1、作品の概要
『耳に棲むもの』は、小川洋子の連作短編小説集。
2024年10月10日に、講談社より刊行された。
VRアニメ『耳に棲むもの』の原作として描かれた。
『群像』2023年10月号、12月号、2024年2月号、4月号、6月号に連載された。
136ページ。
補聴器のセールスマンだった男にまつわる5編の連作短編小説。

2、あらすじ
補聴器のセールスマンだった父は、いつも古びたクッキー缶を持ち歩いていた。
葬儀のあとに懇意にしていた耳鼻科の院長先生が訪ねてきて、私に父の「耳の中に棲んでいた者たちのかたちです」と、4つの骨を差し出した。『骨壺のカルテット』
彼は、早泣き競争で優勝し、掘り出したダンゴムシの死骸をトランクに収め。『耳たぶに触れる』
前の会長が小鳥を口に詰め込んで自殺した、小鳥ブローチの会に参加し。『小鳥のブローチ』
老人ホームで補聴器のメンテナンスをしたあとに、介護助手の女性とボートの上でドウケツエビのように踊り続ける。『踊りましょうよ』
そして、選鉱場の星座の光と、祭りの景品のラッパ、孤独な少年の耳の中に棲んでいたものとは・・・。『選鉱場とラッパ』
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
前から読みたいなと思っていた本でしたが、たまたま図書館でゲットしました。
わりと新刊なのにラッキー!!
長編も良いけど、小川洋子って、連作短編小説を書くのが上手な気がします。
VRアニメの原作っていうのも意外なコラボで、アニメのほうも観てみたくなりました。
4、感想(ネタバレあり)
短い5編の短編小説集で、イラストもいい感じでさらさらっと読めてしまいます。
しかし、中身はコッテリ小川洋子テイスト。
いや、なんだろ好きだな~、この感じ。
派手な物語ではないんですけど、ひっそりしていてどこか不思議な印象があります。
『骨壺のカルテット』は一連の短編小説の中すべてに出てくる登場人物である、補聴器のセールスマンの男の死から始まります。
主人公ともいうべき人物の死から連作短編集を始めるとはさすが小川洋子。
そこから彼の足跡を辿り、この短編小説集の最期の物語である『選鉱場とラッパ』で、いかにして孤独の中、自分の内なる音に耳を傾けるようになったのが描かれています。
ラッパ、五線紙、クッキーの缶、2匹のエビ・・・。
孤独に育ち、物静かに生きてきた男の心の声にまつわる大事なものたち。
『耳たぶに触れる』では、男が立ち寄った村のお祭りでの出来事。
早泣き競争で優勝できた彼は、子供のころの『選鉱場とラッパ』で描かれていたような孤独で誰とも分かり合えなかった日々を思い出していたのでしょうか?
クッキーの缶の中身は、他の誰かからしたら取るに足らないものなのかもしれない。
死んだダンゴムシとか。
でも、彼にとっては旅歩く道のマイルストーンみたいな存在だったのではないでしょうか?
独りで街から街へと補聴器を売り歩く日々。
その中で、道しるべのように彼を導いてくれたものたちを、忘れ去られていく儚い存在達をクッキーの缶に詰める。
やるせない。
そのように、孤独を抱えて放浪する彼の姿に、僕の魂の欠片が呼応して響いていくようでした。
小川洋子作品では、ニッチな職業とか趣味・会合などがよく出てきます。
そんな職業あるんかいっ、って突っ込みたくなるんですが、そもそも物語の舞台が現代の日本ではなくて19世紀のヨーロッパっぽかったりするので、「うん、まあ、あるかもね」と妙に納得されてしまいます。
で、『小鳥のブローチの会』ですよ。
小鳥の会じゃないんですよ?
小鳥のブローチに限定されている会合。
いやいやいやいや。
小鳥のブローチでこんだけ物語を広げられるんだってなぐらいに、小川洋子のイマジネーションは大きく翼を広げます。
鳥だけになっ!!
それだけに、前会長の自殺が。
鳥たちを次々に口に押し込んで窒息死した最後が凄惨で印象的でした。
神経難病を病んだことが原因だったのか?
残酷ですし、ゾッとしますがグリム童話的な帰着でもあると感じました。
男に子供(娘?)がいたのは意外でしたが、もしかしたら『踊りましょうよ』の大学生のアルバイト介護助手さんと結婚したのかなと思いました。
世界で最も釣り合いの取れた、静寂の似合う耳の持ち主である彼女が、補聴器のセールスマンの男の相手だったとしたら、これほどお似合いの2人もないように思います。
「踊りましょうよ。ドウケツエビのように」
老婆が転落死した人工池にボートを浮かべて踊る2人。
耳の中で、彼の心の声を演奏し続けるカルテットたち。
その心の響きを分かち合えたなら。
『選鉱場とラッパ』は、僕にとって一番印象的な物語でした。
選鉱場って、何?っていうのはあるのですが、鉱山で働くシングルマザーの母親と2人暮らしの少年が孤独を抱えながらも、夜に輝く選鉱場の光に星座の光を重ね合わせるっていうのがとてもリリカルでキュンキュンしました。
子供のイマジネーションって、すごいですよね。
大人が何も感じ取れないありふれた風景から、宇宙だって創造してしまうのですから。
そうやって素敵な話が展開するのかと思いきや、後半は少年が犯した罪が主題になっていきます。
罪と言っても、そんなに大それたものではなくて、野良犬を蹴ったことと、祭りの射的の景品のラッパをお婆さんが倒れた隙にかっぱラッパ(た)ことです。
犬は死んでウジ虫が湧いていて、盗んだラッパは少年が憧れた金色のラッパではなくなっていました。
彼が持ち得ていたかもしれない金管楽器の才能も、泡となって消えていきました。
少年にとっては大きな喪失であり、罪と罰であったのでしょう。
僕にも覚えがありますし、もう少しこうしていればという。取り返しのつかない少年期の悔恨があります。
それは呪いのように心に居座って、不協和音を奏で続けます。
どうしようもなく。
そういった心の暗部を。
孤独を。
やり過ごすために必要だったのが、耳に棲むカルテットであり、涙の五線紙、2匹のドウケツエビだったのでしょう。
5、終わりに
ああー、えもいわれぬ、えもいわれぬ。
小川洋子の作品を読んだあとの心境って、いつも表現するのが難しい。
夢の中で全力疾走していて、全然うまく進まなくて、歯がゆく思っているようなもどかしさ。
いつも、彼女の作品に触れた時の、何とも言えない感情の機微を表現したいと思うのですが、物語の深い深い森の中で彷徨ってしまうのです。
でも、そんな不確かな感覚が心地良くて、彼女が紡ぐ物語をまた辿ってしまうのでしょう。
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