ヒロの本棚

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【本】西加奈子『漁港の肉子ちゃん』~どれだけ世界から見放されても、他人から蔑まれても、生きていていいんだよ~

1、作品の概要

 

2011年に刊行された西加奈子の長編小説。

漁港の焼肉屋で働く底抜けに明るい肉子ちゃんと、娘のキクりんの物語。

石巻市の漁港がモデルになっている。

表紙の絵はクリムト『ダナエ』を西加奈子本人が描いたもの。

2021年に明石家さんまプロデュースでアニメ映画化した。

 

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2、あらすじ

 

東北の漁港にある焼肉屋「うをがし」で働く肉子ちゃんと、小学5年生の娘・キクりんの母娘。

純粋で騙されやすくて、おまけに太っていて器量も良くない肉子ちゃんだったが、明るい笑顔でみんなの人気者だった。

キクりんはそんな肉子ちゃんが時々恥かしかったりしていた。

2人は各地を転々としながらこの町に住み着いて2年、田舎ながらも素朴な温かさを持つこの土地に少しずつ馴染み始めていた。

思春期真っ盛りのキクりんは友達との人間関係や、淡い恋心なんかで悩み多い年頃。

おまけに彼女には人とは違うちょっと不思議な能力があった。

とあるキッカケから明かされる秘密と、偽らざる想い。

遠慮なんてしなくていい、だって家族なんだから・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

 

西加奈子の作品の中でも一番笑えて、一番泣ける作品だと思います。

寒い寒い北の漁港での話だけど、町の人達みんなもとても温かくて、じんわり心が温まるような素敵な物語だと思います。

今回読んだのは2回目でしたが、たくさん笑って、最後はじんわり感動させられました。

西加奈子の優しさ、行きづらさを抱えた多くの存在に対しての率直な優しさと肯定がストレートに感じられました。

とても読みやすいけど力強いメッセージが篭められた作品で、とても大好きな小説です。

 


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4、感想・書評(ネタバレあるで!!)

①漁港の町と人々の温かさ

キクりんの目線から肉子ちゃんのこと、彼女自身の学校生活や、町での生活と大人たちについて、小学5年生というまだまだ子供だけどそれでも色んなことが理解でき始めている微妙な年齢の少女の目線で物語は描かれています。

とにかく肉子ちゃんのキャラクターが強烈すぎ(笑)

だいぶふくよかで、器量は不器用、センスはなくて身につけているものはダサすぎるし、男にはだらしなくて借金を押し付けられて逃げられたりします。

 

でも、肉子ちゃんはいつも明るくて前向きでまわりにいる人達を笑顔にしてくれます。

よそ者だった肉子ちゃんをこの漁港の町はすんなりと受け入れて、焼肉屋「うをがし」の看板娘(?)になりますが、田舎の町ってわりと閉鎖的で外から来た人間に強い警戒心を抱く印象がありますが、そこは肉子ちゃんのキャラクターで相手の心にズケズケと入り込んでいってあっという間に馴染んでしまっています。

一度懐に入ってしまえば、とことん人懐っこくて温かいっていうのも、田舎の特徴だと思います。

 

色んな男に騙されて毎回ボロボロになって住むところも転々としている肉子ちゃんと、薄々自分の境遇に気付いていて誰かの顔色を伺うように生きているキクりんは、この人の温かさに惹きつけられて縁もゆかりもない北国の漁港に住み続けているように思いました。

あとがきにありましたがこの漁港は石巻市がモデルになっているみたいで、「うそがし」のモデルになった焼肉屋も実際に存在するようです。

西加奈子はあの震災の数ヵ月前に石巻を訪れて『漁港の肉子』の着想を経たそうですが、時々生きているとこういうささやかなで運命的な偶然に遭遇することがありますね。

読んだあとに「この漁港の町は石巻が舞台なんだ」と驚きましたが、震災前に訪れた時に西加奈子がこの町で感じた人々の温かさや素朴さがとても自然に表現されていたように思います。

 

②キクりんと肉子ちゃんの不思議な母娘関係と思春期のよもやま

まん丸に太って面白い顔で頭も良くない肉子ちゃんと、美人で頭も良くて痩せているキクりん。

いや、もう全然違いますやん(笑)

そんで名前も一緒の「きくこ」という名前とか、まぁあり得ないですよね。

聡明なキクりんは幼稚園の頃から自分と肉子ちゃんに血のつながりがないことには薄々気付いていましたが、肉子ちゃんに直接言ったことはありませんでした。

 

聡明で大人っぽくみえるキクりんですが、それでも言葉にして自分と肉子ちゃんの血の繋がりがない事実を確定させてしまうことには恐怖を覚えていたのかもしれません。

誰とも血の繋がりがない、どことも繋がってないって思うことはまだ自我の発達しきっていない少女にとってとても恐ろしく、自らの存在理由さえ崩壊しかねない事態だったのでしょう。

『i』でも血の繋がりのない家族と、自分の存在理由のことなどについて触れられていましたが、『漁港の肉子ちゃん』でも同様のテーマが扱われていました。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

まわりの風景に色がついたり、人間以外の生き物たちの声が聞こえたり、この世ならざるものが見えたり・・・。

そのような特殊な能力(キクりんの想像かもしれません)が身に付いたのは、彼女自身のそのような境遇とも関係があるのかもしれません。

研ぎ澄まされた感性は、本来聞こえない声を聞いて、見えないものを見てしまっているのでしょうか?

そういうのってちょっとしんどいようにも思いますが(^_^;)

 

③ちゃんとした大人なんていない、誰かに迷惑をかけてもそれでも生きていていいんだよ

周りに遠慮しながら生きているキクりん。

盲腸で倒れた彼女が病院の目覚めた時にサッサンがかけた言葉がめっちゃ好きです。

「ちゃんとした大人なんていない」って自らを省みて、ぎくぎくぎくって思いましたが(笑)

「生きてる限り、恥かくんら、怖がっちゃなんねぇ。子供らしくせぇ、とは言わね。子供らしさなんて、大人がこしらえた幻想らすけな。みんな、それぞれでいればいいんらて。ただな、それと同じように、ちゃんとした大人なんてものも、いねんら。だすけ、おめさんが、いくら頑張っていい大人になろうとしても、辛え思いや恥ずかしい思いは、絶対に、絶対に、することになる。それは避けらんねぇて。だすけの。そのときのために、備えておくんだ。子供のうちに、いーっぺ恥かいて、迷惑かけて、怒られたり、いちいち傷づいたりして、そんでまた、生きてくんらて。」

私の涙が、点滴みたいに、ぽた、ぽた、と落ちた。サッサンの白い髭。深い皺。

「迷惑かけたって、大丈夫ら。俺は、おめに遠慮なんてしねぇ。他人じゃねぇんだ。分かっか、キク。血が繋がってねぇからって、家族になれねわけじゃね。俺は、おめを、家族として、ちゃんと怒る。おめが腹立てるくれ、鬱陶しいぞこらって怒鳴り返してくるくれ、ちゃんと怒るすけ」

血が繋がってなくても、家族になれる。

肉子ちゃんとキクりんが血の繋がらない親子だということをサッサンも知っていたのでしょうか?

まぁ、一目瞭然だったのかもしれませんが(笑)

それに、キクりんが遠慮しながら生きていたことにも気づいて、たくさん恥をかいて迷惑をかけていいんだって声をかけます。

いや、もう不器用だけどめちゃくちゃ温かい言葉ですね。

この前に映画『そしてバトンは渡された』のレビューでも同じことを書きましたが、「血は水より濃し」という言葉は、これからの「家族」の概念には当てはまらないことがある言葉になるのかもしれないと思いましたし、お互いに想い合って寄り添い合うことができれば例え血が繋がってなくても「家族」って言える日が来るんじゃないかと思いました。

 

それと西加奈子が全ての作品で必ずと言っていいほどメッセージとして伝えている全ての生きにくさを抱えているマイノリティな存在への賛歌。

肉子ちゃんの存在も、キクりんの存在もそうかもしれませんが、どれだけ世界から見放されても、他人から蔑まれても、生きていていいんだよ。

たくさん笑って、誰かに頼って一緒に生きていけばいいよ。

っていう強いメッセージを感じました。

 

西さんの物語ではいつも苦しくなるような生きづらさを抱えている人達がたくさん出てきます。

でも、そういう歪みや苦しみを抱えて、どこにも繋がれない寂しさを抱えていても、誰にも理解されない少数派の存在でも、きっと生きていていいんだよ。

誰かと繋がっていいんだよ。

って言われているような気がしてきます。

彼女のそういった孤独な魂を持った人たちへの目線は底無しに優しくておおらかです。

彼女自身もかつてそういった苦しみを抱えていたことがあったのでしょうか?

 

作風やアプローチの仕方は全然違いますが、彼女が一番伝えたいメッセージは根底で中村文則がいつも伝えているメッセージと繋がっていると思いますし、2人の作家が懇意にしているのもそういった相似性があるのかなとも思いました。

世界はどんどんシステムに塗り固められて、強い偏見と差別、そして経済格差によって分断されています。

そんな世界の冷たいシステムの壁の狭間でもがいてもがいて生きづらさを抱えている。

そんな存在にこそ寄り添った物語を届けたい。

いつも彼女の物語にはそんなメッセージが込められているように僕には感じられますし、だからこそ西加奈子という作家の作品には、魂ごと慰撫されているような、抱きしめられているような温かさと底無しの優しさを感じるのだと思います。

 

 

 

5、終わりに

 

オードリーの若林が西加奈子の作品の帯を「クズに対しての優しい目線」みたいなことを書いていましたが、本当に言い得て妙ですし、西加奈子という作家の特別性や作品に漂う温かさを本当に上手に表現している言葉だと思います。

クズというか僕は生きにくさを抱えた人間と表現しますが、そういった人達への力強い賛歌が高らかに響き渡るのを僕はいつも彼女の物語と文章を通して聴くことができます。

本当にとても生きにくい世の中で、今後さらに世界は分断と差別と偏見に見舞われて、融通の効かない冷たいシステムは高く聳えて僕たちを踏みつけてさらに深い絶望へと追いやるのかもしれません。

そういった時代の暗さと、踏み潰されながらも懸命に生きようとしている人たちの叫びに感応して西加奈子は『漁港の肉子ちゃん』のように読む人を明るくして自分のことを少しでも肯定して生きられるような物語を描いているのではないでしょうか?

こんなに深い優しさを持った作家を僕は他に知りませんし、彼女の物語が生きていくことに対しての困難さを抱えた多くの人達に届くことを祈っています。

 

 

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