1、作品の概要
『黄色い家』は、2023年2月20日に刊行された川上未映子の長編小説。
ページ数は、608ページ。
読売新聞で2022年7月24日~2023年10月20日に連載された。
「読書メーター」読みたい本ランキング(2022年11月21日~12月21日)第1位を獲得。
ミステリー要素を持ったノワール小説で、川上未映子の新境地とも言える作品。
2、あらすじ
昔一緒に暮らしていた黄美子が捕まったニュースをネットで見た花は、長らく忘れていた20年前の記憶を思い出していた。
スナックで働くシングルマザーの母親との極貧の生活、窒息しそうな息苦しい毎日から花を救い出してくれたのは黄美子だった。
17歳の時に家を出て黄美子と一緒に暮らし始めた花は、スナック「れもん」を開店し、黄美子の友人の琴美らの助けもあって、なんとか店は軌道に乗り始める。
「れもん」の近くでホステスをやっていた蘭、「れもん」に客としてやってきた女子高生の桃子も一緒にお店で働くようになり、初めて友達ができた花。
4人で一緒に住み始めて、順風満帆の楽しい毎日だったが、そんな日々にも亀裂が入り始める・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
『乳と卵』で芥川賞を受賞し、『ヘヴン』『すべて真夜中の恋人たち』『夏物語』などの傑作長編を生み出している川上未映子。
そんな彼女の3年半ぶりの長編小説で、本の紹介文を読むと今までにない感じでめっちゃ面白そうだったので、ネットで予約注文しました。
都内では発売日より前から店頭に並び、ツィッターなどでも話題になっていましたね。
田舎のヒロ家にも発売日前日に届き、早速読み始めました。
608ページという長さを感じさせない疾走感ある物語・・・。
絡み合う人間模様と数奇な運命・・・。
度重なる挫折と障害を乗り越えて、花が手にしたかったものとは一体なんだったのでしょうか・・・。
めっちゃお勧めです!!
4、感想・書評(ネタバレあり)
①黄美子と花
主人公の花にとって自分の人生を変えてくれた恩人であり、物語のキーマンである黄美子。
『黄色い家』は花と黄美子の出会いによって始まり、2人の再会によって物語は終わります。
だいぶブッ飛んだ大人である黄美子は、15歳の花子に鮮烈な印象を与えて一緒に1ヶ月暮らしますが、ある日突然いなくなってしまいます。
母親にも愛されずに、爪に火を灯すようにして貯めていたお金を母親の恋人であるトロスケに盗まれて絶望します。
花の人生はとても無残で暗いものでしたが、蜘蛛の糸のように垂らされた救いが黄美子の存在だったのだと思います。
17歳で家を出た花は、黄美子と一緒にスナック「れもん」を開店して、年をごまかしながらホステスとして働きます。
それまで友達もいなくて、お金もなくて、クラスメイトからもバカにされる存在。
あまり花の容姿についての描写はありませんが、あまり容姿にも恵まれていなかったのでしょう。
そんな花が黄美子を通じて映水や琴美らとも知り合い、蘭や桃子らの同年代の友達ができて一緒にお店で働くようになる。
黄美子と一緒にいて、彼女の特別な何かを感じることで花の人生は一変します。
暗かった少女時代から脱却し、輝かしい青春を謳歌するのですが、そのあとの花の暗転と黄色い家に住んでいた4人の運命の暗転を思うと胸が痛いですね・・・。
花は経理や、人を使うことに長けていて、その才能が開花していくたびに黄美子との関係性は変化し、力強い大人に見えていた「黄美子さん」は様々な歪みを抱えた存在になっていきます。
現実的な能力がなくて、花たちがのビジネスにとってほとんど役に立たない存在である黄美子を彼女はそれでも大事にし続けます。
後半、変貌し暴走し始める花ですが、黄美子の存在は変わらずに心の拠り所であったのではないでしょうか?
それにしても黄美子はそもそも一体どんな生い立ちで、どんな人間だったのでしょうか?
最初は、ブッ飛んでるけどなんかカッコイイ強い大人の女性として描かれていますが、段々とその行動の異常性や、現実的な生活力のなさがクローズアップされるようになります。
黄美子についてわかっていることはなかなか右と左も覚えられずに、子供の頃に右手に入れ墨を入れられたということや、母親が刑務所に入っていることなどから、花に負けず劣らず劣悪な環境で育ったということ、おそらく何かしらの発達障害を持っているということでしょう。
難しいことを理解をすることはできないけど、自分のような不幸な境遇な女の子や、孤独を感じている女の子たちの感情に深く共感して寄り添おうとする。
一見ぶっ飛んだ黄美子さんの行動の本質はそこにあったのではないかと思いますし、花に向けたような同情と共感の末に、一緒に住み始めた女の子たちとの間でのトラブルが冒頭での監禁・傷害の罪に問われることに繋がったのだと思います。
そう考えると、とてもやるせないですよね。
恵まれない境遇の女の子たちに寄せた同情と好意が罪に問われるなんて・・・。
ラストでの花と黄美子との再会。
一緒に住むことを提案する花にそれを拒否して、ここ(自分の場所)にいることを主張します。
それでも、ここにいるから会いにくればいい。
そうすればまた会える。
一緒に住むことだけが、ずっと一緒にいることだけが、共に生きることではない。
そんなメッセージであるように思いました。
『もののけ姫』でのラストシーンのアシタカの言葉で、「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう」みたいなことを言っていたのを思い出しました。
一緒に人生を歩むことの多義性。
一緒に寝食を共にして暮らすことだけが共に生きることではないし、会いたい時は会いに行けばいい。
そう語られているように僕には感じられました。
②生きにくさを抱えた人たち
全部は読めてませんが、これまでの川上未映子作品の中でもダントツにエンターテインメント性が高く、読みやすい『黄色い家』ですが、登場人物たちの生きにくさが充満していて、痛いほど心を抉り続けます。
何かその「痛み」が川上未映子の作家性でもあるように思いますし、これまで僕が読んだ作品の中でも、「持ってる側」のキラキラした人物は描かれていないように思います。
女性が主人公の作品でも容姿に恵まれている人物は描かれず、容姿や育った環境にコンプレックスを持っていることが多いです。
ちなみに作者の川上未映子は女優もしていた(太宰治『パンドラの匣』に出演)だけあって、容姿に恵まれていて、文才もあって天は2物も3物も与えていますが(^_^;)
まぁ、それはさておき今作でもコンプレックスや生きにくさを抱えた人たちが多く出てくる・・・、というか見事なまでにそんな人しか出てきませんね。
夜の世界や、闇稼業の話を書いているので、そんな闇の深さは川上未映子のこれまでの作品の中でも随一だと思います。
花は父親が出ていきホステスの母親に育てられましたが、貧しい生活で周囲の嘲笑の的でした。
悲惨な生活であることも確かですが、親の愛情を知らずに誰からも必要とされずに育ってきたことが、後の悲劇の引き金になったのではないかと思います。
愛情を知らなかった花。
必要とされることが嬉しくて、黄美子や蘭や桃子との生活を守りたくて道を踏み外していってしまったのが悲しいです・・・。
蘭も花と似たような境遇で、家庭が貧しくて愛情を注がれずに育っていて、帰る家もない。
桃子は家はお金持ちだけど、両親は子供に無関心で、妹とも仲が悪く、学校では馬鹿にされいる存在。
そして花も含めて3人とも容姿に恵まれていないというのも共通点でした。
そんな生きづらさと鬱憤を抱えた少女たちの生きる場所が「れもん」で、そこが失われてしまったことが彼女たちにとっての大きな傷になってしまったのでしょう。
「れもん」の火事の原因になったエンさんも、それまで花たちととても仲良かったのに「会いたくない」とそのままいなくなってしまいます。
エンさんが心のうちに抱えていたものは何だったのか?
物語の中では語られませんでしたが、その空白には深い闇が広がっていそうに思います。
「あんたらにこんなこと言うのもあれだけど、水商売ってのは惨めだね。若い時はいいよ。でも生きてたらみんな年とるからね。年とってみるまで年とるってどういうことか、わからなかったわ。一生懸命やってきたけど、なんも残ってねぇ」
③金の魔力、花が守りたかったもの
母親の元彼のトロスケに貯めていたお金を持ち逃げされて、それでも「れもん」で頑張って働いてまたお金を貯めたけど、そのお金も母親にほとんど渡してしまった花。
必死で貯めたなけなしのお金を奪われることの辛さ、惨めさ。
それでも「れもん」があるから、またイチから頑張れると思った矢先に「れもん」も燃えてなくなってしまって・・・。
読んでて辛かったですね。
普通ならここで4人とも散り散りばらばらになってしまうところだったのかもしれませんが、花はあくまで4人一緒に住み続けるために映水から紹介されたヴィヴとの、違法な仕事を始めます。
何が花をそうさせたのでしょうか?
そこまでしてお金を稼がなければいけなかった理由は、初めてできた友達の蘭と桃子と、家族のように大事な黄美子との共同生活を守るためだったと思います。
夜の世界で生きてきて、まともな家庭で育っていないため、誰も身分証を持ってなくて新しく店も借りることもままならない。
「れもん」と住んでいる家は、たまたまエン爺が身分証なしで貸してくれたけど・・・。
花は決して稼いだお金で贅沢をしようとか思っていたわけでもないのに、みんなと一緒に生活するために犯罪に手を染めていって、必死になればなるほどみんなとの間に距離ができていく。
前半のキラキラ感から一転して、後半はノワール色が強まっていきます。
ヴィヴさんからの仕事を蘭と桃子と一緒にやるようになってからは関係がどんどん悪化していき、破局の予感に満ちていきますね。
そもそもこれほど人を支配して運命を狂わせるお金って何なんでしょうか?
花は、お金とは猶予だと考え、その猶予が与えられていない自分たちは必死でお金を貯めるしかなく、生まれながらにして猶予を与えられている多くの人たちを憎みます。
金はいろんな猶予をくれる。考えるための猶予、眠るための猶予、病気になるための猶予、なにかを待つための猶予。世間の多くの人は自分でその猶予を作り出す必要がないのかもしれない。ほとんどの人間には最初からある程度与えられているものなのかもしれない。けれど私と黄美子さんは違った。
花が金持ちからお金を騙し取る仕事をし始めたのは、自分たちの運命への憤りと、生まれながらにして多くのものを与えられている人間たちへの怒りもあったのだと思います。
綱渡りのような生活は少しずつ破綻していき、琴美さんの死をキッカケにして終局を迎えてしまいます。
花は本当に頑張っていたし、本当は頭もキレて現実的な能力に長けていた女性で、普通に進学して普通に就職できていたら仕事がバリバリできるキャリアウーマン(って死語かもしれませんが)になっていたかもしれないし、もっと他に道がなかったのかなと思います。
敢えてはっきりと描かれていませんが、彼女の恋愛対象は女性だったように思いますし、琴美に対しては恋愛感情のような淡い感情を抱いていたのではないでしょうか?
だからこそ、彼女の死にあれほどの衝撃を受けたのでしょうし、ともすれば花の初恋であったのかもしれないと僕は思います。
わたしたちはなにを集めていたのか。金。金を集めていた。誰かが望むものに速やかに形を変えるもの。自分や大事な人を守り、満たし、時間と可能性そのものになるもの。未来、安心、強さ、怖さ、ちからーこれまで金をつかみながら考えたいろいろなこと、こうしてひと塊になった金を見ながらいま頭にやってくる言葉のすべてが真実だという気もしたし、すべてが例外なく的外れであるようにも思えた。わからない。今わたしが見つめているこれは、いったいなんなのだ?
しかし、そんな金を最後はすべて手放してしまうことになる花。
彼女が本当に欲しかったのは、誰かに必要とされること、愛されること、一緒に笑いあう誰かと過ごすこと。
そんなことだったのではないでしょうか。
色んなものをなくしてしまって、取り戻せないものもあるけどきっとまだ大事なものを、温かい何かを胸に抱きしめることができる。
最後に花が見た夕焼けの懐かしい色は、そう語りかけていたように感じました。
5、終わりに
いやー、608ページという長さを感じさせない疾走感のある物語でした。
ミステリーっぽさもありつつも、やっぱり人間の内面と生きづらさを軸にした物語で、ジェットコースターのように展開する魅力的な小説でしたね。
ページをめくる手が止まりませんでした。
どことなく中村文則の『悪と仮面のルール』を初めて読んだ時の印象とかぶりました。
ぜんぜん内容は違いますが(笑)
『悪と仮面のルール』も海外で高い評価を受けましたが、『黄色い家』も海外でも人気が出そうですね。
最近、川上未映子の作品が海外で評価されているみたいなんで、今後の活躍にさらに期待したいです!!
『黄色い家』は『春のこわいもの』に収録されている短編『娘について』の忘れていた過去に追いかけられるみたいな要素を長編で膨らませてみようとして書き始めた作品みたいですね。
『夏物語』も『乳と卵』をふくらませてその先を描いた物語ですし、次の新作の長編も『ヘヴン』で描いていた宗教についてのことをもう一度書いた作品になる予定のようです。
村上春樹もそうですが、川上未映子も短編等で一度書いたモチーフを煮詰めていくやり方で長編を書いたりするようですね。
2000枚ぐらいになる予定らしいですが果たして?
ちょうど旧統一教会の2世問題がクローズアップされているので旬なテーマかもしれませんね~。
気が早いですが、次の長編小説も楽しみです!!
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