1、作品の概要
『不時着する流星たち』は、小川洋子の短編小説集。
10編からなる。
2017年1月28日に刊行された。
単行本で252ページ。
『本の旅人』2016年2月号~11月号に掲載された。
実在の人物や起こったことなどがら着想を得た10編の物語。
2、あらすじ
①誘拐の女王
血の繋がらない17歳年上の姉。
彼女がいつも持ち歩いていた裁縫箱には、彼女がかつて誘拐されていた時に窮地を救ってくれた品々が詰まっていた。
②散歩同盟会長への手紙
かつて有能な梱包係だった男。
精神療養施設の限定された世界を散歩する彼は、散歩同盟の会長への手紙を胸の内でつぶやく。
③カタツムリの結婚式
遠く離れた孤島から間違った場所に運ばれたと妄信し、同じ境遇の同志を探す少女。
彼女は家族で行った空港で本物の同志を見つける。
彼はガラス板の上に数匹のカタツムリを這わせていた。
④臨時実験補助員
かつて臨時実験補助員のアルバイトをしていた私。
チームを組んでいたあなたと再会し、ババロア、赤ん坊の記憶が蘇る・・・。
⑤測量
目が見えなくなってしまった祖父と2人暮らしの男子大学生。
2人は測量と称し目標までの歩数を計測し、ノートに書き留めていた。
ある時祖父がかつて塩田王だった自分の父の話を始める。
⑥手違い
お見送り幼児の姪と私は、手違いで約束された葬儀に出席できずに湖水公園に向かった。
河原の石でお手玉に興じる姪を見守りながら、死者に履かせる毛糸の靴に思いを馳せる。
⑦肉詰めピーマンとマットレス
海外に住む息子・Rの家に日本からやってきた私。
街を探索し、Rとの日々を振り返る。
ある日、Rの大好物の肉詰めピーマンを作り過ぎてしまい、マットレスを借してくれたお礼におすそ分けをする。
⑧若草クラブ
学芸会で若草物語を演じたことをきっかけに若草クラブを結成した4人の少女。
エミイ役の少女は、かつて映画でエミイを演じていたエリザベス・テイラーの虜になる。
エリザベス・タイラーのようになりたいと憧れるあまり彼女は・・・。
⑨さあ、いい子だ、おいで
子供のいない夫婦が子供の代わりに『愛玩動物専門店』で、文鳥を手に入れる。
私は逞しく感じのいい青年の店員が自分の息子だったらと妄想し、「さあ、いい子だ、おいで」と文鳥を呼んだ声に魅了される。
⑩十三人きょうだい
13人の子供を産み育てた祖母。
祖母の家に同居し続ける末っ子の叔父さんを、サー叔父さんと親しみをこめて呼ぶ小さな私。
秘密の呼び名と、蜘蛛の巣にまつわる宇宙からのメッセージ。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
Xで『不時着する流星たち』を読了ポストされている方がいて、気になっていた矢先に図書館でみかけて借りてきました。
図書館とか、古書店での巡り合わせみたいなのが好きで読書の神様が「これでも読んどけやっ!!」ってぶん投げてきているように感じることもあります(笑)
『不時着する流星たち』って、タイトルが魅力的ですよね。
『約束された移動』『寡黙な死骸、みだらな弔い』『完璧な病室』『猫を抱いて象と泳ぐ』『人質の朗読会』やらなんやら、もうタイトルからイメージを掻き立てられて引き寄せられるような独特のセンスのタイトルが多いです、小川洋子作品。
タイトルと装丁って、焼き鳥屋の煙みたいな感じで、匂いでもう美味しそうで食欲を掻き立てられちゃう的な感じ。
(余談ですが職場の近くに「えっ、火事?」って思うぐらい煙が出まくっている焼き鳥屋があります)
まんまと引き寄せられて、不時着するオッサンになってしまいました。
4、感想(ネタバレあり)
エリザベス・テイラー、グレン・グールド、ギネス記録など。
死去した偉人や起こった事柄などから生まれた10編の短編小説。
タイトルは『夜明けの縁をさ迷う人々』のタイトルに呼応するようにつけられたていて、「夜明けをさ迷っていた人々が到着してみたらそれは不時着だった」というニュアンスでつけられたようですね。
いや、なんかもう小川洋子的ですねぇ。
クドいですけど素敵なタイトルです。
なにか『不時着する流星たち』を読みながら、今まで小川洋子の作品を読みながら感じていた他の作家とは全く異質ななにかの正体がわかったような気がしました。
小川洋子は半分ぐらい物語の世界で生きていて、現実から遊離している人なんじゃないかと思います。
『アンネの日記』『若草物語』の世界に半分ぐらい入り込んでしまっていて、現実に帰ってこない。
だから彼女の描く物語はたとえ日本が舞台であってもどこかヨーロッパ的で、異世界のようですし、なにか異質な感じがするのだと思います。
いや、そんなふうに感じるのは僕だけからもしれませんが(;^ω^)
以前、Xで村上春樹の新作を語るXを聴いていた時に、もし小川洋子が『ノルウェイの森』を書いたら、阿美でに行ってそのまま森の奥深くまで入り込んで帰ってこないかもしれないという発言を聞いて、まさにそういう作家だと思いました。
アンデルセン童話の『赤い靴』みたいに踊りながら森のさらに奥深くまで。
そんな静かな狂気さと不穏さを感じさせる小川洋子の物語が生まれる工程を垣間見たような短編小説集でした。
物語の最後に紐付けられた、インスパイアされた人たち、事柄。
物語を種明かししているようなそんな感覚に陥る面白い仕掛けだったと思います。
①誘拐の女王(ヘンリー・ダーガー)
初っ端から蠱惑的なエピソード。
子供の視点で描かれた一風変わった体験はどこまでもビビットで幻想的です。
世界がまだ不確かで、現実と物語が溶け合ったような物語の語り手としては極上の視点。
血の繋がっていない姉の口から語られる誘拐の女王の物語と、裁縫箱の英雄たちの活躍譚は彼女にどんなものを残したのでしょうか?
②散歩同盟会長への手紙(ローベルト・ヴァルザー)
散歩って普通は天気のいい時にぶらっとあてどなく行くものですが、天候が厳しい時にでも行うとなんだか鍛錬や宗教的な儀式のようにも感じてしまいます。
精神療養施設の小さな世界の中での散歩。
失われた言葉(石)を探し出して、文章を、物語を綴る。
あてどなく、どこにもたどり着かないような男の独白。
どこかぞっとするような寂しさを感じました。
③カタツムリの結婚式(パトリシア・ハイスミス)
空想癖のある少女があまり好ましくない現実から逃れるように、ここは自分のほんとうの居場所でないと考え、同志を見つけるというのはとても小川洋子らしい話だと思いました。
空港の片隅で、カタツムリのレースで賭博をしている男。
どこか現実の片隅のエアポケットのような、奇妙さを感じさせられました。
④臨時実験補助員(放置手紙調査法)
放置手紙調査法なるものが実在したとは(笑)
「あなた」は巧みに手紙を放置していきますが、調査中の母乳のエピソードは生々しく、ましてやお菓子に使うなど奇妙なリアルさがありました。
姿の見えない赤ん坊。
2階から本当に実在していたのか、異常に潔癖なあなたの描写から赤ん坊が存在していても虐待などを連想してしまいます。
はっきりと真相が描かれない不穏な感じがたまりませんでした。
⑤測量(グレン・グールド)
ひとつひとつの短編の最後に種明かしのように過去に亡くなった偉人や出来事などが紹介されていましたが、全然知らない人物の上に突拍子もないエピソードが添えられていたので、もしやこの偉人や出来事も小川洋子の創作なのでは・・・と勘ぐってしまっていた時にグレン・グールド登場。
ああ、実在の人物と出来事を書いているのね、となぜかちょっとホッとしました。
2人暮らしの祖父と孫の話ですが、小川洋子の描く家族っていつも断片的で、家族全体を描いた作品はあまりないように思います。
⑥手違い(ヴィヴィアン・マイヤー)
「お見送り幼児」なる死者を見送る子供の存在。
死者に履かせる毛糸の靴。
濃厚に漂う死の香り。
現実には存在しない死者を弔う奇妙なイニシエーション。
こういう物語を書かせたら小川洋子の右に出るものはいないように思います。
水辺というのもどこか死のメタファーを感じせますし、そんな死の香りの中に溢れんばかりの生命力を湛えた子供を描くというのもアンビバレンツな感じで好きです。
⑦肉詰めピーマンとマットレス(バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表)
母と息子の話。
なんですけど。
母の1人称で語られているのですが、息子のことをずっとRって言っているのに違和感バリバリなのは僕だけでしょうか?
いや、基本的にはとってもハートウォーミングないい話なのですがね。
片耳が聴こえなくなってハンディを抱えた息子が遠い異国で1人で立派に生活している。
母が久しぶりに息子を訪ねて行って、2人で過ごす時間。
そのバックグラウンドに流れているオリンピック中継。
最後に空港でのバレーボールアメリカ代表に繋がるくだりは、そう来たか!!ってなりました。
⑧若草クラブ(エリザベス・テイラー)
子供のころって、こんなふうに戒律を作ったりして、お互いの絆を確認し合うようなところがある気がします。
若草物語が生んだ絆。
エミイは、かつて若草物語のエミイを演じたエリザベス・テイラーに憧れ、異常な執着をみせます。
自分が若草クラブでエミイにされて、そのエミイを演じていたのがエリザベス・テイラーだったら夢中になるのもわかる気がします。
余談ですが、小学生のころに流行った星座を題材にした漫画『聖闘士星矢』で、自分の星座の聖闘士が射手座とかでいい感じだとイキっている奴がいたものです。
ちなみに僕は蟹座で、蟹座の聖闘士は最低のクズ野郎だったのでめっちゃ憂鬱でした。
そんなふうに安易に自分を重ね合わせてしまうお年頃なので、エミイのエリザベス・テイラーへの常軌を逸した憧れも少しだけ理解できるような気がします。
足が大きくならないように無理やり狭い靴に押し込めたりするのは、中国の纏足を彷彿とさせられました。
⑨さあ、いい子だ、おいで(世界最長のホットドック)
とても残酷でグロテスクな話でもあり、ほのかに官能的で、歪んだ女性の情念のようなものを感じた薄暗い作品。
ペットショップのたくましく感じのいい男性をもし自分の息子だったらと妄想して執着する。
どこか妖しく危うげな感じがします。
もともと子供がいない代わりに文鳥を飼うためにペットショップに行ったことがきっかけで青年に出会ったわけですが、『小箱』のように子供を失ってしまったり、『臨時実験補助員』のように子供と離れてしまったり(あるいは死別して精神を病んでいたり)子供の不在にまつわる精神の歪みが根底に描かれているように思います。
別に子供がいることが幸せだとかなんとかいう話ではないけど、この物語の主人公にとってその欠落は大きなものだったのでしょう。
ラストシーンでベビーカーを盗む場面で彼女の闇の深さ、欠落の深刻さを感じさせられました。
⑩十三人きょうだい(牧野富太郎)
この短さにこれだけ多くの要素をよく詰め込んだなと感服。
牧野富太郎のことも絶妙に絡めてきていますし、最高です。
サー叔父さんと、少女のやり取りが微笑ましい。
ただ、それだけにラストの不穏さはいったい何を意味するのでしょうか?
サー叔父さんも祖母のあとを追っていってしまったのかと思わせるような描写でした。
5、終わりに
いやー、堪能しました。
うん、どの物語も全力で不時着してましたね(笑)
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