1、作品の概要
2016年7月27日に文藝春秋より単行本が刊行され、2018年9月4日に文庫版が刊行された。
『文學界』2016年6月号に掲載された。
第155回芥川賞受賞作品。
日本国内で50万部超え、前世界で100万部超えの発行部数を記録した。
ザ・ニューヨーカー誌のベストブックス2018の1冊に選ばれた。
文庫版の解説が中村文則。
世間一般の「普通」を理解しえない恵子が、コンビニでのアルバイトを通して人間としての振る舞いを身につけていく。

2、あらすじ
36歳独身の古倉恵子は、18年同じコンビニでアルバイトを続けていた。
感情に乏しく、世間一般の「普通」であることが理解できない恵子は、大学生の時にコンビニでアルバイトを始めることで、はじめて人間として誕生したと感じていた。
コンビニの店員でいることで、世界の正常な部品でいることができる。
ある日、周囲に不満を抱く男性・白羽がアルバイトとして働きだすが、問題を起こして辞めてしまう。
そんな白羽と偶然再会した恵子は、周囲から異物として見られない為に婚姻関係を結ぶことを提案し、奇妙な同棲生活が始まるが・・・。
3、この作品に対する思い入れ、読んだキッカケ
たしか刊行当時に本屋併設のカフェで一気読みしたような。
あまり内容は覚えていませんでした。
先日、Xで『世界99』の話をした時に『コンビニ人間』のことにも触れられていて、読み返してみたくなっていました。
年末に実家近くの古本屋でゲットして読み返しましたが、記憶していたよりだいぶ危険な内容でぞわぞわしながら読みました。
4、感想(ネタバレあり)
村田沙耶香がずっと描き続けている「普通ってなに?」というテーマ。
主人公の古倉恵子は、普通の家庭に生まれて両親からも愛されて育ちながらも、「普通の人間」と違っていました。
そのエピソードもなかなか強烈で、子供のころに小鳥が死んでいるのを見て周りの友達は泣いているのに「食べよう」と言ってみたり、小学生のころに男の子が喧嘩していて「誰か止めて」と言われたからスコップで殴って止めたりして周囲から異物として扱われます。
恵子は間違ってはいなくて、焼き鳥が好きな父親に食べさせたかっただけで、泣いていた周りの友達だっていつもは家で鳥肉は食べているでしょうから、理には適っているのかもしれません。
でもまあ驚かれますよね。
そのあとに大量の花をお墓に備えて、小鳥を弔うために花の命を奪っていることに恵子は違和感を覚えます。
いつもは家で殺された鳥の肉を喜んで食べているのに、たまたま目の前で死んでいる小鳥をかわいそうと泣きながら弔う。
たしかに周りの子たちのほうが欺瞞なんですよね。
スコップで殴ったのだって、止めろ言われたから止めただけっていうね。
何が悪いの?と、恵子は困惑します。
恵子の幼少期のエピソードを読んでいて、サイコパスの人が脳の作りが生まれつき違っていて、他人に共感する機能が欠落しているみたいなことをどこかで聞いたことを思い出しました。
そういう脳を持って生まれてくる人は一定数いて、生育環境などは関係ないし、両親が普通でも子供がサイコパスな可能性もあるみたいですね。
別に間違ったことは言ってなくても、何かが欠落していて、社会に合わせられない人間は、異物としてみなされる。
周囲から異物として扱われることで、両親を困らせているので、恵子は自発的に行動することを辞めて周囲の指示に従って生きるようになります。
どうしたら「治る」のか?
「普通」になるのか?
恵子も異物にならないように努力はしますが、なかなかうまくいかず。
彼女が人間として誕生したと感じたのは、コンビニで働きだしたからでした。
そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。
なぜ、コンビニなのか?
そこには完璧なシステムと、役割があったからだと思います。
一切の曖昧さと、人間的な感情を挟ませない完璧にシステマチックで、美しいまでに合理的な空間。
一切の個性を埋没させて店員という役割を与えることで、システムの歯車の一つへと矯正していくマニュアル。
全てが時間と共にマニュアル化されていて、何も考えず何も判断しなくても、この世界の中で役割を与えられて、異物にならなくてもいい。
そのことが、恵子にとっては心地よく、初めて生きる場所を与えられたように感じたのでしょう。
作者の村田沙耶香も、ずっとコンビニで働いていて、芥川賞受賞後もコンビニでアルバイトしていたみたいですね。
外から人が入ってくるチャイム音が、教会の鐘の音に聞こえる。ドアを開ければ、光の箱が私を待っている。いつも回転し続ける、ゆるぎない正常な世界。
私は、この光に満ちた箱の中の世界を信じている。
ドアを開けるチャイム音を教会の鐘の音に例えるとは、素晴らしい表現ですね。
光の箱とか。
コンビニが教会なら、神は資本主義経済でしょうか?
恵子にとって身の置き場がなく、窮屈だった世界。
はじめて生きていると感じられたのが、コンビニだったのでちょっと偏執的なまでに、コンビニという空間を愛したのだと思います。
で、ここでめでたしめでたしとならず、コンビニでアルバイトを18年続けて、36歳で未婚という、またしても社会の異物と化してしまった恵子。
せめて正社員になっていれば・・・。
ここで出会うのが、社会に恨みつらみを言いながらも定職につかずに、コンビニバイトも女性客へのストーカー行為で辞めさせられてしまったクズ男・白羽です。
うん、クズい。
自分の息子がこんなんなったら嫌やな、とか思いつつ読みました。
ネットにネチネチ悪口とか書いてそうなタイプっすね。
ろくに働きもせずに、コンビニバイトもクビになるような白羽ですが、社会から異物として排除されていて、実は恵子と境遇が似通っている部分もあるのかなと思いました。
ただ、2人の間で決定的な相違点はそういう自らの境遇に生きづらさを感じているか否かではないかと思います。
普通は生きづらさを感じるような状況ですが、恵子はいろいろと試行錯誤はしていても、根本的には全く生きづらさを感じておらず、社会や周囲の人間を蔑みながらも、一方では彼らの物差しで生きることから逃れられずに混乱して生きづらさを感じている白羽とは対照的です。
自分が異物として排除されかかっていることに気付いて、白羽と婚姻関係になることで逃れようとする恵子。
さすがの合理的判断ですね(笑)
結婚していれば、パートでコンビニで働いているのは普通ですからね。
しかし、白羽は働く気は一切ないので、恵子が餌を与えて飼うことになり、状況がどんどんねじれていきます。
そして、恵子がコンビニで働くことで「普通」に生きていると思っていたのは錯覚で、実は奇異の目で見られていたことを知ります。
一人称の罠的な。
恵子の視点から展開していく物語の中では普通に思えていても、擬態しきれずに周囲は違和感を覚えていた。
『世界99』の空子の、呼応とトレースのようなことを恵子もやっていましたが、変人であることを隠し切れていなかったのですね。
あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。
店を辞めさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。
異物として処理されないように恵子なりに擬態して生きていこうとしましたが、努力は実らず。
白羽と婚姻関係を結び、コンビニではない別の場所で働こうともしますが、結局はコンビニ店員として生きることを選びます。
もう異物でもいい、人間でなくてもいい。
コンビニ店員という動物として生きていく。
うおっ、人間辞めちゃったじゃん!!って衝撃を受けました。
『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部でディオが「俺は人間をやめるぞっ!!ジョジョーーー!!」って叫んだ瞬間ぐらいの驚きでした。
コンビニの声を聞いて、その声に従って生きていく。
まるで巫女のようだと思いました。
神の代わりにコンビニの声を聞いて動く。
恵子はラストで白羽にこう言います。
コンビニの声を聴くために生まれてきた。
人間である以上にコンビニ店員で、細胞全部がコンビニのために存在している。
コンビニ店員という動物だから、その本能を裏切れない。
異物で排除されることを避けるために、「普通」になろうと行動していた恵子。
しかし、コンビニ店員であることの本能からは逃れられず、人間であることをやめて異物として排除されても、コンビニ店員という動物として生きることを決意します。
This is Meみたいな劇的な宣言ではなくても、恵子が自分の生き方を、コンビニと共に生きる自分の道を見つけた瞬間だったのだと思いました。
5、終わりに
人間やめますか、それともコンビニ店員やめますか。
みたいな、昔の覚醒剤のCMを思い出しましたが、コンビニ店員であることは恵子にとって異物として排除されることより、大事なことだったのでしょう。
僕も昔、大学生時代にセブンイレブンでアルバイトしていた時期があったので、ちょっと懐かしくもなりつつ読みました。
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