ヒロの本棚

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【本】中村文則『あなたが消えた夜に』~人を殺すことでこの世界から弾かれる~

1、作品の概要

 

『あなたが消えた夜に』は中村文則の長編小説。

2015年5月に単行本が刊行され、2018年11月に文庫が刊行された。

毎日新聞2014年1月4日~11月29日に連載された。

単行本で431ページ。

警察を主人公に描いた初めての作品。

連続通り魔殺人事件の容疑者「コートの男」を追う2人の刑事の物語。

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2、あらすじ

 

市高署の所轄内で起きた連続殺人事件を追う刑事の中島は、捜査一課の女性刑事・小橋とコンビを組み「コートの男」を捕らえるべく捜査を開始する。

2人は、女性を刺した男・高柳を逮捕し、上層部は彼を「コートの男」として事件を収めようとする。

しかし、次々に現れる模倣犯、自分が「コートの男」だという遺書を残して自殺した医師の米村の存在もあり、捜査現場は混乱していく。

事件の裏側には多くの人間の愛憎と狂気が入り混じっていた・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

『あなたが消えた夜に』は、『教団X』でめっちゃ中村文則にハマって新刊で刊行されていたものを本屋で見つけて買って読みました。

これ以降の作品は発売日を待ちわびて買って読むような、立派なナカムラーになってしまいました(笑)

『あなたが消えた夜に』というタイトルにもなんだか惹かれました。

今回、たぶん3度目の再読のはずですが内容をすっかり忘れていて初読のようなハラハラドキドキのテンションで読めました。

忘れっぽいのも悪いことばかりではありませんね(笑)

 

 

4、感想(ネタバレあり)

中村文則流ミステリー路線の最高峰、初めての警察小説とバディ

『迷宮』から試みられた中村文則のミステリー路線作品。

純文学×ミステリーの融合、ハイブリットへの挑戦は、『去年の冬、君と別れ』を経てこの『あなたが消えた夜に』でひとつの到達点に達したように思います。

ある種この3作品でミステリー3部作と呼んでもいいかもしれないですね。

『消滅』や『その先の道に消える』もミステリー要素がある作品だとは思いますが。

 

僕は普段あまりミステリーを読まないので、ミステリー好きの人が読んだらどう思うのかわかりませんが、中村文則のミステリーっぽい作品は事件に到る人間ドラマが丹念に描かれかれていて、被害者も含めて事件に関わった人たちの内面がしっかりと描写されているところがとても好きです。

犯罪心理学を学んでいたことも、小説を書く上で生きてきているのでしょうか?

431ページというボリュームもあり、多くの登場人物の想いと人生が絡み合って、絡み合いもつれ合った糸のような複雑な事件を生み出しています。

 

そんな複雑な事件を追う中島と小橋のバディ。

この2人のやり取りが軽妙で長編作品では珍しく笑いもある作品になっています。

小橋のキャラがめっちゃいいですね~。

中村文則の作品で、バディものってあんまりなかったので新鮮でした。

 

そして、警察という組織の良くないところや、事件を増長し模倣犯を生み出してしまうマスメディアとSNS、そしてそれを見る一般大衆。

犯罪をより悪い形で伝播させてしまう現代社会の病理についても描かれているような印象でした。

 

②やっぱり病んでる主人公、中島が抱えているもの

ミステリー路線になろうが、コメディ路線になろうが、主人公がもれなく暗い何かを抱えて精神を病んでいるのが中村文則作品です。

多くが家庭環境だったり、愛されなかった体験だったりして、他の作品でも同じモチーフが使われますが、精神的な歪みやひずみは、家庭環境や幼児期の体験に依存するところが大きいということでしょうか?

 

中島も毎週水曜日に父親が自宅で愛人とよろしくやっている環境に苛まされていました。

そんな環境から抜け出すべく彼が取った手段は、虐待されていてクラスでもハブられている少年と仲良くなって彼を利用することでした。

どこまでが無意識で、どこまでが意識的な行動だったのでしょうか?

中島が、彼の家にライターを忘れたこと、木曜日だったキャンプの日を間違えて水曜日に出かけたこと。

 

ここで『教団X』でも用いられた脳科学のことに触れられます。

脳の錯誤について。

過失だった行為も、実は無意識の欲求の現われかもしれない。

たとえば、仕事をしたくなくて家に会議の資料を忘れてしまうとか。

無意識化でしてしまった行動は自分の隠された欲求かもしれず、それは自分の脳の中に違う人格を住まわせてしまっているような危険な状況なのかもしれません。

 

友人が中島の家に火をつけて、バーターとして中島も彼の家に火をつけて虐待から救済するはずだったのに中島はそうせずに結局友人が殺されてしまう。

彼の死体を見て安堵と喜びの感情を覚える中島。

ああ、これで自分の家を焼くように彼を仕向けた自分の罪が露呈することはない・・・。

 

それ以来、夢の中に繰り返し現れて彼の精神を蝕む友人の姿は、『悪意の手記』のKのようでした。

しかし、彼の働きによって中島が父の元から離れて精神的な安寧を手に入れたのは事実。

それがたとえ、別の泥沼へと足を突っ込むことになったのだとしても、です。

 

刑事になって犯人を捕まえようとする中島は、かつての自分を捕まえる=一線を踏み越えて自分の悪を規定してしまおうとする誰かを踏みとどまらせる、ように見えます。

それが、無自覚的な部分もあったものの、誰かを損なってまで為した自らの悪への償いであり、そうして変容してしまった自分への救済なのかもしれないと思いました。

 

③歪んた恋愛の果てに起こる悲劇

犯罪にもいろいろな形があるかと思います。

例えば、誰かを騙して損なって、自分が利益を得るもの。

殺人でも、詐欺でも利益のために行われるものも多いでしょう。

あるいは、一時の感情が抑えられなくて犯してしまう罪。

突発的な殺人や、事故など。

 

『あなたが消えた夜に』で犯される罪の多くはそのどちらでもなく、愛する誰かのためのものだったり、無抵抗のまま力づくで損なわれてしまい追い詰められた精神からのものだったりします。

とても悲しい罪。

誰ひとりとして、私利私欲のために罪を犯しているのではなく、罪を犯した人間は例外なくその重さから心に深い傷を負ってしまいます。

 

そこがまた中村文則的で良いのです。

竹林を殺した横川は、夫からDVを受けていて、竹林からは卑劣な手段で強請られていましたし、そんな彼女を助けようと林原は歪んだ愛情から連続通り魔殺人事件を作り出します。

吉高亮介は、椎名めぐみをクリスチャンとしてあの世に送るために自殺を他殺と置き換え、彼女を追い詰めて損なった者たちへの復讐を試みます。

しかし、被害者も加害者も誰しもが孤独でもれなく歪んでいて、劣悪な環境で育ってきた人間ばかり・・・。

彼らを追う中島と小橋も心に深い傷を負っています。

 

なので、謎が解けて犯人を追う時も高揚感はなく、もれなく悲劇的な終結を迎えていきます。

Sympathy for devil状態です。

最近、イヤミス(読後に嫌な気分になるミステリー)という言葉をよく聞きますが、中村文則のミステリーはAlways3丁目のイヤミスですね。   

 

ただ、吉高の犯行を全て行わせなかったのは中島と小橋の活躍からによるプレッシャーもあったかもしれませんし、科原の自死を思いとどまらせたのは、中島の電話だったことを考えると、この作品でもやはり最後に一握の希望が提示されたのではないかと思います。 

 

④性依存、DV、虐待、共依存、洗脳、そして神のよそ見。

はい。

今作も様々な心温まる(?)テーマがたくさん散りばめられています。

横川は夫からDVを受けてましたし、中島の友人は苛烈な虐待からついに親に殺されてしまいます。

横川めぐみは母親から憎まれ父親と交わってしまうことで、性依存に陥るように米村に洗脳されてしまいます。

そんな横川めぐみを救おうとして、しかし自らも母親から思うように愛情を受けられずに精神的に不安定だった吉川は、共依存に陥りお互いに損ないあうようになります。

 

『掏摸』『王国』の絶対的な「悪」として描かれている木崎のような圧倒的な悪はおらず、みな不安定で歪んでいます。

真田や米村も狂気を感じさせる存在ではありますが、彼らなりの地獄を抱えていて、めぐみの死後には生きることへの意味すら失ってしまったように見える。

やむなく罪を犯してしまう人間の悲しい運命。

犯罪者を絶対的な悪として描かずに、どこか虚無的な存在として描いたのはそのような哀しい存在を描きたかったからなのではないかと思いました。

 

この作品に名探偵(絶対的な善)はいませんでしたが、木崎(絶対的な悪)もまたいませんでした。

お互いに何かを抱えて傷つき歪み不安定な存在たち。

そんな弱さを抱えた人間たちが罪と罰を通して交錯していく。

そんな悲しいミステリー作品だったのだと思います。

 

事件の黒幕の殺人鬼であったはずの吉高は、人を殺すことで精神的なバランスを崩し、自分でも気づかないうちに常軌を逸していきます。

覚悟もないままに一線を踏み越えた人間がどうなってしまうのか?

人を殺すということはどういうことなのか?

『悪意の手記』でも繰り返し触れられたテーマが『あなたが消えた夜に』で再びより鮮明に触れられているように思います。

なぜなら、僕には笑う資格がないから。人間を殺してるから。他のみんなと同じように、ああいう生活の風景を感じる資格がないから。僕は弾かれているから。この世界から、ああいった、温かなものから、僕は弾かれているから。

道徳の教育で「なぜ人を殺してはいけないか?」というテーマの授業でぜひこの作品を使って欲しい。

先生は「なぜ人を殺してはいけないのですか?」と言う生徒に、「この世界から、温かなものから、永遠に弾かれてしまうから」と悲しそうな目で言ってほしい。

そういった教育をしていれば、あの北海道の事件だって・・・。

いや、すみません脱線しました。

 

覚悟もないままに一線を超える。

中村文則作品で罪を犯す瞬間によく使われる表現ですが、子供のころに飛び込み台から海に飛び込んで遊んでいた時のことをよく思い出します。

結構な高さから飛び込んでいましたが、なかなか決心がつかずに飛び込み台で躊躇している。

飛び込む一歩手前まで進む。

その先の何センチか踏み込めばたったそれだけで自分が置かれている状況が変わってしまう。

取り返しのつかないままに。

ふと、足を数センチ前に進める。

そして、抗いようもなく海面へと僕は落下していく、覚悟もないままに。

しっかりと覚悟を固めるのを待っていると先に進めないし、一線を超えるほんの少しはいつも無自覚なままに踏み越えていくものなのかもしれません。

そして、一度踏み越えてしまうと決して後へは戻れない。

そんな重力のようなものがあるのかもしれないと思います。

 

吉高がめぐみと出会って、そして破滅していくさまを全て書いた手記の内容が第3部に書かれていますが、物語の世界では自身の手によって燃やされて中島たちは真実を知ることはできません。

なんかそのへんの演出も心憎いなと思います。

そして前半はミステリー路線ではらはらどきどきさせながら、後半は中村文則的な『罪と罰』で犯罪の全容と吉高が堕ちこんでしまった地獄を描く・・・。

素晴らしい作品でした。

 

 

 

5、終わりに

 

ブログで本を読んだ感想を書くのってぶっちゃけしんどいですし、この時間があったらもう1冊読めるなといつも思うのですが、それでも感想を書くために作品を向き合う時間は多くの新たな気付きを与えてくれます。

読んでいて「よくわからん作品だな」と思っていたのが、ブログで感想を書いたあとは「そういうことだったのか!!素晴らしい!!」と変化することがあります。

『あなたが消えた夜に』もそんな感じで感想を書いているうちに、より深く作品の世界観にはまりこんでいく自分がいました。

初読でサクっとそんなインプットができればいいのですが、僕は不器用なのでなかなかそうもいかないようです(笑)

しかし、不器用なりに時間をかけてでも咀嚼して自分が感じたことを表現できたらと思います。

hiro0706chang.hatenablog.com

 

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