ヒロの本棚

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【本】小川洋子『寡黙な死骸 みだらな弔い』~死と官能に彩られた11の物語たちが響きあい、繋がっていく~

1、作品の概要

 

『寡黙な死骸 みだらな弔い』は小川洋子の連作短編小説集。

11編からなる。

1998年に単行本が刊行された。

2003年に中公文庫より文庫版が刊行された。

文庫版で241ページ。

時計塔のある海辺の街で、死に彩られた物語たちが響きあい、繋がりあう。

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2、あらすじ

①洋菓子屋の午後

12年前に一人息子を亡くした女性が洋菓子屋を訪れる。

彼の誕生日にイチゴのショートケーキを買うために。

店員は不在で、彼女は待ちながら過去に想いを馳せる。

②果汁

クラスメイトの女の子に「ついてきてほしい場所がある」と声をかけられた男子高校生。

2人は、彼女の父親だという有名な政治家の男性とフランス料理屋で会食をする。

気づまりな会食のあと、2人はキーウイが収納された元郵便局の建物に忍び込む。

③老婆 J

小説家の女性は、老婆Jが大家をしている見晴らしのいいアパートに引っ越す。

2人はたびたび話をするようになり、彼女はJの畑で獲れた野菜のお裾分けをしてもらうようになる。

ある日、人間の手のひらのような珍しい形の人参が獲れ始めるが・・・。

④眠りの精

血の繋がりのない母親の葬儀へと向かう男は故障で止まってしまった汽車の中にいた。

冬の動物園、小説、ひとりごと・・・。

彼は母親とのいくつかの思い出を辿る。

⑤白衣

病院の秘書室で働く「私」と、呼吸器内科の助教授と不倫関係にある美しい女性は、地下で白衣の仕分け作業をしていた。

彼女は「私」に助教授の彼への不満を漏らすが・・・。

⑥心臓の仮縫い

1匹のハムスターと一緒にひっそりと暮らす鞄職人の男。

ある日、生まれつき心臓が外部に露出してしまっている女性から、心臓をいれる鞄を作って欲しいと依頼される。

男は心臓に魅了され、鞄づくりの作業に没頭するが・・・。

⑦拷問博物館へようこそ

ふとしたことで恋人の機嫌を損ねて、部屋に取り残されてしまった女性。

失意の彼女はあてどなく街を歩き、『拷問博物館』にたどり着く。

彼女は老紳士から数々の拷問器具についての説明を受ける。

⑧ギブスを売る人

子供のころによく家に遊びに来てくれていた叔父さんは、アパートでたった一人ゴミに埋もれて窒息死をした。

叔父さんは会うたびに職を転々としていたが、双子の富豪に仕えて、彼女らが集めた拷問器具の博物館の学芸員をしていた。

甥である「僕」が叔父さんに最後に会った雪の夜、彼は毛皮のコートを甥に贈った。

ベンガル虎の臨終

夫が学会でアメリカに行っている間に、夫の不倫相手の女性に会いに行こうとしている妻。

彼女は道に迷い、屋敷の中庭で死に絶えようとしているベンガル虎と、傍らで寄り添う老紳士に出会う。

⑩トマトと満月

ホテルの紹介記事を書きに宿泊していたライターの男性は、犬を連れたおばさんと何度か顔を合わすうちに親しく会話するようになる。

彼は、おばさんから30年前の雪の夜に彼女と息子を救ってくれた恩人によく似ていると言われ、生き別れになった息子の話を聞く。

⑪毒草

元画家の老女は、チャリティーコンサートで出会った音楽大学を目指す青年に奨学金を援助する代わりに、2週間に1度土曜日の夜に食事を共にすることを約束させる。

すばらしい声の持ち主の彼との時間。

しかし、2週間に1度の逢瀬は突然終わりを告げてしまう。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

小川洋子は僕にとって特別な位置を占める作家で、定期的に彼女の作品を読んでいます。

『寡黙な死骸 みだらな弔い』は、以前から読みたいと思っていてブックオフのセールの時に見つけて購入しました。

内容は、知らなかったけどタイトルがなんとも言えずに興味を惹かれますね。

こんなタイトルは小川洋子にしか思いつかないでしょう。

みだらな弔いってどんなやねん?

 

それとですね。

中公文庫の小川洋子の本は『シュガータイム』『完璧な病室』など持っているのですがね。

背表紙の、色がですね。

綺麗なんですよね。

みずいろで。

 

 

 

4、感想(ネタバレあり)

時計塔のあるとある海辺の街での物語。

11の短編小説は繋がりあっていて、連作短編小説になっています。

連作短編小説というジャンルが僕は好きで、Aの物語とBの物語が繋がりあっているのを感じるとなんだか嬉しくなってしまうのです。

 

ただ同じ街で起こった物語というだけではなくて、11の物語はすべて死に彩られており、過去と死者の物語でもあります。

それと僕が読んだ小川洋子作品史上で一番殺人が行われている小説で、ちょっとホラーテイストなものもあって新鮮でした。

ひそやかに内包されたエロチシズムもこの作品群を際立たせる一握りのスパイスにもなっているように感じました。

 

作中に『洋菓子屋の午後』『老婆 J』『果汁』などの物語が出てくるのも特徴的でした。

あとがきで引用されていたホルヘ・ルイス・ボルヘスの「自分が書こうとする書物は、すでに誰かによって書かれている」という言葉。

小川洋子自身も、自分が書こうとしている物語がすでにどこかに存在しているものだということを作中で表現していたように思いました。

①洋菓子屋の午後

小川洋子作品で繰り返し子供の死が描かれるのはどういった意味があるのだろう、とよく思いますが、この作品でも子供の死という取り返しのつかない重い過去が描かれます。

息子を亡くした女性は毎年ショートケーキを2つ買ってたった1人で彼の誕生日を祝うという、ぞっとするような寂しい物語です。

母親にとって死も過去も過ぎ去ったものではなく、むしろ自らの人生の中心で在り続けるもので繰り返し反芻し続けるものであったのでしょうか?

②果汁

男の子の視点からの話で、末期癌に犯された母親は入院し、おそらく私生児である自分は会ったこともない父親にすがらなければならないという女の子の複雑な状況と、心情が描かれています。

ただその内面の混乱と悲しみは直接的に描かれることはなく、フランス料理をたらふく食べたあとにキーウイ小屋(元郵便局)の鍵を破壊して忍び込み、皮も剥かずに一心不乱にキーウイを食べ続けるという常軌を逸した彼女の行動で表現されているように感じました。

この女の子が『洋菓子屋の午後』に出てくる菓子職人で、疎遠になった2人を再び結びつけたのも誰かの死でした。

あの日、郵便局の中で流すはずだった涙が、今こぼれているのだと分かった。遠い記憶の一点から、静かに届いてくる涙だった。

ラストのこの文章は美しく秀逸です。

③老婆 J

畑から手の形をした珍しい人参が獲れ始めたと思ったら、実はJの夫の白骨死体が畑に埋まっていて、彼の手だけは見つからなかった、というちょっとぞーっとする話です。

ここまでホラーテイストの作品は、小川洋子作品では珍しい気がしますね。

この作品に出てくる小説家の女性は『眠りの精』のママで、彼女が描いたとされる小説がタイトルは明かされていないけど『老婆 J』と同じ内容で、作中で本当に起こったことなのか、このママが描いた物語なのか、なにか認識が混乱しました。

④眠りの精

雪の中、ママの葬儀に向かう男性は汽車の故障で車内に閉じ込められますが、喧騒をよそに過去への追憶へと想いを馳せます。

やはり、死と過去が繰り返し主題として出てきますね。

 

なかなか動き出さない列車にため息が漏れる車内。

合唱団の子供たちがブラームス『眠りの精』を澄んだ声で歌いだす。

そして、男はママのために祈る。

美しい一瞬が描写されていました。

⑤白衣

これもめっちゃホラーテイストですね(;^ω^)

秘書室で勤める美しい女性が呼吸器内科の助教授と不倫関係にあって、煮え切らない彼の態度に腹を立ててナイフでめった刺しにして殺しちゃうっていう。

主人公の「私」視点で、白衣から舌が出てきますが「ポケットから舌が出てきた。言い訳ばかりする舌だ」とから冷静に描写されていて怖いです。

 

ただこの「私」がこの女性に執着している感じがさりげなく描写されていて、そこはかとなく狂気を感じました。

仕事の作業で508番と608番を彼女が指示し間違えた時も「私が彼女の住所を間違えるはずがない」と思い、理不尽な扱いをされても「いつでも彼女は正しい。決して間違わない。その真理を守るためなら、私は色弱にでもなる」と思ったりする「私」もだいぶヤバい感じがしました。

だからこそ、助教授を殺したという彼女の告白と、ポケットから出てきた舌にも動じなかったのでしょう。

いや、怖いですね。

⑥心臓の仮縫い

なかなかインパクトのあるタイトルですね。

勤勉で孤独な鞄職人だった男を、心臓との出会いが変えてしまいます。

心臓の持ち主である女性は高慢ちきな感じで描写されていて、鞄職人は彼女ではなく、彼女の心臓に惹かれていきます。

もともと偏執的な彼はその無防備な心臓が損なわれる想像に憑りつかれます。

心臓は潰れるでしょう。哀れな塊は破裂し、粉々になった肉片が胸に飛び散るでしょう。膜は裂け、血管はちぎれ、血が噴き出すのです。痛々しいけれど、美しい想像です。

鞄職人にとって、本来隠されておかなければならないはずの心臓が露出しているその危うさと美しさに魅了されたのでしょう。

しかし、彼女は心臓を体内に戻す手術を受けることになり、心臓を納める鞄は不要となってしまう。

体内に隠れてしまえば、永久にあの心臓の美しさは損なわれてしまう。

心臓を切り取って鞄に入れようとしたのは、彼にとって必然的な行為だったのかもしれません。

⑦拷問博物館へようこそ

『白衣』の美しい彼女が呼吸器内科の助教授をナイフで殺したその階下に住んでいた美容師の女性。

久しぶりに彼と会えたのに、なにげない一言で彼は怒って彼女の部屋から出て行ってしまいます。

いや、カルシウム足りてないんとちゃうん?

 

呆然と街を歩く彼女がたどり着いたのが拷問博物館。

世にも珍妙な博物館ですが、実際に拷問に使われた器具しか展示していないということで、とてもグロテスクです。

熱海秘宝館も目じゃないです。

 

「ここにある道具を、試してみたいという欲望にかられませんか」という美容師の彼女の問いに対して「そういう欲望を感じさせてくれないものは、展示いたしておりません」と答える老紳士。

暴力と死、性は繋がりあっているようなそんな危ういなにかを感じさせられるような物語でした。

⑧ギブスを売る人

拷問博物館の学芸員である老紳士と、その甥。

叔父さん、こんな胡散臭い感じの人だったのですね(笑)

叔父と資産家の双子、博物館に出入りしていた若い美容師。

そこで何があったのかははっきりとわかりませんが、そこはかとなくエロチックな香りが漂ってきます。

 

何かを手に入れてもゼロに戻ってしまう人生。

叔父さんが作ったものもすべて壊れて失われてしまいます。

形があるものをなにも手にすることができないわびしさ。

叔父さんは何を思って逝ったのでしょうか?

甥っ子は彼から贈られた毛皮のコートが破れて崩れ落ちていくのを必死に拾い集めます。

まるで叔父さんが損なってしまったものを掬い上げるように。

ベンガル虎の臨終

夫の不倫相手の部屋に行こうとして、道に迷ってベンガル虎の臨終に立ち会って、そのまま帰る。

文章にするとそれだけの話ではあるのだけれど、なんかこういう形のないもの、言葉にできないなにかを受け取って、心の中でささやかな変革が生まれるような小さな物語が好きだったりします。

 

主人公の「私」は回想からも伺えるようにどこか冴えない感じの女性で、どこか他人から軽んじられたりないがしろにされてしまったりするような印象があります。

しかし、偶然迷い込んだ屋敷でのベンガル虎の最後の瞬間。

老紳士とベンガル虎は彼女の存在を待ち望み、大事な瞬間を分け与えてくれました。

「お邪魔じゃないでしょうか」

彼らにとってとっても大事な瞬間に、自分が立ち会おうとしているのに気づいた。

「どうしてそんなことをおっしゃるんです」

半ば非難するように老人は言った。

「私たちのそばにいて下さい。あなたが必要なのです」

あなたが必要です、と率直に求められることが僕たちの人生に果たしてどれだけあるでしょうか?

そして、その言葉がどれだけの力を与えてくれるのでしょうか?

⑩トマトと満月

『老婆 J』の小説家の女性が描けなくなってちょっと精神疾患っぽくなっていた時の話で、このあとに『眠りの精』へと繋がっていきます。

この小説家のおばさんと、ライターの男性の交流が物語の中核ですが、30年前の雪の夜に彼女を助けてくれた男性の存在も彼女の妄想なのでしょうか。

しかし、自分の物語を盗まれたというのは某事件で未曽有の大量殺人を引き起こしましたし、危険な妄想でもあります。

親密な交流が描かれたあとに突然おばさんはホテルをチェックアウトしていなくなってしまいます。

夏の終わりみたいな寂しさの残る物語でした。

⑪毒草

下世話な言い方をすると元祖ママ活みたいな話でしょうか(;^ω^)

元画家の老女は、青年の音楽大学進学への奨学金を援助する代わりに2週に1度食事を共にすることを要求します。

彼の声をこよなく愛し、大人になってしまう前の彼の肉体を欲した。

フェチシズムと歪んだ愛情を感じさせられるような物語です。

 

それだけに彼が去ってしまった後、彼女の心には取り返しがつかないほどの大きな空白が生まれてしまいました。

若いうちに生まれた心の空白は時間や新しい出会いで埋めていけるのかもしれませんが、年老いてからの空白は致命的なものになります。

それは死に等しい喪失であったのかもしれません。

 

そうしてたどり着いた場所は夥しい冷蔵庫の墓場。

四角い箱はまるで墓標のようでした。

その中にうずくまっていた死体。

『洋菓子屋の午後』の少年。

彼女は自らの死を悼む。

 

そして、始まりと終わりの物語は円環のように繋がります。

まるで自らの尻尾を相食む、ウロボロスの蛇のように。

死と再生、永遠と循環の象徴するような終わりでした。

 

 

 

5、終わりに

 

『寡黙な死骸 みだらな弔い』にはこのタイトルの作品はありません。

短編小説集には、表題作が収録されているものが多いのですが、『寡黙な死骸 みだらな弔い』には同名の作品はなく、しかしこのタイトルに通ずるような死と官能の11の物語がありました。

 

ひとつの街で起こる物語なのですが、時計塔がある街なんて日本にあるのかいなと思いますし、おそらく日本のどこかの街を描いているようなのですが、それでいて異国というかなんなら異世界を描いているかのような小川洋子の物語の世界観の独特さに毎回ヤラレています。

今作は「グリム童話」っぽいような残酷さも感じて、小川洋子という作家がいかにヨーロッパの物語に影響を受けていたかについて考えさせられました。

彼女が日本のどこかの街を描いていてもどこかヨーロッパ的なテイストが感じられて、日本的な要素が感じられずにどこか異世界にある空想上の街のように感じてしまうように思います。

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