ヒロの本棚

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【本】町田そのこ『宙ごはん』~温かい一杯のスープがあなたの心を満たしますように~

1、作品の概要

 

2022年5月27日に刊行された町田そのこの長編小説。

作者最長の長編小説だが、物語は5話に分けられて、それぞれ数年の間隔が開けられている。

第一話~第二話がWEBきらら2021年12月号~2022年4月号に連載されて、第三~五話が書き下ろされた。

主人公の川瀬宙が一風変わった家族との絆と料理を通して成長していく物語。

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2、あらすじ

 

母親の妹・風海(ふみ)に育てられた宙(そら)は、6歳の時に本当の母親・花野(カノ)と2人で丘の上の屋敷で生活を始める。

破天荒で、およそ母親らしくない花野に失望した宙だったが、食事を作りに家に来てくれていた花野の後輩のやっちゃんに作ってもらった「魔法のパンケーキ」を食べて、勇気をもらい花野との関係を再構築する。

花野の恋人の柘植、とその秘密。マリーちゃんとの関係。

初めてつきあった彼氏・鉄太とその家族の問題。

家のリフォームと花野と風海の姉妹関係と真実。

そして、渡されたバトンを優しさと愛を次の誰かに渡すとき。

傷ついた人たちと支える人たち、変わり続ける家族関係。

いつも傍らには料理があって、笑顔があった・・・。


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3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞し、続く『星を掬う』も家族を題材にした傑作で、この『宙ごはん』もとても気になって読んでみました。

いや、もうとてつもなく良い作品でした!!

町田そのこさんの作品は本当にどれも良いですね~♪

 

 

 

 

4、感想・書評(ネタバレあり!!)

①料理が誰かの心を温めて癒していく

料理が出てくる小説が大好きで、宮下奈都『太陽のパスタ、豆のスープ』、小川糸『食堂かたつむり』も好きなのですが、『宙ごはん』も美味しい料理がたくさん出てきます。

やっぱり食べることは生きることだし、温かい料理を美味しい!!って食べられることで人間は元気に生きていけるんだなと思います。

美味しいゴハンのパワーってすごいですよね。

子供からお年寄りまで、老若男女、古今東西、たくさんの人にパワーを与えます。

思いがこもった料理は、ひとを生かしてくれる。目の前の光景が、宙にそう教えてくれていた。

 

『宙ごはん』の登場人物たちも何かを抱えていたり、ゴハンをたべる気力もないぐらいにボロボロに傷ついた人たちがたくさん出てきます。

もうボロボロ具合が酷くて、大きな傷を抱えていて「もうやめて!!」と叫びそうにもなりますが、美味しくて温かくて愛情を込めて丁寧に作られた料理が傷ついて冷え切った心を温めて、立ち直って回復するキッカケを作る。

町田そのこの作品は『52ヘルツのクジラたち』『星を掬う』でもそうでしたが、文章は読みやすくてどこかほっこりするようなひなたの縁側のような世界観なのですが、登場人物の誰しもが凄惨な過去や、複雑な問題を抱えていて、ひやりとします(^_^;)

 

宙自身も母親の花野に拒絶され(少なくとも宙はそう思い込んで)て、どこにも行き場所がないように思えて、ボロボロに傷ついていたのを救われます。

彼女の冷えた心を温めてくれたのは、やっちゃんが作った魔法のパンケーキでした。

花野との関係が修復できたのも料理がキッカケで、宙が作ったクレープを花野が食べてくれた時に、宙の心を冷たくさせていたものが暖かく溢れ出したのでした。

自分が作ったゴハンを美味しいって言って食べてくれて、美味しいねって言いながら一緒にゴハンを食べることは、ギクシャクしていた関係も円滑にするような素敵な力を持っていると思います。

花野が、自分が作ったものを「美味しい」と言って食べてくれた。たったそれだけのことなのに、胸がどきどきして止まらない。ううん、たったそれだけ、なんかじゃない。自分が作ったもので、誰かと気持ちのいい時間を過ごせる、それはすごいことなのだ。そして多分、とても大事なことでもある。


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②家族の在り方について考える

宙は6歳まで母親の花野とは暮らしたことがありませんでした。

初めて一緒に暮らしてみてその破天荒な行動に振り回され、風海のような母親らしい愛情を注いでもらうこともなくて落胆し、傷ついてしまいます。

 

父も祖父母も既に亡くなり、叔母の風海はシンガポール在住。

頼れる肉親、家族は花野だけ。

花野にも事情があって子供に対して上手に愛情を与えることができない。

柘植さんの死を契機に怒りと寂しさを爆発させる宙でしたが、マリーちゃんとの会話の中で、今までと違った家族観を持つことで再び花野と向き合うことができるようになります。

「ママはあたしの望んでいる、期待している『母親』じゃない。でも、あたしの『家族』としてきちんと義務を果たしてくれてる。あたしはきちんとした生活を送れているし、これから先の日々に不安もない。少しの嫌とか失望は、あたしが勝手に『母親』に期待していただけのこと。ママは『家族』として、きちんと責任を負ってくれてるんだ」

 

マリーちゃんも実は絵に取り憑かれたクレイジーな母親に口に絵の具を突っ込まれたりしましたが、だいぶ大人な態度ですね。

確かに『母親』というと子供を産むともれなくハンバーガーセットのポテトのように母性がセットでついてきて、子供に無償の愛情を注ぐみたいなイメージがありますが、必ずしもそういうわけではないのでしょう。

 

少し前に『母親になって後悔している』というショッキングなタイトルの本がイスラエルの研究者によって出版されたみたいで、ニュースでも取り上げられていました。

www3.nhk.or.jp

日本でも、NHKの取材でおよそ4割の母親が、「子どもを産まなければ良かった」と一度でも思ったことがあると回答しています。

でも、今の日本の風潮ではこんなことは堂々と言えませんし、もし子供が聞いたらとてつもなく傷つきますよね。

 

花野はまさにうまく母性が育たなかった母親で、それは彼女自身が両親から愛情を注がれて愛されて育たなかったからと、一緒に宙を育てるはずだった夫になるはずった男性が亡くなってしまったことがあったのだと思います。

そんな普通の母親とはだいぶ違っている花野との生活をどのようにしていくのか。

宙はマリーちゃんのように一般的な母親像ではなくて、「家族の一員」として花野さんを見るようになります。

「でも家族だから。わたしと花野さんは、家族だから。今回は、もういい。ただ、二度と、絶対にしないで」

 そう言いながら、何が『いい』のか宙にもよく分かっていなかった。でも、このひとがわたしの母親で、そして家族なのだ。だから、『いい』のだと思う。『いい』とすべきなのだと思う。

 

時代と共に家族の在り方っていうのは変化していくのだと思います。

実際に僕の実家と、現在のウチの家庭・家族関係とは昔からしたら随分と変化していますし、極端な話だと同性婚が認められたりもするところもあるみたいなので今後ますます多様化していくのでしょう。

マリーちゃんと、宙の母親へ期待することの変化もそんな多様化の一端なのかな、とも思いました。

 

③ブレない宙と、変化し続ける大人たち

第一話で6歳だった宙は第5話では高校生になりますが、芯が強くてブレない印象があります。

様々な出来事があり、たくさん傷ついて(鉄太は許さん!!)涙も流しましたが、ブレずに成長して自分が子供の頃から続けていたことを最終的に料理人になってビストロ・サエキを継ぐことで、成就させました。

やっちゃんをはじめ周囲の大人のバックアップもあったと思うのですが、ホントひたむきでいい子ですね!!

こんな子が息子の嫁に来て欲しいもんです!!

 

それに比べて大人たちは・・・。

花野、やっちゃん、風海の3人はいいほうにも悪いほうにも変化して、わりとブレブレな気もします。

「大人になっても人は大きく変わっていくし、それはいいほうにも悪いほうにもなりうる」ということが表現されているのかなとも感じました。

試行錯誤して、迷いながらも人は成長していくのでしょう。

そう心配する宙に、田本は『哀しみ方も、変わるのよ』と言った。宙ちゃんだって、子供のときのように泣き喚いたりしなくなったでしょう?花野さんもそう。ひとは変化して、成長していくの。哀しみ方だけじゃない、喜び方に愛し方、気持ちの伝え方。ずっと試行錯誤してひとつひとつ噛みしめて生きるのよ。

田本さん、めっちゃ大人っすねぇ。

確かに心は常に一定ではなくて揺れ動きながら成長していくものなのかもしれませんね。

 

やっちゃんは、ずっと花野を想いながらも相手にされずでしたが、川瀬家にゴハンを作りにくるようになって変わります。

本編を読んだ後に、カバー裏の「君との出会いと誓い」を読むとやっちゃんが宙との出会いをキッカケにして料理が人を笑顔にして喜ばせることを知ります。

それまで大した情熱もなくやっていた料理人という仕事が違った意味を持つようになり、やっちゃんは大きく成長できたのでしょう。

ああ、この子をこれから生かしていくのはオレの料理なんだ。と唐突に思い至った。背中に電流が走ったかのような、激しい衝撃にも似た気付きだった。

 

宙は、やっちゃんが川瀬家に熱心に料理を作りにくるのは花野のためだと思っていましたが、自分を変えてくれた宙のためでもあったのでしょう。

序盤、どこか軽率で頼りない存在だったやっちゃんは父親の死後に「ビストロ・サエキ」のオーナーとしての自覚と落ち着きが出てきて変化していきます。

第四話では、宙の彼氏の鉄太の家族を助ける為に奔走し、鉄太と宙の仲も取り持つ姿はとても頼りがいがあり、おせっかいだけどアツくてめっちゃいい大人の男な印象でした。

からの第五話のあの展開は・・・。

町田さぁぁぁぁぁぁぁぁん(>_<)

 

花野も宙との同居、柘植さんの死、やっちゃんとの別れと死、そして家の呪いからの解放・・・。

たくさんのことを経験して、成熟した大人に成長していきます。

第四話での花野と風海の話は衝撃的で、奔放で非常識な花野と、常識的でしっかりした母親タイプの風海という認識がひっくり返ったのには大変驚きました。

 

呪いをかけられて川瀬家に縛り付けられていた花野。

彼女の心の成長を妨げていたのはその呪いで、それからようやく止まっていた彼女の時間が動きじめたのではないでしょうか?

 

④そして想いは受け継がれていく

『宙ごはん』で多くの人が一番好きな登場人物にあげるであろう、やっちゃんこと佐伯恭弘。

僕も一番大好きな登場人物で、どんどん逞しくなっていく彼の活躍に目を細めていました。

花野さんと結ばれなかったのは残念でしたが、結婚してお店も継いで・・・。

お子さんのことは残念でしたが、それでも強く優しく振舞って、周りに優しさを振りまくそんな素敵なやっちゃん。

 

最終章の第五話ではあっさり過去にお亡くなりになってしまっていて・・・。

・・・。

ええーーーーーーー??????

ちょっとちょっと!!

町田さぁぁぁぁぁぁんんんんんん!!!!!!!!!(本日2度目)

いや、もうショック!!

タッチでかっちゃんが死んだ時か、ドラゴンボールクリリンが死んだ時ぐらいのショックでしたよ!!

 

第一話~第四話までも重い話の連発で、徐々に重さが増してはいたのですが、最終章は宙の父親の話だろうとタカをくくっていましたが、そこは町田そのこ。

読者の心をへし折るような一撃を喰らわしてらっしゃいましたね!!

 

ただこれまでの展開も、他の作品でも、壮絶な過去があってそこからの再生が描かれていました。

やっちゃんの死は、彼の奥さんの智美にもお母さんの直子にも、宙と花野にもとてつもなく大きな打撃を与えました。

まだ40歳とかで、しかも死因が事故死で、相手が酒気帯び運転の常習犯って。

ああ、もう辛い。

 

やっちゃんの交通事故の加害者の息子・ヒロム、宙の元同級生の遠宮、そして宙の父親・・・。

罪と贖罪のとてつもなく重いテーマになっていきますが、花野が宙も驚くような劇的な変化をみせてヒロムとその母親の心を救い、ついでに遠宮にも気づきを与えます。

重松清が『かあちゃん』『カシオペアの丘で』『十字架』で描いた激重な罪と贖罪と赦しの3部作にも通ずるような赦しと再生を感じました。

 

花野が劇的な変化を遂げたのは、やっちゃんの死が引き金でした。

彼の意志を引き継ぎたい。

夢で旦那とやっちゃんの夢を見たことも花野を駆り立てました。

あれだけ自分勝手に振舞っていた花野が誰かを助ける為に、しかもやっちゃんを殺した男の妻と息子を助ける為に奔走する。

やっちゃんならこうするはずっていう気持ちが花野を突き動かします。

花野はやっちゃんの想いを受け継いで、自らの行動を変革したのです。

「あたし、自分が誰かの為にこんなにも動けるんだってことに驚いてんの。いままでだったら絶対にできなかった。ああ、あたしってまだ成長できるんだなって感動もした。ねえ宙、覚えておきな。世界ってあたしの年でも、どんどん広がって変化していくんだよ。すごいね」

 『宙ごはん』で一番変化して成長したのは、実は花野なのではないかと思います。

長い時間をかけて自らにかけられた呪いを払拭した彼女は、まるで蛹から羽化した蝶のように鮮やかに自分を変革してみせたのではないでしょうか?

 

そして、花野の他にやっちゃんの意志を受け継いだのが宙でした。

「ビストロ・サエキ」を受け継ぐことで、かつてやっちゃんが自分にしてくれたように誰かの心を、傷を、想いのこもった食事で癒すことができるように。

願わくば、あなたの冷え切った心を魂を、温かい一杯のスープが温めますように。

『宙ごはん』は食べることを通した魂の再生と癒しの物語であったのだと感じました。


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5、終わりに

 

いやー、めっちゃいい小説でした。

もう何度も涙腺イン・ザ・ハウスでしたが、どれだけ悲しくて打ちひしがれていても立ち上がって歩き出すことの大切さ。

そして立ち上がって歩き出すために、誰かが手を差し伸べることの大事さを改めて感じました。

 

コロナ禍になって、ますます人と人との繋がりが希薄になっています。

そんな状況下で、やっちゃんのアツさとおせっかいさは新鮮でしたし、人と人との繋がりが再生を促すということは一握の希望のように感じました。

本当に素晴らしく心を温めるような素敵な物語でした!!

 

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