1、作品の概要
『完璧な病室』は小川洋子の短編集。
海燕新人文学賞受賞のデビュー作『揚羽蝶が壊れる時』ほか、全4編を収録。
ページ数296ページ。
『完璧な病室』『冷めない紅茶』として刊行されていた短編集をリニューアルして1冊にまとめて、2004年に新装版『完璧な病室』として刊行した。
2、あらすじ
①完璧な病室
弟は重い病気を患って、姉であるわたしが働く病院に入院してきた。
若くして余命宣告を受けた弟に寄り添い続けるわたし。
病室の静謐さ、生活からかけ離れた無機質さにある種の完璧さを感じるその空間を彼女は愛していた。
②揚羽蝶が壊れる時
奈々子は一緒に暮らしていた祖母のさえを介護施設「新天地」に入所させた。
恋人のミコトは優しく慰めてくれたが、さえのいない生活に葛藤を抱える奈々子。
果たして、異常と正常の境目とはどういったものなのだろうか?
③冷めない紅茶
中学の同級生の葬式の帰りに連絡先を交換したわたしとK君。
K君から招待されて中学校時代の図書館の司書をしていたというK君の妻と共にもてなされたわたしは、2人のもとを頻繁に訪れるようになる。
同居人とのサトウとのすれ違いの日々の中、2人との交流は深まるが、ある日彼女は中学校の図書館についてある事実を知ってしまう・・・。
④ダイヴィング・プール
彩は教会が運営する孤児院「ひかり園」で生活していたが、両親は運営者で牧師である両親だった。
彼女は同学年の純に想いを寄せていて、彼が飛び込みの練習をするのをいつも密かに観に行っていた。
ひかり園にいる1歳のリエに繰り返し虐待を加えていた彩は、ある日行き過ぎた行為に及んでしまう。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
好きな作家のひとり小川洋子の作品ということだけで、読む理由としては十分なのですが、デビュー作を含む彼女の最初期の作品群ということで余計に興味を惹かれました。
『完璧な病室』というタイトルにも惹かれましたし、帯の「こうして小川洋子は出現した」っていう文言にも惹きつけられました。
いや、「出現」って(笑)
でも、なんかしっくりくるし、わかるな~。
出現しちゃうかんじだよね、小川洋子って。
とか思いながら気づいたら買ってました。
4、感想
①完璧な病室
書き出しから弟が若くして死んだことを書いていて、ああやっぱり小川洋子は死と深く結びついている作家なのだなと、感慨深く思いました。
しかし、この短編(というかほぼ中編ぐらいの長さの)作品の主題は弟との絆や闘病を語ったものではなくて、弟と病室で過ごした時間のある種の完璧さにあります。
わたしは、生活の猥雑さ醜さを強く憎んでいて、それは精神を病んでいた母親の記憶に結びついています。
唾棄すべき母親と家族の記憶。
母親が病んでいて行動しないために腐っていく有機体、散らかって空気を蝕んでいくような生活の汚物。
死にかけた弟と病室、そして彼女が作り出した空間はそれらの記憶とは真逆の全く違った空間でした。
無機質で、清潔で、静謐な空間。
それは彼女と夫との生活ともかけ離れた、ほんとうに彼女が心から求めていた完璧な空間だったのでしょう。
何日放っておいてもこの病室は何も変わらないだろう。シーツもレンジもホーローも相変わらずつやつやしたままだろう。変性しないこと、退化しないこと、腐敗しないこと。そのことがわたしを安心させる。
②揚羽蝶が壊れる時
「いつだって第三者が自分の正常さを確かにしてくれるんだもの。彼女はわたしを引き取った時からずっとその第三者の役を果たしてくれてた。」
正常だとか異常だとかはあくまで相対的なもので。
自己の立ち位置は常に他者との関わりの中で決まってくると言えるのかもしれない。
もし認知症を患った祖母と二人きりの生活で。
ある日、彼女が逸脱した行動を取ったとして狂っているのが彼女のほうだって誰が言えるだろうか?
もしかしたら狂ってしまったのは自分かもしれない。
彼女が壊れてしまったことを受け入れたくなくて、自分が狂ってしまっていると考えたほうが楽なのかもしれない。
そんな価値観のゆらぎを、問いかけを物語にしたのが『揚羽蝶が壊れる時』で、デビュー作がこんな異質な何かを孕んでいるいるのはさすが小川洋子といったところ。
そりゃ、出現とか書かれますわ。
③冷めない紅茶
なんだか不思議な手触りがする物語だと思います。
中学生の同級生のお葬式の帰りに出会った同級生のK君。
彼と連絡先を交換して仄かな期待を抱きますが、彼は中学生時代の司書
の女性と結婚しています。
しかし、K君の招待を受けてお家で食事をしますが、それはわたしにとって素敵な時間でした。
わたしはサトウなる男性と同棲していますが、どこかうまくいかず関係性に失望しているように思えます。
そして、ちょっとおかしいくらいにK君の家に頻繁に訪れてしまう。
有機的でざわついた「生」に倦んで、無機的で静謐な「死」に惹かれる。
K君と司書の女性はもしかしたらすでにこの世のものではない存在だったのではないかとも思えるのです。
④ダイヴィング・プール
わたしが孤児院の運営者夫婦の実子であるという設定は『完璧な病室』のS医師を彷彿とさせられますが、彼女は特殊な境遇で歪んでしまっているように思います。
リエへの理由なき虐待もそのようなフラストレーションがさせたのでしょうか?
そして純への恋慕。
彼の肉体への執着。
プールで彼の肉体を凝視し続ける描写はとてもエロティックで、どこか偏執的です。
しかし、ラストで彼女の恋は終わりを告げてしまったのでしょうか?
5、終わりに
初期とは思えない作品の完成度、世界観。
さすがの作品群でした。
特に『完璧な病室』が完成度が高く素晴らしい作品でした。
あー、やっぱり小川洋子の物語って良いなぁ!!
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