ヒロの本棚

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【本】李龍徳『死にたくなったら電話して』~2人は破滅へと突き進む~

1、作品の概要

 

『死にたくなったら電話して』は、李龍徳(イ・ヨンドク)のデビュー作の長編小説。

『文藝』2014年冬号に掲載されて、2014年11月に単行本化された。

第51回文藝賞を受賞。

単行本で256ページ。

大学受験を2度失敗している徳山は、圧倒的な美貌を持ったキャバ嬢の初美と出会い付き合うようになるが、やがて2人は破滅へと突き進んでいく。

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2、あらすじ

 

居酒屋のバイトをしながら大学受験勉強中の3浪生の徳山。

彼は容姿に恵まれ裕福な家で育ちながら、エリート志向が強い家族の中で馴染めず、出来損ないのレッテルを貼られて劣等感を抱えながら生きていた。

徳山はバイトの先輩と行ったキャバクラで、先輩の日浦のお気に入りの初美に気に入られて、頻繁に電話連絡されてついに付き合うようになる。

スレンダー美人で頭の回転も速い初美だったが、歴史上の虐殺に異常な興味を示し、本心が見えないような危うい女性でもあった。

初美は、徳山を自分の家に住ませて、自分の思考や選択を放棄させて、外界から徐々に孤立させていく。

そして2人は破滅へと向かい突き進み始める。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

ツィッターもとい、Xで最近よく見かけていた作家さん、李龍徳(イ・ヨンドク)。

当然、李龍徳読んどく?などというダジャレを瞬時に思いついたヒロ氏は『死にたくなったら電話して』の物語の深い闇に翻弄されることになります。

李龍徳って、僕の1歳上みたいで同年代なんですね。

いや、デビュー作がこの完成度って何者!?

そして、そこはかとなく漏れ出てくる中村文則感。

これからほかの作品も読みたい作家です。

 

 

 

4、感想(ネタバレあり)

 

インパクト満点のタイトル『死にたくなったら電話して』のタイトルですが、初美が徳山の生への希望を丁寧に毟り取って、経済的にも精神的にも丹念にスポイルして、執拗に友人や外界との社会的接点を排除して、仕上げに大学入学や徳山の胸のうちにあった初美との結婚への希望を打ち砕いて、彼の中にある「生への希望」を0にする物語だと思います。

希望は、救いは、ひとつもありません。

 

おそらくラストは初美も、徳山も衰弱死してしまうのでしょうがここでいくつかの疑問が生じます。

初美が加虐趣味の持ち主で、徳山をただ死に追いやりたかっただけなら自分も一緒に死に向かう必要はあったのか?

初美自身が自死することを考えていて、心中のようなかたちで徳山を巻き込もうとしたのなら、それはどういった理由だったのか?

徳山との初対面から初美が爆笑したのは、本当に「あまりに自分と似ていたから」だったのか?

 

読了してみても初美の行動には謎が多く、語られていない真意が多くあります。

ただ、そこがこの物語の魅力で、はっきりとした形で上記の疑問が初美の口から説明されていたのなら、『死にたくなったら電話して』は凡百の物語の中に埋もれて、その光暉を失っていたことでしょう。

しかし、物語の中で初美の真意や、本音は語られることはなく全てはうやむやなままに逃れようもなく一直線にカタストロフィに向かっていく。

初美の動機も、本心も、生い立ちも、何なら「山仲初美」という名前さえも本当であったのかもわからずにそれでも物語は徹頭徹尾、点と線で結ばれたように破滅へと向かっていく。

 

『死にたくなったら電話して』はもう本当にここが最高。

初美が本当はどんな人間で、どういう考えで徳山に近づいて、どういう終わりを思い描いていたのか?

彼女の胸の中に巣食っていたいた感情は、絶望なのか、諦観なのか、怒りなのか、それともそれら全ての感情をパレットにぶち込んで混ぜ合わせた最悪な暗灰色なのか?

全部わからない。

描写されない、説明されない。

この余白が物語に謎と不穏さをもたらし、逃れようもなく定められた終劇へと突き進んでいきます。

 

初美はなぜ初めて徳山に会った時に異常なほど笑い出して、その後になりふり構わずに彼に執着したのでしょうか?

「自分と似ているから」という理由だけでは説明できない強い執着と、何らかの目的を感じます。

おそらく徳山は彼女が自分も自死へとの願望を持つにあたって、「他人をコントロールして自死させることが可能なのか?」といったことを思い立ったのではないかと思います。

そして、どのような人間だったらそのような結末に導きうまくコントロールできるのかをイメージした。

見た目は良くてそのことで周りからちやほやされているけど、実は強いコンプレックスを持っていて、他人に対しての主張が弱い人間で、自我が未発達で本当は誰かの考えに傾倒して思考を放棄して楽に生きたいと願っている人間。

って、そんな人間なかなかいないよねって思ったらキター!!っていうのが冒頭の初美の爆笑の理由なのかな僕は想像しました。

 

蜘蛛の巣にたやすくかかってしまった哀れな蝶。

初美の徳山への視線は、モルモットを見る研究者のそれだったように思います。

彼を操りコントロールすることはとても容易くかったのでしょうね。

そういう意味では愛おしさすら覚えたのかもしれません。

愚直なバカ犬。

それが初美の徳山への印象だったように思います。

 

初美の絶望(のようなもの)は彼女だけのものだったのでしょうか?

初美だけがサイコパスで、現代に生きる若者たちがこの薄暗い感情から無縁に生きているのでしょうか?

読んでいて僕にはそう思えず、ある種彼女は若い世代の世の中への諦観や怒りを象徴した存在で、誰もが彼女のような空虚さを抱えているということも描いていたのではないかと思います。

誰もが彼女のようにふるまうわけではないし、小説の中で彼女の生い立ちは全く語られていないので(普通の家庭というのもとても怪しい)わからないところは多いのですが。

ただ、初美と徳山の破滅へと向かっていく物語の他に、歴史を遡って人間の残酷さと身勝手さに対する深い絶望と諦観が描かれたり、この国の既得権益層に対する強い嫌悪感が描かれていたように思いました。

 

最終的に初美を死へと、破滅へと突き進ませたのは何だったのでしょうか?

それは徳山の存在で、彼は触媒のような存在でもあってこれまで紙一重で繋がっていた初美の生への執着を断ち切るような存在でもあったのだと思います。

「あんたのせいよ」と言う。「あんたのせいやから」と言いながら優しく髪を梳いてくる。

ラストシーンのこの文章も、最終的に初美を死へと導いた存在が徳山だったことが窺い知れ、彼が彼女にとってこの終劇のトリガーだったのだと思います。

モヤモヤして最高に不穏で絶望感に溢れている結末。

中村文則の初期作品や、村田紗耶香の作品が頭をよぎりました。

 

 

 

5、終わりに

 

いや、この後味の悪い感じ。

嫌いじゃないどころか、だいぶ好きです。

長男に読ませたらハマるかもって思いましたが、逆に若い世代に読ませると毒が強すぎて飲み込まれてしまうかもしれないと思うほど、毒々しい作品でした。

李龍徳は初読でしたが、他の作品も読んでみたいですし、中村文則好きな方は好きな方が多いですね。

どうやら、また好きな作家が一人増えてしまったようです。

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