ヒロの本棚

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【本】ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』

1、作品の概要

 

『停電の夜に』はジュンパ・ラヒリの9編からなる短編小説集。

1999年に刊行され、彼女のデビュー作となった。

海外でのタイトルは『病気の通訳』(Interpreter of Maladies)だった。

日本語訳は2000年に刊行。

2000年にピューリッツァー賞のノンフィクション部門を受賞し話題となった。

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2、あらすじ

①停電の夜に

シュクマールとショーバは、結婚3年目の夫婦。

初めての子供を死産したことで、2人の関係は変化し、微妙な空気が流れていた。

5日間夜の停電工事で1時間電気が使えなくなったことがきっかけで、ロウソクの光の下でお互いが秘密にしていたことを告白し合う2人。

シュクマールは、ぎくしゃくしていた2人の関係が良いほうに変わっていくように感じていたが・・・。

 

②ピルザダさんが食事に来たころ

1971年、10歳のリリアの両親の友人がよく夕食を食べに来ていた。

その友人・ピルザダさんは故郷のダッカから仕事でアメリカに来ていて祖国に家族を残してきていた。

やがて東パキスタン独立戦争が始まり・・・。

 

③病気の通訳

インドで観光タクシーの運転手をしているカーパシーは、ダス一家を乗せて観光地を回っていた。

車中退屈そうだったダスの妻・ミーナは、カーパシーのもうひとつの仕事、病院で医者と患者の通訳をしている話に興味を持ち、親密になる。

そして彼とふたりきりの時にある秘密を打ち明ける。

 

④本物の門番

アパートの入り口に住み着いたブーリー・マーは、階段掃除をすることで住人に重宝され門番のような役目も果たしていた。

アパート中に響き渡るような声で階段掃除をしながら、かつて金持ちの奥様だった自分の身の上話をしていたが、住人からはかわいがられていた。

しかし、ダラル氏が流しをアパートの階段上に設置したことでやがてトラブルが起こってしまう・・・。

 

⑤セクシー

22歳のミランダは、年上で既婚者の男性・デヴと恋に落ちていた。

ある時、お気に入りの場所であるマッパリウムで彼が囁いた「君はセクシーだ」という言葉。

ミランダは、同じ言葉を7歳のロヒンから聞くことになる。

ロヒンは、ミランダの同僚ラクシュミのいとこの子供で、父親が別の女性にひとめぼれしたことで家庭の崩壊を目撃していたのだった。

 

⑥セン夫人の家

11歳のエリオットは、学校が終わったあと母親が仕事が終わって迎えに来るまで、インド人のセン夫人の家に預けられていた。

セン夫人はインドでの生活を懐かしみながらアメリカの生活にはなかなか馴染めずに、車の運転免許も取得できていなかった。

エリオットは彼女の家の時間が嫌いではなかったが、ある日事件が起きてしまう。

 

⑦神の恵みの家

新婚夫婦のサンジーヴとトゥインクルは、新居で次々に見つかるキリスト教の道具に驚いていた。

捨てようとするサンジーヴに「観念なさい。この家には神の恵みがあるの」と話すトゥインクル

2人は次々に見つかる神に恵みの扱いで言い争いになるが、サンジーヴが最後には折れ、絆が深まっていく。

 

⑧ビビ・ハルダーの治療

ビビ・ハルダーは生れ落ちてから27年、突然襲ってくる謎の発作に苦しめられていた。

両親を亡くした彼女は、いとこのハルダーに引き取られて、奇病のために屋外にも1人では出られず物置に引き籠って生活していた。

しかし、彼女は結婚して家庭を持つことを夢見ていたのだが・・・。

 

⑨三度目で最後の大陸

インド生まれの「私」は、イギリスの大学を卒業したあと、アメリカの大学で働くことになった。

インド人の妻マーラがアメリカに来るまでの6週間、一風変わった老女・ミセスクロフトが大家の下宿で暮らすことになる。

高齢で小柄だかが凄みのある顔つきで大きな声のミセス・クロフト。

「私」は彼女との交流の中で徐々に信頼関係を築くが、下宿を去る日が来てマーラと新生活を送るようになった。

そして時は流れて、「私」はあるニュースを耳にする。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

最近、海外の文学も読んでみたいなと思っていたのですが、いきなりドストエフスキーの長編とかはハードル高いなとも思い、ついつい馴染みがある日本の作家の作品ばかり読んでいました。

そんな折、Xでフォローさせて頂いている方が読んでいたジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』がおもしろそうだったので手に取ってみることにしました。

インドにルーツを持ち、アメリカで生まれ育ったジュンパ・ラヒリの作品はとてもエキゾチックでなおかつ国際色豊かでした。

次は長編も読んでみたいです。

 

 

 

4、感想(ネタバレあり)

 

海外の文学を読んでいて感じるのは、舞台が日本ではないので、生活様式や文化、考え方の違いが文面から感じられて脳内で海外へ旅できる面白さです。

『停電の夜に』の作者のジュンパ・ラヒリがインドにルーツを持つ作家ということもあり、全体的にとてもエキゾチックな要素を持った作品が多く、そういった雰囲気も楽しめました。

逆に外国の方が日本文学を読んで、例えば川端康成の抒情的な描写に触れるとこのようなエキゾチックさを感じるのかなとも思いました。

 

この短編集で一番僕が心惹かれた作品は『三度目で最後の大陸』でした。

短い作品ですが、「私」とミセス・クラフトの交流、マーラとの夫婦関係の変化、そして息子への想いなどとてもたくさんのエッセンスが散りばめられていて、素晴らし短編だと思います。

 

『停電の夜に』『セクシー』も好きな作品ですし、『病気の通訳』も良かったです。

夫婦関係や、家族関係をテーマに作品を描くのがとても上手な作家で、シンプルであまり心の内を語らないことで逆にそこに存在しただろう葛藤や心の動きをうまく表現しているように感じました。

あえて、余白を作ることでそこに存在したはずの心の動きを読者に想像させているのでしょうか。

 

①停電の夜に

子供の死産で関係がぎくしゃくし始めた夫婦が、停電をキッカケに関係を見つめ直す物語。

なのかな。

って、思いましたがね。

最後の最後でどんでん返しが・・・。

 

これは視点の違いも感じさせられて、シュクマールが夫婦の再生を停電の夜に感じていた時にショーバは何を感じていたのか。

お互いの秘密を吐露し合って、昔のように触れ合っていたのは、最後の思い出を作る儀式だったのだとしたら。

停電の夜に夫婦は全く別の方向を向いて、別の景色を見ていたように思います。

 

男性目線だからか、ラストシーンはとても残酷に感じましたが、ショーバの気持ちを汲み取れなかったシュクマールの罪でもあったのでしょう。

作品中にショーバの心理を描写している場面はほとんどなく、最後にナイフを突きつけてくる感じがとても良かったです。

彼女をそうさせた余白についていろいろ考えさせられます。

 

②ピルザダさんが食事に来たころ

パキスタンの独立という歴史的事実を背景に、家族と離れ離れになったピルザダさんの境遇を想像させられるところが興味深い設定でした。

ジュンパ・ラヒリの物語によく出てきますが、すれ違って2度と会うことのない関係性がえも言われず刺さりました。

 

③病気の通訳

海外版は、『病気の通訳』が題名になっていて、ニューヨーカーにも掲載された作品であります。

ダス夫婦とカーパシーの夫婦の2組の夫婦が語られますが、ミーナの自分への興味に期待したカーパシーの失望が、ラストで舞う1枚の紙片で表現されていたのが秀逸でした。

 

④本物の門番

ブーリー・マーの愛すべきキャラクター。

ある種の調和が崩れてしまう瞬間は、善意によってもたらされました。

 

⑤セクシー

『病気の通訳』もそうですが、短い短編に2つ関係性を無理なく絡めるのが上手い作家だと思います。

『セクシー』でもミランダとデヴ、ラクシュミのいとことその夫との関係性が絡められて、それぞれに使われた「セクシー」という言葉がキーになってミランダはデヴとの関係を解消することを決意する。

そこに至るまでの展開がとてもドラマティックでメッセージを感じさせられます。

そして、なによりこの短編集の中で最も「セクシー」な物語でした。

 

⑥セン夫人の家

人生の一時期に関わった2度と会うことはないだろう人たち。

この短編集でそんな人と人との一瞬の交差が描かれますが、エリオットはセン夫人に一生会うことはないでしょうし、それだけに鮮烈な印象を持って彼女との日々が描かれています。

そして、遠く離れた土地で愛すべき祖国と家族から離れて生きるセン夫人の憂鬱がひしひしと伝わってきました。

まるで、1匹だけ違う水槽に移された金魚みたいに。

 

⑦神の恵みの家

夫婦でお互いにズレる価値観。

一方には吉兆でも、一方にはわずらわしいことでしかない。

それでも一緒に生きていく上で、どうにか折り合いをつけていくしかない。

みたいな話でしょうか?

結局、サンジーヴが折れて天真爛漫で美しい年下のトウィンクルに合わせるというところが微笑ましいですね。

そうやって妻のスレイブになっていくのが正しい道だと、家畜系ブロガーのヒロ氏も激しく同意いたします。

 

⑧ビビ・ハルダーの治療

んー、とても奇妙な話で目が点に。

ビビの病気はてんかんだったのでしょうか?

彼女のお相手も大きな余白になりましたが、この物語の語り手の存在が希薄で、ちょっと今村夏子を彷彿とさせるような不穏さを感じました。

 

⑨三度目で最後の大陸

この短い作品の中でこれだけのことを無理なく物語として成立させるのは本当に才能だと思います。

この短編集のどの物語も濃密でしたが、『三度目で最後の大陸』は特に濃密でした。

この物語には大きく三つのエピソードが表現されているように思います。

とてもシンプルに語り、だからこそこれだけの多くのエピソードを無理なくスムーズに絡められる。

そして、その余白が読者の想像力を喚起し、読後に独特の深い余韻を付加する。

上質なワインを飲んだあとのような、素晴らしいアフターを想起させるような読後感。

 

「私」とミセス・クロフトの刹那の交流そして彼女の死と生への貴慮。

マーラとの夫婦関係の変化。

そして、息子への想いと、3つの大陸を越えてきた父である「私」の想い。

すれ違う刹那を描きながらも、ミセス・クロフトを悼むこと、世界へ飛び出そうとしている息子への想いをリンクさせて、世代や民族、血縁をも越えたなにかの継承を人の想いの連鎖を描いているように感じました。

普通、短編で書くテーマでも、書けるテーマではないと思いますが・・・。

いや、もう本当に素晴らしい。

 

抜けるような青空、高く巻いて吹く風。

そして飛び立っていく渡り鳥。

そんな景色を垣間見たように感じさせられる物語でした。

 

 

 

5、終わりに

 

いやー、本当に素晴らしい短編集でした。

この本に巡りあえて本当に良かった。

めぐり合わせてくれた○○さんには、いつかjujuでお酒を奢ります(笑)

 

「三度目で最後の大陸」で欲しい言葉があって強く求めたら「きりょ」という知らない言葉が浮かんで変換したら「貴慮」になりました。

調べたら僕が欲しかったニュアンスの言葉で、強く欲しがってたら言葉が向こうから歩いて来てくれたっていう、得難い体験ができました。

まぁ、知ってた言葉を無意識的に思い出しただけかもしれませんがね。

 

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このカタルシスは何物にも代えがたいですね。

これからも頑張ってブログを更新していきたいです!!

 

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