1、作品の概要
2019年に刊行された川上弘美の長編小説。
「小説幻冬」に連載されていた。
人間ではない『誰でもない者』たちの物語を描く。
2、あらすじ
ある日唐突に存在することを始めた『誰でもないもの』の主人公は、病院の蔵医師と水沢看護師に身元を引き受けられる。
ハルカ、春眠、文夫、マリ、ラモーナ、新堂冬樹、ひかりと変化し続ける主人公だったが、ある時から変化することをやめてします。
なぜ、『誰でもないもの』が存在するのか?
なぜ変化し続けるのか?
愛とは何か?そして心とは?
人間ではない『誰でもないもの』にも愛が育めるのだろうか?
3、この作品に対する思い入れ、読んだきっかけ
本の表紙が、可愛らしいのにどことなく不穏で。
なんだかずっと気になっている作品でした。
百鬼夜行みたいですね。
それに川上弘美の作品は、定期的に読みたくなるような独特な世界観があると思います。
『某』もファンタジー要素を交えながら、登場人物の心情の変化を繊細に描写していく彼女独特の世界観に惹かれました。
4、感想・書評(ネタバレあり)
冒頭からなんだか不思議な展開でぐいぐいと物語に引き込まれていきました。
主人公は、どうやら物語の冒頭で存在して始めていて、それ以前の記憶も何もない。
性別も年齢もなく、どうやら変化することができる。
ファンタジーっぽい要素が満載だけど、そこにはしっかりとした人との関わりや、主人公の感じていることや、内面の変化も描かれていて、ファンタジーすぎずしっかりと地に足がついた物語になっているように感じます。
序盤の「ハルカ」「春眠」「文夫」の章は蔵医師と水沢看護師と関わりながら、変化することがどんなことかをまるで物語のチュートリアルのように描いて、同じ学校の様子を立場も性別も違う3人の人間の視点から描写しています。
生まれたててで、人間社会での振る舞いかたもわからない主人公の視点から見た学校生活は新鮮なものでした。
マリの章で病院から抜け出し、同じ姿のまま十数年の長い時間生きるようになります。
ここで主人公は社会に出て自立して生きていき(ナオに拾われたにせよ)、誰かと寄り添って生きていくことを学びます。
まだ愛し合うといった次元ではないですが、主人公にとってナオと寄り添った日々は彼女の空っぽだった器に何かを注ぎ込んだのではないでしょうか?
マリからラモーナ、片山冬樹と変化していく過程で、香川のように主人公を頼る人間が現れたり、自分の他の「誰でもないもの」の津田、アルファ、シグマに出会って「誰でもないもの」の存在や、お互いに関係し合って愛し合うことについて考えるようになります。
この頃になると初期のような何もわからない存在ではなくなっていて、人間のように他者との関わりがきっかけになって、自我のようなものが芽生えているように思えました。
やはり人が人らしくなっていくのは、社会の中で他社との関わりを通して様々な経験を積み、色んな想いをその心に注ぎ込むからなのでしょう。
何が人間を人間らしくさせているのか?
それがこの作品の大きなテーマのようにも感じました。
そして最後に主人公は、「誰でもないもの」の二人から生まれたみのりを見守り一緒に育つためにみのりと同じ年齢のひかりになります。
人間と同じように成長していくみのりに合わせて1年単位で変化していき、お互いに愛し合うようになります。
普通の人間とは違ったやり方ですが、主人公はたくさんの人や「誰でものないもの」との関わりの中で心を獲得して、その空っぽだった器を満たして、やがてみのりを愛することができるようになりました。
他者を愛するということは、自我がしっかりと芽生えて、他者の気持ちを想像し慮る共感力がある、精神的な成熟が必要だと思います。
マリの時はまだ未成熟でナオのことを愛するまでに至らなかった主人公でしたが、精神的に成熟したことでひかりとして、みのりと愛し合うことができるようになりました。
最後は悲劇が2人を引き裂きますが、みのりは初めての変化でひかりとなり彼女が遺した人生を歩むことを選びます。
愛には様々な形があると思いますが、愛した相手そのものになろうとするのもひとつの愛の形なのかもしれません。
世界に100人(?)ほどいるという「誰でもないもの」は何のためにこの世の中に生まれてくるのでしょうか?
僕には、人間の心や、愛を理解しようと地上に転生する天使のような存在に思えてきました。
5、終わりに
ページをめくる手が止まらず、2日ほどで一気に読みました。
すごく読みやすい物語・文章でしたが、そこには何かが示唆されているような・・・。
そんな気にさせられました。
まだ読んでない川上弘美の作品がたくさんあるので、また手にとってみたいです♪