ヒロの本棚

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【本】間埜 心響『ザ・レイン・ストーリーズ』~雨にまつわる13の魔法~

1、作品の概要

 

2021年2月に刊行された間埜心響の短編小説。

雨をテーマに13編からなり、それぞれの物語が繋がりあっている。

 

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2、あらすじ

①通り雨

本屋の店先で雨に降こめられ蓉子と、声優の男性。

彼は、FMの深夜放送で推理小説作家・北ノ森ノマドの作品を朗読していると話すが・・・。

 

②雨の日は偏頭痛

探偵の蘭世伊玖磨は、下村夫人より最近不審な行動が目立つ夫の浮気調査を依頼される。

そして、判明した真実は彼女の想像を遥かに上回るものだった。

 

③相合傘

老齢の伊達がボランティア帰りの喫茶店で日曜日に出会う女性。

彼女が幸福そうに連れ添う男性にはある秘密があった。

 

④雨を降らす男

 女優の円城時舞子は主演の映画のラストシーンで、なかなか監督からのオッケーがでずに悩んでいた。

スタジオで居残りで練習している時に雨を降らす小道具係と出会い、勇気をもらう。

翌日スタジオで彼の姿を探すが・・・。

 

熱帯雨林

有砂は香港で夫の会社の懇親パーティーでサミーという青い目のイギリス人と恋に落ちた。

蜜月の2人だったが、香港島を襲った豪雨被害をキッカケに離れていく。

 

⑥イット・レインズ・キャッツ&ドッグス

多佳子は神経質な夫・耕司との暮らしに悩んでいた。

ある時多佳子が帰宅すると、 腹痛で夫は臥せており、薬局で腹痛の薬を買ってくるよう頼まれた。

その道中、様々な想いが多佳子の胸に去来する。

 

⑦雨上がりの飛翔

碧は、夫の慶彦と4歳の娘・美里の3人で暮らしていた。

ある時、近所の千葉さんからアゲハ蝶の幼虫をもらい、生育に夢中になる。

 

⑧時雨の里

華道蘭世流の当主・蘭世匠磨は病床の身にあった。

彼は娘の華苗に、不仲の長男・伊玖磨に家に戻り後継の話し合いをするよう説得を依頼した。

華苗と伊玖磨。

異母兄弟の2人には触れられぬ秘密があった。

 

⑨てるてる坊主

めぐみ保育園の保育士である紘子は、夏見先生、康代先生と一緒に発表会を控えて準備に追われていた。

夜の帳が落ちるころ、3人は発表会の演目であるてるてる坊主についての怖い謂れと、保育園の怪異について話し始めるが・・。

 

⑩ノーベンバー・レイニー・ブルース

 高校生だったムネは、雨の日に自分の傘に入ってきた女の子と彼女が落としていったスケッチブックのことがずっと気になっていた。

大人になり帰郷した彼は、戯れに母校の高校に立ち寄り1枚の印象的な絵を目にする。

絵の作者にまつわる話を耳にして、彼の胸に去来した想いとは?

 

⑪降る亜米利加に袖は濡らさじ

藤枝総理は、オーストラリアの山火事火災の邦人被災者に関してのやり取りの中で、サミュエル・ロー博士が日本への帰化を望んでいることを聞かされる。

世界的に高名な博士の提案に違和感を感じる藤枝は、調査を依頼する。

 

⑫雨夜の品定め

雨の夜。

とある雀荘に赤いハイヒールを履いた美女。揚羽が現れ、不穏な空気が流れる。

 ある密命を受けたCは彼女に接触するが・・・。

 

0雨乞い

 国民的なアイドルの「彼女」は、双子の兄弟の粗暴な弟とトラブルになり、部屋に引きこもってしまう。

双子の兄弟の物静かな兄に説得されて、再び人々の前に姿を現そうと決意するが・・・。

 

 

3、この本を読んだきっかけ、思い入れ

 

ツィッターでやり取りさせて頂いている間埜心響さんが書かれている13篇の短編集。

雨にまつわる話が元々好きで、前々から興味を持っていました。

ネットで注文したのですが、取り寄せるのに時間がかかってしまい、その間ツィッターのTLに流れてくる読了ツイートを指をくわえて眺めていました(笑)

 

『ザ・レイン・ストーリーズ』を読んでいる時、折しも西日本は季節はずれの秋雨前線の停滞に見舞われて、梅雨のような長雨となりました。

アスファルトを優しく濡らしたり、時に激しく窓を叩いたりする雨音をBGMに雨にまつわる13の物語を読みすすめました。

 

 

 

4、感想・書評(ネタバレあり)

 ①通り雨

 さっきまで晴れていた空が曇りだして大粒の雨が落ちてくる。

本屋の軒先で雨宿りをしているひと組の男女。

うーん、なんか絵になる場面ですねぇ。

間埜さんの小説はひとつひとつのシーンが印象深くて、まるで映画のワンシーンのようなイメージが脳裏に浮かんできます。

 

会話のやり取りのテンポが良くて、声優の男性にイニシアチブを取られている蓉子でしたが、最後にどんでん返しが!!

「さっき言ったでしょう?私、本はあまり読まないって」

 

②雨の日は偏頭痛

『ザ・レイン・ストーリーズ』は 、それぞれの物語がさりげなく絡み合っているのもとても面白いところで、読み進めていくうちに結びつきが明らかになって、それぞれの物語に更なる奥行がもたらされています。

「雨の日は偏頭痛」の下村夫人は「通り雨」の主人公で、探偵の伊玖磨は「時雨の里」の登場人物でもあります。

 

浮気調査が何ともほっこりと解決して、夫婦関係は正に雨降って地固まるといった形に。

下村夫人と伊玖磨のセリフのやり取りが秀逸でニヤリとなります♪

「最初の思わせぶりなフェイントは余計だったわ」

 

「それは何よりでした。最初のフェイントは余計でしたがね」

 

③相合傘

恋は盲目と言いますが・・・。

不幸な生い立ちの中年女性が結婚詐欺師に騙されてという話ですが、彼女が自分を守ってくれて降りしきる雨に傘をさしかけてくれる男性を求めていたっていうのも切ないですね。

ただ彼女が男性と一緒にいる時の描写がなんとも素敵でうっとりとしてしまいます。

幸せそのものといった様子で彼女は男の左腕の中にすっぽりと収まった。

やっと帰ってきた親鳥を待ち焦がれた幼鳥のように、彼女の顔にはこの上ない安堵とわずかな官能が滲んでいた。

黒い大きな傘の中にある二人だけの世界には、誰一人足を踏み込めないように思えた。

 

そんな彼女と偶然知り合い、男が結婚詐欺師だと知ってやきもきする伊達。

ラストシーンで幸せそうな彼女の姿を見かけてホッとします。

最後の一文が秀逸ですね。

 

それにしても女は強い。時はこうして過ぎていくのだ。

 

他の物語でも、最後の一文が印象的で心に残るものが多かったですね~。

 

④雨を降らす男

 女優の舞子は、主演映画「霧雨に消えて」のラストシーンの演技に悩んでいました。

居残り練習中に出会った雨を降らす係の小道具さんとの交流が良いですねぇ。

彼は、舞子が感情を吐き出して泣き止むのを待ってから彼女に言います。

「いいですね、その顔、その表情。あなたが素のあなたになって、たった今私に見せてくれた感情の迸り、あなたの肉体と魂のそこから湧き上がるような情熱の炎を、そのまま明日のカメラの前で見せてください。約束ですよ。わたしはあなたの全てが最高に光り輝くように、あなたの演技が頂点まで上り詰めるように全力で雨を降らせますから。時には激しく、時には優しく、雨の滴があなたの顔を輝かせこそすれ、あなたの美しさがこれっぽちも損なわれないように、細心の注意を払いながら」

 

とても美しい文章ですね。

他者を演じるということは、ある意味で虚構を演じるということかもしれませんが、そこに役者自身の魂がこもっていなければ観る人の心に届かないのではないでしょうか?

空っぽの骸に魂を入れるような、泥をこねて生命を創り出すようなとても崇高な行為なのかもしれません。

 

「雨降らしの源」はそんな演技にとって大事なことを伝えたかったのではなないでしょうか。

きっと映画がお芝居が好きな方だったのだろうなと思いました。

 

熱帯雨林

もしかしたら一番好きな作品かもしれません♪。

いや、不倫ダメゼッタイですが(^_^;)

でも、こういう蠱惑的な話とか、人生に於いて踏み外してはいけない瞬間を物語で覗き見る 瞬間ってとてつもなく官能的だと思います。

 

異国で燃えるような恋に落ちて、一時はお互いに求め合い共に生きる未来を予感したのに、豪雨災害と少しのボタンの掛け違いから2人の関係は引き裂かれていきます。

いや、不倫だし引き裂かれたほうが良かったのかもしれませんが・・・。

でも、本当に愛すべき相手に出会ってしまったのなら?

有砂とサムの間に起きた致命的なすれ違いは悲劇と言えるのかもしれません。

 

「降る亜米利加に袖は濡らさじ」でサムの事情は明らかになりますが、彼が純愛を貫き通したのは本当に切なく思えました。

純愛の定義は?

僕は決して叶わないのが純愛だと思います。

 

有砂の息子が④で舞子を追い詰める鬼監督の根津監督なのですが、彼が後に母とサムとの逢瀬を目撃した想い出をインタビューで語る場面も好きですね。

そしてこの物語の本質を語ります。

変化前の香港は「借り物の時間、借り物の場所」と呼ばれていました。

いつかは中国の傘下に戻る宿命を背負った期間限定の南の楽園。そこで生まれた恋もまたいつかは終わる運命だったと母は捉えていたのかもしれない。

期間限定の楽園のような恋・・・。

それはどのような味がするものなのでしょうか?

 

⑥イット・レインズ・キャッツ&ドッグス

 「誰が悪いのでもない。見なければならないものに見て見ぬふりをし続け、知るべきものを知らないままにしてきた私が悪いのだ。見たくてはいけないもの、知るべきもの、それは私の心なのだ」

見るべきだろうか、知るべきだろうか?私も、私の心の奥底を。

 

鬼滅の刃』のカナヲじゃないですが、多佳子の心の声も少し小さくて誰かの大きい声に打ち消されてしまいます。

でもでも。

聞こえなかったり、届くのが遅かったりしていても、彼女の心の声はしっかりと発せられていて、何かを訴えているのだと思います。

 

夫の支配下に置かれていた多佳子が自分自身の声を聴いて、心のままに歩みだす物語だと思います。

 

⑦雨上がりの飛翔

 ある家族の爽やかな物語。

小説には、一瞬を切り取るような絵画や写真のような作品があるかと思いますが、「雨上がりの飛翔」はそのような作品であったかと思います。

 

そして、育むことがどのような成長を人にもたらすのか。

家庭を持って子供を産んで育むといったことだけではなく、なにか生命が育まれて巣立っていく瞬間に立ち会うこと。

その経験が人を大きく成長させることもあるのかもしれませんね。

 

⑧時雨の里

すごくしめやかでエロスを感じさせる作品だと思います。

隠されて禁じれている秘め事の、何という蠱惑的なことか。

 琢磨と芙紗子のさりげないやり取りや、伊玖磨と華苗の秘められた恋慕や・・・。

 

何か日本的な湿度を持った許されざる想いの物語ですね。

うん、好きだなぁ~。

お互いに惹かれ合いながら恋を葬り去るしかなかった二人の恋。

文章の端々に燃えるような恋慕の情がほとばしります。

 

⑨てるてる坊主

一転してホラーテイストのこの作品。

13の短編の中に色んな種類の作品があって飽きません。

次はどんな展開の物語になるのかな?と、ワクワクしますね♪

 

可愛いてるてる坊主にまつわる凄惨な由来。

今のように食料の備蓄がままならない時代に、天候は人の生死を左右する大事なものだったんでしょう。

そう考えると、てるてる坊主も一種の呪詛と言えるかもしれませんね・・・。

 

保育園のてるてる坊主の怪談が作り話だったあとのラストの場面。

噂や恐怖の念が絡み合って、忘れ去られた闇の中で怪異は育っていくのかもしれません。

 

⑩ノーベンバー・レイニー・ブルース

少し寂しくなるような、それでいて過去の時間に向けて優しくほほ笑みかけられるような素敵なお話でした。 

ノスタルジーを掻き立てられるようなすごく好きな物語です。

 

過去に置き忘れてきた忘れられない出来事、印象的な一瞬。

そんな古ぼけた記憶を手がかりに想い出を辿るムネに、一度だけ見かけたあの少女の謎が明かされます。

彼女は誰かが自分の過去の想いを理解してくれる、自分の絵の意味に気づいてくれるのをずっとずっと待っていたのかもしれません。

 

数十年の時を経て奇跡のような偶然から明かされる事実。

雨の日の魔法が、そのような小さな奇跡を起こすのかもしれませんね。

 

帯にも使われていますが、最後の文章もすごく好きです。

雨の日が好きだった。

それは今でも変わらない。

大人になった僕に、雨の日は非日常と、ほんの少し切ない郷愁を運んでくる。

 

⑪降る亜米利加に袖は濡らさじ

総理の藤枝が主人公ですが、帰化を願い出る世界的博士のサミュエル・ローのことが物語の中心になります。

第3者目線から、彼がいかに有砂を愛しているのか、また何故すれ違いが起きてしまったのかが浮かび上がってきます。

切ないすれ違いですね。

 

アメリカ大統領のブキャナンと藤枝のテンポの良い会話のシーンも面白いですね。

そして、アポロ計画へのアイロニー

何もかも究明することが正しいとは限らない。 

アポロ計画も、サミュエル・ローの真意も。

謎は謎のままにしておくほうが良いこともあるのでしょう。

 

⑫雨夜の品定め

 話の展開の仕方も好きで「えっ、そうなの?そうきたかー!!」みたいにどんでん返しで楽しく読めました。

揚羽=赤羽蝶子のキャラクターも良いですね。

 

0雨乞い

トラブルがあって仕事を中断したアイドルの話と思いきや、まさかの新解釈・天の岩戸!!

Episode0なのも納得ですね。

何しろ神話の時代の話なのですから(笑) 

 

いつも当たり前に登って輝いている太陽。

夏場なんかはギラギラ照りつける陽光が憎たらしかったりもします。

それでも、何日も雨が続いて太陽の姿が見られないと途端にお日様の光が恋しくなってきます。

燦々と降り注ぐ太陽の光のありがたみがわかるのも、雲と雨のお陰かもしれませんね。

 

 

5、終わりに

 

雨にまつわる素敵な13の物語。

読み進めながら、自分の雨にまつわる想い出を思い返したりしていました。

 

雨音に包まれながら夜のリビングで過ごす時間が好きです。

雨音とピアノの音が融けて混ざっていく。

屋根やベランダを叩く自然のハーモニーが心まで温かく湿らせていきます。

音楽も何となく雨の日に聴く音楽が決められていたり、DJしている時も雨の日にしかかけない雨にまつわる曲が何曲かありました。

 

『ザ・レイン・ストーリーズ』を通して間埜さんが持つバックグラウンドの幅広さに驚かされました。

特に香港についての記述など興味深く読ませていただきました。

文章も、 情景が可視化されて映像として浮かんでくるような印象で、まるで映画のような絵になる表現が印象的でしたね。

また続刊も楽しみにしております♪

 

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