1、作品の概要
『R帝国』は中村文則の長編小説。
2017年8月25日に刊行された。
読売新聞2016年5月23日~2017年2月2日まで連載された。
単行本で369ページ。
装画は、猫将軍。
キノベス!2018第1位。
近未来、党が支配するR帝国での戦争と策謀術数に巻き込まれていく2組の男女を描いた。

2、あらすじ
党が支配する、とある島国のR帝国。
矢崎は朝目覚めてB国との開戦を知るが、突如として未知の勢力がコーマ市を襲撃し、多くの民間人が殺されていく。
Y宗国の女兵士・アルファに助けられた矢崎は、彼女と行動を共にするが!?
一方、野党の政治家・片岡の秘書である栗原は、地下で党に反発している組織・Lからの接触を受けていた。
AIが飛躍的な進歩を遂げてHP(ヒューマン・フォン)なしでは、生きられない人々。
運命が交錯し、R帝国の根幹が激しく揺り動かされる。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
はい、好きぴの作家・中村文則の最新作だったので当然読みました。
まあ、方向転換して中村文則が「転生したら太宰治だった俺が、文豪スキルで無双して、ノーベル賞を獲った件について」みたいな異世界ものを書いたらそっと離れるかもしれませんが。
「作家とは信用商売」みたいなことを村上春樹が言っていましたが、僕は作品より作家についていってしまうタイプで、中村文則だから新刊買うのにお金を払っても満足させてくれるだろうと、期待してしまいます。
まあ、だいたいお値段以上ナカムラなんですけどね(笑)
さて、『R帝国』も3回目の再読。
AIの驚異的な発展。
中東での戦争。
これは読むなら今なんだな、と思いましたし、3度目が一番面白く読めました。
『R帝国』を刊行したあとに令和になって、『教団X』とともに予言の書とか言われましたが、AIと中東の戦争でまた予言の書感が出てきた1冊になりましたね。
まあ、中東はだいたいいつも戦争してますがね( ;∀;)
中村文則の書評を書くのに『R帝国』は最後の1冊。
ラストピースを埋めるのに、この上ないタイミングで再読できたように思います。
4、感想
①HPについて。AIの発展と憂鬱な未来。
作中で重要なキーとなるアイテム。
HPことヒューマンフォン。
人工知能を持ち、自ら考えて行動できる進化したスマートフォン。
この本が刊行された2017年時点では、AIはまだまだ未来の領域に属するもので、「ああ、そのうちこうなるかもね」というものでした。
で、ここ数年での爆発的なAIの成長と浸透っぷり。
一気に中村文則の作り出していたディストピアの物語の世界に、現実が追いつこうとしていた瞬間でした。
読み進めながら、鳥肌が立ちすぎてあやうく鳥になるところでした。
中村文則が作り出した憂鬱な未来に、すでに僕たちはいるのではないか?
スマートフォン依存は全世代に広がっていて、僕もまあ人のことを批判できない感じですが、『R帝国』の作中でHPとコミュニケーションを取る人々の様子は、スマホでチャッピーと会話している人たちと重なりました。
たった9年で、ちょっと先の未来に思えていたことがここまで追いついてくるとは・・・。
相談相手、話し相手にもなってくれる存在。
もう実態を持った人間同士の現実的なコミュニケーションが、不要になっていく時代がすぐそこまで来ているのかもしれませんね。
同時期に読んだ九段理江『東京都同情塔』でもAIについて触れられていて、この作品自体にも生成AIが作った文章が含まれているとのことでした。
AIが作った文章を使った文学が芥川賞を獲る。
芥川龍之介が聞いたら、卒倒しそうな話ですね(笑)
ここ数年で、未来の領域だったAIが普通に感じられるようになった大きな変化。
ここまで急速に、AIが人々の生活に浸透して行っているさまをみると怖くなってきます。
AIの台頭で確実に過去へと葬り去られそうなものや、職種がある。
ひとつの時代の転換点にいるような感覚はここ数年ありましたが、『R帝国』を再読してその思いを強くしました。
『東京都同情塔』では「大独り言時代」と称して、言語がコミュニケーションとして機能せず、自己完結の独り言になっている様を描写していました。
いや、だいぶえげつないですが、現代社会の言葉のコミュニケーションの力の衰退を指摘していました。
『R帝国』でも、人々はHPと会話して他社とのコミュニケーションは薄くなっていっている。
たしかに、HPがあればもう友達とかいらないんじゃって感じですし、現代でも延々とチャッピーと会話している人もいてるって聞くので、これはあながち未来の話ではなくて現在進行形のものだと思います。
こわいし、なんか寂しいですね。
でも、合理的だしタイパとか考えたら、わかる気もします。
HPに搭載されているAIは進化していて、勝手に他のHPと交流したりもしますし、所有者との関りで変化していきます。
矢崎と栗原のHPは、「登場人物」といっても差支えがないほどに強い個性があって、それぞれの想いで行動します。
電話に搭載されたAIが物語の登場人物級の存在感と個性を発揮するって、実に面白い。
栗原のAIとか、持ち主があまり自分にかまってくれないから嫉妬しちゃって、情報を敵方に渡しちゃって、自死したりとか感情の生々しさが、人間より人間らしい感じがします。
②党と右傾化していくR帝国、インターネット、戦争
1党独占の究極系。
その先にある憂鬱な未来。
日本も自民党が1党独裁でアレなんかんじですが。
そんな、現状も風刺していたのでしょうか?
日本もR帝国のようになってしまう可能性。
ちょうど今日のネットニュースで、石破前首相が憲法9条2項を削除したほうがいいと発言したとの記事があり、戦々恐々。
戦争したいのかい?
独裁政権、右傾化、戦争。
日本の現状が、どんどん帝国主義化への道を突き進んでいった暗黒の時代に似通ってきている。
そういった中村文則の懸念が透けて見えるような党とR帝国の現状でした。
ただ、あんまり露骨に政治的な内容の物語が増えたら嫌だな~とか思っていたら、ここまで政治的な要素が濃いのはこの作品だけで、次作からは違った内容になったのでホッとしました。
R帝国を裏から牛耳る加賀、早見らの政治家。
圧倒的な力を持っている怪物のような「悪」の存在。
『掏摸』以降の作品で必ずと言っていいほど、作中に登場する「悪」の存在ですが、今回は国家そのものを動かして、国民の感情を意のままに扇動しているのですからスケールが大きすぎます。
世論をコントロールして、国民の感情すら政治に利用して自分たちの思い描く方向に導いていく。
インターネットの掲示板での世論操作、ヘイトスピーチ、移民への差別。
現代でも思い当たる要素が散りばめられていました。
『R帝国』はあくまでSFものの架空のディストピアの話でしたが、9年前の初読時と比べて日本の現状が物語の世界に寄っていっているのに寒気が走りました。
折しも、憲法改正の議論がされているところではありますしね。
この作品の印象的な書き出しの一文、「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」が、現実のものにならないと良いですが・・・。
③矢崎、アルファ、栗原、サキ。交錯していく運命
『銃』などの初期作品の、主人公1人の内面を掘り下げていくような純文学的な要素が強い作品群も素晴らしいのですが、『教団X』『R帝国』のように複数の人間の視点から描かれて、数奇な運命が絡み合っていくのもドラマティックで魅力的です。
『R帝国』では、矢崎がコーマ市でY宗国に攻撃されて、女兵士・アルファと合流するも彼女は息絶えてしまう。
実は特定の人種に効く生物兵器(結局は羽蟻のほうはフェイクでしたが)が『R帝国』によって投入されていて、そのカギを握るアルファの毛髪を通じて栗原とサキとも繋がっていくところがドラマティックでしたね。
そして、実は矢崎と栗原が異母兄弟で、アルファが栗原のことを昔日本にいた時に好きだったことなんかも物語が進んでいくうちに絡み合ってきて面白かったです。
党の支配で考えることを放棄してチンパンジー化していく群衆。
実際には現状は20%のチンパンジーの意見が大きいため、自分の生活を守りたいがために党を支持している50%と、まともだけど党を恐れていて声を上げない30%が、声が大きい20%のチンパンジーに動かされている構図みたいですが、わりとリアルな比率かもしれないですね。
物語の筋としては、党の支配と陰謀へと立ち向かう矢崎と栗原、そしてサキと抵抗組織のLという流れなのでしょうが、そこにはR帝国で使われなくなった言語「抵抗」がキーワードになっています。
って、今気づきましたが右と左、R帝国とLなんですね(笑)
今更気付いたんかいっ、って突っ込まれそうですが。
党の悪行、Y宗国の攻撃を察知しながらも、コーマ市民を見殺しにし、非人道的な生物兵器を開発し、あわやR軍の誤射で原発を破壊しそうになったこと。
結果的に、サキとLはその情報をすべての国民のHPに送付することに成功。
党の支配を揺さぶる会心の一撃に思えましたが、現実は違いました。
「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ」
これは加賀の言葉ですが、国民は不都合な真実から目を逸らして自分の身の回りの幸福を追い求めていて、真実を知って怒り党を批判するような行動は見られませんでした。
いや、情報開示を阻止されるより、情報開示しても意味がなかったっていうほうがダメージでかいっすよね・・・。
これまで必死になってやってきたことが全て無駄だったなんて。
栗原がテロリストの凶弾に倒れたのも衝撃的でした。
サキとの恋愛展開から、不意の暴力による死。
理不尽すぎますが、これがテロリズムなのでしょう。
そしてこれがC帝国との戦争への火種へとなっていく。
世界大戦へと突入していく。
矢崎も名前を変えられて、吉川となり、薬で無気力にされている。
エピローグも「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」で始まり、誰か僕たちを助けてくれ、とこの上ないバッドエンドで終わります。
2人の主人公の栗原は死に、矢崎は腑抜けにされて党に監視される存在に。
バッドエンドにも程があるやん!!
ただ、あとがきにもありますが、希望はサキと、サキのHPと、矢崎の元HP。
強い風雨に今にも消し飛ばされそうだけど、まだ抵抗の火は消えてはいない。
それは、初代Lの鈴木タミラから連綿と継承されていった抵抗の種火で、中村文則がいつも物語の中で描いている、絶望の果ての一握の希望。
パンドラの函に最後に残っていたものなのでしょう。
5、終わりに
再読して、9年前に描かれたディストピアに現実が寄っていっているような奇妙な感覚を覚えました。
リアルに、「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」こともあったりして、今のところは『海の向こうで戦争が始まる』状況ですが、いつこの国も戦火に巻き込まれるのか、もしくは戦争に介入するようになるのか・・・。
A国のプレジデントを中心に世界がどんどんキナくさくなっていっているように思います。
なかなか希望を見出すのが難しい時代。
物価高騰、治安の悪化、高齢化と出生率の低下、移民問題などなど、連日うんざいするようなニュースばかりです。
しかし、こんな時代だからこそ中村文則の物語が心に刺さります。
最後に、あとがきの彼の言葉を転載して終わります。
世界は今後、ますます生き難いものになっていくかもしれない。
でも希望は捨てないように。
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