ヒロの本棚

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【本】中上健次『十九歳の地図』~鮮烈な感性が描き出す放熱の軌跡~

1、作品の概要

 

『十九歳の地図』は、中上健次の短編小説集。

『一番はじめの出来事』『十九歳の地図』『蝸牛』『補陀落』の4編からなる。

1974年に刊行された、中上健次のデビュー作。

文庫本で241ページ。

『十九歳の地図』が芥川賞の候補作にノミネートされた。

1979年に『十九歳の地図』が映画化された。

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2、あらすじ

①一番はじめの出来事

康二は、仲間たちと一緒に山の中に<秘密>なる建造物を作り上げようとしていた。

養鶏を営むアル中の兄と、ヒロポン中毒の男と付き合っている姉。

複雑な家庭で育った彼は・・・。

 

②十九歳の地図

新聞配達員で浪人生の「ぼく」は、地図で配達先で気に食わない家にバツ印をつけてバツ印が3つ以上の家にいたずら電話を執拗にかけていた。

鬱屈した日常、偽善じみた愚かしい寮の同室の紺野、隣のアパートの夫婦喧嘩。

目に映るものすべてが「ぼく」を苛立たせる。

そして彼は、東京駅に電車の爆破予告の電話をかけるが・・・。

 

③蝸牛

ひろしは、ホステスの光子の家に転がり込み、ヒモのような生活をしていた。

彼女の息子の輝明の幼稚園の送り迎えをする日々。

彼が胸のうちに巣食っていた薄暗い感情とは・・・。

 

補陀落

ふみこは、康二に亡くなった兄のこと、発狂した姉のこと、そして出て行った母のことを語る。

複雑に絡みあったある家族の話。


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3、この作品に対する思い入れ

 

中上健次の作品は以前から気になっていて初めて読みました。

どことなく西村賢太に似ているところがあるような・・・。

なにか泥臭く、生活臭いようなそれでいて血の呪いに深く絡め取られているような印象がありました。

 

表題作の『十九歳の地図』に触発されて、尾崎豊が『17歳の地図』という曲を書いたみたいですね。

いや、16~17歳で中上健次を読んで、インスピレーションを受けるとかどんだけアーティスティックやねんって感じですが・・・。

それでは聴いてください、尾崎豊で『17歳の地図』


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4、感想・書評(ネタバレあり)

①一番はじめの出来事

繊細な子供の目線から見た日常をとても鮮やかに描いています。

鋭い感性で綴られた文章は剥き出しで、生まれたてのようにまっさらに感じられます。

 

他作でも語られる複雑な家族関係。

中上健次自身も複雑な家庭に生まれていて、家族関係のねじれを描くことが多かったようですね。

彼にとって、家族は小説を書く上で大きなテーマであったのでしょう。

『一番はじめの出来事』でも、腹違いの兄と姉と、康二の父との葛藤が描かれています。

 

戦後の混乱期って、戦争で人が亡くなることも多かったですし、今では考えられないような複雑な家族の成り立ちがあったりしますね。

介護の仕事をしていて、ご利用者さんの人生歴や家族関係などもお聞きしますがビックリするような複雑な家族関係の方も少なくはありません。

それほど個人が大事にされる時代でなかったですし、結婚観もだいぶ現代と違いますね。

嫁が亡くなったから、その妹を嫁にもらったみたいなビックリな話も聞いたことがあります(^_^;)

 

そんな家族関係が孕んだ混沌が康二の心にも深い影となっているように思います。

家族の中で一番年少で子供扱いされて可愛がられていたけど、いつまでも子供のままではいられない。

思春期に突入するする前の危うく繊細な心の動きを上手に捉えた作品だと思います。

 

でも僕はもうすぐ子供でなくなる。僕は川と海のさかい目をみていた。この川の水は流れていって、塩からい濃い青色をしたわけのわからない海にはいりこみ、のみこまれてたちまち同化されてしまう。

川と海のさかい目の汽水域。

大人と子供のさかい目に位置する自らの立ち位置をなぞらえた文章だと思います。

目の前の風景と、避けがたく大人になっていくことを受け入れようとしている少年の不安定な心情を巧みに描いた文章だと思います。

そうして、海=社会に飲み込まれてシステムに組み込めれていくことを予見してもいるのだと思います。

 

②十九歳の地図

表題作であり、芥川賞候補になった『十九歳の地図』ですが、鬱屈した少年の心情が描かれている作品だと思います。

「いやー、君!!鬱屈しているねぇ!!」って声をかけたくなるレベルですね。

まぁ、予備校生って不安定な立場ですし、19歳って大人の一歩手前の年齢で色々と青い時期なのだと思います。

僕も元・浪人生なので、身につまされました(笑)

 

ただ僕の頃は予備校に通うだけで良かったですが、主人公の吉岡は住み込みで新聞配達のバイトをしながら働かなければなりませんでした。

そこで新聞を配った先から受けた鬱憤を発散させるように嫌なことがあった家に×を書き込んでいく。

そして×が溜まるとイタズラ電話の標的になるという、なんとも陰惨なやりくちであります。

いや、もっと他に何か発散の方法はなかったんですかねぇ・・・。

 

今でこそあまり聞きませんが、この頃はイタズラ電話ってちょくちょくありましたね(^_^;)

あと、家のインターフォンを鳴らして逃げる「ピンポンダッシュ」とか。

そういう行為がシャレですむ時代でもあったのだと思います。

現代ではそういった行為が、スシローなどでの迷惑行為動画みたいなものにすり替わっていっているようにも感じますね。

 

しかし、そういった行為の虚しさ。

自らの不安定さ。

そういった心の空白が、ラストシーンで主人公に涙を流させたように思いました。

 

彼は世界を憎悪し続けていて、たくさんのものを否定します。

剥き出しのナイフのような、鋭利な敵意。

それでも、世界との和解をどこかで望んでいるような。

そんな不安定でアンビバレンツな心の動きを感じる作品でした。

 

③蝸牛

中上健次は、家族のこと以外にも実際に起きた殺人事件や、異常犯罪に強い関心を持ち、インスピレーションを受けていたようです。

蝸牛でも、ラストシーンで主人公のひろしが、付き合っていた彼女の兄を包丁で刺しますが、この結末から逆算して書かれた物語であるように僕には感じられました。

 

逃れようのない、決められたカタストロフィに向かって物語が一直線に展開していく。

そんな印象を強く受けたのです。

 

蝸牛のように光子と性交をし、怠惰に日常を生きるヒモのひろし。

自堕落な生活をして、転々としながらも、彼の心は目に映るもの全てに対しての、どうしようもない憎しみを湛えていました。

いや、ちがう、彼らだけではない。光子も輝明も、このぼくも、すべて不愉快だった。虫のように生きているやつら、虫けらのように生きているこの命。

 

 

補陀落

一人称の独白で始まる物語ですが、途中でおまえ=康二との会話のようになる不思議な感じの短編です。

どことなく宇佐美りん『かか』を彷彿とさせるような独特の文体ですね。

だー、って喋ってる感じ。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

この作品も『一番はじめの出来事』のように家族の話です。

家族構成も似た感じですね。

末っ子の名前も康二だし。

 

熊野の美しい自然のもとで過ごした子供時代と、大人になって変わってしまった自分たちの境遇の対比が切ないです。

遠い昔になくしてしまってもう取り戻すがことができない。

そんな過去の時間の結晶をひとつひとつ慈しむような物語だと感じました。

 

 

 

5、終わりに

 

中上健次の名前はツィッターでもたまに見かけていましたが、とても興味深い作家だと感じました。

鬱屈していて、暗い作品なのですが、どこかイノセントな感じがして、味わったことがない独特の読後感でした。

『岬』など他の代表作も読んでみたいですね~。

 

 

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