1、作品の概要
2010年1月に刊行された、宮下奈都3作目の長編小説。
「青春と読書」に2008/6~2009年に連載。
2、あらすじ
結婚式直前に婚約者の譲から、突然婚約解消を言い渡されてしまった明日羽。
叔母の六花より「ドリフターズリスト」なるやりたいことリストの作成を勧められて、自分がしたいこと、やりたいことと向き合うようになる。
幼馴染で男の娘の京や、同僚の郁ちゃん、エステサロンのオーナーの桜井恵、家族に影響されたり支えられたりしながら試行錯誤を重ねる明日羽。
彼女は、リストを作ることでこれからの自分のことを考え、やがてリストに頼らなくても自分が進んでいくべき道を見つける。
3、この作品に対する思い入れ
『羊と鋼の森』がとても良かったので読んでみました。
僕にとって、2作目の宮下奈都の小説になります。
以前から、ツイッターの読了ツイートをよく見かけていましたし、なんか題名が美味しそうで惹かれました(笑)
FACEBOOKでもおすすめされましたし、宮下奈都は他の本も読んでみたいです。
彼女の小説から感じられる、優しさ、ひたむきさみたいな空気がとても好きです。
文庫版の表紙も可愛くて、色彩もポップで心躍りました。
CDのジャケ買いじゃないけど、表紙とタイトルも大事ですね。
4、感想・書評
飄々とした感じで変わり者の叔母さん、ロッカさん。
物語の最初から最後まで、明日羽の良き相談相手であり、さみしい時に絶妙なタイミングで現れて一緒に寄り添ってくれたりします。
決して押しつけの優しさではなくて、何かあった時に寄り添って話を聞いてないようで、実はしっかり聞いて彼女なりのアドバイスをそっとくれたりまします。
落ち込む明日羽を駅で見かけて、わざわざ家まで訪ねて来たのに、何も聞かずに明日羽を困惑させます。
「ロッカさん、あたしに何か言いたいことないの」
「ないよ」
即答だった。
「何か聞きたいことととか」
「ないけど」
目は雑誌を追っている。
「だって昨日電話かけてきたんでしょ」
「だからそれは社員割引の話」
「もっとほかに、何か気になることがあったんじゃなかったの、様子のおかしいあたしのこと駅で見かけたんでしょ」
まぁ、普通何かあったの?、とか聞きますよね(笑)
でも明日羽は、押し付けがましい優しさより、一緒にいて自然に話させるように促すロッカさんのペースに巻き込まれて彼女の前で号泣して感情を爆発させるのでした。
「何があったの?話して!!」とか言われるより、こういう距離を置いた関わり方の方が、自分の胸の内を吐露しやすいのかもしれませんね。
色々聞かれても、「何でもないよ。大丈夫」って言っちゃいそうですもんね。
ロッカさんの関わり方は、ティーチング(上の相手立場から、知識やノウハウを教える。一方通行になりがち)より、コーチング(対等の立場から、気づきを得るきっかけを与える)のほうだと思います。
ヒントは与えるけど、自分で考えるように促し、頻繁に関わる。話しも聞いてないようで、しっかり聞いてて、相手が話しやすいような雰囲気作りを心がけています。
でも、突然意味もなく小踊りしたり、ジュリーのコンサートに行く前に艶姿を見せに来たりとナチュラルに変人でもありますね(^_^;)
明日羽が作ったドリフターズリストのひとつに「引越しする」があり、初めて実家を出ます。
これもロッカさんとの関わりがなければ思い切れなかったことだと思いますし、近所の事もあり、ロッカさんはちょくちょく明日羽を気にして(明日羽の作るゴハンも目当てにw)訪ねてくるようになります。
引越しの直後にも近所の定食屋「市川」に連れて行って、市さんに紹介したりロッカさんなりに明日羽を気にかけていて、明日羽もそのことに気づいています。
何かを失って、自分の生きる道を模索している不安定な時期に、誰かに気にかけてもらっていて寄り添ってもらっているというのは心強く勇気が出ることなのではないでしょうか。
また、明日羽は譲さんから婚約破棄されだことだけではなく、20代から30代にうつる過渡期で焦りを感じてます。
ロッカさんはそんな明日羽に「がんばれなくてもえんちゃう?」と、自分の経験も交えつつアドバイスします。
明日羽が精一杯頑張って、もがいていることをわかってのアドバイスだったのでしょう。
社会に出て、就職してがむしゃらに働いて、なんとか社会人生活にも慣れてから30代を目前にしてふと自分を見直す。
20代の最後ってそんな一度自分を振り返ってこれからの自分を再構築していく時期で、これから本当の意味で「大人」として認められていく大事な時期なのではないかと思います。
この辺の年代のことを描いた作品の一つに『羊をめぐる冒険』があるかと思いますが、ひとつの節目として、色々と振り返る時期なのでしょう。
この物語は、再生の物語であり、自分の人生を振り返り再構築していく、30代に向けたリスタートの物語なのではないかと思います。
物語の最初から最後まで、ロッカさんは「あすわー、いるー?」と言いながら、頻繁に顔を出します。
そういった関わり。「毎日」に関することが明日羽を助けて、自我の再構築を助けたんだと思います。
教えるより、考えさせて気づかせること。
何があったのか聞くより、寄り添って話しやすい雰囲気を作ること。
ロッカさんは、明日羽にとって良いコーチだったんだと思います。
②ドリフターズリストについて
ドリフターズ(漂流者)・リスト もロッカさん同様、失意のどん底から浮上し、再生する明日羽にとって重要な存在になります。
闇夜を航海する明日羽の灯台のような存在だったのだと思います。
自信をなくしてこれから何を目指して生きていけばいいかわからなくなった時に、人生の羅針盤のような存在は必要なのではないでしょうか?
人によってそれは本だったり、他人の言葉だったりもするのだとは思いますが。
初めは刹那的にやりたいこと、楽しいことを書くだけのリストだったのですが、なぜそれを書いたのか、自分は何を求めているかなど深く考えていくようになり、ドリフターズ・リストの存在の大きさが明日羽の中で日増しに大きくなっていきます。
また、書く、リストを書き出すという行為自体に自浄作用があるし、深く自分を知るきっかけになるのではないでしょうか?
僕も、「自分化」という考え方で、自分が求めているものは何で、自分がより良い状態にいるためにはどうしたら良いかを考えていた時期がありました。
自分がどう歩んできたか、これからどう歩んでいくべきなのか考えていくのは大事なのだと思います。
ロッカさんにも褒められましたが、明日羽ははっきりと断定形で「きれいになる」「旅行に行く」とか書いています。
「~になりたい」ではなく「なる」のほうが強い意志を感じますし、漠然とした夢や希望ではなくて、達成すべき目標になると思います。
ドリフターズリストを、桜井恵に「不可能リスト」と揶揄されて戸惑う明日羽でしたが、明日羽はいつものまにかリストがなくてもしっかり自分の足で歩んでいけるようになっていました。
ロッカさんに「ひと切れのパン」の話をして、リストは自分にとってのパンだと思うと言います。
そんな明日羽にロッカさんは言います。
「きっかけもチャンスも手に入れてるんだから、紙切れ一枚をお守りみたいに持ってることないと思うけど」
本心なのかどうか、ちょっとわからなかった。リストを書くよう勧めたのはロッカさんなのに、今度はそれを手放せって。ーあ、そうか。そういうことなのか。
「もしかして、巣立ちってこと?リストから卒業する時期だってこと?」
リストの存在を灯火に、闇夜を歩んできた明日羽でしたが夜は明けて光が射し込み灯火は必要なくなったのでしょう。
彼女は、朝日に輝く世界を胸を張って歩き始めたのですから。
③京、郁ちゃん、桜井恵、家族との関わりの中で
ロッカさんの他にもいろいろな登場人物が出てきて、明日羽を支えたり、助言をくれたり、時には戸惑わせたりします。
宮下奈都の小説の主人公はとても素直で、他人からの意見に影響されて落ち込んだり、力を得たりしますね。
あるい意味では頼りなさを感じるのですが、そういった素直さ、健やかさで真っ直ぐに成長していく姿が清々しくもあります。
『羊と鋼の森』の外村にも感じたことをある種の「真っ当さ」を、明日羽にも感じました。
京はこう言います。
「かわいがられて育った子は、すでに自身を持っているの。自分で気づいていないだけ。あすわがそこにいていいって無条件に思っていられるのは、自信があるからなのよ」
自己肯定感のことですね。
親が子供に与えられる最大のギフトだと思います。
親から無条件に愛情を与えられた子供は、理由なく自分がこの世界に存在しても良いのだと思えるようになります。
能力の優劣や、美醜にかかわらず自己の存在を自然に肯定できる。
京は、明日羽が両親に愛されて、そのような自己肯定感を持って生きていることを指摘しています。
幼少期にこの親からの自己肯定感が得られないと、後天的に自分で獲得するのにはとても努力が必要になります。
京は、何でもできるなりたい自分をイメージして努力していく必要があったのでしょう。
自分のセクシャリティの問題もあったのだとは思いますが。
そんな京にとって、明日羽の健やかさは眩しかったのだと思います。
中村文則は、逆に幼少期にこういった自己肯定感を得られなかった人間の生きづらさを描いていて、ある意味で宮下奈都が描く物語の世界観からは真逆の物語を描いています。
孤児だったり、虐待されていた子供が大人になった話も多いです。
そういった生きづらさを抱えながら、それでも生きていく。
お二人の作品を読み比べてみると、明暗のコントラストに愕然としますね(笑)
④喪失から再生へ
繰り返しになりますが、この物語は喪失からの再生、自己の再構築を描いた物語だと思います。
婚約者に結婚式前に婚約を解約されて、目の前が真っ暗になり、自分の存在・これまでの人生さえもぐらついてきた明日羽でしたが、ロッカさん始め様々な人々と、ドリフターズリストの存在で、自分の存在を見つめ直し前を向いて歩き始めます。
追い立てられるように生きていると、なかなか自分を見つめ直す機会はありません。
自分の人生が上手くいっている時も、自信に満ちて「これでいいんだ」と、まっすぐ歩いていけるのでしょう。
しかし、何もかも失って(あるいは、失ったかのように思い込んで)自分の存在すら不確かで頼りないものに思えて、何を目指して生きていいかわからない時。
誰の人生にでも、そういった時期は存在するのだと思いますが、そういった場面でこそ人は初めて自分の人生を見直し、生きなおすきっかけが得られるのではないかと思います。
明日羽にとってもきっとそうだったのでしょう。
そして、少しずつ譲さんとの過去に区切りをつけることができたのだと思います。
私が選ぶもので私はつくられる。好んで選んだものも、ちょっと無理をして選んだものも、選ぼうとしなくても無意識のうちに選び取っていたものも。譲さんを選んだのも、そして譲さんに選ばれなかったのも、私だ。私に起こった出来事だ。それらは私の一部になる。私の身体の、私の心の、私の人生の。
明日羽にとって、郁ちゃんの「豆」のような自分の拠り所になるような、生きる目的のような存在は何だったのでしょうか?
きっと「毎日」に関することだけど、はっきりわからなくてこれから見つけていくと物語は終わります。
生きる目的や、拠り所はきっと特別なものでなくて良いのでしょう。
毎日をしっかりと生きて、しっかりごはんを食べる。
そんな日々の日常が指針となる生き方だって平凡だけど、素敵なんだと思います。
明日羽の母の「毎日のごはんがあなたを助ける」という言葉は、背伸びせずに日々の生活を大事にしていきなさいというメッセージなのだろう、と感じました。
5、終わりに
宮下奈都の小説を読んだあとの読後感は、いつもポカポカして日だまりで日向ぼっこしたあとのような寛いだ気持ちになります。
暗くて、救いようのない作品も好きだし、自分にとってそういう作品が必要なことはあるのですが、日だまりで寛いだ気持ちになることが必要な時もあります。
また、他の小説も読んでみたいです♪
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