1、作品の概要
『白鳥』は村上龍の短編小説集。
1997年に幻冬舎より刊行された。
9編からなる。
文庫本で207ページ。
短編小説と、キューバ音楽のCDからなる『或る恋の物語:エキゾチム120%』から、『或る恋の物語』『彼女は行ってしまった』『わたしのすべてを』の3編が収録されている。
2、あらすじ
①白鳥
妻子ある男と破局し、絶望のあまりに自死すら考えたイマイユカリ。
彼女が雑誌の懸賞で当たったハウステンボスへの旅行で出会った、イマムラユミコはエイズの予感に慄いていた。
男性との関係に倦んだ2人は、湖面を泳ぐ2羽の白鳥のように睦みあう。
両親が特別な病気で入院してしまい、1人で暮らす少年。
彼は学校に行っていなかったが、特別な能力を持ち、自らを「ボーイ」と呼んでいた。
ある日、僕は自信が消失し「ボーイ」になってしまったように感じ外に出る。
そして、白い衣装の不思議な女性に出会うが・・・。
③マナハウス
妻子ある男に恋をして、やがてヒステリックに執着し始めた女。
追いつめられた彼女は、死んだ昆虫の声を聞くようになる。
男は手切れ金を用意して六本木のレストラン「マナハウス」で別れ話を始めるが・・・。
④或る恋の物語
レストランでアルバイトしていた大学生のコダマトオルは、意地の悪い男性上司に嫌味を言われて泣いている若い女性を助ける。
その女性・赤川美枝子が話していたキューバの話に興味を持ち、ホテルのラウンジで再会した2人は、一緒にキューバのアーティストのダニエル・オルモ「或る恋の物語」を聴きながらキューバの話をする。
赤川美枝子からキューバのダンサーとの恋とその破局を聞いたコダマトオルは、一緒にキューバに行くことを提案するが・・・。
⑤彼女は行ってしまった
映画監督の桜井洋一は、雑誌のインタビューに来た女性の手が別れた妻を思い出させることで不機嫌になり、インタビューの途中で追い返してしまう。
あとで冷静になった彼は、その女性・赤川美枝子に電話をかけ恋仲になる。
桜井は、嫉妬深くヒステリーを起こす赤川美枝子との結婚をためらっていたが、やがて若いキューバのダンサーと付き合うようになったという彼女から別れを切り出されてしまう。
⑥わたしのすべてを
広告代理店に勤めるムラタは、親友の桜井から自分で撮ったセックスビデオが誰かの手に渡ったから探して欲しいと頼まれる。
てがかりは、青山墓地の屋台ラーメン屋で30代のベレー帽をかぶった男性。
ムラタは坂木という部下と一緒にその男を探し出し、ビデオテープを返してもらいに一緒に部屋に行くが・・・。
⑦そしてめぐり逢い
スポーツ選手の代理人の仕事をしている男は、高校時代からの悪友のイワイはヨシハラミエが出演しているポルノビデオのことで連絡を受ける。
男もイワイも高校生の時に上品で美人だったヨシハラミエに惚れていた。
⑧ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド
とある南国のリゾートホテル。
男はプールサイドで30代前半の女性と親しくなり食事をすることになった。
彼女は娘を伴ってレストランに現れ・・・。
⑨ウナギとキウイパイと、死。
7年前に妻と離婚したオギノヒロシは、ある朝目覚めると見知らぬ女性がベッドにいることに気付く。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
確か大学生ぐらいの時に読んだ本で、ブックオフで見つけて購入して再読しました。
最近、なにげに村上龍をよく読んでいて再読したり、新しく読んだりしています。
20年以上前に読んだ作品なので、当然内容はサッパリ忘れてしまっていましたので、ほぼ初読のような感じで楽しめました(笑)
4、感想(ネタバレあり)
①白鳥
2人の若い女性が、たまたまツアー旅行で同室になり、刹那心と体を重ね合うという物語。
白鳥のイメージと相まってどこか美しく、身を寄せ合っているように思います。
2人とも酷い男と付き合って、破局してボロボロになっている。
その絶望の果ての、一瞬の安寧を感じさせるような話でした。
官能的ではありますが、どこか綺麗で傷ついた2羽の白鳥が絡み合ってお互いを慰め合うようなイメージが喚起されました。
幻想的でどこまでが現実なのかわからないような奇妙な物語。
僕がなくなって「ボーイ」しかいなくなるというのは解離性同一性障害のようで、主人公の男の子も精神を病んでいるかのように思えます。
外の世界の出来事も、「ボーイ」の脳内でリミックスされた現実のよう。
白い衣装を着た女の人が「あなたも逃げてきたの?」という言葉は、自分と同じ境遇だと思ったのでしょうか?
醜い外の世界で戦い続ける心を病んだ同胞。
彼女のオーロラとムーン・リバーの話は、とてもリリカルでした。
③マナハウス
なんか痛々しくて読むのがしんどい作品でしたが、ラストに描かれた救済にはその分カタルシスを感じました。
誰かに依存し、執着することは支配されることでもあるし、自己を見失うことでもあります。
主人公の女にとって、その男への執着と彼が抱いていた車いすの女性の存在は、精神を損なうのに十分なものでした。
女性の笑い声が不意に聞こえたり、死んだ虫の声を聞いたり、常軌を逸していきますがそんな絶望の果てに自らを肯定することができたのはいいラストだったと思います。
④或る恋の物語
龍っぽくない作品かもしれないですが、爽やかで切なくて好きですね~。
作中に出てくるキューバの歌手・ファビエル・オルモは実在の人物のようで、映画『KYOKO』でも歌ってた人みたいです。
キューバきっかけで出会った2人。
ホテルのラウンジで推しのファビエル・オルモを、赤川美枝子にイヤホンで聴かせるとか、なんか若くていいなーって感じです。
これが40歳の中年男性だったら違和感ありますが(;^ω^)
一緒に行こうと待ち合わせた空港に彼女が来なかったというのも歌の歌詞みたいにドラマティックで良かった。
そんな或る恋の物語。
なあ、今度は二人で一緒に来ようぜ、そう言いたかったが、日本はあまりに遠いし、ハバナの空と海は青すぎて、そういうことを言うのがとてもつまらないことのように思われた。来たかった来ればいい、本当に来たい奴がだけが来ればいい、ハバナの空がそう言っているようだったんだ。
キューバは人間が人間に甘えることを、許さない。
⑤彼女は行ってしまった
この話は『或る恋の物語』の少し前から始まる話になりますが、これも好きな話ですね。
爽やかなラブストーリーではなくて、大人のドロドロしたものがありながらも、美しい瞬間がある。
赤川美枝子にサテンの手袋を桜井が贈るシーンはとても美しかった。
大人の恋愛って、そうなのかもしれないと思いました。
お互いのエゴの衝突、依存と支配、金と性欲・・・。
それでも恋愛の始まりにある忘れられない美しい思い出。
それが忘れられなくて寄り添い続ける。
そしてある日、彼女は行ってしまう。
⑥わたしのすべてを
ムラタのキャラクターが良くて楽しく読めましたが、桜井が赤川美枝子とのセックスをビデオに撮ったものを盗まれて、それを取り返すみたいな話でした。
うーん、だいぶ残念(笑)
ただ、そのビデオを所有していた長身の男とその彼女のエリコとの場面はとても良かった。
ビリーホリデイの『わたしのすべてを』を聴いて、同じ曲のシオマラ・ラウガーの曲を一緒に聴く場面はなにか感情に訴えかけているものがありました。
音楽が描かれている映画や文学は、とてもいい。
音が、キラキラと輝く粒子となって目に見えるようだ、といつもオレはそう思う。
⑦そしてめぐり逢い
うーん、昔の同級生がポルノビデオに出演していて、その彼女を自分が幸せにできなくてがっかりくるっていう話ですが。
ちょっとあまりピンときませんでした(;^ω^)
⑧ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド
リゾートホテルでバカンスを楽しみながら、他人のふりごっこ遊びを楽しむ3人家族。
親しさ。
それが混乱の原因だと考える男。
彼が3年前からピアノを弾けなくなった原因でしょうか?
⑨ウナギとキウイパイと、死。
なにかイメージが先行した不思議な短編です。
村上は村上でも、春樹の小説が紛れ込んだんじゃないかって一瞬疑ってしまいましたが確かに龍でした。
ある朝起きると隣で寝ていた女性。
昨日の記憶が定かではないのは、あまりにも同じような日々が続いていたからでしょうか?
5、終わりに
短編を書くのはイヤではない。だが、短編は「洗練」を必要とする。
私は「洗練」がイヤなのだと思う。
というのが、村上龍のあとがきの言葉です。
うーん、ソリッドやで。
たしかに村上龍の長編小説は洗練とは無縁で剥き出しの大刀でぶった切っている感じがします。
文章の美しさとか、表現の妙味とかはあまり感じないのですが、物語から伝えたいこと、メッセージの強さがビンビン伝わってくる。
文章から意志の力を感じる。
イマジネーションを感じる。
こういうタイプの作家はちょっといない気がします。
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