ヒロの本棚

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【本】江國香織『彼女たちの場合は』~放浪者たちの物語~

1、作品の概要

 

『彼女たちの場合は』は、2019年に5月に刊行された江國香織の長編小説。

2022年4月に文庫化。

小説すばる』2015年3月号~2018年7月号に連載された。

14歳と17歳の2人の日本人の少女が、両親に内緒で家を出てアメリカを旅する。

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2、あらすじ

 

17歳の逸佳はアメリカに住む木坂家から留学先の学校に通っていたが、木坂家の長女で従姉妹の14歳の礼那と一緒にあてどない旅に出かける。

ニューヨークから西に向かって旅立った2人は、ボストン、メインビーチズ、マンチェスターを経て移動し続ける。

旅先で出会う優しい人たちや好ましくない人たち、奇妙な出来事や素晴らしい出来事は、2人に成長と変化をもたらしいてく。

一方、残された逸佳と礼那の親たちの心にも一石が投じられて波紋が広がっていく・・・。

旅の終わりのそのあとにそれぞれが得たものとは?

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

キッカケですか?

そこに本があったからとか、某登山家みたいに言ってみたりして。

なんて、ぶらっと寄った本屋に売ってて「おっ、江國さんの初のロードノベル!!しかも上下巻!!ツィッターで誰か紹介してたかも!!おし、買うべ!!」みたいなノリでした。

最近は 色んな作家さんを読むようになっていますが、江國香織の作品は25年ぐらい前から好きで、村上春樹と並んで前から好きな作家さんです。

とは言っても、初期の作品を繰り返し読んでいることが多かったのですが、ここ1~2年また最近の作品も読んだりするようになりました。

 

近作はどことなく実験的な作品が多く、この『彼女たちの場合は』も今までの作品とは画一を期した作品で、とても興味深く読みました。

私感ですが、『抱擁、あるいはライスには塩を』あたりから俯瞰の視点で語られるようなスケールの大きさを作品に感じるようになったように思います。

www.bungei.shueisha.co.jp

 

 

 

4感想・書評

①旅をすること

江國香織の小説では初めてのロードノベルで、主人公が14歳と17歳の少女っていうのも何だか新鮮です。

物語は交互に2人の視点で語られながらも、時おり逸佳の父親の新太郎の視点や、礼那の両親の潤と理生那の視点からも語られ、2人が突然旅に出たことが大人たちにどのような影響を与えたのかについても描かれています。

 

しかし、日本国内ならいざ知らずアメリカで14歳と17歳の少女が旅に出るって、危険が危ないんじゃないのか(>_<)

思わずおかしな日本語を使ってしまうほど、ヒロパパは心配してしまいました。

案の定、性的な意味でも危険な目に合ってしまいますが、彼女たちはたくましくしなやかに危機を乗り越えていきます。

とても多感な時期で心に傷を負って旅を辞めてしまってもおかしくないような出来事もありますが、彼女たちはてんで気にすることなく旅を続けます。

 

あてのない旅。

それほど計画が錬られていない行き当たりばったりと言っていい旅なんですが、やっぱり旅ってそういうのが面白いし、アクシデントがある時ほどあとの記憶に残るし、楽しい思い出になるんですよね~。

僕も、小学生低学年のころにおばあちゃん(と言っても当時まだ50代)に旅行に何度か連れて行ってもらいましたが、これがトラブルの連続で面白くて記憶に残っています。

わりと周りの人も親切に助けてくれたり、教えてくれたりと旅先での人のつながりの有り難さをしみじみと感じましたね~。

 

それと、大学生の時の北海道の一人旅を思い出しました。

自由と心細さ。

目に見える世界の果てしなさと奥行。

出会いと別れ。

僕の旅のハイライトは小樽駅での暴走族との出会いでしたが・・・。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

ちょっと自分語りが長くなりましたが何が言いたいかというと、若い頃にする旅というのはとても貴重な経験で、その時に経験した出会いや別れ、見た風景や感じたことがその後の人生の肥やしになるんじゃないかなってことです。

それはひとつの言葉で、例えば「成長して社交的になった」とか語られるべきことじゃなくて、未文明のままに心のブラックボックスに次々と放り込まれるもので。

あとになってその時にあったことを見つめ直した時に意味を持つようなことなのではないかなと思います。

 

この旅は逸佳と礼那に様々な経験をさせて、変化と成長を促すものではあったと思いますが、それは直接的なものではなくて触媒のようなものであったのではないでしょうか?

キッカケ、トリガー。

あるいは、少し先の未来での起爆剤

人間って、過去でどのような経験をしてきたかっていうバックグラウンドがその人の人格や行動に影響を与えるのって少しタイムラグがあるようにも思います。

そして、30代、40代になるにつれて人間力の差が顕著に現れ始めて面白い人間とつまらない人間の差がどんどん広がっていくようにも感じる時があります。

例えば3年後にこの度の経験が2人を大きく変化させて輝かせる。

そんな想像もしながらこの物語を読んでいました。

 

余談ですが、旅だけではなくて読書や映画でもそのような経験値を得ることができるように思います。

自分の内面が豊かになっていくような感覚。

地道な積み重ねかもしれませんが、長い年月の中で自分が感銘を受けた作品に触れた体験は、何か言葉で表現できないような特別なアレをもたらしてくれるように思うのです。

 

②礼那の場合は

礼那はめっちゃええ子ですね。

誰とでも仲良くなっちゃって、ちょっと無防備すぎて怖いぐらいです。

14歳ですが、うさぎのぬいぐるみをねだって買ってもらったりとちょっと年齢より幼いようにも感じます。

まぁ、僕も14歳の頃まだガンダムのプラモとか作ってたんで人のことは言えませんが(^_^;)

 

逸佳視点の表現から見るに多分美少女なのでしょう。

だから変なオジさんに変な場面を見せられたりしますが、礼那はめげません。

子供っぽくて甘えてる感じなのですが、どこかしなやかで力強くてタフなところがあります。

それは理生那から受け継いだ「放浪者の血脈」によるもので。

いや、江國香織さん何も言ってないのに勝手に名付けちゃっていますが(笑)

そんな自由奔放かつ独特のしなやかさを伴った強さを持った少女だと思います。

 

旅の中で彼女の年齢からしたらとてつもない修羅場を潜っているのに決して帰ろうとは考えずに、嫌な気持ちを引き摺らずに進んでいける。

飄々とたくましき「Drifters」(放浪者)

もちろん逸佳と一緒だったということはあるかと思いますが、半年以上の長い間に渡ってあてどない旅を続けることができたのは彼女の芯の強さと天真爛漫さ、コミュニケーション能力の高さにあると思います。

例えば彼女が5年後にどれだけのじゃじゃ馬に成長していて、どれだけの男たちを翻弄するのかを考えると笑えてきますね。

 

③逸佳の場合は

逸佳は、とてもクールで。

合わないことに「ノー」を言い続ける強さを持った少女です。

この旅は最初、彼女がちゃらんぽらんな従姉妹の礼那を誘うことで始まりました。

 

当然、3つ歳上の逸佳が礼那を先導して、現実的な問題(金銭、行き先)を考えることになりますが、誰かから頼られる経験は責任感を生み成長を促します。

だからある面では彼女はとても洗練されていくと思いますし、特にナッシュヴィルでの就労の経験は社会の中での自分の存在価値を認識する貴重な機会になりました。

逸佳はしかし、幾分か他人に対してうまく付き合えるようにもなるものの根本は変わっていないようにも思えます。

 

他人に対して心を開くことがなかなかできない。

その必要性も感じない。

でもきっと大丈夫。

ポケットの中のアイオライトが彼女を助けてくれるはずです。

 

旅が終わっても彼女のそういった根本の部分は変化していないと思いますが、ただクリスのように気持ちを通じ合わせる相手を見つけることができたのは僥倖であったのではないかと思います。

たとえ恋じゃなくても、クリスがゲイだったとしても。

 

④親たちと放浪者の血脈

礼那の父親の潤は終始ヒステリックな行動に出て、彼女たちの行方を探し続けます。

そのことで理生那との間に溝が生まれますが、まぁ潤の行動は娘を想う父親の一般的な行動であると思います。

ただこの物語の中で浮いてしまって、悪役のように描かれてしまったのは「放浪者たちの一族」ではないから。

 

また勝手にネーミングすみません(^_^;)

新太郎も若い頃には海外を放浪した経験があり、潤が毒づく「ああほうね」の家系です。

うん、まぁうちの実家もわりとそんな感じ(笑)

 

新太郎と理生那の兄妹。

その娘たちの逸佳と礼那。

この4人には世界を放浪してたくさんのものを見ようとする冒険心と行動力が備わっているのだと思います。

そして、それはそういった傾向がある一族に生まれたからなのだと感じました。

ただ旅するなら友達でも良いのになぜ従姉妹なのか?

それはそういった「血」を意識させる物語の設定があったからだと思います。

『抱擁、あるいはライスには塩を』でも家族というか、一族や血みたいなものが描かれていますが『彼女たちの場合は』でもそういったものが描かれていて、ただのノードノベルとは一線を画した物語に仕上がっています。

 

特に、作中で一番変化した人物が逸佳と礼那の二人ではなくて、理生那だったのだが面白いと思います。

彼女は当初、潤の顔色を伺っているような妻でしたが、家を出て逞しく冒険を続ける娘と姪を見守ることで本来の大らかで伸び伸びとした自分を取り戻します。

理生那に関しては、変化というよりは本来の自分への回帰というほうが望ましいと思います。

何ものにも縛れれない、自由な放浪者の精神。

未来に潤と離婚してしまうのもそういった精神性の相違だったのかもしれません。

 

逸佳と礼那、新太郎と理生那。

放浪者たちの血は脈々と受け継がれて未知の世界を放浪して探索する冒険心を宿していったのでしょう。

この物語は、ロードノベルというだけではなくてそういった血脈を描いた作品でもあったのだと思いました。

 

 

 

5、終わりに

 

最初は、従来の江國香織の作品と違う感じがして馴染めない感じもありましたが、じわじわと面白くなってきました。

旅先で出会う人々も個性的で良かったですね。

この一期一会な感じが旅の醍醐味だと思います。

 

それにしても近年の江國香織の作品は変化が著しく、より巨視的な視点で物語・人生を捉えようとしているように思います。

「人生を俯瞰で捉える」

そんあキーワードが浮かんでくるようで、だからこそ『去年の雪』のような時空も超越した大きな視点の作品を描いたのでしょう。

『1人でカラカサさしてゆく』も読んでみたいですし、今後の作品が楽しみです。

 

 

 

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