1、作品の概要
1983年に刊行された18編からなる短編集。
伊勢丹主催のサークル会誌「トレフル」に連載された。
2、あらすじ?・目次
えっと、18偏もあるので細かいあらすじは割愛しますが、不思議な話と、エッセイとショートショートの間の子みたいな話が多いようにおもいます。
4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて
眠い
タクシーに乗った吸血鬼
彼女の町と、彼女の緬羊
あしか祭り
鏡
1963年/1982年のイパネマ娘
バート・バカラックはお好き?
5月の海岸線
駄目になった王国
32歳のデイトリッパー
とんがり焼の盛衰
チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏
スパゲティーの年に
かいつぶり
サウスベイ・ストラット
図書館奇譚
3、この作品に対する思い入れ
すごく好きな作品というわけではないですが、肩の力を抜いた初期の作品で気軽に読めます。
ちょっとエッセイっぽい感じの小説も多く、村上春樹の日常と想像が描かれているように思います。
ノンフィクションっぽい作品はぶっ飛んでいるのが多く、吸血鬼や、あしかや、かいつぶりが出てきます。
こういったぶっとんだファンタジーのものと、淡々とした日常と、シリアスなテーマが重なって長い長編が生まれるのかなぁとぼんやり思いました。
4、感想・書評
全体的に文体が乾いていてクールでシニカルで『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』を彷彿とさせました。
短編より短い、ショートショートぐらいの長さということもあり、かなりブッ飛んだSF的作品も多いですね。
これもまた村上春樹の魅力で、幅の広さなんでしょうね。
でも、何というかあしかが訪ねてきて困惑したりと、変な生き物と真面目にやり取りしているおかしさがあって良いですね。
村上春樹という作家の真骨頂は長い長編(上下巻になるぐらいの)が一番だと思いますが、短編、ショートショートなども独特の良さがあります。
『彼女の町と、彼女の緬羊』『5月の海岸線』は同時期に刊行された『羊をめぐる冒険』の取材や、元になった体験が書かれているように思います。
両作品とも20代が終わって過ぎ去った時間を悼む想いが込められているように感じました。
全部は拾いきれませんが、何編か印象に残った話をピックアップしてみようと思います。
タイトルにもなっている作品で、とあるカップルがただカンガルーの赤ちゃんを観に行ったというだけの話です(笑)
淡々と、カップルが動物園でカンガルーについて話し合って、淡々と終わります。
久しぶりに暑い一日になりそうだった。
「ねえ、ビールでも飲まない?」と彼女は言った。
「いいね」と僕は言った。
この終わり方がなんだか好きです。
○彼女の町と、彼女の緬羊
『羊をめぐる冒険』の取材で札幌を訪れた話だろうと思います。
村上春樹の実体験を描いたものだろうと思うし、札幌に住む友人とのやり取りだったり、お互いの人生やたどり着いた場所を思う気持ちが『羊をめぐる冒険』の鼠との関係性に反映されたのではないかと思います。
友人と別れて、ホテルで一人テレビを観る場面もとても内省的で感傷的です。
街をPRしていた番組は、舞台になったと噂される美深町のPR番組でしょうか?
しかし結局のところ僕は彼女の町を訪れはしないだろう。僕は既に、あまりに多くのものを捨ててしまったのだ。
外では雪が降り続いている。
そして100頭の麺羊は闇の中でじっと目を閉じている。
○あしか祭り
僕は以前は基本的にリアリズムの物語ばかり読んでいたので、いきなり「あしか」が訪ねてきたりすると頭が混乱します(笑)
長編にも、羊男、騎士団長、カーネルサンダースやらおかしなものがたくさん出てきますね。
ショートショートだとこういうブッ飛んだ話も作りやすいですが、長編で物語の途中でぽんっとヘンテコな生き物を登場させる手法はやっぱり村上春樹ならではですよね。
それまでのシリアスな展開がブッ壊れかねませんが、村上春樹ワールドとして 話が展開していきます。
『とんがり焼の盛衰』『かいつぶり』なども同じくファンタジー要素が強い作品です。
ヘンテコな話としか語れませんが(笑)
○鏡
時々、短編でもあるリアルホラーというか、不思議な話というかそういう感じの話です。
ドッペルケンガーの話は『スプートニクの恋人』にも出てきますね。
ちょっとゾッとする、印象的な話ですね。
○バート・バカラックはお好き?
これも実体験なのかな?
今の若い人は知らないでしょうが、メールもインターネットの掲示板もない時代は手紙のやり取りで連絡を取り合っていたのですよ。
手紙を指導する「ペン・マスター」のアルバイトをしていた22歳の「僕」の話で、アルバイトをやめる時に指導していた生徒の家にハンバーグステーキを食べに行くのだけれど何もなく、バートバカラックを聴いてハンバーグを食べて帰ってきたという話でした。
もちろん生徒は綺麗な女性で、30歳代の人妻。
禁断の香りがプンプンします(笑)
でも、何もなく帰って、それきり会うこともなかったというお話です。
村上春樹の短編でこのような一期一会を書いた作品が一番好きですね。
○5月の海岸線
『羊をめぐる冒険』にも埋め立てられた海に「僕」が立ち寄って物思いに耽るシーンがありますが、この短編で書かれている感情が元になっているのでしょう。
久々に帰郷した街が変わり果てていて、古き良きものが新しいビルや、大きな道路、利便性に押しやられていく・・・。
『羊をめぐる冒険』では、ジェイズバーが移転したエピソードなんかもありましたが、経済成長を遂げ資本の波が押し寄せてくる。
そんなやるせない気持ちが描かれています。
僕の実家の近辺も最近海が埋め立てられて、風景がすっかり変わってしまいました。
道路も広くなって便利になってはいきますが・・・。
やはり、生まれ育った街の風景が変わってしまうのは悲しいですね。
初期から90年代頃まで続く村上作品の「デタッチメント」は、こういう変わっていく変化の波に抗いたい村上春樹の気持ちが作品に投影されていたのかなと思います。
『1973年のピンボール』も変わっていき時代の波にさらわれてしまった古いピンボールを探し出す話ですしね。
消滅した海岸線を思い、立ち並ぶ高層住宅に向かって「僕」は言います。
僕は預言する
5月の太陽の下を、両手に運動靴をぶら下げ、古い防波堤の上を歩きながら僕は預言する。君たちは崩れ去るだろう、と。
何年先か、何十年先か、何百年先か、僕にはわからない。でも、君たちはいつか確実に崩れ去る。山を崩し、海を埋め、井戸を埋め、死者の魂の上に君たちが打ち立てたものはいったい何だ?コンクリートと雑草と火葬場の煙突、それだけちゃないか。
でも、誰が悪いというわけじゃないし・・・。
行き場のない怒りを抱えたまま僕は堤防でまどろみます。
目覚めた時僕はいったいどこに居るのだろう、と。
なんだか『ノルウェイの森』のラストシーンを彷彿とさせますね。
○スパゲティーの年に
スパゲティーを茹でていたら(実際にはゆでてませんが)電話がかかってくるなんて、『ねじまき鳥クロニクル』を彷彿とさせますが、村上春樹の小説の料理のシーンはどれもとても美味しそうですね(^O^)
レシピ本も出ているらしく、今度読みながら作ってみようかなぁ。
○図書館奇譚
これまた不思議なお話で、図書館の地下に降りていくとそこには博士と羊男がいて・・・。
全6回に渡って書いた、この本の中では一番長い物語です。
奥様のリクエストが連続物の活劇を読みたいだったそうですね。。
この作品を絵本にリメイク(?)した『ふしぎな図書館』も刊行されています。
羊男は大活躍ですね(笑)
5、終わりに
時系列で村上春樹の作品の読書感想を書いていっているのですが、間違えて『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の感想のほうを書いてしまいました(^_^;)
時代背景と年齢、前後の作品との関連を考えながら書いてみると、より作品への理解が深まるのではないかなと考えています。
今回、短編の『カンガルー日和』の感想を書いてみて、村上春樹が書く文章、物語の幅の広さに改めて驚きました。
これにエッセイ、翻訳、紀行文などもあるわけですから著書は膨大な数になります。
こういった色々なエッセンスを長編でごった煮にすると、不思議で謎めいた独自の世界観ができあがるのでしょう。
『スパゲティー』のような料理屋お酒を飲むシーンの描写があり、『彼女の町と、彼女の緬羊』『5月の海岸線』のように喪失感を抱えて自分がなくしてきたものに思いを馳せていると、『鏡』のように怪異が起こり、急に羊男や『かいつぶり』『あしか』みたいなものが出てきて物語が進行し始める。
それらが絶妙のバランスでひとつの物語として機能しているところが村上春樹のすごいところかもしれないと感じました。
早く次回作も読んでみたいですね!!
ぼちぼち短編集が刊行されるはずなので楽しみですね~。