1、作品の概要
『ブレードランナー』は1982年に公開されたアメリカの映画。
監督は『グラディエーター』『ハンニバル』などのリドリー・スコット。
ハリソンフォード主演、ルドガー・ハウアー、ショーン・ヤングが出演している。
フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が原作。
続編に『ブレードランナー2049』が2017年に公開された。
近未来の荒廃した都市を舞台に、驚異的な性能を持つ人造人間・レプリカントと、彼らを狩るブレードランナーとの戦いを描いた。
2024年5月現在、アマゾンプライムビデオ、U-NEXTで配信中。

2、あらすじ
2019年、酸性雨が降りしきる荒廃した都市・ロサンゼルス。
知力・体力共に大幅に人間を超える性能を持つ人造人間・レプリカントたち4人が反乱を起こし、地球に潜伏していた。
暴走したレプリカントを抹殺する「ブレードランナー」を退職していたデッカードだったが、現職のブレードランナーであるホールデンがレプリカント・リオンに負傷させられたため、4人のレプリカントたちを抹殺する任務を負う。
人間社会に溶け込んだレプリカントを追うために、彼らの生みの親であるタイレル博士と接触。
秘書であるレイチェルがレプリカントであることを見抜くが、彼女自身は自分を人間だと思い込んでいた。
わずかな手がかりから踊子として人間に紛れ込んでいたゾーラを抹殺するデッカード。
しかし、彼はリオンに襲撃され、圧倒的な戦闘能力の前になすすべもなく殺されそうになるが、すんでのところでレイチェルがリオンを射殺し助けられる。
レイチェルは自分がレプリカントだと気付きショックを受けて、タイレル博士の元を逃げ出し、処分対象となっていた。
デッカードはそんなレイチェルを匿い次第に彼女に惹かれていく。
残る2人のレプリカント・バッティとブリスはタイレル博士を殺害。
デッカードはブリスと遭遇し、交戦するが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、観たキッカケ
『AKIRA』『コインロッカー・ベイビーズ』などのサイバーパンク作品の金字塔的作品と称させれていた『ブレードランナー』
リドリー・スコット監督が作ったカルト的SF映画という点でも興味深く、以前から観てみたい映画のひとつでした。
アマプラで無料配信されていたので視聴。
いやー、いい時代になったもんだ!!
原作の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も読んでみたいです~。
4、感想(ネタバレあり)
もうちょっとハデな感じのSFなのかと思いきや、荒廃した街で繰り広げられるダークなトーンのSF作品で好きな感じでした。
どことなくノーラン監督の『インセプション』みたいな世界観で、もしかしたらノーラン監督は『ブレードランナー』に影響を受けたのかな?とも思いました。
当時、もっと派手なアクションと陽キャなストーリーを求められていたのか、『ブレードランナー』は興行収入的には大失敗だったみたいですね(;^ω^)
同時期に『E.T』が上映されていた不運もあったようですが・・・。
それでも、その世界観と難解なストーリー、そして造られた生命であるレプリカントの悲哀などがカルト的な人気を呼び、上映から40年経った今でもSF映画の金字塔的作品として評価される映画になったようですね。
僕的にはハデハデなアクションや、SFはちょっと食指が動かないので、『ブレードランナー』の雑多で退廃的な雰囲気が痺れました。
舞台は近未来のロサンゼルスということではありますが、香港や日本のテイストもブレンドされていて、無国籍な感じの街もかっちょいいっす。
タイレル社のビルとかピカピカしていて未来感あってええ感じでしたね。
って、2024年現在からしたら5年前ですが(;^ω^)
1982年の古い作品のわりには映像にチープさもなく、今観ても違和感なく観られました。
なんかコレってすごいことのように思いますね。
『ブレードランナー』の大きなテーマとして感じたのは人工生命の悲哀でした。
人間に造り出された生命体であるレプリカント。
人間を圧倒的に凌駕する性能を持ち、感情まで学習する彼らの暴走を恐れて、生みの親のタイレル博士が与えた寿命はたったの4年でした。
しかも、その寿命を延ばすことは原理的に不可能。
その事実をタイレル博士に知らされたレプリカントのバッティはブチ切れて博士を殺してしまいますが、うん、まあ気持ちはわからんでもないなかなぁ・・・、って感じでした。
4年って、オリンピックもワールドカップも1回しか観られんやんけ。
レプリカントという存在が残酷なのは外見が人間と同一で、記憶まで移植可能なので、自分がレプリカントではなく人間だと思ってしまいうる存在だということでもあったかと思います。
実際にレイチェルがそういった状態で、人間だと疑わずに生活していたら、ある日実は自分がレプリカントだと知ってしまうという残酷な運命に直面してしまいます。
いや、自分だったらどうします?
ある日、ショッピングモールの「お客様にお伝えしたいことがございます」でインフォメーションセンターに呼びだされて、「実はあなたは人間ではなくてレプリカントなんです」なんて言われた日にゃあ、ショックじゃすみませんよね・・・。
手塚治虫『火の鳥』の未来編なんかを想起させられましたが、人工的に生み出された生命と人間との問題。
自分を超える存在を生み出してしまった人類はどうその存在と向き合っていくのか?
アダムとイヴの知恵の実よろしく、寿命に制限を与えるのも生み出した側のおそれと傲慢がなせるものなのか?
最後にデッカードがなした選択。
それは、そういった理の外へと歩みだす逃避行だったのでしょうか?
5、終わりに
いやー、ただのスカッとする系のSF映画ではなくて、だいぶ臓腑に残る感じのなにかを湛えた映画でした。
憂鬱な未来、科学が発達しすぎたゆえに起こる大きな問題。
重苦しいテーマを描いSFでありながら、そんな憂鬱な現実を生きる人間とレプリカントのリアルな心情が鮮やかに描かれていました。
バッティの死に際。
デッカードに差し出した手と、最後の曖昧な微笑にこの映画の全てが表現されているように感じました。
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