面の描写や、美鈴との関係性の葛藤の部分より、里枝と原誠の物語により強く光を当てて、彼らの感情により寄り添った形で新しく物語を作り出した。

僕にはそう思えました。

心に傷を持つ2人が軒先の雨宿りで袖を触れ合わせるように。

偶然と、お互いの過去と悲しみが惹かれあうように一緒になって、わずかな時間ですが幸福な時間を作り出して家族の温かい時間が生まれたのではないでしょうか?

 

原誠は父親が殺人者で顔見知りの人たちや自分の友達も刺殺した過去を持ち、父親に自分の風貌も似ていたためより深く自分が生きて幸せになることについて葛藤を持ち続けていました。

これはある種の呪いで、彼は自分が光のあたる場所に出てはいけない、幸せになってはいけないという強迫観念を持っていました。

でも里枝とならそんな過去の苦しみを脱して新しい幸せを作ることができた。

城戸が言ったように、原誠の人生の中で最も幸福な数年間であったと思いますし、2人の間に芽生えたのが真実の愛なのだとしたら、彼が語っていたのが偽りの過去だったとしても良かったのではないでしょうか?

 

③偽りの上に築いた愛が真実の愛でなかったとしたら?城戸のペルソナについて。

城戸はなぜ谷口大祐=X=原誠をめぐる物語に深く飲み込まれたのでしょうか?

それは日系3世であり、そのことをどこかコンプレックスに感じていた彼が、違う自分になりすますというエピソードに興味を持ったからではないでしょうか?

原作のほうでこのあたりの葛藤はより深く描かれていたと思いますが、城戸は知性と社会性などのスマートで人あたりの良いペルソナをつけて周囲の人間たちから愛されて、尊敬されいて、しかしいつかそのペルソナが剥ぎ取られて排斥される日が来るのを恐れていたように感じます。

 

もしかしたら潜在的であったかもしれませんが、そういった要因もありどんどん仮面の下に隠していた彼の素顔が顕わになり始めますが、妻の香織からは「あなたらしくない」と否定されます。

もし仮面の下の荒々しい一面も彼の本質の一端だったとした?

城戸の妻・香織は彼のことを愛さなかったのでしょうか?

 

原作の書評でも書きましたが、事実ではない偽りの上に築かれた真実の愛が原誠と里枝の愛だったとしたら、城戸が選んだのは真実をオブラートに包んだ上に成り立つ偽りの愛でした。

小説に比べて、城戸を愛している美鈴への描写が少なく(でもそれはしょうがないと思う)城戸自身の葛藤まで仔細に描くことは難しかったとしても、ラストシーンで香織の不倫相手のラインを目にしながら見て見ぬふりをするシーン。

彼が偽りの愛を選ぶシーンであったと思いますし、ラストシーンでの谷口大祐の成りすましへと繋がっていく場面でもありました。

 

バーで飾られている奇妙な絵。

鏡に写っている自分が背中を向けている奇妙な絵は何を象徴していたのでしょうか?

真実の顔を隠し続ける城戸でしょうか、それとも自分の本当の姿を活し続けた原誠の姿だったのでしょうか?

何もかも偽らずに愛し合うことができるのでしょうか?

偽りを偽りと知らずに生まれた愛は愛と呼べるのでしょうか?

多くの投げかけが虚空の闇に呑み込まれて消えていく。

そしてラストシーンで名前を聞かれて絶句する城戸の姿に鳥肌が立ちました。

すごいところで物語を切り取って観客を放り出す。

とんでもないラストシーンだったと思います。

 

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5、終わりに

 

いやー、僕的にはすごく良い映画だったと思います。

原作を読んだ上で、監督が切り取って再構築した物語の在り方に共感を覚えました。

それとやはり妻夫木聡という役者の魅力。

『パラダイス ネクスト』って映画でも、めちゃくちゃ笑顔で奔放なんだけど闇をどっさり抱えている役とかやってたんですけど、今後も深みがある役者さんに進化を遂げていってくれるんだろうなっていう兆しのようなものが見受けられた気がします。

めっちゃマイナーな映画で、だいぶ後味もよろしくありませんが良かったら誰か観てみてくださいませ。

個人的に本当に大好きな映画です。

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そしてやはり映画が素晴らしいものになった要因として、原作が素晴らしいこと。

文章が平易でありながら美しい表現とおくぶかい心理描写を駆使して、どこまでも深く物語を掘り下げならもミステリー調の物語として読み物としても面白いものが書けて、尚且つ人種差別などの多様なテーマを盛り込んでくる・・・。

いや、映画を通してさらに深く平野啓一郎という作家が描いた『ある男』の物語の素晴らしさを再認識しました。

本当にこの

 

 

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