ヒロの本棚

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【本】又吉直樹『人間』~拠り所としていたものが幻だったのなら、このどうしようもない自分こそを受け入れるしかない。たとえ何者かでなかったとしても。~

1、作品の概要

 

2019年に角川書店から刊行された又吉直樹の長編小説。

彼の3作目の小説であり、初めての長編小説となった。

2022年4月に大幅に加筆されて文庫化された。

「文庫は単行本の廉価版であってはならない」という著者の意志のもと、カバーを現代美術家・西川美穂の作品に変更。

佐藤千亜妃と『人間』をテーマ楽曲を作成するコラボ動画を作成した。

何者かになろうともがく永山が芸術家の卵たちが共同で暮らす『ハウス』での日々を振り返りながら、38歳になったその後の人生と自分の現在地を見つめる物語。

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2、あらすじ

 

イラストと文章で何者かになろうとしていた20歳の永山は、東京で芸術家の卵たちが集まって暮らす「ハウス」で周囲と衝突しながらもがいていた。

『凡人A』という作品を発表し、本を出版するがその作品は飯島の手が加えられた作品で、彼の中でめぐみとの破局に加えて苦い思い出として心を乱し続けていた。

38歳になった永山はイラストと文章で食いつなぎながら、かつてハウスにいた仲野と影島の争いをSNSで見かける。

永山が現実として認識していた記憶は他者からすると現実を改変した物語であったことに気付いていくが・・・。

青春時代を通り過ぎたあとに、何を目指して生きていけば良いのか?

モラトリアム時代のその後を描いた物語。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

はじめてのまたよしなおき、です(笑)

はじめてのおつかいバリな。

何だろう、ツィッターのTLにもたくさん良い評価が流れてきていて、中村文則とも仲が良くて、太宰好きな又吉直樹の小説が気になってしょうがなかったんだけど、何故かこれまで手に取る機会がなく・・・。

永山が影島を奥だと気づく前に影島の小説を読まなかったのと同じ理由なんでしょうか?

まぁ嫉妬というか、売れっ子芸人で自分が好きな作家とも親交があって、これで書いた小説まで面白かったら、どんだけ持っとんねん!!

ってなアレだったかもしんないです。

 

あと、もしみんなが受け入れて評価している作品を、自分が良いって思えなかったらどうしようかってのもあったようななかったような・・・。

いや、そんなに難しく考えなくて良いと思うんですけどね(笑)

そんなこんなでグダグダ思いながら、『人間』のあらすじ読んでめちゃくちゃ興味を惹かれて読んでみたのですが、めちゃくちゃ良かったッス!!

過去の作品も読み返してみようと思います。

 

作中でゴッホの『星月夜』が出てきますが、僕のスマホのカバーも『星月夜』です。

だから、何?

って話ですが(^_^;)

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4、感想・書評(ネタバレまくり)

①星月夜での日々と有罪モラトリアム

38歳になった一人称で19~20歳の頃に美術系の学生たちが集まって暮らす「ハウス」での思い出を語っています。

これぐらいの年頃って、もう自分自分自分な頃で、特に美術・芸術を志す若者なら余計に強い自我を持っていて衝突は避けられないのでしょうかね。

永山は漫画を目指していて特に芸術家肌でハウス内でも偏狭な性格を揶揄されています。

その一方で彼の才能や尖った感性にどこか周囲も嫉妬していて、苛立っているようにも感じます。

 

親に養われながらも生意気に人生を論じ、何者かになろうともがいている。

社会に出るまでの猶予期間をあらわすモラトリアムという言葉ですが、10代後半~20代前半ってまさにそんな時期で、自我と自意識のかたまりのような存在でありがながらどこか不安定で先行きにおぼろげな不安を感じているようなそんなデリケートな時期だと思います。

 

僕も大学生の時がそんな感じだったかもしれませんね。

でも、がんじがらめで不安定だった時期で膨張した自意識で周りとの摩擦も絶えなかったにも関わらず、目に映る景色は鮮やかでその時代に起こった出来事は印象深いエピソードが多いのです。

その時期に感じていたこと、痛みも喜びも悲しみも、いまの僕の血と肉となっているように思います。

永山が過ごしたハウスの日々もそのようにカラフルなものだったのではないかと思います。

 

めぐみの裏切りと『凡人A』の制作にまつわるイザコザ・・・。

しかし、これは永山の改変された記憶によるもので、そもそもめぐみは永山と付き合っているわけではなかったですし、どこからどこまでが本当にあったことなのかがぼやけてわからなくなってきています。

一人称で書かれた作品の罠だと思いますが、あくまで主観の視点から書かれているため、その人物が見て感じていた世界が真実とは限らない。

今村夏子『むらさきのスカートの女』なんかはその「一人称の罠」の効果を最大限に活用していると思いますが、語り手の主観での目線で物語の世界を見ていて、ある時に読者が信頼していた一人称の視点が歪んでいたことを思い知らされます。

それまで地に足をつけていたはずの物語の世界が足元から崩れ落ちていく・・・。

ハウス時代のラストはそんな不穏さに満ちていたと思います。

 

②霞、不確かな存在とその現実

でも、周囲の評価や、永山自身の暮らしぶりからみて彼自身の才能は自分が考えているより大きくて、38歳になった永山は何者かになっているようにも感じます。

そもそも「何者かになる」ってどういうことなのでしょうか?

名を知らしめて、ひとかどの人物になることか?

定職について一定の収入を稼ぐことか?

 

永山自体が答えを持たずにどこか浮遊しているようにも見えます。

そしてカスミ=霞の存在。

もう字面からして怪しげな存在ですね(笑)

霞=ぼんやしていてはっきり見えないの意味。

存在が希薄?もしかしたらいない?

「今日聞いた話やねんけどな、カスミちゃんみたいな女の子って、現代にはいてへんらしいで」

「そりゃ、いないよ」

いないんだぁ・・・。

いや、考えすぎかな。

って、「霞」って春の季語ですね。

星月夜(冬)→霞(春)→影島道生(夏)→人間(秋)ですかね。

今気付きましたが、物語の中の季節もそれぞれに対応しています。

 

ハウス時代の青春的な憂鬱さを駆け抜けたその後。

『人間』のメインテーマだと思いますが、そういったモラトリアム期間が過ぎたあとのその後の物語。

例えば、村上龍限りなく透明に近いブルー』のその後のリュウの物語。

青春時代の混迷を、自意識の暴走を経て、それからどう生きていくのか?

あの頃は「青かったな」って自嘲とともに振り返るのか。

プリウスに乗って、35年ローンを組んで、子供は2人で、妻とはセックスレスで、少しずつ磨り減っていくような。

別にそれが悪いとは言わないけど、永山はそんなふうに過去を精算できずに、むしろ過去が大きくのしかかって現在の出来事を改変し、影響を与え続けていくような奇妙な人生を送っています。

 

それでも何者かになろうとして、38歳にもなってブルーにこんがらがって生きている。

永山にとって、ハウスでの出来事はいつまでも過去にはなり得ていないのでしょう。

そんな彼にとって鏡のような存在でもあるカスミ。

何者かになろうとしてる彼に対して彼女はこう語ります。

「私なんて誰でもないよ、ただの箱とかそういう、いや箱でもない。なにかを入れる額みたいなやつ。自分に意味なんてないから。自分ではない誰かの人生でいい。自分らしくとか、自分としてとか強制されたくないんだよ。」

 

何者かになりたい永山と、誰でもないカスミ。

しかし、カスミのような生き方をしている人間は多いのではないでしょうか?

正直、僕にも身に覚えがあります。

永山みたいに、常に飢えを感じて、40歳間近にしても強烈な自意識を抱えて生きていくなんてことはなかなかできることではないと思います。

 

③影島道生、過去と現在を結んで交わる光

影島=奥と、永山の会話のやり取りはこの作品の中で一番好きな部分なのかもしれません。

クリント・イーストウッドって何の比喩やねん(笑)

知的なジョークを挟みながら、時に脱線膨張しながら、お互いの自意識を開示してゆるゆると語り合う。

 

あー、こういうのいいなぁ。

こういうのいい。

大学生とかの時に、夜更けに酒呑みながらサッカーゲームとかしてグダグダ語って。

でも、そういう話って「あの頃」にしかできない話のはずなんだけど、永山も影島もまだ人間やりきれてなくて、ブルーにこんがらがっている状態で、だからこそこういう会話と率直に心の奥底にある何かを吐き出すことができたのだと思います。

そういうのを世間では親友っていうのだと思いますし、2人が一緒にいられたら何かが変わったんじゃないかって思います。

 

バーでの2人の会話はどれも示唆に満ちていて、物事の感じ方やお互いの抱えている問題まで、短い時間で分かち合います。

そして、永山が改変し続けている過去に対しても影島は理解を示し、こう言います。

「俺はな、福音書の語り手が4人採用されているということが、その福音と同様に大きな示唆を与えてくれるとおもうねん。事象には揺れがあるんやと。だから自分の眼で見て感じた世界がすべてではないという事実からも俺たちは逃れられへんのかなとおもって。いや、誰かの苦しみをなかったことにしたいわけじゃないで」

 

語られる人間の数だけ、主観の数だけ真実は広がっていく。

某少年探偵の言うように「真実はいつもひとつ!!」ではないこともあるのかもしれません。

事実か真実かはわかりませんが、「物語」は語り部の数だけ増えていき彼・彼女らの目線で感じた世界が描き出されるのでしょう。

 

④人間

最後は永山と影島が再開して何やらあって終わりかなとか思っていたら、最終章の「人間」は永山の家族のエピソードでした。

ちょっと肩透かしを食らった思いで読み進めていましたが、作者の又吉は最後に人間を形作っているルーツの話をしたかったのかなと感じました。

 

中村文則『逃亡者』、西加奈子『i』でも語られていたように「人間」は一人では存在し得なくて、両親、祖父母、親戚、ご先祖様達と多くの繋がりがあって存在しています。

どれだけ優秀で才能があって、誰もに認められていて「何者かになれた」と思っている人間でも、突然発生的に突然に存在することはできません。

そこには必ず血脈の連なりがあって、誰か一人が欠けても存在することは叶わなかったのです。

 

血脈のルーツと共に語られるのが、土地のルーツ。

母親が生まれ育った奄美大島と、父親が生まれ育った沖縄。

どちらもスピリチュアルな要素と自然の豊かさ人々の暖かさが満ちている場所で、そんな血脈の果てに永山の生が存在しています。

自身を混乱させている鋭い霊性も母方の祖母から受け継いだものとここで判明します。

永山の作家活動を支えているインスピレーションはまさにそういった血脈と土地のルーツから受け継いだ素養でもあるのだと思います。

 

永山の父親はユニークですがだいぶクズ寄りの人間で、母親も世間一般からはちょっとズレた不思議な感覚を持った人間なのだと思います。

子供の頃、父親は父親っていう名前で、母親は母親っていう名前で存在していて、それぞれどういう性格で、どういう人生観を持った人間なのかって考えることはあまりないかもしれません。

しかし、一度離れてみて40歳ぐらいになってみると両親の素の人間性の部分が見えてくると思うのは僕だけでしょうか?

人間が何者かである必要などないという無自覚な強さを自分は譲り受けることはできなかった。卑屈になっているわけではない。その証拠に長年付き合ってきた焦燥は霧散して穏やかな心地でいる。気分がよいのは今だけかもしれない。この先、失敗することもあるだろう。だが、ちゃんと人間の顔をして生活を続ける人間を見た。自分は人間が拙い。特別な意味や含みなどない。そのままの言葉として自分は人間が拙い。だけど、それでもいい。

 

自分が自分らしく、真っ当に生きる。

そんなことはいつの時代でもとても難しいことなのかもしれません。

ある意味他人に狂気を感じさせるようなブッ飛んだ感性と人間性で、永山の両親のように何者でなくてもいいと言い放てる無自覚な強さがあれば良いですが、そんなふうに振る舞える人は稀なのでしょう。

自己実現を高らかに謳い、目指していた高みに到達する。

そういった物語を個人が謳歌するには世の中が複雑化して、社会のシステムが成熟し、経済の面でも失われた10年どころか30年ぐらい失われ続けています。

 

今後もこの国の未来に光を感じることは難しく、カスミのようにあやふやでぼやけた存在で居続けることのほうが楽なのかもしれません。

そんな中でも何者かになりたい。

何者かで在り続けたいと願う永山と影島はまるで現代のドン・キホーテのようです。

(某量販店ではありません)

 

もがき続ける彼らの魂の一瞬の輝きと、その残光。

その叫びが、願いが、行間に満ちたそんな物語であったと思います。

 

 

 

5、終わりに

 

いやー、すごい良い作品でした。

まだまだ語りきれていない感じがありますが、とにかく心を揺さぶられ続ける物語でした。

あと、ジャケの絵もめっちゃ良かった!!

半分人間だもの!!って感じがしますよね!!人間になりた~い。

この表紙の絵に惹かれて読みたくなったジャケ買い人間の僕です(^_^;)

だいぶ悩みながら感想も書きましたが、アウトプットするには難しい作品で、何だか肩が凝りました。

 

感想でも書きましたが、中村文則『逃亡者』、西加奈子『i』、又吉直樹『人間』の各作品でルーツについて書かれていたのは興味深いし、それだけ大地に根を張ることができずに不安定な地盤の上に成り立っている現代を象徴しているのかもしれません。

その大地も、3.11で激しく揺さぶられて確かではなくなってますから。

それでも生き続ける人間たちの物語は多くの人達の心も激しく揺さぶり続けるのだと思います。

 

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