1、作品の概要
『N/A』は年森瑛の中編小説。
2022年6月22日に刊行された。
『文學会』2022年5月号に掲載された。
第127回文學界新人賞受賞作品。
単行本で120ページ。
他者との関係性、周囲からの安易なカテゴライズに悩みながら自己を模索する女子高校生の物語。
2、あらすじ
高校2年生の松井まどかは、出血することを嫌って食事を制限して低体重になることで、月経を止めていた。
女子高ではボーイッシュで高身長なまどかは、「松井様」と呼ばれて、同性から憧れの目で見られていた。
以前同級生の男子と交際してうまくいかなかった経験をもつまどかは、それ以来恋愛をすることもなく、ただ「かけがえのない他人」を探していた。
そんなまどかの前に現れた実習生のうみちゃんに交際を申し込まれて、「お試し」でお付き合いすることにするが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
少し前に、Xでよく読了ポストを見かけていたので少し気になっていました。
うっすらLGBTを扱った作品なのかな?と思っていました。
図書館で特にこれといって強く読みたいものがなくて、ざーっと本棚を見ていた時に見つけてゲット。
どことなく村田紗耶香を思わせるような普通で自分らしくあることと、世間の目との乖離を描いたような作品だと感じました。
4、感想
はじめLGBTをテーマとして扱った作品なのかなと思いましたが、そうではなくただ普通に自分らしくあることの難しさ、生きづらさを取り扱った物語だと感じました。
例えば生理に関してもまどかはただ出血するのが煩わしく、そのために栄養を制限してまんまと生理を止めています。
もともとが低体重であったため、その試みはそれほど強い努力を要さなかったのですが、母親はそんなまどかの真意とは離れたところで心を痛め、おそらく大きく的外れな心配を(例えば心の病など)しているように思います。
まぁ、成長期なのに生理が止まってしまうほど栄養が摂れていなかったら親としては心配になるのは当然なのですが、まどかの母親はそのことを正面から話し合ってまどかの真意を聞くのではなく、あれこれと心配して保健室の先生に面談を依頼したりします。
本当は真っ先にまどかがどういうつもりで栄養を摂っていないのかを聞いて、お互いに思うところを話し合うべきなのでしょうが、まどかの母親はそれをせずに外側からまどかの気持ちを勝手に推察して対応しようとしてしまう。
自分の常識や世間一般の常識に照らし合わせて、まどかを理解しようとしてしまっているように感じました。
悲しいまでの圧倒的なディスコミュニケーション。
しかし、現代社会の日本においては実はよく見られる現象で、ただ普通と違うありのままの自分を貫くことが時に困難で、周囲に勝手に解釈されてしまう。
それは、相手の心のうちに不用意に踏み込まないふわっとした曖昧な優しさでもあるのだけれど、そうすることでのディスコミュニケーションと無理解が、まどかの本当の姿を透過してしまう。
翼沙も、友人思いで優しいのだと思うけれど、ツィッターのうみちゃんがやっているらしアカウントで見かけたまどからしき存在を見て、まどかをレズビアンと認識して対応に悩み、彼女が本当はどう考えてなにを感じているのかまで踏み込むことができない。
いや、でも同じことが高校生の自分に起こったら絶対に踏み込めないよなぁ、とも思ってしまう。
呼び出して、勇気を持って面と向かって伝えてあげただけ素晴らしい対応だっと言えるかもしれませんね。
そして、SNSの中で社会の偏見と闘い続けるレズビアンのカップルとして、勝手にうみちゃんにカテゴライズされて、あげくに同じようなLGBTの人たちに励まされて、自分の意図しない異質な存在に変容させられている。
まどかが感じた生理的嫌悪は、度し難いものがあったのではないでしょうか?
他者の気持ちを存在を自分の都合の良いように解釈し、自分の都合の良い物語の中の人物として咀嚼してしまう。
気持ち悪いことですが、SNSに投稿するかどうかは別としてこのようなすれ違いや齟齬はこの社会でいたるところで繰り広げられているように感じました。
だけど、相手の内面に不用意に飛び込むことは傷つけてしまうかもしれないと思うし、こわい。
だから、距離を取って「丸っこくてやさしい言葉」を投げかける。
そうして相手の本当の姿がわからなくなる。
「はりねずみのジレンマ」みたいな話ですが、現代におけるコミュニケーションの難しさ、普通から少し逸脱したありのままの自分を理解してもらうことの難しさを改めて感じさせられるような作品でした。
5、終わりに
タイトルの『N/A』は略語として使われる英語の表現らしく、「Not Applicable(該当なし)」「Not Available(利用不可、入手不可)」を意味するらしいです。
『N/A』は、おそらく「Not Applicable(該当なし)」のほうの意味でしょうか?
様々な既存の枠に自分を当てはめようとする周囲の人たちに対して、該当なしと答えているまどかの姿が想像させられました。
年森瑛は、『N/A』がデビュー作のようですが、続作にも期待したいです。
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