1、作品の概要
2011年に刊行された。
『中央公論』2008年9月号~2010年9月号にかけて1年に4回掲載された。
本屋大賞にノミネートされ5位にランクイン。
表紙は彫刻家の土屋仁応の「小鹿」が使われた。
2014年にWOWOWの『ドラマWスペシャル』にてTVドラマ化された。
2、あらすじ
南米のある村で8人の日本人が反政府ゲリラに拉致された。
救出作戦は失敗に終わり、人質8人全員がダイナマイトで死亡。
残された朗読会の模様がラジオで放送されて話題になった。
①杖
幼い頃、鉄工所に魅せられていた私は、鉄工所職員の青年が怪我をして歩けなくなっているところに出くわし、杖を渡して助けた。
大人になった私は交通事故に遭い、意識不明の重体になるが夢の中に現れたのは・・・。
②やまびこビスケット
口下手で陰気臭い私は、やまびこビスケットという製菓会社に就職し、安いアパートに住んでいた。
吝嗇家で病的な綺麗好きの大家と不良品のビスケットを一緒につまむようになった私だったが・・・。
③B談話室
僕は公民館のB談話室にひょんなことから入り込み奇妙な会合に参加する。
僕は、誘ってくれた受付の女性を探すが・・・。
④冬眠中のヤマネ
メガネ屋の1人息子の僕は、中学生の時にぬいぐるみを売っている奇妙な老人に出会う。
イベントで老人を背負って神社の石段を登ることになった僕は無我夢中で階段を駆け上がる。
⑤コンソメスープ名人
8歳で留守番をしていた僕は、隣の娘さんの来訪に驚くが、「キッチンを貸してほしい」というお願いを承諾する。
病弱な彼女が作り出したコンソメスープ作りの光景に僕は釘づけになる。
⑥やり投げの青年
通勤途中のある朝、私は槍を持った青年を電車で見かけ衝動的にあとをつける。
住宅街の中のスタジアムで槍を投げ続ける姿に私は目を奪われていた。
⑦死んだおばあさん
20歳だった私はハンサムな青年に「死んだおばあさんに似ている」と声をかけられる。
それから25年の間に合計5人の人間に同様に声をかけられる。
⑧花束
アルバイト先の退職祝いに顔なじみのお客さんから花束をもらった僕。
帰り道、過去の花束にまつわる思い出が甦る。
⑨ハキリアリ
特殊部隊の1人の男は、8人の人質たちに触発されて自らの物語を語りだす。
それは、彼が初めて出会った日本人たちと、ハキリアリの物語だった。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
定期的に小川洋子の物語を摂取したくなる「小川ジャンキー」のヒロ氏。
図書館で以前から読みたかった『人質の朗読会』を見つけ、手に取ってみました。
相変わずキレキレな小川ワールド。
今回もドップリと彼女の物語の世界に浸りました。
4、感想・書評
人質にされていた8人の日本人たち。
長く監禁されていくうちに恐怖は薄れていき、どういうキッカケかわかりませんが、8人の小さな物語が朗読されるようになる・・・。
なんかええ話のようですが、この朗読のあとに犯人グループは全員射殺され、人質たちもダイナマイトで全員爆死してしまいます。
ショッキングすぎます。
さすが小川洋子です。
はじめに死んだ人間たちがその死の直前に語った物語だと知ることで否応なしに、「ああ、でもこの人はもう死んでしまっているんだよな・・・」と、8編の短編を読んでいる間に繰り返しに思うことになります。
冒頭で強烈に「死」を刷り込まれていることでどんなに生き生きした物語も、どこかモノクロームの色合いでそこはかとなく死の香りを醸し出すことに。
この演出が絶妙で、彼・彼女らの物語に熱中し惹かれますが、結局最後には死へと全てのベクトルが向かっていくような、とても不思議な感覚の中読了しました。
①杖
鉄工所が大好きな風変わりな少女。
彼女が助けた太っちょで下っ端の工員が夢で彼女を助けに来た話がとてもリリカルで良かったです。
そしてそうやって救われた命でインテリアコーディネーターになって53歳で、異国の地で爆死するっていう彼女の半生はどんなものだったのでしょう。
②やまびこビスケット
若い頃、地味で口下手だった女性が調理師専門学校の教授になるまでに成長する。
そんな若い頃にあった偏屈な大家さんとの交流がとても印象的でした。
③B談話室
受付の女の子は亡霊か何かだったのでしょうか?
それはさておき珍妙な会合が開かれているB談話室にそっと紛れ込む僕。
そうやって小説家になった彼が、取材旅行中に命を落とすというのも数奇な運命ですね。
④冬眠中のヤマネ
老人はどういう経緯で神社の階段で誰も買わないようなぬいぐるみを売っていたのでしょうか?
なんか昭和とかこんな変な人いたな~って懐かしく思いました。
僕が眼科医になったのは、この老人との交流がひとつのキッカケで冬眠中のヤマネはお守りでした。
でもそんな34歳の眼科医の彼の道も爆死に繋がっていました。
なんだろうこのザワつく感じ。
⑤コンソメスープ名人
彼の人生でささやかで印象深いエピソード。
両親に対して初めて持った秘密でもあったのかもしれませんね。
⑥やり投げの青年
普通の一日が何か印象深い記憶を持った日に変わる。
日常にポッカリと空いたエアポケットのように。
なにかじわじわくる素敵なエピソードでした。
終わりのない簡素な日常で見つけた彼女だけの特別な空間。
⑦死んだおばあさん
とても奇異なエピソードですが、人生は時にこんな奇妙な偶然に満ちているのかもしれませんね。
袖触れ合うも多生の縁。
⑧花束
2重3重に死の香りがプンプンしている小川洋子らしい作品。
春の夜に濃く漂う花の匂いみたいに淫らで熟れた香り。
死者のためのスーツ、花束、小さな罪と、死者への手向けとしての花束。
⑨ハキリアリ
現地の特殊部隊の隊員が語った物語ですが、8人の物語に共鳴する形で語られた彼の物語を描いた小川洋子の願いが感じ取れるようでした。
8人が語っていた深遠な物語。
そこから起こった化学反応と物語のさざめき。
彼らの物語の波紋が世界中に広がるとき、そこにある想いたちが昇華されていくように思いました。
5、終わりに
いやー、素晴らしい短編集でした。
とても特殊な場面設定の短編でしたが、死という共通の物差しを使ってそれぞれの物語を炙りだしていくようなそんな小説だったと思います。
物語のかけらは、市井の人々の何気ない人生の一瞬に散らばっている、ガラクタの中の一粒の宝石のようなものなのかもしれないと思いました。
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