ヒロの本棚

本、映画、音楽、写真などについて書きます!!

【本】川端康成『少年』~美しい少年との愛の回想~

1、作品の概要

 

『少年』は、川端康成の自伝的随筆作品。

1948年に鎌倉文庫の雑誌『人間』で発表された。

単行本では刊行されず、『川端康成全集第14巻』に掲載された。

2022年に川端康成没後50年を機に、新潮文庫より刊行された。

川端自身の中学生時代、美しい少年との蜜月と離別を書いた。

f:id:hiro0706chang:20230731194544j:image

 

 

 

2、あらすじ

 

50歳という節目の年に全集を刊行することになった川端康成は、未発表だった過去の作品や、手紙などに目を通していた。

その中で『伊豆の踊子』のもとになった『湯ヶ島での思い出』という作品があり、その中に登場する中学生時代の清野少年との思い出に川端は浸り始める。

「お前の指を、腕を、下を、愛着した。僕はお前に恋していた」

手紙や回想から美しい少年との悩ましい関係を赤裸々に描き出す。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

ある日、本屋をパトロールしていて、川端康成の文庫本の棚に『少年』なる見知らぬタイトルを見つけました。

「ん?少年?こんなタイトルの本あったっけ・・・」とか思いつつ手に取ってみると、最近文庫化された川端康成自身のBLものとのこと。

「へええ、川端康成のBLとかめっちゃ耽美っぽいやん!!装丁もいいし!!うん買っちゃう♪」って軽いノリでほぼジャケ買いで買ったのがこの作品でした。

158ページ程度の中編ぐらいの薄さも気軽に手に取れた理由のひとつですね。

小説を想像していたら、随筆っぽい作品だったのでやや肩透かしを食らいながらも、川端康成のルーツを辿ることができて非常に興味深かったです。

 

 

 

4、感想

 

清野少年との関わりの前に、僕が『少年』を通じて感じたことは川端康成自身の不遇な生い立ちと、深刻な愛情飢餓でした。

彼が3歳の時に両親と死別し、預けられた先の祖父母も亡くなり、たった一人の姉まで亡くなってしまう。

川端康成は、中学生の時に全くの天涯孤独になってしまったのです。

 

この孤独が美や愛に執着する彼の歪みと天与の文才を磨いたのでしょうか。

川端自身そういった自身の心を「畸形」と表現し、耐え難いさみしさ清野少から年との

愛に走ったようなことが書かれています。

しかし、少年愛といっても本格的な同性愛といったふうではなく、お互いに寂しさをまぎらわすためによりかかるような、やがて女性を愛するためのどこか予行演習のような意味合いも見て取れるように思いました。

 

ここでも川端康成の審美眼は発揮され、清野少年は未完成であどけなさを残した美少年で、十代前半のまだ声変わりをする直前の少年の清らかさ、花のつぼみのようなあどけなさを愛します。

ただ清野の他にも寮にいる美少年を盗み見ることは忘れず、やがて美の対象が女性に移っていったことを考えても、はしかのような一時的な発熱であったのでしょう。

少し話題はずれますが、最近観た映画『怪物』の中でも10代前半の少年同士の無垢な同性愛が描かれていて、2人の少年の汚れを知る前の清らかな美しさを思い出しました。

しかし、思春期を経て声変わりをして大人の男へと変化していくに当たってそういった「清らかな美」のようなものを失っていくのでしょう。

 

清野少年との短い蜜月は形を変えて、初恋の君である伊藤初代との恋や、踊り子への淡い恋情へと変化していったように感じました。

それほど川端康成の作品について知らない僕ですが、その作品の陰にある川端自身の寂しさや飽くなき美への希求を感じさせられるような作品であったように思いました。

 

 

 

5、終わりに

 

読んでて「めっちゃ面白い!!」ってなる作品では決してありませんが、川端康成のルーツを辿る意味でとても重要な作品で、これを読んだあとに『伊豆の踊子』を読むとめっちゃ物語のもつ意味合いが深まりそうな気がします。

近々、読まねば。

「作品はあくまで作品だから、別に作家のことを知る必要はない」という考え方も正論だとは思いますが、中には作家の人生や考え方などを知るとより深く理解できて楽しめる文学作品もあると僕は思っていて、川端康成という作家もその一人だと思います。

そういう意味で、「少年」は意味深い作品でありました。

hiro0706chang.hatenablog.com

hiro0706chang.hatenablog.com

 

ブログランキング参加中!!良かったらクリックよろしくお願いします!!

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村