1、作品の概要
『抱擁、あるいはライスには塩を』は江國香織の長編小説。
2010年11月に単行本が集英社より刊行された。
単行本で600ページ。
2014年に文庫化されるにあたって、上下巻に分冊された。
「SPUR」2005年3月号~2009年6月号に連載された。
時代と視点を変えながら、連作短編のように語られたある一族の物語。
2、あらすじ
東京の広大な洋館に三世代10人で住む柳島家。
代々資産家の一族には、子供たちを学校に通わせない、後継ぎを遊学させるなど風変わりな風習があった。
ロシア人の祖母、結婚もせずに同居している叔父と叔母、そして4人兄弟のうち父と母が違う2人の異母兄弟・・・。
1960年から2006年の時を経て、変化していく一族の運命を、異なる視点で描きだす。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
2014年に文庫化した時にタイトルとあらすじに惹かれて買ったのが『抱擁、あるいはライスには塩を』でした。
とても好きな作品で、そのうち再読したいなと思いつつ、10年の時間が経っていました。
次に読みたい本が見つからずになんとなく宙ぶらりんな時がありますが、本棚を眺めていて「そうだ、そろそろこの本を再読してみようか」という気持ちになりました。
どちかというと、好きな本を繰り返し読むタイプなのですが、ワインやら漬物みたいにちょっと寝かしておいて自分にとって適切な再読のタイミングをゆるゆると考えたりするのも好きです。
ある程度記憶の洗礼を受けて内容の多くを忘れてしまっていることも大事ですしね。
こういう時だけは、忘れっぽくて良かったなと思います(笑)
4、感想(ネタバレあり)
柳島家に住む10人の家族。
それぞれ世間一般とはかけ離れた生き方をしていて、江國香織の小説らしくとても個性的です。
世間一般とかけ離れた個性、まあ学校に通わさずに家の中で勉強させてりゃそうなるわなって感じですが(笑)
単行本で600ページ。
文庫本で2冊の長い長編小説ですが、連作短編小説のようでもあって、1960年から2006年の46年もの一族のエピソードを23の話に分けて語られています。
岸部の妻の瑞江の視点や、光一のガールフレンドでのちの妻の涼子の視点のエピソードもありますが、基本的には一族に起こった大きな出来事や、秘密について語られています。
奇妙な形で洋館に同居している10人ですが、そこに至るまでの経緯、そしてその後のエピソードが時系列順をバラバラにして語られていて興味深く読めました。
個人的には桐之輔が好きですね。
日光浴と音楽をこよなく愛する陽気なキリ叔父ちゃま。
あんな奔放で愉快な叔父さんがいたら楽しいだろうなぁ。
桐之輔視点での、過去の「遊学」のエピソードもとても好きですし、そんな陽キャな彼が癌で母親より早く亡くなってしまったのは衝撃でした。
なんて残酷な運命・・・。
菊乃は美しく行動的で奔放な女性で、江國香織の小説によく主人公として登場するタイプだと思います。
彼女と岸部さんの(下世話な言い方だけど)不倫と望の誕生のエピソードは、だいぶぶっ飛んでいて、岸部さんの奥さんよく離婚しなかったなという感じでしたね(;^ω^)
結局、いいなずけであり、お互いに好きあって運命的な相手でもあった豊彦と菊乃は結婚しますが、彼が卯月の母親である麻美と恋愛関係に落ちて最終的には菊乃と離婚してしまうのもひとつの報いのようなものだったでしょうか?
最終的に彼女の若い頃の「冒険」が払った代償は大きかったのかもしれませんが、閉塞された環境から飛び出して、外の世界を味わってみたいという気持ちはとてもよくわかります。
居心地のいい環境、仲のいい家族、約束された未来。
何かそんなひとつひとつにスポイルされてしまうような気分になる。
温かい陽だまりから出て、外の世界で冒険したい。
僕が、家を出た時もそんなふうに感じていたように思います。
菊乃と豊彦の4人の子供たち。
長女の望は父親が岸部で、次男の卯月は母親が麻美という異母兄弟の複雑な関係性なのだけど。
年齢差もあるのか、それぞれ好きなものも違ってバラバラな感じがする兄妹ですが、そんな中で陸子と卯月の関係性はどこかで繋がりあっていて不思議な関係です。
『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』みたいな子供の目線からの世界が『抱擁、あるいはライスには塩を』でも陸子と卯月を通して描かれていて興味深かったです。
いろんな世代の年齢も性別も別々の視点で、各々の心情に寄り添いながら、ここまで複雑に絡み合った重厚な物語が描けているのにはさすが江國香織ですね。
『抱擁、あるいはライスには塩を』から『去年の雪』『ひとりでカラカサさしてゆく』などの作品も、多くの視点から複数の人々の人生を俯瞰で描くようなとてもスケールの大きな作品になっていて、彼女の小説家としての円熟、力量を感じさせられました。
この物語を読みながら一番感じたのは、家族という関係性の奇妙さでした。
普通の家族ってなんだろう。
自分たちが普通に家族をやっているつもりでも、傍目から見たら変わっているように見えるのかもしれないし、普通にみられている家族が実は奇妙ななにかを抱えていたりねじれた関係性を構築しているものかもしれませんね。
ヒロ家は、まぁわりと変わり者な家族と周囲から見られているかもしれませんね(笑)
あまり周りの目は気にしない性格ですが。
ただ家族も年を経て幼い子供も自我を持って、親に反発したり、考え方が変化したり、やがて生まれ育った家を出ていくことになります。
そうやってそれぞれの人生が変化していく、思いよらない運命が、未来が待ち構えている。
柳島家の洋館に一緒に住んでいた10人もある者は自分の道を歩むために家を出て、ある者はこの世を去ります。
最後に残ったのが3人の独身女性で、ちょっと寂しい感じですが、幸福な記憶の残滓と共に穏やかに日々を送っていきます。
一緒に住んでいてどんなに仲がいい家族でも、お互いのことをどれだけ理解しているものなのでしょうか?
長い時間をかけて時を過ごしても、お互いに知りえない秘密を抱えていたり、本当に感じていること、考えていることを理解することが難しかったりするのかもしれません。
それでも長く一緒にい続ける家族という奇妙な共同体。
核家族化が進み、3世代どこらか2世代での同居もこれから少なくなってくるのだと思いますが、『抱擁、あるいはライスには塩を』を読んで、家族という特殊な関係性について考えせられました。
5、終わりに
江國香織の小説を読んでいると無性に白ワインが飲みたくなる時があります。
作品中でお酒が好きな登場人物が多く、食事の場面には必ずお酒がでてくるように思います。
我が家もそうなので、親近感が湧きますね(笑)
近作では作品のスケールが大きく、たくさんの視点で語られて人生そのものを描くような作品が描かれているように思いますが、それでも「透明な文体」と評される美しい表現と、繊細な心理描写は唯一無二だと思います。
デビュー以来、好きな作家の1人で刊行されている小説はほとんど読ませていただいています。
熟成された赤ワインのように、円熟味を増して時の重みを感じさせるような重厚な物語を紡いでいる江國香織の作品を今後も楽しみに読みたいと思います。
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