ヒロの本棚

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【本】村田沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』~静謐な暴力~

1、作品の概要

2020年2月に刊行した短編集。

 『小説 野生時代』に掲載された。

全4編。

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2、あらすじ

①丸の内魔法少女ラクリーナ

小学3年生の時に魔法少女ごっこラクリーナを始めたリナは、36歳になっても妄想の世界で魔法少女であり続けていた。

一緒に魔法少女をしていたレイコ(マジカルレイミー)は、DV彼氏の正志が悩みの種。

リナは二人を別れさせようとするが、正志が2代目マジカルレイミーとして人助けをすることになる。

 

秘密の花園

千佳は、大学の知人の早川くんを監禁している。

イケメンで女性に対して支配的な早川くんは、監禁されている立場だが逆に千佳に対して支配しているかのように横暴に振舞っていた。

約束の1週間の監禁生活の果てに、千佳の真意が明らかになる。

 

③無性教室

校則で『性別』を禁止されている高校に通うユートは、男女どちらの性別かわからないようにされたクラスメイト達と日々を過ごしていた。

性別と性癖を超えて募っていくセナへの恋慕は、周りの人間を巻き込み、やがて一つの事件を起こす。

 

④変容

 夫にも勧められてファミレスのパートを始めた真琴は、怒りの感情を持たず、「なもむ」という自分の知らない言葉を連発するアルバイトの同僚で大学生の高岡くんと雪崎さんに違和感を感じていた。

親友だった純子も自分の知らない間に変容していてパブリック・ネクスト・スピリット・プライオリティ・ホームパーティーなる奇妙なイベントを主催していた。

夫さえも異質で変容した人間に思えて、真琴は以前忌み嫌っていたセクシー五十川を頼るが・・・。

 

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ

久々に村田沙耶香さんの本を読みましたが、相変わらずのぶっ飛び具合で楽しく読めました(笑)

前から珍妙なタイトル『丸の内魔法少女ラクリーナ』に惹かれていましたが表題作ももちろん、他の作品も彼女の「普通」に対して疑問を呈する物語に惹かれました。

ちょっと読んでてしんどい時もあるのだけれと、やっぱり気になる作家の一人ですね。 

 

 

4、感想・書評

 ①丸の内魔法少女ラクリーナ

うん、初っ端からブッ飛んでますね(笑)

クレイジー沙耶香の面目躍如。

魔法少女ごっこを妄想世界で36歳になっても続けているなんてとってもクレイジー

 

でも、主人公のリナなりの処世術というか、より良く生きていく為の工夫なのかなとも思えてきます。

リナは例えば、就業直前に理不尽な残業を持ちかけられても、敵のヴァンパイアグロリアンのせいで操られているんだから頑張って戦わなきゃってある意味ではポジティブに変換して、嫌な顔一つせずに仕事をして、結果的に周りに評価されています。

うんうん、妄想力で前向きに生きられるんならそういうのもイタくないかも!?

 

男性の僕が読んでいて一番強く感じたのは、リナとレイコの女性同士の繋がり方。

単純に友情って言うと簡単なのかもしれないけど、男性目線だと理解し得ないような緩やかさでキラキラと繋がり続けている。

男の子達がヒーローになってその世界で遊ぶように女の子も女の子にしかわからない世界で遊んで。

そんなファンタジーって、実は大人になってもずっと心の中で続いているのかもしれないって思いました。

 

秘密の花園

監禁っていう刺激的なテーマで始まりますが、支配する側と支配される側。

何をもって支配するというのか?

監禁して自分のコントロール下に置くことが支配といえるのか?

監禁された側の早川くんが、監禁した側の内山さんに対して精神的に優位に立っているように見えます。

 

経済的な支配、暴力による支配などたくさんの支配がありますが、恋愛とくに初恋は呪いといっていいほど人の心をがんじがらめに縛ってしまうやっかいな呪縛なのかもしれません。

何しろ、縛られて支配されている本人はことによると呪いにかかっていることに気付きもしないのですから。

 

内山さんは、そういう自分の心を苦しいまでに縛り付ける初恋の呪縛から逃れるために、早川くんに幻滅するために『秘密の花園』に監禁しました。

そうしてまんまと、彼の初恋の呪縛から逃れることができたのでしょう。

 

③無性教室

2013年に発表ということで、2015年に刊行した『消滅世界』の習作とも思える作品です。

本当に「平等で正常」な世界を目指すのなら性別も廃してみんな同じになればいい・・・。

論理的には正しいかもしれませんが、狂気を感じる提案だしもしかしたらそんなふうにこの世界は変容していってしまうかもしれないと感じさせるような狂気を孕んだ作品だと思います。

 

LGBT性同一性障害など、性と性別に関しての理解が進んでいくことはいいことだと思います。

これまでマイノリティとされて苦しんできた人達の想いを社会が受け止めてより寛容で多様性を認める社会になっていくことはとても素晴しく美しいこと。

でもでも。

それが行き過ぎてしまうとどうだろう?

そんなディストピア(あるいは少しだけ違った世界)を感じさせる作品であると思います。

 

そんな歪んだ世界の中でもユートは性別を超越してセナに恋をして、セックスをする。

「あなたがどちらの性でも構わない。あなたのことが好き」

生殖のための恋愛とセックスを超越している。

ある意味の純愛かもしれない。

でもどこか背筋が寒くなるのは、僕が古い人間なのだからでしょうか?

『消滅世界』でも感じたが、論理と正しさが肥大する時に、我々の「本能」が鎌首をもたげる。

 

④変容

大げさにデフォルメしているけど、実際にこの世界で起きていることかもしれない。

世代間での意識の格差は広がり、古い世代の感覚は社会の中で駆逐されていく。

ゆとりだの、さとりだの。

欲望が希薄化していく若者が取り沙汰されている。

 

気付いたら自分がスタンダードだと思っていたことが全て消え去っていて、社会にとって異質な存在になっている。

目まぐるしく変化していく現代社会で、いつの間にか慣れ親しんでいた言葉や、感情でさえも変化して消えていってしまう。

 

真琴は自分を古い側の人間だと思い込み、エクスタシー五十川と共に純子のパーティーをぶっ壊そうと乗り込みますが、そこで新しい言葉に出会って変容します。

世代間のギャップや意識の変革。

そういったものが高速で回り続ける世界から次々に産み落とされて、たくさんのものが過去になっていく。

僕はこの物語を読んで「なもみ」ましたが、それはむしろ「まみまぬんでら」といっていい感情だったのかもしれません。

 

 

5、終わりに

論理対本能。

 理性対暴力。

何かそういった構図も浮かんできましたが、常識とか、普通に対しての問いかけが鋭く刺さる物語でありました。

村田沙耶香の作品は何作か読みましたが、常にそういった問いかけとテーマを内包した物語が描かれていて、少し苦しくなるのだけれど、どこか目を逸らせないような、紛れもない真実が現出するのではないかと彼女の世界観に没頭していってしまいます。

 

短編集の隅々にも村田沙耶香の作家性は、湧き水のようにこんこんと染み出していて個性的な光を放っていました。

描いている世界は、一見珍妙で奇天烈な別世界なのかもしれないけど、村田沙耶香自身は「くもりなき眼」でこの世界を凝視して見定めて物語を創造しているのだと思います。

描き出した世界は、時にあまりに静謐な暴力に満ちているのかもしれないけど、彼女の無垢な問いかけは私たちの心を真っ直ぐに射抜いているように感じています。

 

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