1、作品の概要
『あこがれ』は川上未映子の長編小説。
『ミス・アイスサンドイッチ』『苺ジャムから苺をひけば』の2編が収録されている。
麦彦とヘガティー、それぞれの視点で思春期直前の揺れ動く気持ちを描いた。
2、あらすじ
①ミス・アイスサンドイッチ
小学4年生の麦彦は、スーパーのサンドイッチ屋の店員、ミス・アイスサンドイッチのことがとても気になっていた。
彼女の大きな目もかっこいいと思っていたが、ある時クラスの女子がミス・アイスサンドイッチのことを整形を失敗した酷い顔と評しているのを聞いてショックを受ける。
仲良しのヘガティーにミス・アイスサンドイッチのことを話すと、ぜひ彼女に会いに行くべきだと言うが・・・。
②苺ジャムから苺をひけば
小学6年生女子のヘガティーは、有名な映画評論家の父親と2人暮らしで、母親は彼女が幼い頃に病死していた。
父親とは一緒に映画を観たりして仲は悪くなかったが、学校のパソコンのインターネットで父親の情報を見つけ、そこに離婚経験があり一女をもうけていたとの記述を見つけて衝撃を受ける。
父親に対して言い知れぬ嫌悪感を抱いてしまうヘガティーだったが、自分に半分血がつながった姉がいることに対して気になっていた。
麦彦の提案で、父親のスマホから父の前妻の住所を入手し一目姉の姿を見に行くことを決めたヘガティーだったが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
大好きな作家の1人である川上未映子の小説で、図書館で見かけたので借りて読んでみました。
ピンク色の装丁もなんだかいい感じで気になっていたのですよ。
小学生高学年の男女が主人公の物語で、淡いあこがれを感じさせるような甘じょっぱい物語でした。
4、感想(ネタバレあり)
①ミス・アイスサンドイッチ
小学4年生の麦彦がミス・アイスサンドイッチに感じていた感情は、なにかしらヒーローに憧れるような気持だったように思います。
年上の女性へのあこがれというと、恋愛的なものに結びつきそうになりますが、麦彦にとってはかっこいい存在だったのではないでしょうか?
ミス・アイスサンドイッチの絵を描いてプレゼントするっていうのも、なんだかいいエピソードだと思いました。
思春期になると男女のことは恋愛という色眼鏡で見られてしまうし、いろいろと不自由だけど、そういう枠の外でいられる最後のタイミングでの純粋なあこがれの気持ちがイノセントに描かれていたように思います。
その時、その年齢だったからこそ抱いて感じることができていた感情も想いもいずれは消え去っていく。
麦彦は大人になっても、ミス・アイスサンドイッチのことを覚えているのでしょうか?
彼女にあこがれた日々は、まるで古いオルゴールのように記憶の片隅に追いやられてその輝きを失ってしまうのかもしれません。
それでも子供のころに心を動かされたエピソードは、形が無くなってしまったとしても、心の肥やしになってその人の大切な何かに変容していくように思います。
②苺ジャムから苺をひけば
『ミス・アイスサンドイッチ』の麦彦の仲良しのヘガティーが主人公ですが、小学4年生から6年生になり、どこかイノセントだった頃からちょっとずつ思春期に入る前兆のような描写がみられたりします。
男子と女子でつきあうとかそういう意識をし始める子が出始めたり、思春期の葛藤の萌芽のような兆しを感じさせるような物語でもあったかと思います。
父と娘。
僕には娘がいませんのでよくわかりませんが、娘が思春期になると敬遠されがちになるのが父親だというイメージがあります。
それに加えてヘガティーの父親は離婚歴があるのを話しておらず、前妻との間に子供がいることも話していませんでした。
小学6年生でそのことを知っちゃったら、しかも父親から直接じゃなくて知ってしまったらこれは複雑な感情に見舞われると思います。
しかも、自分の母親が他界していて父親と2人だったら猶更その溝は深くなるでしょうね。
それでも一人っ子だったヘガティーにとって血の繋がった姉がいるというのは、淡いあこがれを抱かせるに十分な事実でした。
それだけに予定外の対面であまりに冷徹に対応されたこと、自分だけではなく父親のことも切り捨てられたように感じたことはヘガティーにとってショックだったと思います。
ただ、あれだけ執拗なまでに否定的な言動をした半分血の繋がった姉・アオの態度には捨てられた側と今も一緒にいる側のやっかみもあったように思いました。
母親と死別して、もう会えなくて寂しい。
そんな気持ちを素直に受け止めて手紙にしたヘガティーは、少しだけ大人になったように感じました。
父親と直接は前妻と義姉のことは話さなくても、納得して許したことで彼女は少しだけ大人になったようなそんな気がしました。
5、終わりに
江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』、川上弘美『七夜物語』を読んだ時の読後感に少し似た感じでした。
子供のころにしか持ち得ない特別なまっさらな感性、見えない景色と色彩。
どれだけ世界が鮮やかで、そして涙が出るほど冷たく残酷だったか。
きっと私たちは忘れてしまうんだけど、誰もがそんなふうに感じていた時があって。
そして、通り過ぎてまう。
それはとてもかけがえのないことで、誰しもが通り過ぎて失ってしまうからこそ、特別なかがやきを放っているのかもしれないと思います。
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