1、作品の概要
2012年に刊行された、6篇からなる短編集です。
川端康成文学賞を受賞しています。
「おそ夏のゆうぐれ」は元々チョコレートを買って応募したらもらえる小冊子用の短編。
「夕顔」は6人の作家が源氏物語の現代語訳を「新潮」の企画でかいたもの。
「アレンテージョ」は実際にポルトガルに取材に行って描いた小説とのこと。
2、あらすじ
「犬とハモニカ」
様々な想いを抱えた人達の人生が一瞬だけ混ざり合い、すれ違っていく様を描いた物語。
「寝室」
5年付き合った不倫相手に別れを切り出された男の物語。
「おそ夏のゆうぐれ」
チョコレートのように甘苦く、こわいぐらいに恋人を愛してしまった女性の物語。
「ピクニック」
美しく、ピクニック好きの妻は、魔女のように本当のことを言って夫を傷つけてしまう。
「夕顔」
源氏の君は、乳母の見舞いに行った時に出会った素朴な女性、夕顔と恋に落ちる。
「アレンテージョ」
ゲイカップルのマヌエルとルイシュは、アレンテージョで様々な人と巡り合い休暇を過ごす。
3、この作品に対する思い入れ
ツイッターでフォローさせて頂いている方の書評が秀逸で読みたくなりました。
今までの江國香織さんの短編作品とはちょっと印象が違う作品も多くて楽しく読めました。
「犬とハモニカ」も好きですが、「アレンテージョ」も良かったです♪
4、感想・書評
「犬とハモニカ」
一期一会、そんな言葉が思い浮かぶ短編です。
空港は移動の為の場所で、人々は慌ただしく動いていて思いを巡らせたり、出会いの機会を得たりする場所ではありません。
旅先の短い刹那のすれ違いを描いた物語だと思います。
外国からあまり馴染みのない日本に社会人ボランティアとしてやってきたアリルド。彼は少しの不安と、大きなわくわくを抱えて飛行機から降り立ちます。
賢治は、妻から離婚を切り出されて、思い当たるフシもなく、途方に暮れています。妻と娘が海外から帰国して、車を空港へと走らせます。
寿美子は、楽しかったロンドンでの孫との思い出を反芻しながら飛行機で帰国します。思い出の余韻に浸りながらも、待ち人のいない家に帰る一抹の寂しさを抱えています。
こういったそれぞれの想いが空港にて1枚の絵画みたいに混ざりあって違う色になっていきます。
時間の尺度を変えてみると僕たちの人生もこの空港での出来事のように一瞬の邂逅と、すれ違いの連続なのかもしれません。
他の登場人物もたくさん出てきますが、36ページに物語はうまく収まっていて全く無駄がない綺麗で自然な文章だなと思いました。
「寝室」
文彦は妻子がいながら、理恵との恋にのめり込みますが、5年付き合った後に別れを切り出されます。
これまでの遊びの関係と違って「生きていることを喜びと感じるほど」の特別な相手でした。
ある日、突然理恵から別れを切り出されますが、納得できない文彦。
そんな文彦に理恵は、
「あなたは自分がどのくらいこまったひとか、わかってないのよ」
ほんの2秒。理恵はもう微笑んでいなかった。怒ったふうでもなく、あきれたふうでもない。ただ、悲しそうな顔をしていた。
「賭けてもいいけど、今夜わかるはずよ」
途方に暮れる文彦でしたが、その夜寝室も妻も、まるで違ってみえ新鮮さを感じます。
その瞬間、理恵のことはあっという間に過去になりました。
文彦は確かに理恵のことを愛してはいましたが、同時に家庭も捨てきれないこと、あっさりと自分を過去の存在にしてしまうことを見抜いていたのでしょう。
「おそ夏のゆうぐれ」
志那は、至との甘美だった旅を反芻します。
以前にも、カニバリズムのことを書いて、相手のことを愛しすぎると食べたくなって、身体を重ねる時に噛みたくなるのはそのせいだみたいなことを書きましたが、志那は本当に男の肉体の一部を食べて自分の体内に取り入れることに喜びを感じます。
僕も食べられてみたいッス。。
ここに至さんはいないのにー。
暗澹とした気持ちで志那は考える。
ここに至さんはいないのに、あたしはつねに至さんの視線を意識している。彼に見守られているものとして、行動している。
それは甘やかではあるが、そらおそろしいことだった。
これまでにない男性に対しての愛情に、甘やかさと怖さを感じる志那。
恋って、ひとつの感情だけではなくてたくさんの感情の奔流だと思います。
おそ夏のゆうぐれに立ち尽くす少女に在りし日の自分を感じ、遠くまで来てしまった自分を感じます。
チョコレートの匂いは、きっと甘苦い恋の匂いだったのでしょう。
「ピクニック」
美しくて聡明だけど、どこか浮世離れした女性。
魅力的だけど、どこか半分世界からはみ出したような奇妙な存在感。
よく江國香織の作品に出てくるタイプの女性だと思います。
物語で読むには興味深い存在だけど、付き合うのは大変そうですね(笑)
裕幸は、杏子を魔女のような女だと表現しています。
夫の名前も正確に記憶していない妻・・・。
有り得なさすぎますね!?
尖った芝生のようにTickleで、ささくれのように深刻なこと。
ほんとうのことを言う狂気。
それが杏子という女性の特性なのか、すべての女の特性なのか、僕にはわからない。
中略
その特性を、僕は心底憎んでいる。
愛の対義語は無関心で、類義語は憎しみ。
相手のことを愛すことは、同時に憎むことにもなりやすいのだと思います。
「夕顔」
源氏の君と、夕顔の物語の現代版ですね。
源氏物語は読んだことはありませんが。
源氏の君のプレイボーイっぷりが笑えます。
夕顔の控えめさと可憐さが無残に散るのがとても哀れです。
「アレンテージョ」
ゲイカップルのマヌエルとルイシュの3泊4日のアレンテージョでの休暇の物語です。
繊細な心理描写が秀逸な作品で、2人の関係の危ういバランスが描かれています。
江國香織は、初期から奇妙だけど繊細で独特のバランスを持った人間関係を書くのが上手な作家だと思います。
『きらきらひかる』『落下する夕方』なんかもそんな作品だと思っていて、型にはまらない微妙で繊細な人間関係を描かせたらピカイチだと思います。
ルイシュは、画家ということもあり感受性が豊かで繊細な人ですね。
女性顔負けな女性らしさですね。
社交的で、性的にも放埒なマヌエルに嫉妬を感じながらも最後は彼への愛おしさから嫉妬も忘れてしまうルイシュ。
ゲイの人って感性豊かな人が多いみたいですね。
クラブの音楽のジャンルの「HOUSE」も、元々はゲイが作り出したコミュニティから生まれた音楽だったりします。
ルイシュは宿泊した宿の幼い娘のエレナと交流を持ち、少しずつ心を通わせます。
ラストシーンで、ルイシュはエレナに会えなかったものの、描いた絵をフェルナンに託けます。
売れているとは言い難いけど、僕は絵をー現実的には商業出版物にイラストをー描いて生計を立てている。名刺がわりに置いていけば、いつかーたとえばエレナが家出を成功させた暁にでもー、再開できないとも限らないから。
エレナがこの絵を頼りにルイシュに会いに来る確率はどれくらのものなのでしょうか?
本当に淡く、かぼそいつながりです。
2人の間に約束も、強い絆もありませんが、この旅で繋がったエレナと再会の可能性を淡く残したルイシュの行動は、「犬とハモニカ」での一期一会の感覚とコントラストを描きます。
きっとエレナに特別なこだわりがあると言うより、旅先で感じたささやかな感傷と思い出と緩やかに繋がっていたいと思うルイシュのささやかな願いだったのではないでしょうか。
music with:Rberta flack&Donny Hathaway