さだまさしは、好きな作家の一人です。
最初は、芸能人が片手間に小説書いてんのか!?とか思いましたが、読んでみると深い内容でいっぺんに好きになりました。
『解夏』がとても好きで読み始めたのですが、彼の作品は全て好きです。
人生に対する優しく暖かな視線が心地よいです。
1、作品の概要
2004年に刊行された、さだまさしの小説で、2007年に松嶋菜々子主演で映画化、2008年に常盤貴子主演でテレビドラマ化されています。
2、あらすじ
東京に住む咲子の母・龍子は67歳の若さでパーキンソン病になり、ケアハウスに入所してしまう。
末期癌で数ヶ月の命と余命宣告されてから徳島で母を看取ろうとする咲子だったが、母のケアマネージャーを努める啓子、母とトラブルを起こし咲子に想いを寄せるようになる寺澤医師、母を恩人と崇めるまっちゃんらと関わりながら母の想い、父のことを知るようになる。
母・龍子が遺した想いとは?阿波踊りの謡い、三味線をBGMに送る感動の物語です。
3、この作品に対する思い入れ
解夏がとても良かったので、同じさだまさしさんの作品を読んでみたいと思って読みました。
僕は仕事が介護職なのですが、関わっていたご利用者さんの中に献体を希望されている方がいらっしゃいました。
家族に迷惑をかけたくない、医学の発展の役に立ちたいなどの想いはありましたが、家族との軋轢など複雑な想いをお持ちのようでした。
そんな葛藤を目の当たりにしてきたこともあって、龍子が献体を希望した理由はなんだろうと疑問に思いました。
そして、その理由を知った時には・・・。
涙が止まりませんでした。
4、感想・書評(ネタバレあり)
①母と娘の物語、咲子のとまどい
眉山は母と娘の物語であり、自分のルーツを探りながら自分という存在の意義、母親の想いと愛に気づかされていく物語でもあると思います。
母と娘の物語は、僕にとって不可思議でとても魅力的です。
僕は既婚者で子供もいますが、二人共男の子で、母と娘の関係は想像できないし、不思議な距離感があると思っています。
江國香織の『神様のボート』、小川糸の『食堂かたつむり』も母と娘の物語ですが独特の距離感があり好きです。
龍子と咲子の母娘関係もどことなく不思議な関係で、江戸っ子気質でちゃきちゃきの龍子と、おとなしい咲子なので、咲子は子供の頃からいつも置いてけぼりにされているように感じていました。龍子がパーキンソン病を発症して店を畳んだ時も咲子には何の相談もなく介護認定を受け、ケアマネージャーの啓子に介護の調整を頼み、入居するケアハウスまで決めてしまっていたのでした。
ああ、なんかこういう感じ、僕も覚えがありますね。親は子に心配をかけさせまいと何も言わずに動いてたりするんですが、それって子の立場からすると寂しいし、もっと頼って欲しいって思うんですよね。
咲子も龍子の言い分を聞いて、感情を爆発させます。
「私はお母さんの子供で、お母さんの面倒は私が見る。それで良ぇやん!?勿論、私には仕事もあるし、きっちりついてあげられへんかもしれんけど、今の言い方は冷たすぎるわ!?あたしは一体お母さんの何なんよ!?」
最初は母がケアハウスに入るのも反対だった咲子ですが、ケアマネージャーの啓子の存在もあり徐々に受け入れていきました。
②龍子の人間としての魅力、取り巻く人々
「神田のお龍」の異名を持ち飲み屋の女将だった龍子ですが、誰にでもはっきりとした物言いをして、後腐れない性格から味方も敵も多かったようです。
入院した病院でも看護師の態度に一言物申し、咲子がと今日から呼び出される事態になりましたが、患者に対して誠意のない対応をする看護師に「あなたは少し間違ってます!!あなたの仕事は患者を見てないあなたの仕事はお医者を向いてます!!」と、ピシャリ。カッコイイですね~。なかなかここまでハッキリと物を言える人は少ないですよね。
龍子のまわりの人物も個性的で、愛嬌のある人物が多いです。
ケアマネージャーの啓子は仕事の範囲だけではなく、龍子の魅力に惹かれて咲子とも仲良く飲みに行ったりして、咲子の良い相談相手にもなります。
寺澤医師は一度は心無い言葉を龍子に浴びせてしまい、手痛い叱責を受けましたが本来は純朴な正確で龍子の言葉で改心しました。そして咲子に想いを寄せるようになります。
飲み屋「甚平」の大将のまっちゃんは、龍子に昔から世話になっていて心酔していて彼女に頭が上がりません。愛嬌があって、とぼけたキャラクターで彼の登場場面では笑いが起こることが多いです(笑)
龍子の人間性に惹かれて多くの人間が彼女の人生に関わっていきます。咲子は、病身の母に寄り添いながら自分の母親がどれだけ魅力的な人間でどれだけの人間を助けてきたかを知って、より深く理解するようになったのだと思います。
③病気の進行、明らかになる真実
相変わらずな気の強さを見せる龍子でしたが、膵臓がんにかかって肝臓にも肺にも転移していて、2~3ヶ月の命と余命宣告をされてしまいます。ショックを受ける咲子は龍子に病気のことは伝えませんでしたが、龍子のほうが上手で自分の余命が長くないことを悟られてしまいます。
失意の日々を送る咲子でしたが、まっちゃんから呼び出されて、龍子に預かった咲子宛の荷物を預かりました。本当は、必ず死後に渡すように言われていたものでしたがまっちゃんは今渡さないと後悔するのではと、龍子の言いつけにそむいて咲子に荷物を渡します。荷物は2重包装になっていて、一枚目の包装を破いたところで若かりし頃の母と、父と思われる人物の写真が出てきます。
今まで、何の手がかりもなかった父の姿に心を揺さぶられる咲子。この物語は、咲子が自分のルーツを探っていく物語でもあるのだな、と思いました。
最後に龍子に阿波踊りを見せるために咲子は主治医にかけあい強引に外出の許可を取ります。
「大好きな人」の故郷にそっと根を下ろして生きてきた母は、人生最後の阿波踊りに「大好きな人」の、一体何を刻もうとしているのだろう。
母娘で観られる最後の阿波踊り。
咲子の胸に様々な想いが去来します。
「もう少し」と、なかなか帰りたがらなかった龍子が帰ろうとした時に奇跡が起きます。
こちらへ向かってくる車椅子の男性が写真の人ー咲子の父親だったのです。
三味線の音がずしりと鳴り、高い笛の音が切ない「よしこの囃子」を奏で太鼓が鳴ります。
車椅子の男性も龍子に気づき、傍らの咲子に気づき涙を流します。
おそらく咲子が自分の娘だと悟ったのでしょう。
2台の車椅子はゆっくり近づいていき父は龍子を見つめますが、龍子は毅然として「大好きな人」に一度も視線を送りませんでした。
人生最後の奇跡のような再会にも龍子は自分の行き方を貫いたのです。
無言の母に胸を打たれた。母は「一生をかけた大好きな人」と今、命懸けですれ違っている。
そうして”神田のお龍”は「大好きな人に」最後まで一切迷惑をかけずに死のうというのだ。
どれほど切なく、苦しく、愛おしいことだろう。
母の傍に寄り添ってきた咲子にはその想いが痛いほどわかったのでしょう。とてもドラマチックなシーンで、何度読み返しても胸があつくなります。
そして、ラストシーン。龍子の死後に箱を開けた咲子は、遺言と一緒に追伸で父の住所を見つけます。
寺澤と一緒にその東京の住所を訪ねた咲子は、何故母が献体を希望したかその想いを知ります。住所には病院が建っていました。父は医者だったのです。
「大好きな人」の子供を身ごもり、たった一人で「大好きな人」の故郷の徳島で子供を育てながら一人で生きた龍子。彼女はずっと想いを捨て去れず、医者だった「大好きな人」のことを想い献体を希望したのでした。
さだまさしのこういった人生、行き方を壮大に描く作風が好きです。
徳島を舞台に阿波踊りの音楽をバックにとても情緒的に描いています。
この情感たっぷりな感じが堪りませんね。
咲子は龍子の死後「ようやく母にたどり着いた」と言います。
読み返すのは2回目でしたが、とても感動的な小説です。