1、作品の概要
『報われない人間は永遠に報われない』は、李龍徳の中編小説。
2016年6月に刊行された。
単行本で146ページ。
『文藝』2016年春季号に掲載された。
第38回野間文芸新人賞候補作。
シニカルで自意識過剰の若い男と、自分に自信が持てず悲観的な考えを持って生きる30代の女性の関わりを描いた。
2、あらすじ
コールセンターで働く20代前半の近藤は、同僚との賭けの対象として上司の諸見映子を飲みに誘うことに成功する。
彼女の強い自己卑下と母親への被害者意識など、偏った考え方に興味を抱いた近藤は、彼女と付き合いだし職場内で噂の的になるようになる。
職場内のトラブルで退職した映子は、近藤と同棲するようになり、絶縁した母親が亡くなったことでより強く依存するようになるが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
李龍徳は、デビュー作の『死にたくなったら電話して』がとても衝撃的な作品で、次は『報われない人間は永遠に報われない』を読んでみようと思っていました。
まぁ、タイトルからしてハッピーな話でないことは想像できますよね(;^ω^)
Xでも読了しているフォロワーさんがいて、気になっていました。
そして。
読んでみて。
見事に。
心を抉られました。
毎度ありがとうございます。
4、感想(ネタバレあり)
まぁ、タイトルの通り楽し気な話では全くありませんでした。
でも、なんでだろう。
楽し気でハッピーエンドな作品より、こういう救いのない作品により強く惹かれてしまいます。
「報われない人間は永遠に報われない」という言葉は、実際に作中で映子が近藤に対して言った言葉です。
報われない人間とは映子自身。
母親から罵倒されて損なわれ続けたせいもあるのでしょうが、彼女自身の性分もありどうしようもなく自らが報われない存在だと信じています。
「私はこの人生を、あんまりにも無駄遣いしてきた。それでそれはこれからも。でも、私のせいじゃない、私のこの天分のせい、運命のせい、でも、それにしてもひどい。時間の浪費、人生の浪費、きっと私はこの罪名で地獄に落ちる」
スーパーネガティブ人間。
映子はひたすらこの世界にはカーストを越えて、それぞれの居場所が確立されていると近藤に語ります。
自分のように感じている人間は、仲間はいるのだけれどそんな存在を見つけ出すことはできないと続ける映子に対して、辛辣な態度を取り続ける近藤。
なぜか彼女に対しては支配的で、諧謔的になっていきます。
しかし、一方では彼女に対してシンパシーを感じていた。
いや、シンパシーを感じていたからこそ彼女の心のうちが理解できて強気になれたのでしょうか?
僕がそうです、この僕こそがあなたの同類のお仲間ですーとは、僕には言えなかった。それが永遠に言えないだろうことはわかっていた。
結局、近藤が映子に対して感じていたのは愛ではなく、この緩やかな連帯意識、仲間意識だったのでしょうか?
映子の母親の洋子から「あんな子を、本当に、本気で、愛してるの?」と問われて、「世界中の誰よりも、映子さんを、大切に思っています」と答えたのは本当の気持ちで、この凶暴な世界で手を取りあえるのは2人だけだと思っていたからだと思います。
それでも、共依存のような状態に陥りながらも彼女の手を振り払ったのは、近藤が映子より若く、この世界で同じような仲間を見つけられず孤独で生き続けられる地獄を、まだよく味わっていなかったからだと思います。
34歳で社会に出てからも十分に打ちのめされ、母親の支配の檻の中で生きてきた映子は自分の社会の中での地位、可能性を理解し孤独の辛さを十全に理解していました。
そして、近藤と別れるとその次に自分を愛して寄り添ってくれる誰かがいることはないとも思っていました。
対して、近藤は20代前半で若かったため、まだ自分の可能性を信じています。
第2の三条さなえが現れる(というか別に三条ゆかりは近藤に好意を抱いていたかは疑わしい)ことにも淡い希望を抱いていました。
そして映子と別れたあとに孤独になる自分をイメージできなかったのでしょう。
そのことが、悲惨で自業自得なラストへと繋がっていきます。
親からも捨てられて、見た目的にもより醜くなり、孤独に生きながら昔の恋人との再会を願い続ける日々。
いや、もう辛すぎる・・・。
最後の文章がトドメの一撃のように心に突き刺さりました。
ー今の僕は必ずあなたより孤独で惨めで不幸です。安心してください。あなたより下位に、必ず僕はいます。
5、終わりに
同じ恋人の別れを描いても、例えば映画『花束みたいな恋をした』なんかとは全く異質な物語でしたね。
名づけるなら『吐瀉物みたいな恋をした』でしょうか。
下位の人間に対してさらに下層の人間が存在することで安心させる。
なにか部落問題を彷彿とさせるような考えかたであり、明確に身分制度や差別問題が表出していなくても、世界には目に見えないカースト制度のようなものが存在するのかなとも思いました。
李龍徳自身が就職が困難で、他世代とも比べて年収が少ない「氷河期世代」であるためか、非正規雇用や低年収などの新しい貧困問題についても、物語の傍流として提示していたようにも思います。
様々な生きづらさが描かれた『報われない人間は永遠に報われない』は読んでて身につまされるような思いでした。
でも、確実に確実に存在する現代社会の暗部。
今、それなりに幸せであったとしても、何かの拍子に転落してしまうのかもしれない。
そして、転落してはじめてなんでもなく思っていた過去を、身悶えしながら渇望するのかもしれない。
そんな妄想に身を焦がしながら読了しました。
P.S. 映子の幼馴染で引き籠りになった男の名前が「ヒロちゃん」だったことにさらにダメージを受けたことをここに告白します。
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