時系列順に、村上春樹の長編作品を中心にザックリ語るこの企画。
前回は『スプートニクの恋人』まで紹介しました。
『スプートニクの恋人』と『海辺のカフカ』の間に出た短編集です。
書き下ろしが1編と新潮で連載されたものが収録されています。
今までの短編集と違うのが、この作品の登場人物が皆阪神淡路大震災に関連した話を語るという部分です。
直接的ではないにせよ、震災に関わった人々のことが描かれています。
☆海辺のカフカ☆
上下2冊で刊行された長編で、15歳の少年「田村カフカ」と、知的障害を持った老人「ナカタさん」の視点で交互に語られる物語です。
今まで、20代後半〜30代半ばぐらいの主人公が多かったので、かなり意表を突かれました。
春樹好きの友達と会話してて、「今度の村上春樹の長編の主人公が15歳で、レディオヘッドの『KID A』聴きながらジムでトレーニングしてるぞ!!」とか言って盛り上がりました(笑)
カフカの章は1人称で語られて、ナカタさんの章は3人称で語られています。
2人は直接会うことはありませんが、それぞれ父親=ジョニーウォーカーと対峙し、ナカタさんはカフカを助けるような働きをします。
父親に、「母と交わり父を殺し、姉とも交わる」と予言されて高松に家出する田村カフカ少年。
ひでー父親ですな(笑)ギリシャ悲劇のエディプス王の話ですね。
ちなみにカフカ少年は、姉と母には、会ったことがありません。香川で旅をしているうちに親切にしてくれたさくらと、図書館の館長の佐伯さんに、母と姉に近しい感情を持つようになります。
一方のナカタさんは、動物と話す能力を持ち、不思議な現象に出くわしながら、トラックドライバーの星野くんと出会い、導かれるように四国を目指します。
2人のストーリーが絡まり合いながら、徐々に核心に迫っていく感じがドキドキで、ページをめくる手が止まりませんでした。
ねじまき鳥でもそうでしたが、今作でも悪が描かれ、暴力が描かれています。
印象的なのが、夢がキーワードで出てきて、2つの世界が描かれていたことでした。
また、今作で特徴的だったのが、これまでの作品では描かれたことがなかった主人公の家族の話が出てきたことでした。これまで村上春樹の小説では妻は出てきても親兄弟、子供は出てきたことがなかったので新鮮でしたが、やっぱり普通じゃない使い方してきてますね(笑)
ねじまき鳥、世界の終わり~の流れを踏襲しながらも新たな要素を付け加えて、より深い謎を孕んだ傑作だと思います。。
☆アフターダーク☆
3人称の視点で描かれた実験的な作品だと思います。
この頃の春樹は、小説家は1人称から3人称に宿命的に移行していく、みたいなことを書いていましたが、『1Q84』で3人称を用いて重層的な物語を作るための布石だったのだと思います。
なんだか舞台で劇を鑑賞しているみたいな作品だと思います。
ただ、僕の好みから言うと、あまりピンと来ない作品ではあります。
一晩の出来事をいろいろな視点で物語を幅広くしているのは面白みを感じなくもないですが・・・。
☆東京奇譚集☆
新潮で4ヶ月連続で書かれた短編に、書き下ろし1編を加えた短編集。
どこか奇妙で時に物悲しい話を集めた短編集で、珍しく村上春樹が前口上でこの短編集について語っています。
この短編に収録されている『ハナレイ・ベイ』は去年映画化しました。
☆1Q84☆
海辺のカフカから7年を経て発売された書き下ろしの長編。
BOOK1、BOOK2が同時に発売された後に1年ほど置いて、BOOK3が発売されました。
BOOK2の終わりはあのままでも終わらせることもできなくはない感じで、春樹もBOOK3を書く事は決めてなかったようです。
1年経って続編の発売が発表された時は嬉しかったですね。ねじまき鳥もこのパターンでした。
小学生の頃に1度手を握って見つめあった相手をお互いに想い続ける、男女の物語で、海辺のカフカのように、青豆の章、天悟の章が交互に展開していき、ふとしたきっかけから迷い込んだ異世界から抜け出そうとする物語です。
ジョージ・オーウェルの『1984』をモチーフに描いた物語で、過去の物語で月が2つ浮かぶ『1Q84』の世界の話です。
『アンダーグラウンド』でオウムの取材をしたことも影響となって出てきているのか、宗教団体と、超常的な力を持った教祖との対立を天悟の視点、青豆の視点の両方から描きます。
複雑に絡み合った謎。さきがけ、リトルピープル、レシヴァとパシヴァ、マザとドウタ。ここで書くと長くなるので、またいずれ書評で書きますが、暗示に満ちています。
春樹がどっかのインタビューで「暗い時代だから希望がある物語を書きたい」みたいなことを言ってましたが、今までの作品にはなく「愛」強調されます。
誰も、愛や希望を言わなくなった時代にこそ「愛」の物語を描きたかったのかなと思います。
1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/05/28
- メディア: 文庫
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☆女のいない男たち☆
東京奇譚集と同じような感じで5編を新潮に連載し、1編を書き下ろしして、計6編の短編集として刊行。
女性と別れた、失った男性たちの物語です。
学生時代に仲が良かった4人の友達から理由もわからずに疎遠にされて、そのまま傷を抱えたまま大人になった多崎つくる。
彼女のすすめもあり、それぞれの友人に会いに行くことを決める。
基本はリアリズムの物語ですが、時折夢や、幻影のようなものが出てきて物語に奥行きをもたらしています。
彼女の助言があったとはいえ、名古屋、フィンランドまで行って問題を解決しようとする多崎つくるの姿勢には力強さを感じます。
この行動力、力強さは、『騎士団長殺し』の主人公にもみられます。
☆騎士団長殺し☆
村上春樹最新の長編作品です。
第3部が刊行されると思ってたんですが、あれで完結みたいですね(^_^;)
1Q84がオウムを彷彿とさせる宗教団体を登場させたり、3人称で物語を展開させたりと物語を幅広く展開させて個人と世界との対立をある意味で描いた作品だったので、ネットでも新作はテロや東日本大震災などのテーマを扱った壮大な物語になるのではないかという声が多く聞かれました。
村上春樹は良くも悪くも「僕」の喪失感を描いたどこまでも個人的な作品を多く描いてきた作家でしたが、地下鉄サリン事件のインタビューを描いたノンフィクション作品「アンダーグラウンド」以降、個人と世界との断絶ではなく、その対立や融和を描くようになってきました。国際的に評価が高い作家でもあり、エルサレムでの「壁と卵」のスピーチもあり今回の作品には少なからずそういった世界的に共感が得られる事件を暗に示した作品になるだろうと僕も考えていました。
ですが、ページをめくるにつれその予想は覆されました。
まず1人称。「僕」じゃなくて「私」の物語です。
そして、「私」の名前は明かされません。そして、形こそ違え唐突な妻との別離。井戸も出てくるし、ねじまき鳥との共通点が多いですね。
妻との別離後、「僕」は長い旅に出ますが、その後はほとんど移動することなく雨田具彦が住んでいた小田原の山中で数カ月の物語が展開します。その間、一貫してほとんどの視点は「僕」で、半径3kmほどで完結していく物語が展開していきます。壮大な物語は?世界との対立は?しかし、そこは村上春樹、免色さん、まりえちゃんとクセが強く魅力的な人物が登場し、ほどよい緊張感をたたえながら物語は展開します。
鈴の音、石室、そしてイデアたる騎士団長の登場。日常は少しずつほころびを見せ始め、非日常が取って代わっていきます。夜空が藍色に染まって徐々に白んでくるように少しずつ何かに侵食されていく感じ。
雨田具彦が描いた『騎士団長語殺し』の意味は?免色さんの真意は?最後まで読んでも謎が深まる気がしました(笑)
☆終わりに・村上春樹の今後☆
ザックリですが、とりあえずこれまでの作品をさらいながら村上春樹の紹介をしてみました。
今後は、書評を作品別にしていきたいと思います。
今のところ、『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』を書きました。
先は長いです(笑)
次に出る作品は短編集になりそうですね。
今、新潮で何本か書いたみたいなので、来年早々ぐらいに出ると良いなと思ってます。
そのあとに短めの(1冊の)長編が出て、何年か後に長い長編が出ることになると思います。
最近はずっとそのパターンですね。
村上春樹も70歳を超えてますからいつまで書けるのか・・・。まぁ、元気そうだから案外90歳ぐらいまで書いてそうな気もしますが(笑)
まだまだ頑張って欲しいです。