1、作品の概要
『おまじない』は西加奈子の8篇の短編小説集。
2018年に筑摩書房より刊行された。
PR誌「ちくま」2016年1月号~2017年9月号に掲載された。
表紙を含めてそれぞれの作品のイラストを作者の西加奈子が手がけた。
2、あらすじ
①燃やす
綺麗で女性らしくいることを好むおばあちゃんと、がさつで鷹揚な母親の価値観の間で揺れ動く「私」。
母親の意に背いてスカートを履くようになった私は周囲から「可愛い」と言われるが、ある事件に巻き込まれてしまう・・・。
②いちご
遠い親戚の浮ちゃんは、いちごに異常な愛情を寄せながら九州の田舎の村で1人で暮らしていた。
芸能界や、浮世の世事にとんと興味がない浮ちゃんは、「私」がモデルデビューしたあとも変わらない態度で接してくれていた。
③孫係
おじいちゃまは、仕事や所要などがあり「私」の家で1ヶ月住むことになった。
「私」の母親は熱烈に歓迎するが、「私」は少し気詰まりで・・・。
しかし、ある日の会話からおじいちゃまとの距離が一気に縮まっていくのだった。
④あねご
がさつで大酒飲みの「私」はホステスとして働いていた。
容姿は良くないが、そのキャラクターで重宝されていた「私」のあだ名は「あねご」だった。
ある時、芸能人が店に訪れて・・・。
⑤オーロラ
ダンサーのトーラと、美容の仕事をしている「私」はレズビアンのカップル。
2人は「心がない場所」を目指してアラスカに旅に出る。
⑥マタニティ
38歳の「私」は会社の同僚との飲み会で出会った徳永と交際を始め、妊娠した。
喜ばしい出来事のはずなのに、彼女の胸に去来したのは数々のネガティブな感情で・・・。
母子家庭で育ったゆきは、高校生の時に演劇を好きになり、演劇で有名な大学に進学した。
在学中に数人で作った劇団で卒業後も働き出した彼女は気づくと44歳になっていて・・・。
⑧ドラゴン・スープレックス
日本人の母と、アフリカ系の父を持つジュエルは、信心深く、おまじないが好きなひいおばあちゃんに育てられた。
祖母は過去に学生運動にのめり込み、母は奔放で今はジャマイカ人と付き合っていることを知ったジュエル。
ある日ひいおばあちゃんは台所で倒れて帰らぬ人となり、ジュエルの日常は一変する。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
定期的に読みたくなる好きな作家の1人である西加奈子。
図書館で未読の短編小説『おまじない』を見つけて借りて読んでみました。
人生に悩んだり、戸惑ったりして立ち止まっている誰かに。
優しく声をかけて抱きしめるような8つの「おまじない」のような物語たちに、西加奈子の底抜けの優しさが感じられました。
4、感想・書評
①燃やす
何かを燃やすという行為。
存在を消失させる、あるいはその存在を清めて別の次元に移すこと。
ただ捨てるというより圧倒的に儀礼的で大きな力を持つ行為だと思います。
主人公の少女は容姿や生き方と性にまつわる考え方を母親に押し付けられて行きがたさを感じています。
言葉を、「ほらね」を燃やしたいというのはその言葉に備わった呪いや悪意、そんなものから解き放たれたい、浄化されたいという想いがあったからなのでしょうか?
炎は不浄な事物を浄化するという存在でもあります。
しかし、少女に必要だったのはそのような浄化や儀礼ではなく、たった一言の言葉だったのでしょう。
「あなたは悪くない。」
欲しい言葉って、意外ともらうのが難しかったりする。
②いちご
どんなに変化しても自分のことを変わらずに扱ってくれる存在。
少女だろうが、モデルをするぐらい美人でスタイルのいい女性だろうが、浮ちゃんにとっては変わらない。
彼にとってはいちごと、村の出来事だけが大事。
僕も実家に帰省した時に変わらずにそこにあるものに心癒されたりすることもあるけれど、「私」にとって浮ちゃんはそんな存在だったのでしょうか?
だからこそ、人生によくある「ちょっとした行き止まり」に差し掛かって浮ちゃんに会いに行ったのでしょう。
変わらずにいて、自分のことも昔と変わらずに見てくれる誰かに。
③孫係
あー、わかるって思った作品。
「こうあるべき」って役割がなんとなくあって、まぁみんなそれなりに演じてみたりするけど、やっぱり疲れちゃったりするよね。
でも、そういうふうに少し演じていることを堂々と言うのって勇気がいる。
誰かを傷つけちゃうし、嫌われる可能性だってあるし・・・。
でも、お互いにそんなふうに感じていたとしたら。
それはある種の「共犯」であるのかもしれないよね?
かくして秘密の共犯者になった祖父と孫の物語。
④あねご
あねごはお酒を飲んで誰かを笑わせられることが、自分の存在意義のようになっていたのでしょうか?
それは、いなくなった父親の不在を埋めるような、誰かに求められていると感じることで寂しさを紛らわせるような感情だったのでしょうか?
僕も飲みの席ではわりとあねごに近いキャラだったので、わりと身につまされるというか(^_^;)
まぁ、僕はただの酔っ払いだったのですが。
母親から父親が投げかけられた「本当に見てられない」という言葉は、間接的にあねごに対する呪いのようになっていました。
「あなたがいてくれて本当に楽しいです」
その言葉は、あねごが一番欲しかった言葉で、自分の存在を肯定されたい、誰かに必要とされたいと願っている彼女の生きる意味だったのだと思います。
⑤オーロラ
人が誰もいない土地を目指して荒涼としたアラスカへ。
どこにもいけない感じがなにか寂しくて良かった。
世界の隅っこで恋のお葬式。
どんな呪い(まじない)を?
「戻って来るのはあんただよ」
まるで予言のようなことば。
でも私は、遠からぬ終わりと、そのきっかけを思う。
⑥マタニティ
リアリティなマタニティ。
僕は男性なので、この話題を語るにおこがましいですけど。
産むこと、身篭ることが、時にその意味を大きく変容させて広がっていく。
ネガティブで、弱い、私。
私はこんなにも、弱い。
こんなにも。
いいんだよ。
弱くてもいいんだよ。
そうやって、語りかける作者の優しさを垣間見た気がした。
それぞれに印象的な「おまじない」の言葉が登場するこの短編集ですが、『ドブロブニク』にも「おめでとう!」という「おまじない」のことばが登場します。
誰からも祝福されたことがなかったゆきは、かつてイメージの世界に作り出したお友達から祝福をおめでとうの祝福を受けていました。
彼女がずっと欲しかったものは、祝福の言葉だったのでしょうか?
存在を肯定する美しい言葉。
「おめでとう」
それは、人生に行き詰まった彼女の魂を慰撫するような、もう一度生まれ直して再生することを祝福するような、おまじないの言葉だったのだと思います。
⑧ドラゴン・スープレックス
ちょっと面白すぎる家族関係。
ひいおばあちゃんに育てられたってのは、そんなにない話ですよね。
アフリカン系な外見のジュエルこと「よしえ」が日本的なおまじないの言葉を唱えているギャップが面白いですね。
うん、こういうのって西加奈子にしか書けないって思う。
このおっちゃんの言葉が秀逸です。
「お前は呪われてるんと違うねん。おまじないはお前を呪ってへんねん。お前のすべてもお前を呪ってへんねん。お前がお前であること、たとえばその髪の毛とか肌の色とかな、それはもちろんお前がえらばれへんかったもんやけど、お前はその容姿やからその血やからお前でおるわけないねん。お前がお前やと思うお前が、そのお前だけが、お前やねん」
あやうくお前がゲシュタルト崩壊しそうでしたが。
5、終わりに
普通、短編のひとつのタイトルが短編集全体のタイトルになることが多いのですが、『おまじない』には、おまじないという作品はありません。
これはおそらく全編通じて「おまじない」というマジックワードによって救われた8人の女性たちのことを描いた作品集あるために使われたタイトルなのだと思います。
では、そもそも「おまじない」とはどんなものなのでしょうか?
ひらながで言うとどこか可愛らしくて、魔法の言葉のようですが、「おまじない」は「お呪い」です。
「おまじない」は立派な呪詛なのです。
言葉は言霊であり、現実的な力を持っている紛れもない呪詛だと思います。
悪意のこもった言葉で、誰かを殺すことだってできます。
そんな呪詛がインターネットによって無限に拡散されて、たくさんの人たちに呪いをかけるような現代。
それでも、誰かの幸せを願う「おまじない」は行き止まりにいる人間の心を救うかもしれないし、再生を促すかもしれない。
この作品で描かれたのはそのような希望と願いだったのではないかと僕は思いました。
願わくば誰かのおまじない=願いが、あなたの心を救いますように・・・。
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