1、作品の概要
『あんのこと』は日本の映画。
2024年6月7日に公開された。
監督・脚本は入江悠。
主演は河合優実。
上映時間は113分。
実話を基にして、劣悪な環境から抜け出そうとする若い女性の姿と、彼女を支える人々の姿を描いた。
2024年9月現在、アマゾンプライムビデオで見放題配信されている。
2、あらすじ
香川杏(河合優実)は、母子家庭で母親と祖母との3人暮らしで母親から虐待されたあげく、12歳から売春を強要され、薬物中毒になるという過酷な境遇で生きていた。
21歳の杏は薬物所持の容疑で逮捕されて、刑事の多々羅(佐藤二朗)と知り合い、彼の主催する薬物更生のためのワークショップに参加するようになる。
杏は、多々羅の人情味溢れる人柄に徐々に心を開くようになっていく。
ワークショップを取材していた新聞記者・桐野(稲垣吾郎)の助力もあり、夜間中学に通いながら介護施設でも仕事を始めた杏。
実家から出て、女性専用のシェルターで一人暮らしを始めた杏だったが、新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに歯車が狂い始める。
3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ
Xなどの投稿でこの映画を取り上げられている方がいて、興味を持ちました。
アマゾンプライムビデオで2024年9月13日より、早くも見放題配信が開始するということで観てみました。
いや、重い話だろうとは思っていたんですけどね・・・。
想像以上に抉られて、最後は放心状態になりました。
やるせない・・・。
しかし、強いメッセージ性を持った印象深い映画でした。
4、感想(ネタバレあり)
僕が紹介する映画とか、本とかって、まあ別にネタバレしてても楽しめるかなってものも多いのですが、この映画はネタバレなしで観たほうが衝撃度が増すかなと思います。
なので、ちょっと観てみようかなと思う方は、このあたりでおけーり下さい(笑)
まずこの映画が実話を基にしたものだということに衝撃を受けました。
小学校4年で不登校になり、売春をさせられて、ジャブ中になってしまっていた「ハナ」という女性。
名前は、杏に変わっていますが、彼女の境遇はほんとんどそのままこの「ハナ」の事実を基にしています。
母親からの虐待は壮絶で、杏が母親に殴る蹴るの暴行を受ける場面など、目を背けたくなりました。
杏はすでに21歳でいい大人でしたが、幼い頃から虐待を受けていたことで反抗したり、家を出ようという発想も出なくなっていたのでしょうか?
映画ではこの虐待について詳しい説明がされるシーンはあまりなかったように思いますが、そこには母親からの強い精神的支配を感じました。
小学校4年生から不登校になっていたというのもポイントで、社会から隔絶されることでより家族の関係性の檻の中に閉じ込められてしまい、本来思春期で自我が芽生えるべきところで、うまくそのような精神的な成長がなされる機会を奪われてしまっていたように思います。
虐待というと、単純に殴る蹴るの暴力が思い浮かびますが、経済的虐待でお金を搾取したり、ネグレクトで養育を放棄したりすることもあり、杏が母親から長期間に渡って多岐にわたる酷い虐待を受けていたことがわかります。
ただ、もしかしたら杏には優しかった祖母から杏の母親も虐待を受けていたのかもしれないと思いました。
違和感を感じたのが母親がたびたび杏のことを「ママ」と呼ぶシーンがあって、自分が十分に母親からなされなかった庇護を自分の娘に求めてしまっているのではないかと感じました。
ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが(;^ω^)
ただ虐待は連鎖するというのがよく言われていることで、母親のあまりにも未成熟で自分勝手な人間性は祖母との母娘関係にあったかもしれないかなと。
そして、唐突に挿入された隣人から突然幼児の世話を押し付けられるというエピソードの意味が虐待の負の連鎖を断ち切るということにあったんじゃないかなと思いました。
幼児の隼人のお世話をするということの中で、多々羅の逮捕や、新型コロナのパンデミックによる解雇、夜間中学の休校などで再びどん底に叩き落された杏の心を救うといった意味合いもあったかと思います。
愛情を受けられたかった自分が、誰かに愛情を注ぐ。
虐待を受けた人間はそういった行動をすることが難しく、虐待が連鎖してしまうことが多いようですが、杏は隼人に愛情を与えることで自らを縛る虐待の鎖を(無自覚の内にせよ)断ち切ろうとしていたように見えました。
虐待、売春、薬物中毒と出だしから暗いテーマが並びますが、杏が多々羅と桐野の支援を受けながら更生していく様子も描かれていて、微笑ましいシーンも多かったです。
介護施設の社長さんとかもいい人で、世の中捨てたもんじゃないなって感じでした。
杏も善意に甘えるだけじゃなくて介護の仕事も精一杯頑張って、夜間中学でも一生懸命勉強して、家でも自分で勉強する。
環境で悪いほうに流れてしまっていたけど、本当は頑張り屋でいい子なんだなとほっこりしました。
監督も、杏=ハナがただのかわいそうな女の子というふうにならないように、キラキラした部分も描きたいみたいなことを言われていたみたいですね。
口も悪くて敵も多いけど、昭和にいそうな人情味溢れる刑事の多々羅がいい味出していましたね~。
いやぁ、佐藤二朗さすがの演技です。
めっちゃ好きな役者の1人です。
稲垣吾郎の桐野も理知的な感じがして良かったですよ。
この3人の絡みがすごく好きで、シェルターの入居が決まって昼から居酒屋で打ち上げしたり(その後約束の時間に遅れどちゃくそ怒られる)、カラオケに行ったりとか、他人のためにこれだけ親身になってくれる人たちがいるんだなと素直に感動。
このへんの中盤のいい感じのほっこり展開が温かければ温かいほど、終盤の転落のやるせなさが増していきます。
多々羅が、自分のワークショップの参加者の女性に性加害をしていた。
その事実が桐野の手によって暴かれます。
いや、もうショックすぎる展開。
多々羅が杏の面倒をみていたのは善意で、性的なニュアンスはなかったですが、他方では自らの立場を利用して性加害を加えていた・・・。
人間って、こんなふうに割り切れない善悪を抱えている生き物なのかもしれませんね。
杏は当然ショックを受けます。
そして、追い打ちをかけるように新型コロナのパンデミックの影響で派遣社員だった杏は契約を打ち切られてしまい、夜間中学も休校になってしまいます。
信じていた多々羅が逮捕されて、やっとありついた仕事も失くし、居場所だった夜間中学も休校に。
いや、鬼か(泣)
なんだこの鬱展開は。
しかし、この鬱展開はモデルとなった「ハナ」の身に起こった事実です。
新型コロナで社会が閉塞感を増し、危機的な状況に陥っていた2020年。
あおりを食らったのは、社会の片隅でひっそりと生きていたか細い人たちでした。
そして、「ハナ」は自ら命を絶ちました。
そんな理不尽な現状を、新聞記事で知った映画プロデューサーの國貫瑞恵さんがこの映画の原案を思いついたとのことでした。
そこには強い憤りと、彼女の人生を残して伝えたいという使命感があったようです。
どん底の杏の救いになったのは隣人が突然預けてきた幼児、隼人の存在でした。
ちょっと唐突な展開でしたが、隼人との日々は杏にとって希望だったと思います。
だからこそ母親によってその希望が摘まれた時、実家から抜け出してシェルターに隠れ住んでいたのに、その場所もバレてしまった時に、彼女に残された選択は自死しかありませんでした。
もう少し、どうにかならなかったのか・・・。
なんで、こんなに頑張ってるいい子がこんな残酷な結末を迎えてしまうのか・・・。
おそらく映画制作に関わった人たちが感じた憤りとやるせなさを、僕も強く感じました。
衝撃が強すぎて、泣くとか悲しいという感情を突き抜けて呆然としてしまったラストでした。
5、終わりに
『あんのこと』を観て、『マッチ売りの少女』を思い出してしまいました。
現実でこんなことが起こっている。
日本の社会って、社会保障も充実しているし、いろんな公的な機関もあるけど、社会の片隅でそういったシステムの網の目からこぼれ落ちてしまうこともあるのだな、と呆然とした思いで映画を観終えました。
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