1、作品の概要
『地球星人』は2018年に刊行された村田沙耶香の長編小説。
キノベス!!2019年第3位。
工場で生産される地球星人たちと、その常識に抗いポハピピンポボピア星人として覚醒した3匹の物語。
2、あらすじ
小学4年生の菜月は、いとこの由宇に自分は魔法少女であることを打ち明け、代わりに彼が宇宙人であることを教えられて恋人同士になった。
塾の先生の伊賀崎先生にされた性的な行為により傷ついた奈月は、秋級の祖父の葬式で再会した由宇と結婚し、性交するが大人たちに見つかり厳しく罰せられてしまう。
由宇と立てた誓い「なにがあってもいきのびること」を胸に生き続ける奈月は彼女を性的に損なおうとする伊賀崎先生を乖離した感覚の中で殺害してしまう。
時は流れて34歳になった奈月は、お互い周囲の支配から逃れるために仮初の契約結婚をしていた。
2人は地球星人たちの工場の支配から逃れるため、由宇を巻き込み秋級の家を目指すが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
村田沙耶香は、あまり感想を書いていませんが、とても気になる作家でだいぶ読んでます。
ただ読むには勇気がいる作家の一人ではありますし、読んでいて苦しくなることが多々あります(^_^;)
あまりにも無防備に、真摯にこの世界の常識とそれにまつわる問題に切り込んでいくその文章に表現に胸が苦しくなります。
精神的にもそうですし、あまりにも直接的な表現に生理的嫌悪が止まらなくなるのですが、でも目を背けることはできませんし、定期的に彼女の作品を読みたくなってしまいます。
読みやすくて、幸せな気分になる読後感のある作品も良いのですが、こんなに嫌な気分になってしまうんだけど、どこかになにかに届くように精一杯物語を綴っている村田沙耶香という作家に対して親近感を感じてしまいますし、時々この世界を覆っている欺瞞と対峙したくなるときに彼女の作品を手に取ります。
そんなわけで、図書館でたまたま『地球星人』を見かけた時に「ああ、そろそろだな」とか思って毎年なる秋の果物を収穫するみたいに読みました。
4、感想・書評
今作も「クレイジー沙耶香」が炸裂しています。
しかし、既成概念と同調圧力に塗り固められたこの国の常識と普通に対して彼女が問いかける「なぜ」は鋭く無垢で純粋な視線で発せられているように思います。
「普通」や「常識」に純粋な視点でNOを突きつける物語を描いたらたまたまクレイジーになっちゃった☆
てへぺろ☆
ってな感じもするんですよ。
別に村田沙耶香は奇をてらっているわけでもなく、「狂気」を描こうとしているのではないと思います。
そこが逆に1週回ってクレイジーな気もしますが彼女の問いかけは多くの作品で一貫しているように思います。
それは彼女自身がわりといいお家柄で生まれて、プロトタイプな男性受けする女性(ピアノを弾いて、料理が上手で、三つ指ついて旦那様の3歩後ろを歩くような女性)になるように育てられたことに起因しているのかもしれません。
実際に彼女自身がそうなろうと努力してアイデンティティークライシスに陥り、そこから自我を再獲得する。
村田沙耶香が描く物語にはそんな彼女自身の「闘争」が描かれているように思いますし、『地球星人』では「工場」という表現を通してより直接的に描かれているように思います。
田舎に住んでいたり、長男だったりすることもあるかもしれませんが、僕自身の感覚は結婚や家庭に関しては実は保守的な人間だと思います。
恋愛をして、工場の一員として地球星人を生産する。
そうして世界の部品になる。
ただ僕としては世界はどうでも良くて、「家族」の価値観が大きかったようにも思いますし、ある意味では立派に洗脳されたのだと思います(笑)
大学生の時に母親に、「俺は結婚もしないし、子供なんて作らない」と言ったら「非国民!!」という答えが返ってきて驚いたことがあります。
非国民って(笑)
ただ自分はそういった保守的な考え方を持っているけど、例えば自分の子供が結婚や出産に対して違う考え方を持ったとしても受け入れる余地はあります。
実はゲイだったってこともありえると思いますし、結婚して幸せな家庭を築いて欲しいと思う一方で自分らしく自由に生きて欲しいとも思うのです。
だから、この物語で奈月が感じる同調圧力への強い反発もよくわかるし、自分を異星人と感じることでこの世界の工場の一部であることを逃れようとしたことも理解できます。
家族との価値観の相違や、幼年期の性被害、解離性障害、結婚の多様化・・・。
今後起こりうる問題を絡めながら「異星人の目」をもとに現実を切り裂くように純粋に突き進む3匹の物語は、やがてラストで「地球星人」たちの常識とは大きなギャップを生むこととなります。
ちょっとラストはキツすぎて半ば読み飛ばすようにページをめくりましたが、そんあ『ひかりごけ』を彷彿とさせるようなカリバニズム的な内容も、「地球星人」を脱して異星人としての「普通」に即せば何ら異常なことではなかったのだと思います。
フラットに考えれば異常性すら感じて「狂気」を連想する作品になるはずなのですが、僕は読んでいてこの物語に、3匹のポハピピンポボピア星人たちに「狂気」は感じませんでした。
純粋に異星人として生きる、地球星人としての普通を疑うことでたどり着いた地平。
それは猟奇殺人と世間では言われるかもしれませんが、彼女らポハピピンポボピア星人からすると当然の合理的行為だったのでしょう。
5、終わりに
芥川賞受賞後に発表された作品がこの『地球星人』でした。
どんだけ攻めとんねん(๑≧౪≦)
全盛期のライアン・ギグスのドリブルぐらいキレキレでした。
『地球星人』を読んで村田沙耶香はとても純粋で誠実な作家で。
自らが感じているテーマを形を変えて、物語として表現し続ける作家なのかなと思いました。
特異とも言えるその純粋さと率直さで、時には「クレイジー」と呼ばれながらブレずに突き進み続ける。
彼女の描く物語がいつしか「常識」を破壊して、誰もが寛げる「みんなの普通」に辿り着くその時まで。
僕は彼女の小説を読み続けたいと思います。