1、作品の概要
『水声』(すいせい)は、川上弘美の長編小説。
2014年9月30日に単行本が文藝春秋より刊行され、2017年7月6日に文庫版が刊行された。
装画には銅版画家の駒井哲郎『樹』が使われている。
『文學界』2013年1月号~2014年4月号に連載された。
第66回読売文学賞を受賞している。
文庫版で256ページ。
江國香織が解説を書いている。
かつて家族4人で住んでいた古い家に住み始める姉弟が、家族の古い記憶を回想しながら年を重ねていく。

2、あらすじ
1996年、都と弟の陵は、ママの死後それぞれ一人暮らしをしていたが、かつて家族が住んでいた家に戻ってきた。
南京錠のかかった開かずの部屋、ママが暮らしていた部屋。
古い記憶が次々に呼び覚まされていき、あの夏の夜の記憶へと繋がっていく。
そして都の夢にママが現れるようになる。
家族が抱えていた秘密、そして両親から明かされなかった謎。
平凡な日々の暮らしに、かけがえのない思い出が積み重なっていく。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
Xでいつも仲良くして下っている方が、読了であげていて、なんかムズムズと気になって読みました。
ブックオフでゲットしましたが、100円ではなく350円とかだったので、気合を入れて買いました(セコイ)
新刊を単行本でバンバン買っている方とかXで見かけますが、そんな皆さんに比べたら僕なんて読書家の端くれとも言えないっすね(笑)
その割に、酒には金を惜しまないのですから始末が悪いです。
なんか、装丁とか誰かの感想でビビッと惹かれることがあるんですよね。
本でも映画でも音楽でも。
インスピレーションが云たら言うとかっこいいですが。
装丁の絵もなにかひっかるというか、水声っていう奇妙なタイトルも相まって読みたくなりました。
4、感想(ネタバレあり)
この作品をひとことで言うと近親相姦の話です。
・・・。
はい、3分の1はここでいなくなりそうですね。
生理的嫌悪を掻き立てられ得る題材です。
ただ、そこは直接的にはなかなか明かされずに、なにか起こったんだろうし、おそらくそういうことなんだろうと思わせながら日常を淡々と描いていきます。
ただ、描き方がとても情緒的で瑞々しいです。
過ぎ去った愛おしい日々たち。
江國香織っぽさも感じつつ、その背景に秘密や謎がスパイスとして隠されているのが川上弘美の作家性のように感じました。
出だしから印象的な描写。
そして、なにか含みがあるような書き方。
いつの時代のどの場面のことだったのか、読み進めるうちに理解に至りました。
夏の夜には鳥が鳴いた。短く、太く、泣く鳥だった。
雨戸はたてず、網戸だけをひいて横たわれば、そのうちに体は冷えてくるはずだったのに、その夏はいつまでも体が熱をもったままだった。
主人公は都で、彼女の主観で物語は進んでいきます。
しかし、物語の中心はママの存在でしょう。
強烈なキャラクターで一家の中心にいたママ。
死後も家族3人の中に脈々と生き続ける彼女の存在感は絶大でした。
家族の成り立ちも独特で、実はパパとママが兄妹で、遺伝子上の父親は家に出入りしている武治さんという不思議な関係。
なんで、そんなことになってしまっているのか?
武治さんから事のあらましは語られはしましたが、パパとママの不思議な関係性に関しては謎も多かったように思います。
都と陵が惹かれ合ったのも、両親の因果のようにも感じられました。
奇妙な家族関係なのですが、とても自然で一見普通に見える家族でも、秘密を抱えていたり歪みを抱えていたりするものなのかもしれないな、と感じさせられました。
「家族」ってなに?っていう問いかけも物語を通じてなされているように思いました。
子供時代の1969年、ママが死んだ1986年、都と陵が家で一緒に住み始めた1996年、そして現在の2013~2014年。
複数の時間軸で絡み合いながら語られるエピソード。
この物語の進行の仕方がとても巧みでした。
いつの時代も都が求めていたのは1人だけ。
いつどんなふうに想いが積もっていったのか。
直接的な表現を避けながらも、確実に彼女の心の中に根付いていたことを感じさせる描写。
その物語の余白の残しかたが秀逸でした。
壊してしまいたかった。でも、壊さなかった。この瞬間ではないと思った。いつかきっと時がくる。きっとくる。予感があった。
秘めた想いのはずが、近しい人はだいたい都と陵の気持ちに気付いていたようですね。
ママが死ぬ前に家族の前で語った言葉は、2人の背中を押すようなものでした。
倫理的にアウトで、一般的な幸せから外れてしまう選択を子供たちにさせる言葉でもありますが、普通の幸せってなに?っていう問いかけもなされているように感じました。
「何かを、してもしなくても、後悔はするんじゃない?」
陵がぽつりと言った。
「してもしなくても、後悔しちゃだめなの」
「それって、おんなじようなものじゃないの?」
「違うの後悔なんかしないで、ただ生きてればいいの」
冒頭の夏の夜の出来事に繋がっていくのはこのあとでした。
物語の中には死がいくつも散りばめられていて、ママの死は2人を結びつけるきっかけとなりましたし、地下鉄サリン事件の死は陵が都と一緒に住むキッカケとなりました。
天皇陛下の崩御、日航機墜落事故、チェルノブイリ原発事故、阪神淡路大震災。
多くの死がもたらされた歴史上の事件が背景に描かれます。
ミルフィーユのように、生の合間にはされていく死。
50歳を過ぎても、古い記憶の詰まった家で、2人で暮らし続ける都と陵。
家が壊れて、時代が移り変わっても、白い野に2人きり。
なんとなく装丁の絵は、この白い野のイメージに重なっているように感じました。
幸福だとかそういう次元を超えて、こういう生き方を選択せざるを得ない、星宿や、宿業といった言葉が脳裏に浮かびました。
おれたちって、生まれてこのかたずっと、だだっぴろくて白っぽい野に投げ出されているみたいだよね。
5、終わりに
こういった禁忌を描くのはとても勇気がいることだと思いますが、情景描写がとても繊細で文学的であったので、それほど生々しさや気持ち悪さは感じせんでした。
文学的であること。
そのことが、『水声』を危ういバランスで心の奥底に響くような味わい深い作品にしているのだと思います。
文学的であることって何?って聞かれるとしどろもどろになってしまうのですが(笑)
なにげない日常の瞬間のひとつひとつをパッチワークみたいに繋げていく。
目に映った忘れられない光景。
空気の匂い、胸の奥のざわめき。
愛情と秘密。
そんなひとつひとつが奇跡的なバランスで成り立っているような素敵な物語だったと思います。
世界の涯でふたりぼっち。
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