ヒロの本棚

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【本】村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』

1、作品の概要

 

 村上春樹初の短編小説集。

1980年~82年に掲載された7編の短編小説が、1983年に刊行されたもの。

時期的には、「羊をめぐる冒険」と「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の間に刊行された。

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2、あらすじ

 

中国行きのスロウ・ボート

主人公の「僕」は、港街に住んでいたせいか中国人と知り合う機会が多かった。1人目は小学校時代の学力テストを受けに行った試験官、2人目はアルバイト先で知り合った女の子、3人目は高校時代の同級生で28歳の時に再会する。

「僕」は、3人との一瞬の関わりを叙情的に振り返り、遠い中国のことを思う。

 

②貧乏な叔母さんの話

ある日、突然貧乏な叔母さんが頭に浮かぶ。

8月の半ばに「僕」の背中に取り憑き、見る人によって違った姿に見えた。

秋の終わりには、いつの間にかいなくなっていた。

 

③ニューヨーク炭鉱の悲劇 

「僕」が28歳の時に立て続けに5人の人間が死んだ。

葬式があるごとに、友人に喪服を借りに行った。

彼は、嵐の日に動物園に行きたがる奇妙な習慣を持っていた。

「僕」は、とあるパーティーで女性と知り合い、一緒に「蛍の光」を聴き、そのまま別れる。

 

④カンガルー通信

デパートの販売管理課の男は、「36の偶然の集積」によってレコードの苦情の手紙を出した女性に個人的な手紙を書く事を思いつく。

うまく手紙を思いつかず、男はカセットテープに言葉を吹き込み「カンガルー通信」と名付ける。

 

⑤午後の最後の芝生

「僕」は、14~15年前の18~19歳の時に芝生刈りのアルバイトをしていた。

最後の仕事で行った家の依頼主が背が高いぶっきらぼうな中年の女だったが、「僕」の仕事振りを気に入り、ビールとサンドイッチを振舞うなどする。

帰る間際に、2階にある娘の部屋を見せられて、感想を求められる。

 

⑥土の中の彼女の小さな犬

雨の6月、「僕」は閑散とした海辺のリゾートホテルでどことなく佇まいが気になる女性と知り合う。

本をあげたり、一緒にビールを飲んだりして会話をするようになり、彼女の誘いで夜のプールで会って話すことになった。

彼女は、そこで誰にも言ったことがなかった、昔飼っていた犬の話をする。

 

シドニーのグリーン・ストリート

シドニーで最もしけた通り「グリーン・ストリート」で、「僕」は私立探偵をしていた。

ある日、羊男から羊博士から耳を取り返して欲しいと依頼される。

ピザ屋の可愛い女の子ちゃーりーの助けを借りて、無事(?)に耳を取り返す。

 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

 

村上春樹の初期の短編は、読んでなかったものも多くて、わりと最近に読んだ気がしますが、なかなか味わい深くて良い作品だと思いました。

特に、「中国行きのスロウ・ボート」「最後の午後の芝生」「土の中の彼女の小さな犬」が好きです。

 

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)

 

 

 

 

 

4、感想・書評

 

中国行きのスロウ・ボート

 

3人の中国人との関わりが、叙情的に描かれています。

この作品のタイトルについては、村上春樹自身が以下のように語っています。

 

「もちろん例のソニー・ロリンズの演奏で有名な『オン・ナ・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ』からタイトルを取った。僕はこの演奏と曲が大好きだからである。それ以外にはあまり意味はない。『中国行きのスロウ・ボート』という言葉からどんな小説が書けるのか、自分でもすごく興味があった」

 

短編の話は村上春樹自身の体験に基づいているものも多いのかな、と思うものも多いのですが、この作品もそのひとつです。

地元の芦屋には、中国人も多くいたのでしょうか?ジェイも中国人ですね。

 

淡々とした回想ですが、2人目の中国人との彼女の話はちょっと切ないですね。

彼女は言います。「いいのよ。そもそもここは私の居るべき場所じゃないのよ」 

日本に住む「外国人」として、傷つきながら生きてきたことが察せられます。

そして、バカバカしい間違いから、「僕」は2度と彼女に会えなくなってしまいます。

 

淡々と、3人の中国人との思い出を綴りますが、最後に消え失せて通り過ぎたことを思いながら、遠く中国の地に思いを馳せます。

ここの文章が美しく情緒的で、なんとも言えず良いです。

 

それでも僕はかつての忠実な外野手としてのささやかな誇りをトランクの底につめ、港の石段に腰を下ろし、空白の水平線上にいつか姿を現すかもしれない中国行きのスロウ・ボートを待とう。そして中国の街の光り輝く屋根を想い、その緑なす草原を想おう。

 

 

②貧乏な叔母さんの話

 

「僕」の背中に貧乏な叔母さんが取り憑き、他の人々にはそれぞれ違った姿に見えるエーテルのような存在という話で・・・。

うーん、つまんなくはないのですが、いまいちよくわからない話ですね(^_^;)

 

 

③ニューヨーク炭鉱の悲劇 

 

ビージーズの曲「ニューヨーク炭鉱の悲劇」からタイトルを取った短編。

「僕」に喪服を貸してくれる友達は、嵐の日に動物園に行く変わった趣味(?)をもっていますが、どんな感じなのか1回行ってみたいですね(笑)

 

この短編で立て続けに人が亡くなって、「僕」は借りた喪服で5回も葬式に行くことになります。

村上春樹の作品のいくつか(「ノルウェイの森」「ダンスダンスダンス」など)に濃い死の影を感じることがありますが、若くして何度も人の死に立ち会った経験(実体験だとしたら)が作品に反映されているのでしょうか?

 

夜の動物園の話や、パーティーで会った女性に「5年前に死んだ知人に似ている」と話しかけたり、どことなく暗いトーンの印象の短編だと思います。

 

 

④カンガルー通信

 デパートの販売管理課の男が、苦情の手紙を寄せた「あなた」に向けて延々とテープに独白を吹き込む話ですが、今の時代にこんなことしたら大変なことになりますね(笑)

話の内容は支離滅裂で、ちょっと狂気も感じますね(^_^;)

 

 

⑤午後の最後の芝生

 

すごくよくまとまってて、主人公の「僕」と中年の女性の一瞬の交流が淡々と描かれています。

ぶっきらぼうで気難しい中年女性が、徐々に初対面の「僕」に心を開き、娘の部屋に「僕」を招き入れます。

夫は亡くなったと書かれていますが、娘についての消息はここでは語られません。

 

状況からして、もしかしたら亡くなったのかなとも思えますが、女性は「僕」に部屋を見せて感想を語らせた後に2人は別れます。

別れ際に中年の女は「芝生が綺麗に刈られてたからさ、嬉しかったんだよ」とは言いますが、娘のことも、何故「僕」部屋に入れて感想を語らせたのかも、「僕」の感想についてどう思ったかも、一切を語りません。

「僕」もそのことについては一切触れずに最後の芝刈りを終えます。

 

うまく言えませんが、謎を残したまますれ違っていく感じがとても好きな短編です。

14~15年経って思い出すように「僕」にとって印象的なエピソードではあったのでしょう。

そんな「一期一会」をうまく表現した作品で、人生は往々にしてこういう一瞬の邂逅とすれ違いの連続で、たくさんの謎が手付かずで残っていくことを表現しているのかなと感じました。

 

うん、とても好きな作品です。

 

 

 

⑥土の中の彼女の小さな犬

 

建物の描写や、人物のしぐさ、心理描写などが細かく書き込まれた短編だと思います。

 

ガールフレンドにすっぽかされて、一人でシーズンオフのリゾートホテルに泊まる。

しかも、雨が降り続けるというこの上なく鬱屈した状況(笑)

こういった限定的な状況で、「僕」と「彼女」の旅先での一瞬の心の交流を繊細に描いていると思います。

2人のやり取りが、まるでポーカーをやっているかのように探り合い読み合っている感じが良いですね。

 

プールで「彼女」から、誰にも言ったことがない飼っていた犬についての打明け話を聞きますが、犬の死にまつわる話でした。

死を連想させる夜のプールで、死について語り合うのはおあつらえ向きな状況ですね。

完璧な舞台装置です。

死の匂いは、生あるものにも染み込んで侵食していく。

 

「彼女」と分かれてから、「僕」は何度もガールフレンドに電話します。

死の影を払って、生あるものと必死につながろうとしている姿に感じました。

 

 

シドニーのグリーン・ストリート

おなじみの羊男と、羊博士が出てくるファンタジーな短編です。

うーん、このタイプのファンタジーな短編はあんまりピンとこないですね(^_^;)

ちゃーりーが逞しいと思いました(笑)

 

 

 

 

5、終わりに

 

今回、短編集の感想を書いてみて、短編集のことを書くのってわりと難しいかもと思いました(^_^;)

割り切って、あまり好きじゃない話は露骨に端折ってみました(苦笑)

 

でも改めて、村上春樹の作品は短編も良いものが多いなと思いましたよ。 

来年あたり新しい短編集が出るんじゃないかと思っているので、楽しみです。

 

 

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