1、作品の概要
「小説 野生時代」2017年11月号~2019年7月号に連載された。
100人以上の登場人物が織り成す時を超えた物語のタペストリー。
2、あらすじ
時間も生死も超えて。
100人を超える登場人物達の人生が交わる不思議な物語。
とある街で、3つの時代で時間が交錯し不思議な出来事が起こっていた。
現代の誰かの物語は、中世の物語に繋がり、近代にも伝わる。
水面にいくつも投げ込まれた石つぶて達が起こす波紋は重なり、広がっていく。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
江國香織は『きらきらひかる』を読んで以来、25年以上好きな作家です。
あの独特の透明感。
狂気と紙一重の登場人物達の世界観。
いつもそういったものに惹かれて、定期的に読む作家さんの一人です。
今回は、たまたま図書館にある1冊を手に取ったのですが、前知識なしに読んで度肝を抜かれました。
この作家は、デビュー30年を超えてこれからとてつもない変化を遂げるのかもしれない・・・。
そんなふうに感じた1冊でした。
4、感想・書評
鼻垂らしていたアホの従兄弟が京大に受かったとか、はにかみ屋の近所の女の子がキャバ嬢になったとか、そんぐらいのインパクトが今作『去年の雪』にありました。
どんだけ変わっとんねん!!
江國香織はどちらかというと、あまり作風を変えない(良い意味で)作家だと思っていたのですが今作ではちょっと以前の作風の跡形もないぐらいの変化を遂げてきました。
とても勇気があることだし、僕は彼女の勇気を賞賛したいと思います。
って、偉そうやな自分(笑)
思えば、『抱擁、あるいはライスには塩を』を読んだ時も主観が入れ替わりながら語られる連作短編のような長編小説で、それまでの彼女の作風とは全く違ってスケールの大きな作品だなとは感じていました。
ちょっと総合小説というか、そんな雰囲気を感じさせていた小説ではあったのですが、それまでの江國香織の小説の世界観も併せ持っていて、延長線上に存在する物語だと感じていました。
近作で読んでない作品も多かったのですが、『去年の雪』では過去のイメージをある意味破壊して、何か新しいものを築こうとしているようなイメージを感じました。
音楽で言うと、プライマルスクリーム「コワルスキー」とか、レディオヘッド「KIDA」ぐらいの変化。
それをキャリアがあって、一定以上の作家がやるということに僕は強い驚きを感じました。
例えばこのまま不倫恋愛小説を書き続けていても、読み続けてくれる読者はいるでしょうし、江國香織の手にかかればそれは詩的美しい物語として成立するでしょう。
でも、彼女は変化を選んだ。
彼女の冒険に僕は拍手を送りたいし、近作も読みたいと強く思いました。
で、この『去年の雪』がどういう物語だったのか?
というと。
えっ、どう言っていいかよくわからんす(笑)
ただ、何でしょうか。
『犬とハモニカ』の「犬とハモニカ」で見られたようなたくさんの視点で人生が交錯する一瞬のきらめきを描いたような手法が『去年の雪』にも見られましたし、その物語が一瞬だけ混じり合ってすぐに離れていくような刹那を時空も生死も超えて描き出したのは「犬とハモニカ」からの大きな変化・試みだったのだと思います。
『去年の雪』 の物語はまるでパッチワークのように細々とした何かが集まって一つの絵を描いているようにも思えますし、広大な宇宙を行き交う流れ星達の物語のようにも思えます。
とても不思議で、どこか懐かしくなるような物語達ですけど、「電話の混線」のように時間が絡み合っていることには何の説明もないですし、連綿と続いていた物語たちはある時にぷつんと、途切れるように終わります。
僕的にはそこがまた良かったです。
別にオチというかそんなのはいらなくて、不可思議なことは不可思議なままであってほしいと、読み進めていくうちにそう思いました。
仏教用語で『袖触れ合うも他生の縁』なんて言葉もありますが、そうやって縁を成しながらもすれ違っていく儚さや、一期一会的なものを物語全体を通じて感じられました。
ページを繰り始めた瞬間から、とてつもない遠い場所まで旅をさせられるような。
そんな物語だったと僕は感じました。
5、終わりに
いやー、僕が書評で大事にしていることでもあるんですが、作家さんの作品の変化って本当に面白いですね。
時代と照らし合わせながら作品を見ていくと色んなことに気づきますし、作品の変化を感じるのもとても興味深いことです。
『去年の雪』には本当に驚かされましたし、読んでいてとても楽しかった。
江國香織の変化を僕はとても好ましく感じます。