ヒロの本棚

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【本】西 加奈子『さくら』~喪失と再生。泥濘の中からでも何度でも立ち上がれる~

1、作品の概要

2005年に刊行された西加奈子2作目の作品。

家族の愛情と絆。

絶望と再生を描いた物語。

 

2020年11月13日に映画が公開された。

 

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2、あらすじ

 

父、母、兄(一)、妹(美貴)、主人公(薫)の5人家族は新興の住宅地で犬のサクラと一緒に幸せに暮らしていた。

兄の一(はじめ)は、イケメンで運動神経抜群でまるで太陽のような存在だった。

妹も美形の両親のDNAを受け継いで、美しく成長していく。

薫は凡庸だったが、風変わりな一家の愛情の中ですくすくと成長していく。

何より兄の一は憧れの存在で、家族の幸せの中心にはいつもサクラがいた。

 

兄は中学の時に初めてできた彼女の矢嶋さんと深く愛し合うが、矢嶋さんの家庭の事情で離れ離れになってしまう。

失恋し、失意の一は、交通事故で重い障害を負い車椅子の生活になってしまう。

美しかった顔も醜く崩れてしまい、やがて一は20歳で自ら命を絶ってしまう。

 

幸せだった一家の歯車は狂い始める。

母は悲しみに暮れて暴飲暴食の果てに太り始め、美貴は自らの殻に閉じこもるようになり、薫は美貴が一と矢嶋さんの仲を引き裂き、兄に恋焦がれていたことを知る。

そして父は家を出ていってしまった。

言葉を話すように生き生きとしていたサクラも話すことをやめ、薫は大学進学を機に上京する。

父からの手紙で帰郷した薫。

帰ってきた父と、久しぶりに揃った4人の家族に大晦日の夜、事件が起きる。

バラバラになり絶望した家族は再生できるのか?

 

さくら: (小学館)

さくら: (小学館)

  • 作者:西 加奈子
  • 発売日: 2020/11/06
  • メディア: Audible版
 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

 

西加奈子の作品の中でもとても好きな作品です。

初期作品とは思えない完成度の高さ。

家族、人生に対する作者の暖かな目線が感じられる作品だと思います。

本当に人生は色々あるけど、大丈夫やっていけるって背中を押してくれているように思います。

 

今回、映画化するとのことで再読して書評を書いてみました。

美貴役の小松菜奈はとても好きです。

スーパーの野菜売り場で小松菜を見るともれなく小松菜奈を思い出すぐらいに。

映画も観に行きたいですが、職場の規定(コロナの対策でプライベートでも映画館に行ってはならない)があるので行けません。

残念ですが、DVDを待ちたいと思います♪

 


映画『さくら』予告(60秒)2020年11月13日(金)全国ロードショー

 

うん、予告動画観たらめっちゃ観に行きたくなるなぁ。。。。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

 

 

4、感想・書評(徹底的にネタバレ)

①風変わりな一家とサクラ

何か江國香織の小説『流しの下の骨』『抱擁あるいはライスには塩を』なんかに出てくる風変わりで個性的な一家。

美しくお互いに情熱的に愛し合う両親と、子供達そして犬のサクラ。

 

一が事故に遭うまでは絵に書いたような幸せな一家で、家族の幸せなエピソードと子供の頃の印象的なエピソードが描かれます。

常に薫の側には太陽のように輝いて皆の注目を集める兄の一がいました。

薫は、常に「あの一くんの弟」として見られることになります。

普通、コンプレックスに感じそうな状況ですが薫なりのしなやかさでマイペースに自分の居場所を作っていきます。

他の家族4人のキャラクターが濃いので薫は目立ちませんが、実はとてもしなやかな強さを持っていて、物事を冷静に見ているように思います。

 

家族のエピソードの中で僕が一番印象に残っているのは、セックスと子供の誕生について母親がミキに語っている場面です。

ウチにも思春期の子供がいますが、こんなふうに愛情たっぷりとわかりやすくセックスについて子供に語ることは難しいですね。

清々しささえ感じますし、両親が愛し合っている家庭の子供は幸せなのでしょう。

中々日本では難しいかもしれませんが(^^;;

 

ちょっと風変わりな両親ですが、家庭内は愛情に満ちていて3人の子供たちは伸びやかに育っていきます。

 

②一の失恋と事故、そして暗転と死

やがて一と薫は中学生になり、思春期に突入します。

一が連れてきた彼女の矢嶋さんは、母子家庭で色々な事情を抱えていましたが、一の深く伸びやかな愛情を得て、いい方向に変化していきます。

高校でも誰もが認めるスーパーカップルになりますが、矢嶋さんの母親の再婚相手の都合で九州に引っ越してしまいます。

 

それまで常に中心にいて、太陽のようだった一にこの失恋は暗い影を落とし始めます。

西加奈子は、『サラバ』でもそうでしたが、こういった人生の起伏みたいなのを描くのがとても上手ですね。

『サラバ』のほうがスケールが大きい作品ですが、ああいった総合小説と言ってもいいような作品を書くことができる素養の萌芽がこの『さくら』にも垣間見える気がします。

人生を俯瞰で捉えて、物語として創造する能力。

西加奈子という作家の魅力の一つではないかと思います。

 

僕の好きなことわざのひとつが「禍福は糾える縄の如し」です。

人生には必ず浮き沈みがあるし、持って生まれた能力や運もあるかと思いますが、ずっと勝ちっぱなしということはないと思います。

一の身長を薫が追い越す場面もある意味象徴的で、それまで完璧だった一の人生に陰りが見えて、地味だった薫が少しずつ力をつけて輝こうとしている・・・。

そのとき僕は、少し兄ちゃんを見下ろしていた。兄ちゃんも兄ちゃんで、僕を少し見上げていることに気付いて、驚いた顔をした。ふいをつかれた人間のかおというのは、情けないものだ。僕は兄ちゃんのそんな顔をみたくなかったけど、兄ちゃんはとても間抜けた顔で、

「薫も・・・」

と言ったきり黙り込んだ。

 

アスリートでも早熟の天才といったタイプがいますが、一はまさにそうだったのかもしれません。

 

そして、不慮の事故で体は満足に動かず、右の顔面はタールに浸したかのように醜く変色してしまいます。

それは、一が幼少の頃からかっていた変人のフェラーリと同じ領域で、一の姿を見た子供たちは怯えて一目散に逃げ出してしまうのでした。

一の絶望の深さはいかほどだったのでしょうか?

 

薫曰くの「神様の悪送球」、まるで太陽のように周りの人々の愛情を欲しいままにしていたスターのような人生から、一気にフェラーリのような得体の知れない魑魅魍魎のような人生に一気に蹴落とされてしまう。

光が眩しいぐらいに輝いていただけに、そのあとに来た闇はどこもでも深く昏く。

一の精神も人生も蝕んていき、やがてその命を奪ったのでありました。

 

 

③修復と再生、それでも人生は続く

一が自殺する一部始終を目撃してしまった さくら。

その日から喋るのやめてしまいます。

さくらが「話す」という表現は何というかか、家族が幸せである象徴的な比喩のように思いました。

 

20歳で命を絶った一は家族に衝撃を与えて、バラバラにしていきます。

ミキが一に恋焦がれていて、矢嶋さんの手紙を隠していた。

また一の字を真似て手紙を出すことで、2人の仲を引き裂いた。

 

ミキの告白でそのことを知った薫がミキを殴打し続ける場面はこの作品で最も印象的で痛みを感じる部分でした。

ミキは倫理的にぶっ飛んでいる部分を持った女の子でしたが、抱えているものの重さに耐えかねたのでしょう。

まるで悔恨して罰せられることを求めているように見えました。

ミキの血が矢嶋さんの手紙に散りますが、薫はミキを殴打し続け、その美しい顔をゆっくりと壊していきます。

なにか儀式のような静かさで。

 

その様子を伺っていた父は矢嶋さんの手紙が詰まったミキのランドセルを持って家から出ていきます。

薫も大学進学を機に家を出てバラバラになる家族。

母は、暴飲暴食を重ねて醜く太っていき、ミキは抜け殻のようになってしまいます。

 

久しぶりに帰ってきた父からの手紙で実家に帰ってきた薫。

さくらの不調をキッカケに家族はまた繋がり、何かを取り戻そうと奔走します。

冷静にみると車で暴走して、正月から警察に捕まってしまうというどうしようもない結果に終わってしまいます。

本当にどん底で惨めなはずなのに、さくらの為に必死になって心をひとつにした家族は失った大事な何かを取り戻して再生していきます。

そして、その中心には犬のさくらがいる。

 

本当にボロボロになってどうしようもなくて、底辺を彷徨っている存在にも西加奈子は手を差し伸べて一緒に歩もうとしているように思います。

彼女の小説の主人公は生きにくさを抱えて不器用で、泥濘をのたうちまわっているように見えるけど彼女は優しく寄り添って一緒に歩んでくれるように思える。

 

全く違う作家性なのに時折中村文則と同質な何かを感じるのはその部分かもしれません。

スマートじゃなくていい、人生にはたくさんの不意打ちみたいな出来事があって何度も奈落に落とされるけど、それでも這いつくばって生きていく。

その果てにあるのは何でしょうか?

光が?心満たされる何かが?

トンネルを抜けた先にまたトンネルがあるかもしれないけど立ち上がって生きていく。

そんな力強いメッセージを感じました。

 

最後のミキの言葉に何かこの物語の大事な核が表現されているように思いました。

一への愛をようやく振り切って、未来へと踏み出した重要な一歩なのだと思います。

それまで無視していた世界と向き合って、自分の未来を想う。

ある種の呪いからの解放だと思います。

見当はずれからもしれませんが、カフカの『変身』のラストを思い出しました。

 

バラバラになっても家族なんだから、どこかで緩やかにつながり合っている。

そして、きっとやり直せる。

そんなメッセージを感じたように思いました。

 

 

5、終わりに

ブログを初めて良かったと思うのは、本でも映画でも感想をなくなりかけたマヨネーズを搾り出すみたいになんとか書き出している時に自分がその作品に触れていた時以上のものが出てくる時です。

文章化することによってインプットされた情報が磨かれて、より良いアウトプットに繋がっていく。

その経験から、インプットの精度があがっていく・・・。

 

そのように成長していると思っているのですが、どうでしょうか(^^;;

所詮は独りよがりなのかもしれませんが、それもまた僕の人生の核なのでしょう。

Life of chasing buttefly 

 

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