ヒロの本棚

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【本】中村文則『その先の道に消える』~歪に交差する運命~

1、作品の概要

 

『その先の道に消える』は、中村文則の長編小説。

2018年10月30日に、朝日新聞出版より刊行された。

246ページ。

小説トリッパー」2015年夏季号~2018年秋季号に連載された。

2021年8月6日に文庫版が刊行された。

緊縛、神道をテーマに2人の刑事の視点から、事件の謎を追うミステリー作品。

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2、あらすじ

 

アパートの一室で殺された吉川という緊縛師の男。

重要参考人として名前があがったのは、刑事の富樫が惹かれていた女性・桐田麻衣子だった。

自らの立場を利用して、麻衣子の疑惑を逸らそうと偽装工作をする富樫。

吉川の部屋の契約者になっていた伊藤亜美が捜査線上に出てくるが、事件はさらなる混迷を極めていく。

富樫に疑いの目を向けるベテラン刑事の葉山。

そして、事件は思わぬ方向へ展開し、底の見えない闇が噴出していく・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

『教団X』以降、すっかり中村文則ファンになっていた僕は、新刊即買いしていたので、この『その先の道に消える』も発売日にGETしました。

物語のベースに幼少期の生育環境からくる歪み、犯罪、暴力などがあるのは中村文則の普遍的な物語の構成要素なんですが、今作ではさらにSM、神道の要素がテーマとしてあげられていました。

6年半ぶりの再読でしたが、深い闇へと続く運命の螺旋を感じさせられるような、昏い魅力を湛えた作品だったかと思います。

 

 

 

4、感想(ネタバレあり)

①ミステリーでスリリングな物語、富樫の人間性

普段、ミステリー小説をあまり読まないのですが、中村文則のミステリー路線の作品は物語の展開がスリリングで好きです。

そこに登場人物たちの歪みが重ねられているところが、中村文則的で惹かれるところですね。

『その先の道に消える』でも、そのミステリー×純文学ともいうべき、ハイブリットな物語が展開していきます。

 

富樫は、幼少期のトラウマで歪んだ性癖を内に抱えて、不安定な心で生きている人間です。

中村文則作品ではこの手の主人公がよく出てきますが、共感するとまではいきませんが、彼らの幸運を祈りたくなるような脆弱でセンシティブな存在です。

そんな不安定で、ぐらぐらと揺れながら生きている人たちって、同じようにどこかに歪みを抱えている人間からみると一発で同類ってわかっちゃうんでしょうね。

富樫が、聞き込みにいったハプニングバーでも店長に親近感を覚えられたりとか。

いや、どっちがわの人間やねんっていう。

 

刑事ものは、『その先の道に消える』のまえに『あなたが消えた夜に』でもやりましたが、あの時の主人公よりさらに危うく不安定な感じがします。

好きな女のために証拠を偽装しようとしますしね。

いや、それあかんでしょ、っていう。

 

でも、どこか悪に染まりきれないというか、煮え切らなさを感じます。

なにかもっと大きなものに、運命を翻弄されているような。

実際に、彼はYの掌で踊らされているのですが、その矮小さと運命を握っている悪の気まぐれな暴力性が中村文学独特で、濁流に吞み込まれていく1枚の木の葉を眺めているような気分にさせられます。

 

②SM、緊縛

SMネタが前面に出ていることもあって、中村文則史上最も性的な作品であるのが『その先の道に消える』だと思います。

一歩間違えればフツーにエロ小説なレベルですな(笑)

SMの趣味は残念ながらないので、「うわーエグイなぁ」とか思いつつ読んでいましたが、緊縛時の心理や意味については興味深かったです。

 

SMをテーマに小説を書くとか、エロいだろ!!

この中村エロ則がっ!!

って、思うかもしれませんが、彼がこのテーマに辿り着いたのには理由がありそうです。

インタビューでは、こう答えています。

「緊縛の世界は奥が深く、これは純文学だと思いました。悪も善になり、苦痛も快楽になる。被虐と加虐、すべてが逆転する。善と悪の境界線を書いていた人間にとっては、いいところにたどり着いた、と」

 

谷崎純一郎も、マゾヒズムについて書いていたかと思いますが、緊縛の世界ではある意味での逆転現象が生じて、ある意味では純文学だと中村文則は言います。

たしかに興味深いですね。

善悪が逆転して、苦痛が快楽に、加虐が被虐になる世界。

人間の精神の多面性と、複雑性がそのような不可思議な現象を可能としているように思います。

 

③麻縄と境界、神道について

緊縛の麻縄に使われている縄の原料が大麻草で、大昔の神道の儀式では大麻が使われていただろうこと、しめ縄など神社で境界を作っているところには麻縄が使われていることから緊縛から神道へと繋がっていきます。

いや、まさかの展開です。

『列』のあとがきだったと思うのですが、中村文則原始神道に興味があって、それをテーマに作品を書いてみたいと言っていました。

自然を崇拝したアニミズム的な初期の神道が描かれるのでしょうか?

 

麻縄と日本人の密接な関係性。

縄を使った神域と境界。

いや、これだけ縄について意識させられたことはなかったですね。

古代神道では、大麻を使った儀式でシャーマンが神と接続していたであろうこと、近しいもんが亡くなった時の北ユーラシアを吉川が模倣したことなど、興味深い事実が物語の中に織り込まれていて面白かったです。

 

吉川の縄への異常な執着。

緊縛師としては才能はなかったのかもしれませんが、縄が動きたいように縛っていくというところが気持ち悪くてゾクゾクしましたが、あまり友達になりたくないタイプですね(笑)

 

④歪みを抱えた人たち

単行本で246ページと、『その先の道に消える』は長編としては短めの作品ですが、富樫、葉山、桐田、吉川、山本、Yと、幼少期のアレコレや、自らの性癖なんかで歪みを抱えてしまった人たちがたくさん出てきます。

これだけ歪んじゃった人たちが勢ぞろいしている作品は、いかに中村文則作品と言えどあまりなかったように思います。

登場人物、全員悪人みたいなキャッチフレーズがなんかの映画でありましたが、全員変人みたいな(笑)

初期作では、幼少期の体験がもとで歪んでしまった主人公が描かれていましたが、近作ではそれぞれの理由で歪んでしまった人たちの人生と運命が交差するさまが描かれていえて、ちょっと詰め込み過ぎちゃうんかなと思ったりもしなくはないんですが、登場人物たちの魂が呼応しながら、うねりのように物語が展開していくさまが素晴らしく、ページをめくる手が止まらなくなります。

 

今作では、1部の主人公だった富樫がYに殺されて、2部は葉山が主人公になりますが、初読時はだいぶサプライズでした。

えっ、主人公死んじゃったけど・・・。

どうなるん?的な。

富樫は中村文則の小説の主人公でよくいるタイプでしたが、葉山は中年のダンディーで1匹狼的な優秀な刑事という感じで、彼が主人公の2部は新鮮な感じがしました。

 

中村文則の小説でよく描かれる「悪」の存在ですが、他人の運命を気まぐれで翻弄したりする力を持った存在として描かれています。

『その先の道に消える』では、Yが悪であり、一連の事件の犯人なのですが、精神的に崩壊寸前で熟して腐る一歩手前の悪という感じです。

ちょっと『教団X』の教祖っぽいテイストでしたね。

 

桐田麻衣子のほうが、ある意味では悪というか、危険な存在なように感じますし、自分の運命に復讐するために無邪気に男たちを破滅させているような危うさを感じます。

両親が亡くなって、美しかったために引き取られた先で性的虐待を受けて自傷行為を繰り返すようになる。

気の毒な生い立ちなのですが、美しく成長した彼女は関わる男性を次々に破滅させる存在になっていきます。

どこか、底が見えずに甘やかな毒を感じる魅力的なキャラクターですね。

彼女と葉山のやり取りの場面は面白かったです。

 

多くの人が混乱のうちに死んでいく物語でしたが、救いや希望はなかったのでしょうか?

解放、というワードがすごく印象的に使われていたように思いますが、性を通じて生を開放するような印象が強くありました。

富樫も麻衣子と交わりながらYに殺されますが、今わの際に、多くの男に抱かれてゴミくずのように死んでいった自分の母親を肯定したかったことに気付かされます。

富樫が、恐らく抱えていた問題。社会から外れていた母親を肯定し幸福にしたかったという願望と、母親を抱いた男達と同化し、自分も抱いてしまいたかったという願望。桐田を逃がそうとする時、抱いている時、富樫は自分の存在を、二つの矛盾をそのまま解放したのだろうか。富樫の二つの靴が脳裏に浮かんだ。縄も使ったかもしれない。消えようとする者を、繋ぎ留める縄。

消えようとする者を、繋ぎ留める縄。という言葉もとても印象深かったです。

縄で縛るという行為をさまざまな角度から表現した作品でしたが、一番心に刺さる縄の使い方でした。

 

山本真理がYが死んだことによって多額の負債が消えて、再生のきっかけを得たのは唯一の希望だったかもしれませんね。

Yが所持していた150万円の現金も彼女に渡して、でも2度と会うことはないだろうと、思っている葉山はどういう心理なのでしょうか?

ただの役割、この世界の歯車のひとつになっているような感覚だったのかもしれません。

彼も、Yに同類と見なされるほど、恋人の響子を失ったことでこの世界への執着を失ってしまっている。

 

麻衣子と葉山がすれ違っていくラストは、ハードボイルド小説のラストみたいに少し寂しい感じで良かったです。

最後の一文が本当に見事で、鳥肌が立ちまくりました。

また瞬きをする。一度、二度。彼女が消える。その先の道に。

 

 

 

5、終わりに

 

『その先の道に消える』は最近出た本だと思ってましたが、もう6年半前なんですね~。

いや、時の経つのは早いものです。

物語の後半で吉川の手記が出てきて、中村文則は手記がしゅきだな~って、ダジャレまじりに思いました。

手記の使い方において、文壇で右に出る者はいないでしょうね(笑)

hiro0706chang.hatenablog.com

 

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