ヒロの本棚

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【本】太宰治『晩年』~デビュー・アルバムがベスト・アルバムでラスト・アルバムな短編小説集~

1、作品の概要

 

『晩年』は、太宰治の短編小説集。

『道化の華』『思い出』『ロマネスク』などの15篇からなる。

1936年6月25日砂子屋書房より刊行された。

新潮文庫より文庫版が刊行されている。

332ページ。

太宰治の初の作品集で、1932年~1933年に彼が23~24歳の時に執筆されたものと言われている。

『逆行』が第1回芥川賞候補作に選ばれた。

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2、あらすじ

①葉

死のうと思っていた・・・。

散文のように書きつけられた物語の欠片たち。

 

②思い出

「私」の幼いころ、父母とは疎遠で叔母になついていた。

彼はやがて進学を機に家を出て文学に熱中するようになる。

女中のみよへの淡い恋慕と兄弟たちとの感情の摩擦を情緒的に描いた私小説的作品。


③魚服記

本州の北端の馬禿山の茶屋。

おとうと2人暮らしの少女スワは、昔話で大蛇になった八郎の話を聞かされていた。

初雪が降ったある日、おとうの帰りを待ちわびていたスワは・・・。

 

④列車

学友の汐田と恋仲にあったテツさんが、周囲から反対を押し切って上京してきた。

汐田に頼まれて、彼女を郷里に送るべく駅に向かった「私」は・・・。

 

⑤地球図

200年前、ロオマンのシロオテは日本の言葉と風俗を学び、切支丹布教のために海を渡ってきた。

捕らえられて尋問されるシロオテだったが、誰も彼の言葉を理解できず、取り調べは困難を極めた。

その時、1枚の地球図の存在で状況が動くが・・・。

 

⑥猿ヶ島

見慣れぬ島に辿り着いた「私」は、山の上の樫の木へと登ってみた。

そこで出会った1匹の猿に、島の真実を明かされるが・・・。

 

⑦雀こ

長え長え昔噺、しらへがな・・・。

津軽弁で綴られた童話。

 

⑧道化の華

大庭葉蔵は心中事件を起こして相手の女は死に、自分だけ生き残ってしまっていた。

療養のために青松園に入院した葉蔵のもとに友人の飛騨と小菅が訪れ、彼の沈んだ心も少しずつほぐれていく。

そして看護婦の真野との淡いロマンス。

 

⑨猿面冠者

傲岸不遜な、文学の糞から生まれたような男。

男は、傑作小説を書くべく過去に自分が書いた『通信』という作品を手直しして仕上げようとする。

作家を目指す男が人生の岐路にたった時に3度、差出人不明の手紙を受け取り、力づけられるという筋書きだったが・・・。

 

⑩逆行

弱い25歳の病床の老人。(蝶蝶)

われは盗賊、と落第の決まった大学生はうそぶきフランス語の試験を受ける。(盗賊)

カフェで若い百姓の男の酒を盗み、決闘を申し込まれる高等学生の男。(決闘)

見世物檻に入れられたくろんぼが気になる少年。(くろんぼ)

4編の掌編小説。

 

⑪彼は昔の彼ならず

親の遺産でのんびり暮らしていた「僕」が所有する借家に住みだした青扇とマダムの夫婦。

なにかと調子のいい噓を吐きながら、働かずに家賃も払わない青扇。

彼にやきもきさせられながらも、交友関係を結ぶ僕。

やがて、マダムは家を出て、別の女と一緒に住むようになった青扇は・・・。

 

⑫ロマネスク

不思議な仙術を操る仙術太郎。

腕っぷしの強い喧嘩次郎兵衛。

嘘つきで、洒落本作者である嘘の三郎。

3人は、朝の居酒屋で偶然出会い、怪気炎を上げる。

 

⑬玩具

金がなくなり生家にたかる男。

彼は、みずからの3歳2歳1歳のころの記憶を小説にしようと試みる。

 

⑭陰火

酒屋の娘と結婚し、父母と死に別れた「彼」は、30の歳に娘を授かる。(誕生)

処女と聞いて娶った妻の嘘に気付いたおれは、いたたまれない気持ちで友人宅を訪れる。(紙の鶴)

お互いに憎くみあいながらも愛欲に溺れる男女、連れ立った歩く2人は・・・。(水車)

ある夜、襖を開けてみると尼が立っていた。彼女はお経を読み、お伽噺を話すが・・・。(尼)

4編の掌編小説。

 

⑮めくら草紙

隣に住む娘・マツ子は、毎日かかさず「私」の家に遊びに来ていた。

ある時、私と妻の諍いを目の当たりにした彼女は鋏を握っていて・・・。

 

 

 

3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ

 

たぶん20年ぶりぐらいの再読でした。

当時の僕には、『道化の華』の内容が強烈でとても印象的だったのでよく覚えていましたが、あとの作品はすっかり忘れていました。

初読した時には、暗い内容の印象が強かったですが、やけっぱちな暗さもありつつも、自らの境遇を笑いの種にするような、朗らかさ、ユーモアセンスも感じる作品群でした。

 

 

 

4、感想

 

『葉』とか、なんかだいぶ理解の及ばない作品も多かったのですが、『晩年』という短編小説集が太宰治にとって、どういう作品集だったのかを理解するにつれて少しわかってきたように思いました。

『思い出』『道化の華』『猿面冠者』『彼は昔の彼ならず』あたりの作品が、読みやすく、私小説の要素もあって好きですね。

様々な仕掛けもあって、奇抜で独創的な作品でもありますが。

 

他の作品でも、『逆行』『陰火』などの作品でも、「?」ってなるところはありましたが、文章のリズムと抑揚、鮮やかなイマジネーションの迸りが、「なんかよくわからないけど、なんかいい感じやん」に繋がっていたように思います。

まるで狂言回しのような怒涛の文体。

いや、あくまで私感ですが、そうやっていつのまにか太宰ワールドに引き込まれていくように思いました。

 

ほとんどが23、24歳の時に書かれたものでありながら、『猿面冠者』などの作中にもあるように、これまでに書き溜めた原稿を用いて仕上げられた、いわば太宰治という人間ん集大成的な作品群。

デビュー・アルバムなのにベスト・アルバム。

そして、遺書のつもりで『晩年』というタイトルをつけてリリースされたラスト・アルバムでもありました。

余談ですが、デビューアルバムで全英1位を獲って引退するって言ってたUKロックバンドのマニックス・ストリート・プリチャーズを思い出しました。

マニックスは1位は獲れないまでも、その後も素晴らしい曲を作り続けて、太宰治もそののちの文学的成功の土台になるような作品群を生み出すに至りました。

 

処女短編小説集でありながら、これまでの太宰治の人生が詰まっている作品群。

乳母と叔母、女中に育てられた幼年期、自我を持て余していた学生時代、学業についていけず卒業できなかった大学生時代、左翼活動、そして自殺未遂と心中事件。

『逆行』で25歳にして老人とか言っていますが、たしかに濃い人生ですわな。

まあ当たり前でしょうが、太宰の精神は傷だらけになっていました。

まわりは傷だらけどころか、血まみれだったのかもですが( ;∀;)

 

ただ、自伝小説っぽく書きながら、すべて事実ではなくて虚実交えて描いているところが興味深いところ。

学業優秀だったことなどは伏せられていますし、いかにも父母と疎遠だったようにも書かれていますが、母の病弱という理由もありました。

太宰の自伝(的)小説というのは、トリックに満ちている感じが面白いですね。

 

①葉

うむ。

何回読んでも、難解。

「哀れ蚊」がもののあわれを感じて良いですね。

のっけから「死のうと思っていた」には衝撃。

散文のような、詩のような。

よくわからないけど、なんかいい。

 

②思い出

父母との情愛の薄さ、女中(乳母)のたけ、叔母との関わり。

たけとの再会は、名作『津軽』においても描かれています。

丁寧に半生を描きつつ、女中みよへの淡い恋慕も描かれていて味わい深い作品でした。

難解な仕掛けもなく、読みやすく『道化の華』とともにこの作品集の柱となる小説だと思います。

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③魚服記

のちの作品にもあったように思いますが、お伽噺的な、あわれな話。

東北の山中の豊かな自然と、少女スワの性の目覚めの予兆。

山中の妖たちの蠢きなど、妖しさも感じました。

 

④列車

実は汐田が太宰自身なんじゃないかとも思いますが、田舎に将来を約束した初代を残してきていた境遇と似ているように思います。

短い作品ですが、テツさんを列車を送り出す時の申し訳ない感情に、戦場へと向かう兵士たちを重ね合わせたところが印象的でした。

病弱で兵役を逃れたことへの罪悪感のようなものが、後の作品でも描かれていたと思いますが、『列車』はその嚆矢でもあったかのように思います。

左翼団体を脱退したことへの後ろめたさを振り切るような、自らの心情を見送る列車に重ねたところも、短いながらも味わい深い短編でした。

 

⑤地球図

出ました伴天連もの。

芥川龍之介の影響もあったのだと思いますが、のちの作品群の中にもキリスト教をモチーフにした作品が書かれました。

 

⑥猿ヶ島

あとがきに書かれていたところによると、文壇を風刺して批判したものではないかとされていましたが、観察していた側だと思っていたら、実は自分たちが見世物にされていたという展開が面白かったですね。

種を明かしてしまうと単純ですが、前半部分の文体の重々しさと描写からはまさか猿山の話だとは夢にも思わず、そのギャップの巧みさ秀逸でした。

 

⑦雀こ

ちょっと何を言っているかわからない(笑)

知らへがな、ずおん。

 

⑧道化の華

太宰の心の中に暗い影を落として、死にたがりの太宰のイメージを決定付けた心中事件。

実際のところは海辺での睡眠薬の自殺だったとのことですが、女性だけ死んで太宰だけ助かり、自殺幇助罪に問われるも、起訴猶予処分となった顛末は事実のようですね。

物語は、心中事件後に青松園で入院生活を送る4日間が描かれていますが、飛騨と小菅とふざけあったり、看護婦の真野と仄かなラブ・ロマンスがあったりと、お前ホンマに反省しとるんかい?って言いたくなるような爽やか青春ロマンス物語になっております。

 

全然違う作品ではありますが、『パンドラの函』なんかも、憂鬱なサナトリウムで希望に満ちた爽やかな作品が書かれていて、太宰治という作家は悲劇的な状況設定の中にこそ、笑いや希望を見出そうとした作家なのかもしれないな、と『道化の華』を再読して改めて思いました。

 

そして、作者自身が作品の中に現れて自分の作品に注釈を垂れる斬新な試み。

まあ、野暮ったくも、鬱陶しくも感じられるかもしれませんが、こういうところもなんか太宰らしさのように思いました。

急に語り手が物語の中に出てくる構図は、『猿面冠者』でもありますし、のちのちの作品にも使われていた手法のように思います。

死にたがり出たがりの太宰(笑)

主人公の大庭葉蔵の名前は『人間失格』の主人公の名前でもありますね。

 

⑨猿面冠者

自らのことをディスった自虐調の作品であり、創作の舞台裏を垣間見せるような短編小説でした。

単純な僕は、ああこんな感じで『晩年』の作品群を作り上げていったのかなとも思いましたが、太宰治に騙されているようにも感じました。

『通信』はなかなか良さそうなコンセプトの作品ですよね。

これちゃんと普通に書いたら、爽やかな作品になるんちゃうん思いましたが、ぐにゃぐにゃにして『猿面冠者』のようなねじくれた作品に相成りましたね(笑)

 

最後の部分、作中の女性からの手紙が物語の枠を超えて作者自身へと言葉を紡ぐ展開は興味深かったです。

こしゃくな!!とも思いましたが。

 

⑩逆行

蝶蝶、盗賊、決闘の3編は自らの境遇をディスって私小説風に書いているようですが、そこまで酷くないでしょと思うぐらいに、目一杯みずからを貶めてます。

自虐の天才。

 

⑪彼は昔の彼ならず

これも好きな作品で、起承転結よくまとまっているし、良い作品ですね。

結局、青扇も、大家の「僕」も同じ穴の狢。

青扇の清々しいまでのダメ人間っぷりと、口のうまさ、女ったらし具合が描かれていますが、太宰もこんな感じやったんかなって、思ってしまいます。

 

少し、一人称の罠的な書き方で、「僕」も親の遺産で働かずに独り身で生活していて、親戚一同からは変わり者として扱われていることは描写されていますが、彼の生活ぶりやらなんやらは詳しくは描かれていません。

それが、最後に友人らしい誰かに笑われて、「そうかい。似ているというのかい」と返す僕。

自身もわかっていたのでしょうね。

 

⑫ロマネスク

これもお伽噺的な手法のお話。

個人的には、あまりピンとこない小説でした。

 

⑬玩具

みずからの1歳2歳3歳の話と言いながらも、ほとんど幻想のような、存在しない記憶の一瞬のスケッチのような作品。

奇妙で、陰鬱な印象を受けました。

 

⑭陰火

『逆行』のような4編の掌編小説ですが、結婚、出産、男女の愛欲にスポットが当てられていて、しかも清々しいものではなく、『陰火』のタイトルの通り、どこかどろどろとした情念が描かれています。

尼だけは、異質で幻想的かつどこか生臭い作品でした。

 

⑮めくら草紙

一筋縄ではいかない凝ったつくり(あるいは過剰な仕掛け)を伴った作品が多い『晩年』ですが、『めくら草紙』も多分に漏れず、前半の展開から急に作調が変わる面白い作品になっています。

序盤の作者自身がなにか作品を生み出そうとするような独白で、『猿面冠者』のような物語なのかと読者をミスリードしておいて、実は隣家の娘のマツ子に自らの独白を記させていたという。

いや、フツーに書けやっ!!とか思いつつ、面白い試みでした。

 

仲良くなった隣家のマツ子とのエピソードですが、癇癪を起して暴れた際に、彼女が鋏を持って立っていたこと、自分がその出来事を書いたことで彼女がもう自分の家に遊びに来なくなることを予見して嘆息しています。

なら書かなきゃいいじゃん!!って思いますが、それでも書いてしまうのが作家なのでしょうか?

この作品は、『晩年』の出版前に書かれた作品集の中では新しい作品なのではないかと言われていますが、なるほどどこかやけっぱちで、悲観的な雰囲気が漂っているようにも感じます。

3度目の自殺未遂、薬物中毒、大学除籍と、精神が乱れていた時期に執筆されていたものなのではないでしょうか。

 

 

 

5、終わりに

 

それぞれの作品が、のちの太宰治の作品群の「プロト・タイプ」になったともいえる、デビュー作なのに集大成的な意味合いを持っているような短編小説集が『晩年』だったのだと思います。

太宰治の作品は新潮文庫シリーズの黒い背表紙のやつで読んでいる方が多いと思いますが、他の作品集は新潮文庫が勝手に(失礼)編集したものも多い中、『晩年』は刊行当初の15篇の短編小説がそのまま収められています。

再読してみて、なるほどこれはいじったらいかんよね、この通りに出版せんとね、って思いましたがな。

 

『逆行』『道化の華』そして1936年刊行の『晩年』で注目されて、35年には『ダスゲマイネ』37年に『灯籠』も執筆していますが、それ以降1939年に『富嶽百景』を執筆するまで空白期間があります。

その期間に薬物中毒になり、『人間失格』『姥捨』でも取り上げられた妻・初代の不貞行為と、水上温泉での心中未遂事件。

もうしっちゃかめっちゃかですね( ;∀;)

何回自殺未遂しとんねん!!

 

井伏鱒二にはからいで再婚。

生活が安定してからの太宰は傑作を連発し、仇敵の川端康成もうならせた名作『女生徒』も生み出しますが、よう復活しましたよね。

井伏鱒二様様やで。

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