1、作品の概要
2020年9月に刊行された川上弘美の最新作。
「婦人公論」で2018年1月号から2020年2月号まで連載された。
2、あらすじ
梨子は物心ついた時から、家に出入りしていたナーちゃんに恋をしていた。
やがて、その恋が成就し、2人は結婚するがナーちゃんは悪びれもなく他の女性と会い、求められるままに心を通わせていく。
ナーちゃんが副社長の許嫁と恋に落ちて失恋した時に、梨子は小学校の用務員だった高丘と再会する。
高丘が示唆する魔法で、梨子は夢の中で時を飛び越え江戸、平安の時代へと旅をする。
そして夢の中で別の人生を生きることで、現代に生きる梨子の心にも変化が起きていく・・・。
3、この作品に対する思い入れ
恋と魔法の物語とかめっちゃキュンキュンで好きですね♥
エロいオッサンのくせに気持ち悪いですが(^^;;
『3度目の恋』は本屋で表紙を見た時になんだかとても惹かれました。
CDで言うとジャケ買いみたいな感じで、表紙のデザインとか帯の語句に読書欲が掻き立てられました。
村上春樹、中村文則、平野啓一郎以外の作家で、単行本を買ったのは久しぶりでしたね。
川上弘美さんは、好きな作家の1人で『センセイの鞄』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『溺レる』『古道具中野商店』『七夜物語』『光ってみえるもの、あれは』など読みましたが、現実と夢想の狭間を美しく描くことができる方だと思います。
そんな、川上弘美さんの最新作は古典『伊勢物語』をベースにした、時空を超えた壮大なラブストーリーでした。
想像とは違う展開でしたが、とても心惹かれる素敵な物語でしたよ。
4、感想・書評(ネタバレあり)
①ナーちゃんとの恋と現実、高丘さんとの関わり
梨子は、物心ついたころから父の後輩で家に出入りしていたナーちゃんに恋をしています。
そして、その恋は成就して2人は結婚するのですが、とても魅力的で周りの女性を惹きつけてしまうナーちゃんとの結婚生活は、気苦労が絶えませんでした。
『伊勢物語』の業平をなぞらえた(むしろ生まれ変わりのような)キャラクターのナーちゃんは、周りの女性を惹きつけるのですが、慕ってくれる女性へのサービスのように相手の求めに応じていきます。
梨子と交際する前に付き合っていた「九州の女」ともはっきりと別れておらず、梨子のお琴の先生とも逢瀬を繰り返す・・・。
梨子という妻がいながら、悪びれもせずに他の女性の元へと行くのは、自らの欲望というよりは相手の求めに応じるサービス精神のようなものだったのかもしれません。
そういう意味で、ナーちゃんの器は空っぽで「誰か」の欲求を満たすために存在するようなある意味で空虚な存在のように思えてきます。
それまで隠し事をしていなかったナーちゃんは、副社長の許嫁の女性と本気で恋に落ちて梨子にその恋を隠します。
結局、その恋は『伊勢物語』をなぞらえたように破局を迎えてしまいます。
打ちひしがれてるナーちゃんのに対して優しくできず心が壊れていく梨子。
それは、子供の頃から無邪気に一心不乱に恋をしていた真っ直ぐな梨子の愛情が失われて、別の何かに変容していく出来事だったのでしょう。
しばらく、ナーちゃんは立ち直ることができませんでした。
そしてまた、わたしも。ああ、なんと心が痛んだことでしょう、ナーちゃんは恋を失っただけですが、わたしは恋を失っただけではなく、もっと多くのものを失ってしまったのですから。
幼いころからずっとナーちゃんに恋してきたわたし。結婚をし、恋はさらに陰影ある複雑な感情を含みもつものとなりました。
けれどそのすべてが、この時わたしの中で壊れてしまったのです。
物心が付く前から呼吸をするように自然に好きになっていた相手とそのまま結ばれて、結婚する。
まるでお伽噺のようだったラブストーリーは終焉を迎えてしまいます。
梨子にとってナーちゃんとの恋愛が人生の全てで、ただの恋の終焉というよりは、一種のアイデンティティクライシスだったのかもしれません。
バラバラになった心と物語。
そんな折に、偶然(?)小学校の時に用務員をしていた高丘さんに再会します。
窮屈な学校生活の中での唯一の理解者だった高丘さんとの再会をキッカケに梨子は「魔法」を使って、様々な時代の、様々な人生を体感することで既存の価値観を壊して、新しい自分へと変化していきます。
それも、ナーちゃんと違った形で愛し合うために必要な経験だったのでしょう。
高丘さんとの繋がりはとても不思議な感触で、想い人でもあり、メンターでもあり、同志でもあり・・・といったところでしょうか?
年齢が離れていることもあり、『センセイの鞄』のセンセイを思い出しました。
②魔法を使って1000年を旅する、梨子が得たもの
梨子は、夢の中で江戸時代での花魁「春月」と、平安時代での姫さんの「女房(世話役)」と様々な時代の人間になることで新たな価値観や思考体系を獲得していきます。
これが物語中ではっきりとは明言されていませんでしたが、おそらく高岳さんのいう魔法で、梨子は異なる時代の女性の人生を追体験していきます。
梨子としての自我を保ちながら価値観の異なった時代の他人の人生を追体験することで、梨子の考え方・人間性にも変化が現れます。
夢の中で梨子の視点で春月、女房の人生を考察したり、現実に帰って春月、女房の価値観を共有して物事をみるようになったり・・・。
今までは、盲目的にナーちゃんを愛して、全てを捧げるような人生だった梨子が、彼の価値観から離れて物事を見つめ直せるようになっていったのです。
ただ一心不乱に好きという気持ちをぶつけて、一緒にいられたら幸せだった少女時代から、様々な女性の影に心を乱された新婚生活、そしてナーちゃんと副社長の許嫁の女性との恋とその失恋によって絶望の淵に叩き落とされて・・・。
梨子はそれでも好きなナーちゃんとの関係を再構築するために藁をもすがる思いで、高岳さんの「魔法」にすがったのではないでしょうか?
③伊勢物語と現実、高丘さんとの淡い恋
1000年前の業平と六宮の姫君の悲恋の物語である『伊勢物語』ですが、江戸時代の吉原での春月と高田の物語、ナーちゃんと副社長の許嫁の女性との物語とリンクして繰り返されていきます。
春月と高田は、梨子と高山のようであり、業平と六の宮の姫君の生まれ変わりのような存在がナーちゃんと副社長の許嫁の女性のようであります。
はっきりと断定していないし、「魔法」の成り立ちについての説明も特になされていないので、何か不思議な薄らぼんやりとした繋がりが時を超えてそれぞれの時代で恋に生きる男女を繋いでいきます。
この不思議な曖昧さが川上弘美作品のひとつの魅力のように僕は感じます。
高丘さんとは現実の世界だけではなく、梨子の「魔法」の世界でも逢瀬を重ねるようになっていきます。
春月と高田の意識と溶け合って激しく愛し合ったりして、これで惹かれあわないほうが不思議ですよね。
ある意味、運命的な恋のように感じます。
しかし、高丘さんには過去に強く惹かれた想い人がいて、梨子もナーちゃんを振り切って高岳さんとの愛に没入することはできませんでした。
ラストシーンのくだりはとても切ないけど、でもどこか納得できるような、こうなることが決まっていたような不思議な感覚に陥りました。
もう2度と会えなくても心の奥底にいつでも存在して微笑みかけてくれるような、深く魂の底で繋がり続けるような・・・。
この2人の関係を言葉で言い表すことは難しいかもしれません。
でも、また悠久の時の流れのその果てで二人は巡り合うのかもしれない。
その時は、2人は恋人かもしれないし、親子かもしれないし、親友なのかもしれないけれど。
5、終わりに
『伊勢物語』をベースにした時代を超えた複数の男女のラブストーリーであるし、それぞれの物語が交錯していく様にとても心躍りました。
江戸時代の吉原と、平安時代の恋愛観、価値観がとても緻密な意味で描かれていてその点もとても興味深かったですね。
恋愛的な意味でもどんどん息苦しくなっていっている世の中において、もう少し大らかな部分があってもいいように思いました。
渡部も平安時代なら許されてたのにね(笑)
川上弘美の作品を久しぶりに読みましたが独特の魅力を再確認しました。
また他の作品も読んでみたいですね♪