1、作品の概要
『月光組曲』は2022年に刊行された間埜心響の書き下ろし長編小説。
彼女の2作目の小説であり、初の長編小説。
幻冬舎より刊行された。
地方のとある町を舞台に古い伝承、不思議な少女を巡る物語が動き出す。
2、あらすじ
大同石材で、美人秘書の加瀬久美子からの恋慕を受けつつも仕事一筋で生きてきた佐伯俊夫。
東京の本社から異動で地方の月ノ石町に赴任した彼は、地域の人たちとの交流の中で「聖月夜」なる不思議な詩に出会い、彼の地に伝わる月待ち池にまつわる不思議な伝承を聞かされる。
次第に月ノ石町での生活に慣れ安らぎを感じるようになっていた彼は、月ノ石営業所に事務員として採用された小出美夜子に心を惹かれるようになる。
運命に導かれるように「星月夜」の作者の正体を突き止め、仕事のプロジェクトのために月待ち池のトパーズを求める。
そして、美夜子と結ばれて月待ち池を訪れるが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
以前このブログでも紹介した短編小説集『ザ・レインストーリーズ』を書いた間埜心響さんが2作目は長編小説を書かれるということで楽しみにしていました。
しかも幻冬舎からの刊行。
300ページ近いボリュームでしかも2段だったので実質600ページ分ぐらいでしょうか?
しかし、予想外の展開と謎めいた物語にひき込まれて、(遅読の僕にしては)あっという間に読ませて頂きました。
村上春樹『スプートニクの恋人』『海辺のカフカ』、田口ランディ『マアジナル』『キュア』の読後と似たとても不思議で胸がしんとするような読後感でした。
晩夏の時期に、輝きを増す月を想いながらまた手に取りたいと思わせてくれるような物語。
4、感想・書評(最初はネタバレなしだけど、途中でネタバレしまくるよ!!)
『月光組曲』も、もし読まれるならネタバレなしで読んだほうが良いと思う作品です。
ネタバレしてても、考察掲示板とかできちゃうぐらいにいろんな角度から考えられる物語で、読後からずっと『月光組曲』の世界に浸りながら登場人物たち一人一人の想いに考えを巡らせていました。
芥川龍之介か誰かが、読み終わってから始まるのが読書、みたいなことを言っていたと思うのですが、読了後にフレーズが浮かんできたり、作品のイメージ映像が浮かんできたり、物語の真意について想いを巡らせてみたりするのが、またひとつの大きな読書の楽しみなのだと思います。
名書は、そうやって人生に寄り添い続けることができる作品なのだと思いますし、『月光組曲』も『月』『晩夏』『願い』というキーワードに置いて僕の人生に寄り添い続けてくれる物語になってくれたのだと思います。
長編小説でありながらひとつの主題を巡って、たくさんの登場人物の視点をバトンリレーしながら展開していく連作小説のようであり、第一部の叙情的な話から一転、第二部、第三部へと主観が入れ替わりながらスピーディーに展開していくのがとても良かったですね。
そして、月ノ石町と月の待池の伝承と様々な人達の想いが重なっていき・・・。
物語は予測を超えたところにまで到達します。
*ここからネタバレありです!!
いや、もう第一部の佐伯の物語がテレコの独白だったのにまずビックリ。
そして月ノ石町営業所も、営業所の面々も存在せず、資料館の浜村さんも亡くなっていて、美夜子も架空の人物で・・・。
ええええええええーーーーーーーーー!!!!!!!
って、こんぐらいはビックリしました。
晩夏に田舎の営業所に異動になって、町にも人達にも馴染んできて、今までにない安らぎを感じていた佐伯。
そんな人生のエアポケットみたいな時期を過ごしながらも月ノ石資料館の浜村を通じて『聖月夜』(ゴッホの星月夜のオマージュでしょうか?)の詩の謎に触れて月ノ石町の伝承に引き込まれていく。
僕も、田舎育ちで近隣にフツーに無人駅とかありましたし、海のそばを月を眺めながら散歩したりしていたので、月ノ石町という場所に何か郷愁を感じると言いますが親近感も感じていました。
極めつけは美夜子の存在。
謎多き美女。
まるで運命の導きのように結ばれる二人・・・。
いやぁ、確かに出来すぎてて、出来杉くんもビックリですよ、しずかちゃん。
第一部の物語が全て佐伯の過去世の留萌雅也との記憶と願望が入り混じったものだとしたら?
母親の愛を知らずに、愛情飢餓でその渇いた心を満たそうと、深い結び付きの運命の愛を彼が願っていたのだとしたら?
現実世界での佐伯は何らかの方法で自らの過去世に関連する留萌雅也が訪れていた月ノ石町の存在を知り、夏期休暇を利用して滞在したのでしょう。
そこで現実と願望と夢想が融解してあのような物語が生まれた。
佐伯の強い願いが月にまで届き、無限が立ち現れたのです。
佐伯の過去世だった留萌雅也。
彼は行き過ぎた我欲によって最愛の女性を手にかけて、自らの身も滅ぼしてしまいます。
決して足ることを知らずに、より多くの富を幸福を享受することを強く願っている。
作中では言及されていませんでしたが、佐伯、留萌雅也の過去世は平岩伝助だったのでしょうか?
天女の導きによってトパーズを得ながら、行き過ぎた我欲によってひとつでは満足できずに池のほとりで命を落とし、結果自らの家族をも破滅へと追いやった男。
伝助の悲劇から始まる、留萌雅也、佐伯への因果の連なり、背負い続けるカルマを解消できずに結局行き過ぎた我欲によって身を滅ぼしてしまう。
強すぎる願いがアダとなってしまっているのでしょう。
何かこのあたりの輪廻とカルマについての関係を物語に持ち込んでいる感じがとても仏教的で個人的にめっちゃ好きな感じでした。
やっぱり生まれ変わりって神秘的なテーマですし、過去世での何かしらの因果があっての現世ってすごくロマンティックな気がします。
映画『君の名は』で好きなのはそのあたりの要素が入っているからなんですが、『月光組曲』を読みながら手塚治虫『火の鳥』の我王の宿業を思い出しました。
伝助、雅也、佐伯の連綿と続くカルマの話は、足ることを知らずに愚かに過ちを繰り返しながらも強い願いを持ち続け、月星人からあらゆるものを与え続けられています。
それでも足るを知らずに転生し続ける。
まるで無限地獄のようにも思えてきますが、佐伯→景山によってカルマは解消されたのでしょうか?
地球から最も近い距離にある衛星で月。
お互いに影響を与え合い、その引力でなくてはならない存在で、月が引力が引き起こす潮の満ち干きや、人間のバイオリズムに与える影響は数限りなくあります。
死の世界の象徴ともされて、多くの人間が人知れず月を見上げて願いをかける。
月星人とはそういった願いの残滓であり、ここではない世界へと旅立ちたい人達の想いそのものでもあるのかもしれません。
播磨道人が加瀬真由子によって月へと連れて行かれたのも、播磨がそう強く願い続けてからで、彼がそう強く月に願う時、月もまた彼のことを見ていたのでしょう。
『月光組曲』はそういった人々の想いと月が持つ魔力の交わりを描いた物語であったのかなと思いました。
5、終わりに
いやー、本当に予想外の展開でページをめくる手が止まらず、物語の終わらせ方もまだまだこれから続いていきそうな感じで、だいぶ悶絶インザハウスでした(๑≧౪≦)
濃い夜の闇。
妖しく輝きながら浮かぶ月。
どこか蠱惑的で死の香りを漂わせつつ、耽美的な作品の世界に酔いしれました。
白椿は見たことがないのですが、僕が住んでいる街の市花は椿で、椿の花はとても身近です。
美しい花ですが、花弁が落ちる時に花弁ごとドサッと落ちる様が首が落ちるようだとして昔の武士などは不吉に感じていたようですね。
しかし、落ちて朽ちる様も美しい花など椿ぐらいで落ち椿も含めて美しく、どこか死の香りが漂う妖艶な花であると思います。
そう考えると月と椿の花と、池の組み合わせはどこか気持ちがざわつくような美しさと妖しい耽美さを湛えているように思えてきます。
これから月を見上げるときは『月光組曲』が頭をよぎりそうです。
あまり強すぎる願いをかけないように・・・。
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