1、作品の概要
2022年2月に公開された日本・台湾合作の映画。
監督・脚本は奥原浩志。
主演は永瀬正敏、陸夏(ルシア)。
原作は小川洋子の『ホテルアイリス』
少女と初老の男との倒錯した愛を描いた。
2、あらすじ
海沿いのリゾートホテル『ホテルアイリス』を経営する母親と一緒に働いているマリ。
母親の歪んだ愛情で束縛され支配されていた彼女は、娼婦とトラブルを起こした初老の男性客・翻訳家に興味を惹かれるようになる。
翻訳家のあとをつけて懇意になったマリは、やがて彼と倒錯したやり方で愛し合い、彼の支配と暴力に無上の快楽を覚えるようになる。
死と生、あなたとわたし、現実と非現実。
鏡の中に映し出された姿が夢幻のうちに広がる時、全ての境界線が融解し始めていく・・・。
3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ
大好きな作家の一人である小川洋子さん。
彼女の作品はいつも濃い死の香りがして、独特の世界観を持っていて、何かしらこの世とは違う別の世界を描いているような印象があってとても惹かれています。
そんな彼女が谷崎潤一郎や川端康成のような倒錯した性と支配、夢幻を描いた作品『ホテル・アイリス』がこの映画の原作になっています。
最近この小説を読んで、映画化していることを知り、その内容が奥原監督独自の解釈で作られていることを知って観に行きました。
大きな映画館ではやってなくて、街中の単館上映とかの作品を上映しているシネマ・シネマルナティックさんで鑑賞してきました。
月曜日の夜ということもあり、なんと観客は僕ひとり(笑)
劇団ひとりならぬ、劇場ひとり状態でした。
なかなか快適で、マスクも外して靴まで脱いでくつろぎながら観られました(๑≧౪≦)
評価が分かれる作品だとは思いますが、僕はめちゃくちゃ好きな感じな映画でした!!
4、感想・書評(ネタバレあり)
小川洋子さんの作品の舞台って、とても無国籍感が漂っていて、なんなら異世界が舞台なんじゃないかって思うほどの世界観です。
だから、地名が出てくることなんて絶対にないし(僕が読んだ作品ではですが)、ホテルアイリスの舞台もどこなのかよくわかんなくて、台湾の架空の島っていう設定がなんか僕的にハマってて良かったです。
ちなみに現実を感じさせるようなチェーン店とかの名前も避けられていますね。
マクドナルドとかスタバの名前も出てこないですし、現実を感じさせるのは唯一イタリアとかドイツの国名ぐらいでしょうか。
物語感を出すために、匿名性を用いてより架空の感じが出るようにあえてそう作られている気がします。
翻訳家が永瀬正敏って、ちょっとかっこよすぎな気はしますが、彼の礼儀正しさと偏執的な内面をすごく上手に演じていたと思います。
そして、声が良いですねぇ~。
マリが惹かれた彼の命令的な口調「黙れ売女」のセリフもバリトンの響きが鋭く、このセリフを聴くだけでも映画館に来た甲斐があったな、と思いましたよ(๑≧౪≦)
「侮辱するな」というレストランでのセリフも良かったですねぇ。
マリが彼の迫力に震えながらもどうしようもなく心動かされて、彼の支配と暴力を求めてしまう兆しが見て取れたような気がします。
前半部分は比較的原作に忠実な表現だった気がしますが、後半の展開は奥原監督のこの作品に対する解釈が前面に押し出された演出になっていっていたと思います。
奥原監督の『ホテルアイリス』の解釈とは、公式ホームページにもあるように「どこからどこまでが本当にあった出来事かわからない」物語で、ともすれば「翻訳家は本当に実在したのか?マリの空想上の物語なのではないか?」とまで語られています。
鏡合わせの世界の中に無数に広がる現実と虚像。
どこまでが本当にあったことなのか?
踏みしめている地面が弛んでぐらりぐらりと揺れているようなそんな不安定さ、不穏さを感じました。
奥原監督自身が語られているようにこの映画で重要なキーとなるのは鏡で、序盤から何度も登場し、マリは現実の空虚な自分と鏡の中のフィクションの自分を見やります。
そして合わせ鏡の中に無数の「あなたとわたし」を認識することで、暗にこの物語で語られている真実が合わせ鏡の世界の中無限に広がっていて、どれも真実でどれもフィクションであり、矛盾なく無数に点在していることを表現しているように感じました。
合わせ鏡。
鏡と鏡を向かい合わせる。
そこに映るのは何か。
生と死。
あなたとわたし。
あちらとこちら。
この世とあの世。
現実と架空。
そして、愛と憎しみ。
全てが相反しながら相関性を持っている存在。
その対照的なイディオムの現出こそこの物語の核ではあったのではないかとおもいました。
あとやはり物語に色濃く落ちる死の影。
マリの父の死。
翻訳家の死。
アイリスは虹の女神で、死と生を司るみたいなことが翻訳家によって語られれ、翻訳家が住む島はまるで彼岸のようにも思えます。
昔から水辺は死と生を分かつ境界線でありますし、三途の川のように明確に死と生を分ける存在になっています。
島へ向かう渡船はまるで三途の川の渡舟のようでしたし、あちら側にいる翻訳家はすでに死せる存在だったのかもしれません。
しかし。
そうだとしたら、マリは?
死と生を司る名を持つホテルアイリスも死の領域にあるものだとしたら?
マリも既にこの世にいない存在なのでしょうか?
ラストにホテルアイリスに来た翻訳家の息子と妻の存在を考えると納得がいくようにも思えます。
マリの父が現れた意味も。
そもそもこの物語が初めから全てマリの空想だったとしたら。
『アンネの日記』のような彼女の、マリーに宛てた空想の物語。
小川洋子『ホテルアイリス』をそのような幾重にも連なる虚構の物語と解釈した奥原監督の感性がとても鮮やかに感じられる素晴らしい作品だったと思います。
5、終わりに
小説の映画化が相次いでいて、中には原作の劣化版だったり、忠実に原作をなぞって話題の俳優を登場させたりしてものが多い中、映画『ホテルアイリス』は原作をリスペクトしながらも、批判を恐れずに尖った姿勢で新しい解釈をしながら新しい命を映画に吹き込んでいてとても共感を覚えました。
好みは分かれるかもしれませんが、僕はこの映画がとても好きです。
最近では、濱口監督の『ドライブ・マイカー』がとても良かったですが、この映画も強い光を放っているように感じました。
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