1、作品の概要
『水たまりで息をする』は、高瀬隼子の中編小説。
2021年7月に集英社より単行本が刊行され、2024年5月に集英社文庫より文庫版が刊行された。
『すばる』2021年3月号に掲載された。
第165回芥川賞の候補作品。
翌年『おいしいごはんが食べられますように』で、第167回芥川賞を受賞した。
突然お風呂に入らなくなった夫に戸惑う妻。揺れ動く夫婦の心情を描いた。

2、あらすじ
結婚して10年が経つ30代の衣津実と夫。
ある日、会社の飲み会でふざけて水をかけられて帰宅した夫は、そのことがきっかけだったのか突然入浴しないようになった。
水道水のカルキ臭さや、体の痒みが気になると幾日も入浴をせずに過ごした夫の体臭は耐え難いものになっていった。
入浴しないこと以外は、今までと何も変わらない夫。
ペットボトルの水や、雨水で身体を洗うことを試すが、なかなかうまくいかない。
やがて、会社から体臭について注意を受け、衣津実にも義母から相談の電話がかかってくるようになる。
そんな折に、衣津実は夫と実家の愛媛の川に行くことを計画するが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
高瀬隼子さんの作品を読むのは3作目ですが、人間の心理を描写するのがとても上手な作家さんで、好きな作家の1人です。
『おいしいごはんが食べられますように』で、芥川賞を受賞した作家ですが、日常の中で気持ちがざらつく場面とか、感情がもつれて不穏に交錯するような場面を書くのが巧みですね。
愛媛県出身というところもポイント高いですね(笑)
『水たまりで息をする』は、図書館にあったので借りました。
彼女の作品は人気でほとんど在架がないのでラッキーでした。(いや、予約しろや)
4、感想(ネタバレあり)
結婚して10年ほどで、30代の子供がない夫婦。
2人とも正社員で働いているため家事は平等に分担して、食事もそれぞれが準備する。
義母には「ままごとみたいな生活」と称されますが、合理的ですし、互いが正社員で働いていたらそうなりますわな。
夫は優しくて穏やかな印象の人物で、俺様感はないタイプですね。
冒頭でびしょ濡れになって帰ってきて、「水をかけられた」とか言っていて、女絡みちゃうん?と邪推しましたが、読み進めてみると全然そんなタイプではないことがわかります。
僕の心が汚れているから、水をかけられたのが痴情のもつれでは?と連想してしまうのでしょうね(;'∀')
夫は「飲み会で、会社の後輩にふざけて水をかけられた」とか言っていますが、ちょっとにわかには想像できないシチュエーションですし、そんなことある?って思ってしまいますよね。
先輩が後輩に水をかけて、その後輩はかけられた先輩に水をかけられなくて夫に水をかけた。
温厚な夫は舐められているのでは?と、衣津実はモヤっとしますが、本当にこういう状況だったのかはいまいちハッキリしないまま、モヤモヤと物語は進んでいきます。
こういう日常の中のモヤっとする出来事を書かせたら高瀬隼子の右に出る作家はいないように思いますね。
この水をかけられた事件のあとから夫がお風呂に入らなくなり、水道水自体がダメになってしまいます。
時系列的に考えると、この時の出来事が引き金になったことは間違いないんでしょうけど、そこはイマイチはっきりされずに、原因がわからないまま、最後まで明かされないままモヤモヤさせられながら物語が進んでいくところが特徴的でした。
クセになるモヤモヤ感ですね。
そして、夫から最後まで入浴できなくなったキッカケ、この時に水をかけられたことの心情が明かされることはありませんでした。
夫婦なんだから、お互いに心のうちに抱えているものはすべてさらけ出して、お互いに頼るのが当たり前でしょう!!
妻は夫を支えるのが役目でしょう!?
って、義母みたいな人は言うのでしょうが、夫婦だからこそ言えないこともあるし、何もかもさらけ出すとかありえんわっ!!
俺も嫁に言えんことは山ほどあるわっ!!
山ほどなっ!!
この夫婦間の微妙な距離感。
2人の繊細な心の機微が、夫がお風呂に入らなくなったという事件を通して描かれていきます。
オラオラの体育会系の夫婦だったら、また話が違っていたでしょうし、そもそもそんな2人の物語は文学作品にはなり得ないのかもしれませんが、『水たまりで息をする』の夫婦は、穏やかで内向的な2人だったのだと思います。
夫婦って愛情とかもあるけど、生活を共にできるかっていう部分が肝で、衣津実が変貌していく夫とそれでもこれから先も一緒にいようと思うのは深い愛情などという劇的なものではなくて、生活を共にして心地よく過ごせてきた時間の積み重ねがあるからなのだと思います。
ただ、夫が仕事をやめてしまってからは衣津実も「いや、ボロボロになるまでもっと頑張れよ」ってモードになります。
母親も衣津実も、精神的な強さ故か耐えてしまう性格で、自らの精神的強さから夫の弱さに対してストレスを感じてもしまいます。
生まれも育ちも東京の夫と、田舎でがやがやと育てられた衣津実の育ってきた環境の違いでもあると思います。
ちなみに愛媛豆知識ですが、高瀬隼子の生まれ育った新居浜は愛媛の東予地方でわりとガラが悪い地域で秋祭りに命を懸けている熱い地域です。
愛媛の中でも地域性があったりして面白いのですが、作中でも衣津実は口が悪い大人たちに囲まれて育ったので、ガラの悪いトラックの運ちゃんとのやり取りもストレスなくできるっていう描写があったりして、高瀬隼子のバックグラウンドを感じさせるような描写でした。
川の描写とかもですね、あのあたりは石鎚山から流れてくる豊富で美しい水がありましてですね。
新居浜のお隣の西条が水どころとして有名なのですが、新居浜もそんなわけで綺麗な川がたくさんあったりします。
ジモティー作家だとこのあたりのイメージが湧きやすくていいですね。
その綺麗な川に魅せられて夫が衣津実の実家の川に足繁く通うようになり、ついには移住することを決めるのは興味深い展開でしたね。
実際に都会の喧騒と人間関係に疲れて田舎に移住する人もちょいちょいいたりしますからね。
水が大きなテーマとなっているこの作品ですが、都会のカルキ臭い水道水に嫌気が差して、田舎の清水に惹かれていくのは印象的な展開でした。
ただ、そこは高瀬隼子。
単純な田舎バンザイな展開には終始せずに、田舎特有の粘着質な人間関係についても言及されています。
東京と愛媛。
都会と田舎。
どちらも一長一短というか、いいとこ悪いとこあるんだよね。
そして、不穏な最後。
実際に山の上で降った雨で、下流の川で急な増水があって人が亡くなる事件がこの地域であったんですよね・・・。
夫が無事だったのか否か?
そこもはっきりとされずに物語は閉じていき、最後までモヤっとさせられっぱなしでした。(誉め言葉です)
5、終わりに
「モヤっとジャパン」って、新番組があやうく立ち上がってしまいそうなほどのモヤモヤの連続でした。
あるよね、こういうモヤモヤ。
怒髪天を衝くほどの出来事ではないんだけど、なんかイラっとすることとかが。
『おいしいごはんが食べられますように』でも、そういうちょっとした不公平というか、理不尽さみたいなことが描かれていましたが、高瀬隼子はこういう話を書くのがとても上手ですね。
なにか今村夏子や、村田沙耶香にも通ずるような作家性を感じました。
今後も、彼女の作品を読んでみたいです。
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